アダム・スミスのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
何とも言えない満足感が得られる書籍でした。ただ中身が非常に濃いので(ページ数も700ページほどある)、正直最初の方の議論がほとんど頭から抜けつつあり、なんとか時間を見つけて2度目に挑戦したいと思います。
冒頭にノーベル経済学賞受賞者でもあるアマルティア・センの序文がありますが、これだけでもお金を取れるレベルです。アダム・スミスの代表作である「道徳感情論」と「国富論」、表面的に読むと、同一人物が書いたとは思えない、あるいは互いに主張が矛盾しているという印象を持つ人は多いかもしれません。前者が「徳」「正義」「共感」などを論じているのに対して、後者はそのような感情を排した「利己心」を中心に経済メカ -
Posted by ブクログ
経済学部を卒業したが、経済学の起こりとなるアダム=スミスの国富論を手にしたことがなく、初めて読んでみた。
星5評価をしているが、凄いと言われているからであって、個人的にこの本を評価できるほどは読み込めていない。
上巻のみで読み切るのに3ヶ月半かかった。
国富論を半分読んで分かったのは、大学で習う経済学の数式や図でまとめられた単純なものを国富論が示していたわけではないこと。経済学の授業は国富論の内容を簡略化したものであり、実際にこの本を読むと違ったニュアンスが多数ある。
自由主義を推奨してはいるが、それは市場に全てを委ねることを勧めているわけではないことがわかる。経済学というより、哲学に近い内容 -
Posted by ブクログ
学生時代になんとなく習った気がするけど、よく思い出せない代表例がアダム・スミス『国富論』であろう。国富論といえば「神の見えざる手」という表現が有名であり、マーケットメカニズムよって国民が欲するあらゆるサービスが提供されるので、国家の権限は治安維持や国防、司法に限定すべきであるといった新自由主義的文脈に援用されることが多い。
しかし、アダム・スミスはそんなことは一言も言っていない。自由放任主義によって個人の利己的な行動が市場の調整機能によって全体の経済を豊かにするという内容は出てくるものの、むしろ主題にしているのは道徳経済論という理性や責任に基づいた経済活動の重要性である。
そしてこのような -
Posted by ブクログ
アダム・スミスの「国富論」の1巻、古典経済学の祖である著者はグラスゴー大学で倫理学や道徳哲学の教授もしている。
第一篇で労働の生産力における改善の原因と、その生産物が国民のさまざまな階級のあいだに自然に分配させる秩序について、第二篇で資本の性質、蓄積、用途について論じている。
分業、貨幣の起源と使用、商品の真の価格と名目上の価格、労働は価値交換の真の尺度などなど、わかりやすい章題に加え、訳者の小見出しが秀逸で小見出しだけ読み進める事ができ、さらに注釈には解説まで交えてある。
時代背景の理解と当時の価値観、貨幣価値や貨幣単位の違いなどの知識が不足し、パッとイメージすることが出来ない箇所があ -
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国富論に並ぶアダム・スミスの主著。
「道徳感情論」と「国富論」前提となる人間観が、共感的か、エゴイスティックかということで矛盾しているみたいに言われることもあるが、「道徳感情論」の初版は、「国富論」出版前だが、「道徳感情論」の第6版は、「国富論」の出版後に出ていることから、アダム・スミスとして、この2冊には、一貫した人間観があると考えて良いはず。
実際に読んでみると、人間の共感性を基本としているが、同時にエゴイスティックな面やしょうもないまでにセコイところ、とほほな面もしっかり観察している。
そして、そういうしょうもなさも含めて、自然、神の大きな意思(見えざる手)のもとでは、全体としてO -
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ネタバレ人間は、他の人のことを心に懸けずにはいられない。“経済学の父”が、『国富論』に先立って構想した、「共感」原理に基づく道徳哲学を読み解く書籍。
私たちは、他人が悲しんでいると自分も悲しくなる。
それは想像力の働きによって、自分の身を他人の身に置き換えて考えるからだ。想像こそが、他人を思いやる気持ちの源である。
私たちは、友人に喜びよりも悲しみをわかってもらいたいと願う。
不幸な人は、共感が得られたら悲嘆を引き受けてもらったと感じる。この時、相手は悲しみを分かち合ったと言える。
私たちは自分の富を誇示し、貧しさを隠そうとする。それは、人間が悲しみよりも喜びに共感する傾向があるからだ。
栄達