烏賀陽弘道のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ本書に朝日系メディアの論調に対する批判を期待すると裏切られる。そうではなく、いま日本のマスコミ企業が犯されている病理的体質に対する批判、いやもっと敷衍するなら大企業病に犯された組織に立ち向かう若手改革派社員=著者の奮闘記、という風に読むことが出来る本だ。
著者が出会う様々な同僚・上司の、普段自社の社説で批判しているような官僚的言動に唖然とさせられる一方、著者のような社員が組織を変革することができずにたどる退社という顛末にもやむを得ないという気がした。これは硬直した大組織を擁護しているのではなく、改革とは誰かが正論を吐き、それが通れば成し遂げられるというものでは(残念ながら)無いから、である。
つまり最も改革されなければならないような社員・幹部の目の色を変えてこその改革であり、その意味で彼ら朝日の「エリート集団」が集団として曲がりなりにも危機感を持つようになるには、それこそ新聞というメディアが日本から、いや世界から消え去るかどうかの瀬戸際まで待つしかないだろう。もっともそのときに何年越しの改革などと悠長なことをしている余裕があるとは思えないが。 -
Posted by ブクログ
・日本のメディアは報道ではなく、広報。
・日本の記者は、記者ではなくサラリーマン。
・記者クラブでは皆が情報共有し、示し合せそのまま流すかどうかも上が決め、現場が決められない
・過ち(誤報)を検証しない。
・デマをデマと思っていないか、取り繕うように隠すように考えて修正してしまう。
これらの事が読んでいて、目からウロコでした。。。
たしかに、報道でなくてみんな時事通信などのように速報のような流しでしかも、政府や企業の出した情報をとりあえず検証しないで載せるだけなら広報だな~。
そして、サラリーマンならば、やはり企業の歯車になるし、その企業体だって人がそうなように過ちを犯すに決まっているんだから間違ってしまったら過去から学べで、検証し振り返らないといつまでも前進はしないよな~っと。
いままで、NHKとか新聞やTVだと無条件に信頼していたのは自分もそうだった。ネットに書いてあることはデマが多くて大手の新聞が書いてあることは正しいと、でもこの感覚ってそうやって育てられたというか、風潮もあったと思う。
一番大事なのは、大手だってネットだって結局は人だから過ち(誤報)や知らず知らずデマに加担するってことだな~っと思った。
情報は広く取り入れて、結局のところ自分で判断するしかないってことは昔も今もまったく変わってなかったのに、楽な方へ(大手へ)依存してしまっていたのがよくなかったな~。 また、良くない例としてこの本の二人が発信する情報にこの本で良かったと思ったから先にわたり信頼や要望を持ち続けるわけでなく疑いもしないといけないという事ですね。現に昨年からの上杉さんの発する情報には??と思うような物もあるし、だからといって、もう全て誤報だと決めつけるのも良くない。 柔軟に幅広く情報を集め、集めたソースから自分で判断しないといけない、それが過ちかもしれないけど、その時はまた検証することが個人でも必要だと改めて思った。 -
Posted by ブクログ
マスメディア、特に新聞が抱える、ジャーナリズムの無さ。
その実態を実例を上げつつ批判していく。
特に、朝日読売毎日が、同じ日に同じテーマで同じ写真を使って同じ論調の記事を載せる、そしてその頻度があまりにも多いというのは薄ら寒さすら感じた。
受け身な取材甘んじて、権力の監視が成り立っていないなど。
インターネットも未だジャーナリズムとしては発展途上であり、「死にかけの老人とよちよち歩きの天才児の2つしか選べない」という言い方は的を得ていると思った。
もちろん新聞にも一定の価値はあると思うけど、せっかくツイッターやyoutubeなど多様なメディアがあるから、幅広くアンテナを張っておきたい。 -
Posted by ブクログ
ジャーナリズムのあるべき姿、現実とのギャップを、新聞の実例などもまじえながら論じている。
上杉氏とはちがい、独りよがりの印象を受けない、読みやすい文章。
広告費が減り、経費削減が求められる中、記者らは時間や金のかかる「問い」を追求するような記事ではなく、なるべく近場でプレスリリースなどに頼った記事しか書かない。
結果、どの紙も似たような内容になるのみならず、権力の監視を放棄し逆におもねる形となってしまっている。
しかしこの現状を打破するシナリオを、筆者も持ち合わせていない。
3.11あってもなお変わらない御上とメディア。
せめて、私たちだけでも「おかしい」という認識を持っていなければならない。
これはオフレコだが、
選挙が、広告会社の戦略に乗せられての結果になってはならない。
国民も政策をちゃんと評価しようよ。人気取りでなく。 -
Posted by ブクログ
今年の三月から六月くらいにかけて、本屋の棚は活気がなかった。読みたい本が並んでいなかった。何の本かというと、言うまでもなく原発関連の本である。
3.11から約一ヶ月、すべての国民が情報を欲していたと思う。もちろん、テレビは24時間震災と原発の番組をしていた。けれども、テレビは、そして新聞も、政府と東電の広告塔となっていたかのごとく、記者会見発表を鸚鵡返しのごとく、繰返していた。その後、後出しジャンケンのように、次々と前の発表が覆されていく。そのことを批判しながら報道した大手テレビと新聞はほとんどなかった。
だからまとまった原発の情報が欲しかった。そしてメディアの嘘を暴く本も欲しかった。
いま、本屋の棚を見ると、原発関連の本が所狭しと並んでいる。そういう状態になるのに約3-4ヶ月かかった。今までと比べると早かっただろう。しかし、ほんとうに必要な時にはなかったことを考えると、遅かったともいえる。
この本はそういう種類の本である。とくに、3.11直後のマスコミのどうしようもない病根、記者クラブ制度について、徹底的に批判した本である。
日本報道協会を立ち上げて、記者クラブを通さずに独自に記者会見を行う道を初めて作った上杉隆さんと元朝日記者の鳥賀陽弘道さんの対談形式で急遽作られた本である。
対談なので、マスコミの嘘が一つ一つ精査されて時系列的に分析されて出てきているわけではない。特に上杉さんは、当初クラブ記者から「デマ」呼ばわりされていて、相当怒りながら話しているので、ずいぶんと話が飛んでいる。それでもその怒りながら話した前半のほうが、とっても面白いという種類の本である。
新書は最近特にそうなのだが、特に今回は雑誌的な価値があると思う。けれども、この特別な時期に書かれた雑誌なので、資料的価値は高い。
彼らの発言で記憶に残したい発言要旨を以下に羅列する。
●震災当日の官房長官会見にフリーの記者は入れなかった。週一回金曜にはフリーも入れるようになっていたにも拘らず。そして入れるようになったのは、3月18日から、一週間に一回。
●工程表をだせ、と質問する記者は一人もいなかった。フリーの我々がしつこいくらいに言ってやっと出た。そして新聞は一面トップで、何の疑問もなく載せる。一面に批判はぜんぜんしていない。たぶんニューヨークタイムズだったら、「こんな工程表は実現不可能だ」と書いているはずです。
●今後20-30年間、日本の漁業は絶望的です。海洋投棄は、海は広いから放射性物質は薄まるというバカな事をメディアは言っていますが、小学生でも習う食物連鎖を知らないのでしょうか。アメリカで日本から食材を運んでいた高級店は潰れています。半導体産業も潰してしまった。半導体は放射能汚染されるとダメですから、すでに輸入停止になっている。
●原発事故が遭った直後に調べたら、朝日新聞は50キロ圏外、時事通信は60キロ圏外に逃げているのです。この原稿は原発から50キロはなれた支局から書いています、とか正直に書いてくれればいい。自分たちは安全圏にいながら、「安全です」と書き続けるのは罪ですよ。南相馬市の市役所の皆さんは激怒していました。
●大げさでなく、ほんとうに全部なんですよ。今ニュースになっている原発事故の案件、ほとんど全部フリーランスの記者たちの質問がキッカケなんですよ。二号機の格納容器の漏れ、ベントの遅れ。それからゴムが溶けたという案件、メルトダウン、炉心溶融、プルトニウム、海洋汚染、住民被爆、しかし、それはだれか政府高官や東電が積極的に発表したということにしちゃう。
●日経の記者が実際に「勝俣会長様」とちゃんとマイクを通して会見の場で呼びかけています。日本インターネット新聞社の田中龍作さんが勝俣会長のマスコミ同伴の中国旅行について追及していたんです。マスコミ側が払ったのは、たった五万円です。そのとき、うしろから日経の記者が叫ぶんです。「独りよがりの質問をしてんじゃねぇーよ!」
●今回の震災報道、日本の報道だけ見ていると、読者は「安全だなあ」としか思えない。
●「情報を出さなかったおかげでパニックにならずにすんだ」なんていう人までいる。正しい情報が出されなかったために、正しい対策がとられなかった。とられた対策が適切なものかどうかも判断できなかった。そのために被爆してしまった人がいる。そんな事実よりも、「パニックにならずにすんだ」ことを喜ぶのはおかしい。
●普通の国なら原子力災害時には最悪の事態を想定して国民の生命を守ることを第一優先にしますよ。そしてメディアのほうも東電や政府が隠そうとする情報があったら「なぜ隠すんだ」と追求するのが仕事なんですね。ところが、日本の場合は東電が嘘をつけば官邸も騙され、そしてそれをチェックする機関であるはずのテレビ・新聞も一緒になって騙される。
●ぎりぎりだった自由報道協会の設立。立ち上げたのは、2011年1月26日。オープンな記者会見の場を作ることができた。これが2ヶ月遅れていたならば、震災後、権力側から何の情報も出てこなかったかもしれない。でもホントは、政府の記者会見が解放されそうだった、後もう少しだった。
●いまはiPhoneとかアンドロイド携帯が一台あれば、簡単に生放送ができてしまう時代なので、時代が味方をしている。
●小沢一郎が自由報道協会の記者会見に出てきた段階で、記者クラブの敗北になっていた。桂敬一さんが「ネットの強さですよ。だいたい勝負あったと思います」と言った。
●記者クラブでは各社でメモを共有する。そしてそのメモがデマだったら、間違えて各社でデマを流してしまう。
→これの最たるものが、9月の厚生労働相辞任のときに起こった。
●4-5年前、朝日新聞の本社前の食堂で衝撃を受けた。労働組合のチラシに「今期マイナス1%を要求」と書いてあった。要するに労組が賃下げを要求した。1999年に会社に強硬な要求をした給与担当部長が突然組合自身によって解任されたのは、有名です。朝日は、原発がなくても電力が間に合いそうだということは言わない。その同じ論理で、今の購読料が適正料金なのか説明責任を感じていない。社員の平均年収が1300万円であることが適正なコストなのかってことも説明しない。株も公開されていないから、全く外部に説明しない。
●具体的な原発報道災害の例は、先ずメルトダウン、情報を二ヶ月隠蔽したことでそこから推測される健康被害、人的被害を食い止められなかった。格納容器損傷についても同じ。汚染水も海に漏れている。そして放射性物質の飛散、3月15日の放射線量を発表しませんでしたけど、定点観測では毎時40マイクロシーベルトという強い数値が出ている。飯館村、福島、二本松、郡山、白河、伊達、全部15日までに急激に数値が上がって、今すこしづつ下がっている。、 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本の報道終わってるとは思ってたけたどこんなに終わっていたとは…というのが、その実情と何故そうなったのかその理由をフリージャーナリストの二人の対談形式で明らかにしています。
内容的には、日本のジャーナリズムの問題の根本は記者クラブ制度にあること、大手メディアは政府・東電など権力者の「広報」と化しており、この「報道(広報)」を通じて国民の生命や財産に危機が及ぶいわゆる「報道災害」が今もなおリアルタイムで起きていることを、今回の原発問題を通じて厳しく糾弾しています。
対談形式なので同じ話の繰り返しがやたらと多いものの、メディアリテラシーをつけ報道災害にあわないよう、日本人必読の書だと思われます。また、今後の自由報道協会の活動に期待したいと思います。 -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
世界中の音楽はもちろん、生活スタイルまでも変えてしまったカラオケ。
その成り立ちを調べ始めた著者は、次々と意外な事実を発見する。
これまで伝えられていなかった「真の発明者」の存在、カラオケボックスが岡山のうどん屋から生まれた背景、原子力博士が通信カラオケを開発した事情…。
音楽を愛し、創意工夫を欠かさなかった男たちの情熱とアイディアが結実するまでを描く。
カラオケの正史にして決定版。
[ 目次 ]
序章 日本人はなぜ「聴く」より「歌う」のが好きなのか
第1章 「カラオケの発明者」になりそこねた男
第2章 カラオケボックスを考案した弁当屋のおじさん
第3章 原子力博士はなぜミシン会社で通信カラオケをつくったのか
第4章 音源づくりの耳コピー職人は自宅作業をしていた
終章 日本人はいつから人前で歌うようになったのか
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