ジャック・ロンドンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ジャック・ロンドンの若きホーボー時代の日々が描かれた作品。
食べ物もないし、列車に無賃乗車しては制動手から逃げてたり、捕まったりして、放浪罪で刑務所に入れられたり、物乞いしたりで命がけで大変な苦しい生活だったことが分かるけど、読んでいてかわいそうとか、悲しいみたいな気持ちにはならないのはジャック・ロンドンがタフで自由を謳歌しているのがある種、魅力的見えるからだと思う。
本作の解説でもあるようにこの時のトール・テイル(ホラ話)がその日の糧を得るのに役立ったり、別のホーボーから認められたり、ジャック・ロンドンの作家としてのストーリーテリングの才に磨きがかかったことも見逃せないポイントだろう。
ジャック・ロンドンを突き動かすバイタリティがアメリカ人のフロンティア・スピリットを象徴していたり、羨望の対象になりケルアックの「オン・ザ・ロード」に引継がれてゆく本作はアメリカ文学を理解する上でも重要でロードノベルの金字塔と言っても過言ではないのではないかと思えるくらい、侮れない一冊だった。 -
Posted by ブクログ
世界の名作家たちの短篇を青少年にも読みやすいように編纂された世界ショートコレクションシリーズ。表紙と各短編の扉絵はヨシタケシンスケです。
ジャック・ロンドンはやっぱり切れ味鋭く、しかしすっとぼけたような皮肉的なユーモラスがあり、自然描写が抜群です。雪の描写は自分の息が白くなりそう。
この本では、ヨシタケシンスケの影響か、一般書で読むよりもすっとぼけた感じや、広い世界からはちまちましているようだけれども一生懸命生きる人間の様子が感じられた。
『荒野の人々』
荒野にぽつんと建つ炭鉱夫たちの小屋に、ジャック・ウェストンデールという若者が訪ねてきた。自分の犬ぞりが盗まれたから追いかけている、少し休ませてほしい、というのだ。炭鉱夫たちは承知する。なかでもマラミュート・キッドは彼に親近感を持って接する。ジャックが出立する時にマラミュートは「本当は逃げているんだろう?あの道を行くんだ。気を付けてな」と送り出す。そのすぐ後に警官がやって来て「賭博場の金を奪って逃げた男を探している」という。マラミュートは目線で他の炭鉱夫たちを黙らせる。警官がジャックの橇のあとを追って出ていったあとに、マラミュートは皆に伝える。「ジャックは妻と生まれたばかりの子供を残して真面目に働いていた。だが二度も騙された。彼が盗んだのは、騙し取られた金と同じ金額だよ。」荒野に生きる者たちは、自分たちと同じように厳しい環境で働く男同士の心の絆があったのだ。
『世界が若かったころ』
「世界が若かったころ」って想像力が膨らむ題名だなあ、と思ったんだけど、物語最初は「ある夜、ある男が通りかかった森で巨大な類人猿のような野蛮人に遭遇した!なんだあいつ、コヨーテを追いかけてるぜ!見つかったらあっぶねー!逃げろーー」という描写。
実はこの巨大野蛮類人猿は、昼間は企業社長のウォード氏だった。彼は幼少期から抑えきれない野蛮な衝動があった。野山が、高原が、俺を呼んでいる!成長してから彼は、昼間はやりてアメリカ人として起業を成功させ、夜は叫び声を上げて森を放浪し獣と戦うという二重生活を充実させていた。この夜の巨大野蛮類人猿の口から出る歌は古代のドイツ語で初期のチュートン語なんだそうだ。彼は「世界が若かったころ」の住人なのだ。
だが人間のウォード氏はそろそろ結婚したい。婚約者リリアンに知られないようにするにはどうすればいいだろう?
ある時彼は屋敷にリリアン、その母、友人たちを招いた。なんとかこらえた彼の古代巨大野蛮類人猿の衝動を必死に抑えながら。そこにちょうど「サーカスから巨大凶暴クマが逃げ出したぞ―」という知らせが入る。庭先にその巨大凶暴クマの影。もうウォード氏の衝動は抑えきれない!彼は服を引きちぎりクマに向かっていった!!!
…なんか妙な勢いのあるお話だったな・笑
『キーシュの物語』
名誉ある狩人だった父が死んでから、息子のキーシュとその母は困窮した。村の掟で「余った獲物は分け合うこと」と決まっているのに、キーシュと母は滑られて食べ物を分けてくれないんだ。キーシュは村の会合で言う。「ぼくの父は、多くの獲物を獲り、足りない人々に分け与えました。今は僕たちが困っています。食べ物を分けてください。」しかし村の男達は「このガキを追い出せ!」と相手にしない。そこでキーシュは「ではぼくは自分の力で獲物を獲ってきます。ぼくと母には少しでいいので余った分は足りない人に分けます。」と宣言する。
そしてキーシュは多くの獲物を一人で獲り、あまりは村の人々に分け与えた。さすがに恥ずかしく、不思議に思った村の人々はキーシュの後を着ける。そして彼の知恵による狩りを知る。
その後キーシュは偉大な村の長となり、長い間尊敬された。
『たき火』
大人向けでは『火を熾す』という題名の、自然のシビアさ、それを甘く見た人間の手痛い最期が書かれて文章も内容も静かで鋭い物語でした。しかしこちらで読んだらやっぱりヨシタケシンスケの影響かなあ、シビアさより、眼の前の自分だけの利益に目がくらんで死を招いた男の、笑い事じゃないんだけど皮肉な突き放したような笑いが感じられました。
冬の炭鉱地(違うかも)で、木材独り占めを目論んだ男が、仲間と離れて犬だけを連れて駐屯地まで移動している。マイナス45度を舐めるな!と言われていたけれど、自分はできるさ、と思っている。
しかしあまりの寒さ、一人での行動、犬に冷たい仕打ちをしていたことの全てが彼を死へと向かわせる。
…読んでいて自分の息も凍りそうブルブル
『王に捧げる鼻』
王朝時代の朝鮮が舞台。
横領で死刑判決を受けたやりて官僚が、鼻の絵を描いて「この鼻で、自分の命と、王国の命運を救います!」と言って数日の自由をもらう。
頭のいいヤツがうまく立ち回ったお話。
『マーカス・オブライエンの行方』
炭鉱夫たちの町では自分たちの法律を決める。裁判官役に選ばれたマーカス・オブライエンは、炭鉱の権利を得て成功者になりそうだった。
でも急に消えた。
生きているんだけど、どこに行ったかを説明しに戻るつもりはない。
その時目が覚めたらボートに乗って漂流していたんだ。それは自分が判決を下した通りのやり方だった。俺、何かしでかしたのか!?運良く町に流れ着いて、全く別のことで一定の成功治めたから、これでいいや。
『命の掟』
これは最初に読んだ時には切れ味の鋭い物語だなあと思ったんだけど、やっぱりヨシタケシンスケの影響か、自然の中でどうしようもない小ささが目についたかなあ。
雪原地を移動して暮らす部族がいる。生きるのに足手まといになった老人は置いていかれる。彼の番になった。焚き火一つ、手に届く範囲の薪が少し。
多くの老人たちが、自分が、そしていつかは彼の息子や孫たちに巡る運命だ。
やがて飢えた狼に囲まれる。
彼は命にしがみつき、だが手放す。 -
Posted by ブクログ
まず圧倒されるのが迫ってくるような自然や心理描写の力強さ。
最初の人間がオオカミに徐々に追い詰められるシーンの、犬が少しづつ減っていく所、もうお終いかと思った時に自分の指を見てなんて精巧に出来ているんだろうかと思う所などゾクゾクする。
そして、ホワイトファングが産まれ洞窟から自然界へと出ていくシーンのみずみずしさたるや素晴らしい。ゼルダの伝説botwを始めて遊んだ時のような無限の世界へ飛び出す高揚感がある。
そして、人に飼われるようになった後の掟を叩き込まれてひねくれていく過程の様子や、もはや自由だが厳しい自然界には帰れない様子が痛々しくも現実主義的でとても胸に刺さる。
やはり圧倒的に面白いのは前半部分。後半のなんだか良い話に落ち着く下りは教養小説じみていて手放しに最高とは言えない。 -
Posted by ブクログ
ジャック・ロンドンはつくづく読みやすい文章を書くなあと感心する。小説もバツグンに面白いけど、自伝エッセイも最高にワクワクした!
若さとエネルギーがはち切れんばかりの自信に満ち溢れた筆者の言葉にどんどん惹き込まれる。わくわくする。自信満々でも全然鼻につかないのは、真っ直ぐな言葉だからか。嘘つきだし犯罪者だし、意地悪だし、道徳的に誉められない部分もあるんだけど、それもひっくるめて、めちゃくちゃ魅力的な人だったのだろう。悪いところにも衒いがないのだ。それゆえにどうしても惹かれてしまう。
本人も大嘘つきだと称するくらいだから、この本のどこまでが本当の話かは分からない。でもそんなことはどうでもいい。嘘八百で人を魅了させることのできる想像力と頭の回転の速さがこの作家が名作家たる所以なのだろう。この人にならもっと騙されていたいとすら思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
「狼の仔」として生を受けたホワイト・ファング(白い牙)が、母方に混じった家犬の血の導きで人間社会に順応し、野性との葛藤に苦しみながらも、数奇な運命の果てにめぐり合った「愛」の力によって、アイデンティティと終の住処を獲得するまでを描いた、動物文学の古典。
ちょうど、先に読んだ「荒野の呼び声」のひっくり返しのようなお話です。
ただし、完全に逆ともいえないのは、「荒野」の主人公が完全な家犬であったのに対して、「白い牙」は生粋の狼ではない。彼の母親が犬と狼の混血であるところがミソで、さもなければ、この小説はただの絵空事になってしまったでしょう。
「荒野」同様、作者の経験が生かされて、厳しい自然の描写や、動物の生態観察の細やかさが圧倒的です。
特に冒頭、荒野を犬ぞりでわたっていく旅人が、狼の群れに徐々に追い詰められていく場面は、ホラー小説はだしのスリル。
中盤以降は、アメリカ文学らしい、少々甘い展開ですが、この楽観性が心地よく、多くの人に受け入れられた要因だと思います。
狼にも犬にもなりきれないホワイト・ファングの心理を擬人的に描いてあるのが、傷ついた子供がトラウマから回復するメタファーのようにも読め、意外に古びていない、現代にも通用する作品と感じられました。 -
Posted by ブクログ
文句のつけようのない傑作。
一行一行、かみ締めるように読んだ。
四分の一のイヌの血を持った、孤独な灰色オオカミの数奇な生涯の物語。
作者のジャック・ロンドンは、ずいぶん波乱に満ちた一生を送ったようだが、なぜこんなにイヌの生態に通じているのだろう?
かのコンラート・ローレンツが「人、イヌにあう」を著し、動物行動学者の目からイヌ、そしてイヌと人間の関係について考察したのは1953年。
この作品が発表されたのは、それからおよそ50年近くもさかのぼる1906年のことである。
偉大な小説家の洞察力とは、これほどまでに卓越したものなのか?!
実に驚くほどの正確さをもって、真実に迫る創作を成し遂げるものなのですね。
どんな優れたイヌの解説書よりも、イヌという種の本質を教えてくれる一冊である、と思う。