松原隆一郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
内容(「BOOK」データベースより)
乱立する高層建築、街中に張り巡らされた電線、均質な郊外風景。戦後の日本で、経済政策優先の都市開発が生み出した無味乾燥な“景観”を私たちはどのようなものとして受容してきたのか。マンション景観訴訟や景観法、景観行政などの従来の政策や議論が見落としがちな景観の社会的な意味や歴史的な形成過程について考察して、景観を語る言説に刻まれている歴史性や政治性を具体的に浮き彫りにする。生活者の主体性を排した都市計画や、理念への羨望と現実での絶望との間で循環する議論を回避して、近代日本で“景観”がどのように形成され変容し、そしてその過程でそれをどのように内面化してきたのかを探ることで、新たな景観論を展開する論考集。 -
Posted by ブクログ
昨今の経済状況を観て、経済学は冷たいものなのだろうか。そんな疑問を持ち手にとった一冊。しかし読み終えたあと希望を持てた。古典を深く読むならばその根底には温かい哲学が流れている、そう思えた。
はじめにの章で「資本主義」と「市場経済」の対比が便利であるとの提案になるほどと思った。「資本主義」という見方では貨幣や資産が中心となり実際の商品や財は背後に退いていく、とのこと。いままさにピケティが注目を集めているがその考えに共通の理念を感じる。
そもそも何のための経済か。なぜ経済学から哲学がパージされたのか。今こそ古典に流れる哲学の復権を望む。私も本書をガイドに古典を読み進めたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ相当ハイレベルな内容を圧縮して詰め込んだ本。
ケインズ、ハイエクそれぞれに、経済学だけでなく、哲学、歴史など多様な要素が含まれている。その分楽しめるとも言えるが、自分の知識をいかようにも試され、降参してしまう。
それにくらべて、年金制度の行き詰まり、トップダウン故につまづいている貨幣経済など、今日の日本経済が実に情けなくなってくる。
「ハイエクならば、貿易自由化という以上は同時に貨幣発行の民営化まで踏み込まなければならないと主張するのではないか。農業は製造業とは別の民間通貨を使うのである。」との意見は、官から民にお金の流れを変える事の大切さを考えさせられる。 -
Posted by ブクログ
小泉政権下での構造改革や規制緩和、低金利政策による円安誘導など一連の政策を、輸出企業の国際競争力強化を図る「重商主義」と定義し、輸出企業が稼いできた利益が国民に分配されなかったことや内需が絶対的に弱ってしまったことで実質的には行き詰ったもの、と断じている。
一方で、民主党政権による政策については、結局農家の戸別保障制度や家族手当などのばらまきに終始してしまったために、持続的な成長戦略を全く欠いてしまっているとしている。
その上で、著者としては内需の成長こそが日本経済に必要であると論じ、具体策として、国民にとって本当に必要な公共事業を行うこと、たとえば保育園の整備だったり、人と自然が調和をして国民にとって憩いともなれるような土木事業だったり、文化性をはぐぐむ公共施設の整備などをあげている。ハコモノ、既得権益と癒着渦巻く旧来型の公共事業ではなく、本当に国民にとって必要な「公共」事業によって内需の成長を見直すべきとしている。
また、慢性的なデフレ状態は、世代間の不均衡、いわゆる福祉の世代間格差こそが根本的な原因であることを見抜いている。民主党政権のようなばらまきを行っても、将来不安がある限り国民が消費行動に向かうことは無いとして、不安の解消こそが優先して行うべき政策だと論じている。
非常に論理が明確で言っていることが腑に落ちる内容です。
とくに世代間格差の問題や将来不安について、ここまで一般の国民心理を理解されている人がいるのに、なぜ政治の世界には届かないのだろうと改めて不思議に思う感覚でした。
主張についての賛否はともかく、経済と政治の分野において、現代の日本立ち位置を理解するのに非常に役立つ一冊。お勧めです。 -
Posted by ブクログ
この著者については,朝日新聞「論壇時評」のときから注目していた。経済学者でありながら,社会の動きに広く目配りをして,説得力ある論旨を展開していた。本書はその改稿を含め,現在の日本社会・経済・政治の問題点を指摘し,それに対して(著者なりの)一定の処方箋を与えようとしている。自民党の高度成長期が終了するころまでの政策を一定程度評価しつつ,その晩期における問題の指摘はうなずけるところであり,また一方,現在の民主党政権への政権交代に一定の時代的必然があるとしながらも,個別政策とその背景にある考え方に一定の疑問符をつけている。「コンクリートから人へ」は,現実には「コンクリートからカネへ」ではないかという,著者の指摘はなるほどと思わされる。
著者は,小泉政権時代に取られた「重商主義政策」によって,日本社会の「中間組織」がことごとく破壊され(自民党が依拠していたのはこの層であり,この崩壊が自民党が政権を失う原因の一つとなったという),人々がそれに代わる新たなコミュニケーション回路を模索している時代であるともいう。
こうした時代における政治の役割というものを考えさせる著作である。 -
Posted by ブクログ
経済学の古典三十冊を要約して紹介するもの。
著者が自負するとおり自説に関係なくその古典の著者の意思をバイアスなしで紹介していて感心。
そうゆう意味で今まで誤解され批判を受けてきた古典や考えに新しく光をあてていて、「あ、そうだったんか…」と唸る事が多かった。
加えて経済思想史に関する本を読むのはこれが初めてだったので、今までどれだけの知の巨人がいたのかとゆうことでも驚かされた。
今大学で学んでいる経済学はミクロってのもあって新古典派経済学と言える。それ自体には不満はないがおれが個人的に強い関心を持つのは経済思想史とかだったりする。「経済思想史の変遷」とゆうクラスがあるらしいけど実際教えられているのか不明だしでちょっと腐りかけてたところにこの本は知的な喜びを与えてくれた。 -
Posted by ブクログ
経済思想入門
著:松原 隆一郎
出版社:筑摩書房
ちくま学芸文庫 マ 38 1
むずかしかった 経済学そのものが、演繹的な理論体系ではなく、歴史の中で積み重ねられた帰納的な産物であるからだとかってに思い込んでいます。
経済学とは、はたして、社会科学なのか、それとも自然科学なのか。本書のような経済書にであうたび、そういった疑問にさいなまれてしまう。
加えて、経済思想とはなにか。数学だと、数学思想というのがあるのか、物理なら、物理思想というのがあるのでしょうか。
パラメタが数万あろうが数億あろうが、結果が1つであれば、それは函数とよばれるので、数学的にモデル化ができる。パラメタが同時に動くのであれば、複雑系という別のモデルとして処理できる。多くのパラメタからある数個のパラメタに結果を落としこむのであれば、それは写像といわれているので、これまた数学で扱える
ただ本書は、経済学の関数的な扱い方には、後半で否定している。
あくまでも、学際分野の統合とは、社会科学の分野が中心なのである。
しかし、AIやコンピュータがスパコン並みになった現代では、経済学は応用数学の1分野として体系化ができるのではないでしょうか。
それなら、理系人間はとっつきがよくなる。計量経済学では、すでにいろんなモデルで数値化されているのでもありますので。
本書では、経済思想とは、社会における諸方面の人間の営みを配慮しつつ描いた経済理論とある
すなわち、経済思想とは、ある条件下にある経済理論なのだ
思想=理論という構図になる
思想:自分自身が抱く、体系的にまとまった考え方、価値観
理論:筋道を立てて組み立てられた知識の体系 とあり、ちょっとニュアンスが違う
いきなり、しっくりきません。
なので、第1部を、経済学発展史、第2部を現在有効な経済学の通説として読みかえて、読み進めることにしました。
①~⑨(第1部)
①古典派以前
市場の歴史から本書ははいる ファラオ、ギルド、封建制度の崩壊、市場社会の成立
17世紀にウェストファリア条約で、神聖ローマ帝国が事実上解体し、主権国家が誕生するところから、市場社会の起源が語られる
マックス・ウェーバが提唱する市民的資本主義から工業の商業化へ
重商主義 貿易差額主義、貨幣など
ヒューム、道徳・政治論集
重農主義 農業の体系 といった概念が本章で語られる
②古典主義 アダム・スミス
経済学の父、労働と価値、富、分業、市場
国富論、道徳感情論 労働、資本、土地、使用価値と交換価値
③古典主義 リカード、マルサス
通貨の増発と物価の上昇
不況とは、資本の蓄積の停滞
リカードの包括的経済像 通貨規律の回復、国債整理、穀物条例の廃止、金本位制、財政赤字の解消
貧困を解消させるには
人口と、賃金、収益低減モデル
④マルクス経済学
ロバート・オウエンのユートピア
ミル 自由論
マルクス 共産党宣言、唯物史観、剰余価値論、労働価値説
新技術論、交換の非対称性という命題が、シュンペータと、ケインズに受け継がれていく
⑤新古典派
マーシャル 経済学原理、数学付録ノート
限界革命 資本主義の限界を予言したマルクスの破綻説の誤り
ワルラス 限界効用逓減の法則
ケンブリッジ学派 ミクロ経済学と言われる
広義の新古典派とは、このミクロ経済学に、ケインズの解釈である、マクロ経済学を加えたもの
⑥社会主義経済の付加
シュンペータ 理論経済学の本質と主要内容、経済発展の理論、経済循環、企業の巨大化、イノベーション
ハイエク 集産主義経済計画、合理的経済計算
⑦ケインズ
ドイツの賠償問題が経済に与える影響を予見
世界恐慌の理論化
マクロ経済学
平和の経済的帰結、貨幣改革論、雇用・利子および貨幣の一般理論
確率論、経済における投機の蔓延
⑧消費社会化と市場自由化
ケインズ理論の実践:ニューディール政策
スタグフレーションの進行と、ケインズモデルの疑義
フリードマン:マネタリズム
合理的期待形成学派:国の経済への介入、レーガノミックス、サッチャー、中曽根
サミュエルソン 新古典派総合 ケインズへの回帰
大量消費社会の到来、グローバライゼーション
⑨現代(第2部)
・判断基準として自然科学の分析方法の導入
・イデオロギーなどを排した、客観的理論・事実の導入
・仮説の体系・予測・反証・理論の検証
・市場と制度 行動の最適化と需給の均衡化
・制度と市場の信頼性、ゲームのルール
・契約と設計主義
・生産要素の商品化、市場社会の誕生
・雇用の流動化
・通貨論争
・正貨配分の自動調整原理 貨幣発行額と貨幣価値の変動
・貨幣国定説と、貨幣商品説
・流動性
・合理的な消費者
・形式化、市場の均衡
・消費の限界消費性向
・消費の個人性
・取引コストと企業組織
・企業組織と経営環境
・知的創造
・市場制度の自由と平等
・判断の合理性、リベラリズム、マキシミン原則
・グローバライゼーション
・自由貿易論
・弱者の支配
・R&Dネットワーク
・国際金融のグローバライゼーション
・構造改革と消費不況
・欲望の拡大
・経済学における相関的思想の再興
目次
はしがき
第1部 経済思想の歴史
市場社会の成立
古典派の成立―アダム・スミス
古典派の展開―リカードとマルサス
古典派の隘路―マルクス
限界革命と新古典派
社会主義経済の可能性をめぐって
資本主義の変貌―ケインズ
消費社会化と市場自由化―市場の高度化と経済思想
第2部 経済思想の現在
方法について
制度について
貨幣について
消費について
企業について
市場と公正
グローバライゼーションについて
経済思想のゆくえ
註
参考文献
ちくま学芸文庫版あとがき
索引
ISBN:9784480097071
判型:文庫
ページ数:400ページ
定価:1200円(本体)
2016年02月10日第1刷発行 -
Posted by ブクログ
松原隆一郎(1956年~)氏は、東大工学部卒、東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、東大教養学部助教授、東大大学院総合文化研究科教授等を経て、放送大学教授、東大名誉教授。専攻は社会経済学、経済思想史。
本書は、経済学の古典・名著から厳選された30冊について、そのエッセンスをそれぞれ6~12ページ程度で紹介したものである。
収録されているのは、ロック『統治論』、スミス『道徳感情論』、『国富論』、J・S・ミル『経済学原理』、マルクス『資本論』、シュンペーター『経済発展の理論』、マーシャル『産業と商業』、ケインズ『雇用・利子および貨幣の一般理論』、ポラニー『大転換』、サムエルソン『経済分析の基礎』、ハイエク『科学による反革命』、『自由の条件』、ガルブレイス『ゆたかな社会』、フリードマン『資本主義と自由』、ドラッカー『断絶の時代』、ロールズ『正義論』、セン『不平等の再検討』等。
私は、世界中で広がる経済格差の元凶ともいえる資本主義に問題意識を持ち、これまで、水野和夫、トマ・ピケティ、ジョセフ・スティグリッツ、(社会学者)広井良典、斎藤幸平らの著書や、経済学史を扱った中村隆之『はじめての経済思想史』、荒谷大輔『資本主義に出口はあるか』等を読んできたが、本書を手に取ったのもその流れによる。
本書では上記の通り、ロックに始まり、古典派経済学、マルクス経済学、ケインズ経済学、新自由主義派、更にセンに至る著作が取り上げられているが、著者は、経済学の分野は、政治学や社会学と異なり、複数の異なる学派の共存に寛容でなく、単独の学派の独占状態をあえて忌避しない風潮が強いため(特に、かつてのマルクス派、近年の新自由主義派)、単独の著者による経済学史の本についても、(著者が支持する)単独学派の優位性を示すような書き方をされることが少なくないことを指摘し、本書においては、できる限り中立に、「それぞれの著者の意図をできる限り再現し、歴史的な経緯もふまえて紹介すること」を基本方針としたと語っている。
そうした中で、著者が示した、歴史家フェルナン・ブローデルによる「市場経済」と「資本主義」という対比を用いた説明は興味深いものである。それは、貨幣と商品の交換の連鎖である経済について、商品が商品と交換されるように見るのが「市場経済」で、貨幣がより多くの貨幣をもたらすように見るのが「資本主義」とする。そして、前者は、スミスから新古典派、ハイエクらによって論じられ、金融市場を実物経済と両立し得るものと見做してきたのに対し、後者は、マルクス、ケインズらによって論じられ、人間には貨幣そのものを蓄積しようとする性向があり、よって資本主義と市場社会の間には矛盾があると見做してきたというものである。これに基づけば、近年広がる「資本主義の限界(→脱成長コミュニズム)」という論調についても、前者は否定、後者は肯定ということになる。
一から通読するには少々パワーが要るが、興味のある部分を読むということでも有用な一冊と思う。
(2022年1月了) -
Posted by ブクログ
とても正しく、ピュアな主張。
例えば、電柱(電線)有無の写真を比べて感覚的に良さを訴えてくるあたりもよい。
おそらく小池氏も松原氏(『失われた景観』の著書がある)も、もともとは景観上の観点から無電柱を主張し始めたはず。それでも、おそらくあとから、防災を看板に加えたりオリンピックもきっかけに加えたりしている。
そして、実際本音は景観なのだとしても、それでよいと思うのである。これまでの東京の都市の歴史においても、例えばグリーンベルトが(本音はアメニティのためであっても)防火を看板にして主張されて実現したことがあった。プランナーは本音は大事にしつつも、時には工夫をして財政を説得するテクニックが問われてよい。
本書をよんでいて思い出したのは、東日本大震災のあと、復旧の過程で、早々にある通りに電柱がふたたび立ったことが、喜ばしいことのようにある新聞1面に掲載されたこと。そしてそのことを、六本木ヒルズで開かれたシンポジウムで、ときの国交省国土政策局長N氏が、批判的にコメントしていたこと、、。
この事例からも考えたのは、電柱は、「迅速に(拙速に)、効率的に(単目的に)」都市インフラを構築する場合の、象徴的な施設なのだろう、ということである。
本書の構成、論理展開等について述べておくなら、ストーリー展開がやや雑なのが残念。ヒアリング結果の長文掲載や、既往文献の長文引用も多いし、主張自体のクリアが展開がなされていないのが残念。ふたりの著書で分担執筆していることにも一因があると思う。
特に、各ステークホルダーのインタビューが紹介されているくだりでは、その結果から、もう少し丁寧に政策が紡ぎだされてほしかったと思う。いろいろ調べたわりに、単に「意識改革が必要」という抽象的な結論に頼りすぎだと思う。
※インタビュー結果のなかでは、電力会社が地中化のための独自の基準(「需要密度」)を持っているという話や、緊急輸送道路にかかる道路法改正のくだりは面白かった。
とはいえ、都知事となった小池氏に、ぜひともいま頑張ってほしいと思う。
19C仏国パリの大改造において、オスマンにより、ライフラインも地中化されたのだということはしらなかった。そしてそのときのように、為政者の力というものは都市づくりにおいて強力であると改めて思うのである。 -
Posted by ブクログ
もう一周忌。プロレスをこれまでも語ってきた論者たちの一年遅れの弔辞集です。ターザン山本の「プロレスについて考えることは喜びである。」というキャッチフレーズは大嘘だ、って言い放ち「猪木について考えることは喜びである。」とヤバすぎるエピソード連発する遅れてきた猪木ファン吉田豪。日本が世界に誇る三大偉人として空海と宮沢賢治と猪木と並べる妄想マックス夢枕獏。猪木を1000万人に通じる言葉を求めた人として、村上春樹の横に置くアカデミズム松原隆一郎。久々のターザン節がなんとなく旬じゃない感じのターザン山本。猪木、たけしだけじゃなく、村松友視、古舘伊知郎、ターザン山本に洗脳されまくりの人生突き進み、そして傷つく水道橋博士。今や、なんかそうなのかな…???と思える日本人論を展開する馬場派の香山リカ。「壁抜けしつつ、どこへも越境せずに留まっている」と猪木を謎に哲学する入不二基義。こうやってプロレス猛者たちの、なんか言いそうだな…という猪木論を読んでいると全体に既読感を覚えてこちらもそうとうに古参であること感じちゃってしまいました。いつも変化を見せてくれきた猪木の不在によって、これから新しい視点の新しい猪木論者出て来るのだろうか?と心配になりました。死ぬってことは過去になるってこと?猪木をノスタルジーで消費したくない!猪木は常に新しい、ってことで求むZ世代猪木論!