池田大作のレビュー一覧
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第2巻では、山本伸一が会長に就任した1961年(5〜12月)に、国内各地を訪れた様子が描かれている。
なかでも印象深かったのは、「先駆」の章での、返還前の沖縄訪問である。ひめゆりの塔、健児之塔を前に、伸一が言葉少なに語る場面は胸に迫った。
「錬磨」の章では、行き詰まりとの闘争が語られ、自身の歩みを振り返った。
「勇舞」の章では、各地で支部が結成され、新任リーダーたちに伸一が激励を送る姿が描かれている。皆が必死に挑んでいる様子が、心に残った。
「民衆の旗」の章では、山本伸一と子どもたちとのやりとりが印象的だった。初めは「忙しい中で大変だな」と思ったが、小さな娘を育てる私にとっても他人事ではなく、胸に響くものがあった。 -
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ネタバレ読むのに時間がかかってしまいましたが池田大作先生の温かくも力強いメッセージが心に響きます。
良かった言葉本書より抜粋
「青春は、苦しい悩みばかりであろう。しかし悩みがあるから、心は育つ。うんと悩んだ日々こそ、いちばん不幸だと思った日こそ、あとから振り返るといちばんかけがえのない日々だったこともわかるものである。だから苦しみから逃げず、苦しみの真ん中を突っ切っていくことだ。寂しければ、その寂しさを大事にすることだ。寂しさや悲しさを遊びなんかでごまかしてはいけない。耐えて耐えて自分を育てる糧にていくのだ」
寂しさが常につきまとう私にとってこの言葉は励ましになりました。
青年への激励の言葉だけでなく、池田大作先生の人生観や思想にも触れることができ、学びの多い一冊です。 -
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第7巻は昭和37年(1962年)8月から昭和38年4月までの物語である。以下、本書で注目したところ4点を記す。
①質問会について
本書には質問会について3ページ半に渡って書かれている。天才・戸田先生の爆笑の質問会から折伏の勢いが生まれた。
②春山富夫について
早稲田大学政治経済学部を卒業した後、商社に入ったエリートであった。ニューヨーク支部の初の支部長と北米男子部長を兼任し、後に本部職員となる。
③ケネディとの会見について
ケネディから会見の打診があったのが、昭和37年12月ごろと思われる。会見の予定は年明けて昭和38年の2月であったが、大物議員の横槍が入り、会見を中止にするのが昭和38年1月。直前でのキャンセルであった。
④台湾について
戒厳令下の台湾では、宗教団体が組織的な活動を行うには当局に申請をし、許可を受ける必要があった。台湾の学会はその許可が出なかった。それどころか、解散命令が出されてしまう。 -
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先生はいつの時代も真剣。常に希望を抱いておられる。こんな境涯になりたい。未来部と真剣勝負の御書を学び合いたいものだ。先生のこの気持ちのままに自分が語れているか。特に阿仏房御書の講義がささった。日蓮仏法では、定を禅定とし、心を安定させることを意味するが、静かに座って瞑想することとはしていない。「困難な道を前進する中で、自身の心を定めて揺るがないこととする。」との記載があった。「苦難に挑む不動の心」は、困難な道への前進が大事ということが、改めて響いた。揺るがないために、動く。揺るがないために座すではない。ここが、とても前向きだし、私が好きなところ。
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池田大作先生の講義集ですね。
目次
創価大学・第一回特別文化講座
人間ゲーテを語る
∮学問は青春の特権
君よ世界を自分のものとせよ
∮創価の若人に勝利あれ
正義の炎を永遠に
創価大学・第二回特別文化講座
革命作家・魯迅先生を語る
∮希望とは君がつくるもの
茨を開いてこそ道はできる
∮民衆愛の指導者たれ
∮革命とは永遠の進撃
創価女子短期大学・特別文化講座
永遠に学び勝ちゆく女性
マリー・キュリーを語る
∮使命を自覚すれば希望と勇気が生まれる
∮学びゆく者こそ人間の王者
∮理想を目指して打ち込む生命こそ最も美しい
∮忍耐と自信を持て 道は必ず開ける
∮知性と福徳ゆたかな女性に
∮「私はやりきった!」と勝利の人生を飾れ
創価学園・特別文化講座
大詩人・ダンテを語る
∮徹してこそ才能は花開く
∮日本一の「英知の力」「雄弁の力」
「文筆の力」を
∮使命の山を登りゆけ 負けじ魂ここにあり
∮友に尽くす行動は永遠に朽ちない
∮「平和の世紀」を皆の手で
ゲーテは、亡くなるまで向上心を失わなかった。挫折しそうになると、自分の生きる意味を見つめ、自分自身を鼓舞して、常に前を向いて行動した。
魯迅・キュリー夫人・ダンテは、逆境や迫害、無理解に屈する事無く、それぞれの分野で探究と行動する事を止めなかった。「負けない」ことで、「勝って」いく人生を歩んだ。
先生の講義は、常に学生と会話するように進められています。一方的に講義するのではなく、常に若い学生たちの反応を窺いながら、語りかけるようにされています。単なる教訓ではなく、いかに生きる事に、何が必要か吟味されながら、解りやすく心を温めながら、実践に役立つ知恵を伝授されているのを感じました。
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『新・人間革命』第3巻の舞台は昭和36年(1961年)1月から2月のアジア初訪問。「仏法生還」「月氏」「仏陀」「平和の光」の4章から成り「インドへの旅」が白眉である。仏法が生まれたインド。アショーカ王は仏法を基盤とした政治を行い、ガンジーも非暴力闘争の根底に仏法を置いていた。また、ガンジーの精神は初代首相のネルーに受け継がれた。
道中、先生はずっとお題目を唱えている。インドにお題目を沁み込ませるように。後にインドに永住しインド広布を使命と定める青年も現れた。今や仏法を持つのは社会的上層の人が多いとも聞く。全ては昭和36年のインド初訪問から始まった。
未来を見据えた先生の構想力。未来のために今、種を植えるという「時」の捉え方。変化の激しい時代であっても、いや変化の激しい時代だからこそ、その構想力が必要ではないか。未来を見据える力があるか。未来を作る自覚があるか。 -
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『新・人間革命』第2巻は昭和35年(1970年)10月から12月までの2ヶ月の物語。
初の海外指導から帰国してみると、日本の幹部には緩みが生じていた。それはエンジンである師の回転数が速いためでもあろうが、師にギアを噛み合わせていないと、幹部でも気付かぬうちにズレが生じることを意味する。
会長就任から7ヶ月。就任時に140万世帯だったのが12月には170万世帯。8ヶ月で1.2倍の増加である。昭和35年の日本の全世帯数は2200万世帯だから、すでに7%以上がご本尊を受持したことになる。
会員の数が増えるにつれて、傲慢な坊主が現れる。終戦から15年でその腐った性根を露呈していた。
それにも関わらず学会が急成長したのは、先生の指導力に他ならないだろうが、この年すでに衆議院への進出を考察されている。幹部が緩もうが坊主が腐ろうが、学会が爆進できたのは、ひとえに先生の構想力による。未来を構想し、進路を示すのが真の指導者。 -
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ネタバレ目次
・御書は「末法の経典」
・誓願に貫かれた大聖人の御生涯
・立宗宣言
・立正安国(上)
・立正安国(下)
・一生成仏
・異体同心
・師子王の心
シリーズ3巻のうちの第一巻。サブタイトルは「人間主義の宗教を語る」であり、本稿は2002年に、仏法の専門誌「大白蓮華」に掲載された創価学会・池田名誉会長、同・斎藤教学部長(当時)、同・森中副教学部長(当時)の対談である。
「御書」とは、宗祖日蓮大聖人の論文・御手紙等が編纂された書。
「立宗」とは、日蓮大聖人が初めて宗教を起こしたこと。
その日蓮大聖人が時の執権・北条時頼に上程した書に、「立正安国論」がある。
「立正安国」という言葉も含め、「一生成仏」「異体同心」「師子王の心」は、その御書の中で説かれている最重要な思想・哲学であり、そのことについての師弟対談集である。
第一章では、「御書」の読み方として、「ある時は大空から俯瞰するように、ある時は顕微鏡で精査するように、御書の仰せを根本に、学び、考察していきたい」と述べられている。
「御書」の内容は一言で語れるものではないが、池田名誉会長は、「御書では仏道修行における「心」の大切さが大いに強調されています。「信」「勇気」などの仏界を開く心の力の働きを教えられるとともに、反対に「不信」「臆病」などの仏界を閉ざす心の働きを戒める。心についての教えが御書であるといっても過言ではありません。」と述べられている。
第2章では、「誓願」に貫かれた大聖人の御生涯について語られている。大聖人はその御生涯において、少なくとも二度大きな誓願を立てられたと。第一は、「日本第一の智者となし給へ」(12歳のとき)、第二は32歳の立宗直前の誓願。万般の宗教を研究されつくした上で法華経第一という帰結のもと、法華経の行者として末法の民衆救済に生き抜く決意として立宗宣言をなされた。
第3章では、「四箇の格言(「念仏無間」「禅天魔」「真言亡国「律国賊」)について、その現代的意義について語られている。
この「四箇の格言」が諸宗攻撃、独善的、排他的と言われることがあるが、その真意はそのような狭量なものではなく、「円満なる人間の生命の力の開花」を示すものであることが記されている。
第4章では、「立正安国」の「立正」とは何か、「安国」とは何か、について語られている。「立正」とは「正法を立てる」→心の変革→人間尊厳・生命尊厳。そこから「安国(=社会の平和)を実現していくという流れが示されていた。当時の権力中心の社会から、民衆中心の社会への変革(人間主義への変革)を示されたのが、その本質だったことを再認識した。
第5章以下、信仰を実践していく上での重要な思想「一生成仏」「異体同心」「師子王の心」について、学びを深め、自身の「誓願」へと繋げていきたいと実感した。 -
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人間革命第6巻は昭和27年が舞台である。
立宗700年祭を語る中では、大聖人の立宗について描かれている。
また、池田先生の結婚について描かれている。
しかし、多くのページを割かれていたのが、笠原慈行(小笠原慈聞)の事件である。
彼の神本仏迹論が、学会の弾圧につながり、牧口先生の獄死の原因になった。その意味で、戸田先生は彼の邪義を破折する機会を狙っていた。
しかし、この事件を通して、彼を僧職に復帰させたことや、戸田先生への処分など、宗門の体質が浮き彫りになっていく。
宗門はあくまで僧が上で、俗が下であると見なしていた。荒れ果てた大石寺を創価学会に再建してもらったにも関わらずである。そこにはベットリと染み付いた、もはや抜きがたい宗門の体質があった。
この事件を語る中で、神道の歴史についても詳細に説明されている。ここも大変勉強になった。
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『人間革命 第1巻』のリライト版を初めて読んだ。昔読んだときは、歴史的な件にはあまり興味がなかったが、今読み返してみると、GHQによる日本の間接統治とその体制下で人々がどう生きたかということも学べて面白い。
敗戦の焼け野原の東京で、マッカーサーを「梵天くん」と呼び、「広宣流布のときが来た」と確信する戸田先生の決意がすさまじい。獄中で法華経を身で読み、法華経の生命哲理を会得した戸田先生は、日本の総体革命のため、人々の蘇生のため、世界の平和のために、日蓮仏法を打ち立てることを決意する。
「獅子は伴侶を求めず」文字通りたった一人からの戦いであった。しかし、事業化であり教育者であった戸田先生はうねりを起こす達人であった。それにはまず自分が回転すること。同志の歯車が自分という歯車と噛み合えば、うねりが起きる。言い方を変えれば、自分という歯車に噛ませる歯車を見つけること。うねりを起こすにはそれしかないのだ。 -
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ネタバレ第9巻では、1964年(昭和39年)の広布の進展を知ることができる。
1964年は、10月には東京オリンピックが開催され、その開催に先立ち、東京モノレールが開通し、地下鉄日比谷線が全線開通し、また東海道新幹線も開通するなど、交通インフラが一気に整備された年である。また同様に、ホテルニューオータニやプリンスホテル等、ホテルの開業も目覚ましく、この東京オリンピックを契機として、日本の経済成長が最も著しく進んだ年に当たるのではないだろうか。
そのような華々しい時代にあって、地道に、着実に、未来への布石を一歩、一歩打ち続ける組織がある。周りの華々しさとは対照的かもしれないが、その着実な布石は、その意義や価値を考えた場合に、むしろ輝かしく思える。
この第9巻は、次の4つの章から構成されている。
「新時代」「鳳雛」「光彩」「衆望」
これまでの巻でもそうだが、主人公山本伸一の行動は、地道ではあるけれども、その勢いは凄まじい。この時期の日本の高度成長の勢いもすごいと実感するが、その勢いに勝るとも劣らない勢いを感じる。
マクロの視点、ミクロの視点を駆使しつつ、国外にも国内にも、また社会にも一人の個人にも真剣な眼差しを向け、一刻をもムダにしない真剣さが描かれている。
「新時代」の章では、オーストラリア、セイロン(スリランカ)、インドの三カ国を訪問する。帰国後、インドの独立運動の指導者ネルーの訃報に接し、次のネルーの言葉を引用されている。偉大な指導者の共通の思いが込められているからだと思う。
”人のために働いて、働いて、眠れぬ夜を何日過ごすかが大切だ”
「鳳雛」の章では、未来の人材である高等部、中等部、少年部の結成について綴られている。高校生のことを「鳳雛=鳳凰のヒナ」と呼んだ。何十年先に視点があり、未来の人材こそ尊敬しようという視点だ。この視点こそ偉大な指導者の視点なのだなと感じる。
少年部~高等部とくれば、学生部。「光彩」で信仰を始めたばかりの学生が「信心をする目的とは何でしょうか」と問う場面がある。その一つの答えが記されている。
「個人に即していえば、一生成仏です。それは、自分自身の永遠に崩れることのない、絶対的幸福境涯を築くことです。もっとわかりやすく言えば、何があっても負けない自分をつくりあげていくことです。人間革命です。しかし、それだけではありません。仏法者の使命という観点からいえば、広宣流布ということです。広宣流布というのは、人びとに正しい仏法を教えて、みんなを幸福にしていくことです。人類の平和を築き上げることです。」
「衆望」・・・民衆が望むこと。高度経済成長を遂げる日本において、見えないところに民衆が置き去りにされている部分がある。当時は、現在ほど「福祉」という言葉は注目されていなかった。まさに衆望に応える政治を実現していくための布石が描かれている。
そして、主人公山本伸一が、師・戸田城聖のことを書き残そうと決意した「人間革命」を、戦争による惨劇の舞台となった沖縄の地で、執筆を開始されたことが綴られている。 -
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池田先生とロートブラット博士の対談集。
ロートブラット博士は2005年8月に96歳で亡くなった。2006年に発刊された本書が博士の遺稿となった。
ジョセフ・ロートブラット博士は、マンハッタン計画に参加した科学者の一人であったが、後に計画から離脱した。1955年、ラッセル・アインシュタイン宣言に署名した11人の科学者の1人であり、後にパグウォッシュ会議を立ち上げる。この功績により1995年にノーベル平和賞を受賞。
20世紀は科学の世紀であった。と同時に、戦争の世紀でもあった。科学と戦争。この2つには密接な関係がある。科学が大量殺戮兵器を生み、また戦争が科学を進歩させたからだ。
ロートブラット博士は、ナチスに世界を支配させてはならないとの信念からマンハッタン計画に参画する。しかし、ナチスに原爆を作る計画がないと知って、この計画から離脱する。
しかし、原爆は広島、長崎に落とされ、ロートブラット博士は自責の念から、反核運動、反戦運動に人生を捧げることになる。
池田先生と博士は、「戦争の文化」を「平和の文化」に転換しなければならないという点で意見が一致する。戦争ありきで政治、外交を考える文化をなくすという意味である。
そして、そのためには、教育が根幹であるという点でも意見の一致をみる。世界市民の意識を育む教育が必要という意味である。
それにしても、ロートブラット博士の崇高な人生に敬服する。全編を通して、博士の高貴な人格がにじみ出ている。96歳にしてなお、仕事に取り組もうという意欲、使命感、そして学ぶ姿勢。若々しい。
崇高な理念のために生きる一生は、多くの人の心に火を灯す。 -
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ゴルバチョフ対談の中巻。
二人の革命家の話は、だんだんと深いテーマに。そしてテーマが深まるのと比例するように、二人の対話が白熱していく。
率直な語らい。ゴルバチョフも縦横無尽に持論を展開する。受ける池田先生も、仏法の眼から明確な思想を返す。賛同するところは賛同し、否定するところは否定する。
例えば、ロシアのリーダーにべっとりと染み付いた「民衆を見下す思想」。池田先生はこの思想に、鋭く切り込む。池田先生は、民衆を見下し、愚弄するような思想は、絶対に許さない。
中巻の終盤、ゴルバチョフは教えを請う生徒のようになっていく。
下巻の展開が楽しみだ。 -
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まず、まえがきが素晴らしい。
「私たち二人は異なる文明に生き、異なる活動をしている。一方はロシア人でロシア正教の文明に育ち、他方は日本人で仏教文明に育ち、一方は政治を職業にし、他方は宗教者として活動している」
確かに、政治家・ゴルバチョフと宗教家・池田大作という、文化も職業も違う二人だが、その対談は、驚くほど響きあう。
実際の対談は、ゴルバチョフが大統領辞任後の、1994年頃から行われ、その後も日本やロシアで、会談を重ねることになる。
この二人がなぜ、ここまで響きあうのか。それは二人が革命家だからだ。
時代を背負い、世界を変えようという革命家だからこその共鳴なのだ。
まえがきの続きには、こうある。
「もし、思想信条を異にする私たち、すなわち、ソ連共産党の最後の書記長と日本最大の宗教運動の指導者が対談のテーブルにつくための共通の精神基盤を見つけることができ、そして二十世紀の最も顕著な出来事を理解するための接点を見いだすことができるとすれば、それは、とりもなおさず、二十世紀の人類が経験したすべての出来事が深い意味をもつことになり、地上に生を享け、現代という時の流れに身を置く、個々の人間の存在をつらぬく共通項があることの証左となろう」
※追記
2022年8月30日ゴルバチョフが亡くなった。91歳であった。プーチンがウクライナを侵略しているこのときにゴルバチョフが亡くなったのは感慨深い。 -
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「戦争ほど残酷なものはない」との冒頭のドグマ、悲惨で残酷なものは戦争より革命と内乱、そしてカルト(というより権力化した)宗教だろう。
「宗教に対する無知が、人類最大の敵である」古代国家はみな祭政一致であった。大日本帝国は欧米列強に見習った民主主義国家であったし、宗教でなく国家のアイデンティティとした国民のコンセンサス〈国家神道〉をカルト宗教と見て、それの打倒が平和へ直結とほざくのも一つのカルト宗教。
戦時は空襲と窮乏で都市部は悲惨だったが秩序はあった。全面降伏=奴隷化をル大統領が求めたから「まだ続いていた」ので「ミドウェー海戦敗北後は勝てる見込みがないからさっさと降伏すべき」とは空論/ドキュメントでもなく小説としては冗長。布教宣伝用のパンフレットだが、昭和3年生れで徴兵年齢前に少年航空兵志願したかった軍国少年がカリスマ戸田に人間改造され「一人の人間の偉大な変革が一国の運命、世界の運命もかえていく」偉人になる、つまり「私は偉い」というメインテーマ
出獄して、翌々日に中野歓喜寮に堀米尊師を訪れた戸田は「将来、必ず総本山大石寺の再建復興をします」と誓った、と四十五年史にある。小説では寝ていたとわざわざ書いてある。が、まず宗門に出獄を報告に行くのはスジだろう。