木爾チレンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書は、木爾チレンさんが初期に書いた小説を主に、改稿作品も交えて、5つの作品を集めた本です。暖房の効いた部屋で、夏の匂いを感じながら作品を読み進めましたw
各作品のあとには、木爾さんが作品についての思いを綴っておられます。
「溶けたらしぼんだ」という作品のあとには、わたし(みのり)が言葉にしたかったことが綴られていました。
「改めて読み返すと、当時は本当に感性だけで書いていたなと、そう感じた。でも、そういう衝動のようなものが、小説には必要だし、洗練された文章より、心から湧き出る粗削りな文章のほうが、人の胸を打つ場合がある。」
そのとおりだと思います。
おさめられている5つの作品は、
瑠璃色を着ていた
植物姉妹
りかちゃんといづみちゃん
溶けたらしぼんだ
夏の匂いがする
一度しかない人生のうちの そのまた一度しかない季節の感性を 受けとめてみてください。
そこには きっと その季節のころの あなたの姿も 見えるはずです。
ほのかに漂う 夏の匂いと 女の子の匂いとともに。 -
Posted by ブクログ
一言で言うなら、「風変わりな女の子のお話」。大学で、根暗なメガネの亘を見た瞬間、カミナリに撃たれたような衝撃を受け、それからと言うもの、亘のことばかり考えてしまう。人の好みはそれぞれだと思うが、周りの子が好く格好いい男性ではなく、全くイケていない亘に固執するところに未夜子の変わった好みを感じる。未夜子は外見が良いので、格好いい男の子からたくさん告白されるが、みんな同じ「君」にしか思えず、会いたいと言われても、セッスクをしても、亘ほどの衝撃を感じなかった。本命には一向に好かれない、こんなに思っているのに…とメンヘラじみた思考とも取れる。亘もまた、変わっていて周りの男子が可愛いと褒める未夜子に愛を伝えられても、未夜子のことは忘れてしまうほど頭に残らない。なんなら、未夜子みたいに可愛い女の子ではなく、もやしっ子みたいな影の薄い、ブサイクな女の子を好くと言った嗜好がある。好きな人に好かれない私は自分が見捨てた金魚のようにかわいそう。自虐もありながら、自分みたいに思っている女の子を好きにならないなんて!と相手を責める気持ちが混ざっていて、未夜子の狂気を感じるほど。雨に濡れていた未夜子を助け、家に住まわせてくれた亘の兄、洋に何も言わずに家を出てきた未夜子。洋の吐く言葉が、少女漫画のセリフみたいでも、胡散臭くても、せめてお礼だけは言ってあげて、と思った。恋に一筋だけれど、とても不器用で、歪な恋愛の形があり、登場人物たちが皆、風変わり。だけれど、他人との距離のあり方、自分と相手の気持ちが噛み合わない時の寂しさ、見えない距離と感情に共感できる作品。金魚の名前がシタジキとカミノケなのは笑ってしまったが、名前を与えてもらった金魚たちは初めて、そういう存在として認識され、幸せなのかもしれない。例え死んでいたとしても。未夜子もまた、亘から名前を呼ばれず、名前の意味も分からないまま、自分という存在が不透明で曖昧なものであったため、水の中を揺蕩うような生き方しかできなかったのだろう。好きな人に名前を呼んでもらいたい、愛されたい、そう思うのは自然なことであるのに、この小説だと、とてつもなく気持ち悪く思えてくるのは何故なのだろう。
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Posted by ブクログ
薄い膜が割れないように生きていた少女の頃とは違う、分厚い氷に覆われた私の心は今、どんな問いかけがあろうと傷つくことはない。(p.12)
「ほらね」とでも言い出しそうな清々しい顔をして、適当な分量で作ったホットケーキを焼いてくれた。表面は美しい色をしていたけれど、裏側は焦げていて炭の味がした。あれはきっと、母の気持ちをそのまま表していた。(p.43)
相手が傷つかないようーそれは結果的に自分が傷つかないように、私は嘘を吐いてしまう。
本当の言葉は心の中で凍らせてしまう。(p.47)
少しでも時間があればスマホの画面に触れ、落ち込むことがわかっているのに、わざわざ輝いている誰かの投稿を見にいってしまうのはなぜだろう。
喜びや悲しみを、知らない誰かと共有したくなるのは、なぜだろう。(p.51)
自分よりも不幸な人間が一人でもいることに、心のどこかで安堵していた。
いつからこんなに冷たい人間になってしまったのか。(p.56)
私もいつか自分を好きになれるだろうか。
登山家になる勇気はないが、はやく大人になって、自由になりたい。
誰が炎上したとか、推しに会えないとか、どうでもようなるほど遠くへ行きたい。
そう願うが、現実は皮肉なほどに、SNSだけが私を現実ではない遠い世界へと連れて行ってくれる存在だった。(p.56)
言葉さえあれば、こうして愛し合えることを。
心だけで繋がるからこそ、実際に身体を重ねる以上の快感を得られることを。(p.76)
ラムネに閉じ込められたビー玉のような円らかな瞳で、まっすぐに私の目を見据え、真司は続けてそう言った。(p.78)
誰かが先に絶望していると、もう一人は絶望する権利が与えられない。(p.98)
「幸せになりたい」
願うたびに、どんどん不幸になっていくようなきがするのは気のせいではないのだろう。(p.110)
きっとどこの学校でも、女子がいる限り、必ずカースト制度が存在して、それは選抜テストが決まるわけでもなく、誰にレベルを決められるわけでもなく、生まれ持った容姿やコミュ力で自動的に振り分けられる。(p.156)
悲しいほど、みんな、淋しさを抱えて生きている。(p.238)
こうして家から離れた遠い場所に来れば、食べ物や、暖かさや、灯りのありがたさを全身で感じられる。だが、ひとたび元に戻れば、そんなありがたみなんてすぐに忘れてしまう。人間なんて、結局そういう生き物なのかもしれない。(p.241)
果てしない暗闇だった空に、朝陽が昇ってくる。
目の中に、目薬みたいに差し込んでくる。眩しい。眩しくて、たまらない。
「きれいやな」
ただ、それだけを思う。
それだけで十分だった。(p.244)
追い払われるように診察室を出て、待合室で待つ。
どうして宿った命を失ってまで、お金を払わなければいけないのだろう。(p.256)
嶺依が死んだことに対し、今になって悲しみが込み上げてくるのは、彼女が愛されるべき人間だと知ったからなのだろうか。(p.261)
私もそっと、いいねをつけた。
そのー本物の友情にいいねをつけた。(p.262)
本物の愛が詰まった心は、決して凍ったりしない。(p.275)
推しの背後と文通交際をするなんて、現代的だななんて思った。孤独から救ってくれるのは誰かの言葉であり、「いいね」やフォロワーは自分の存在意義のようになっている。それが例え、他人が、流れ作業のように行っていたとしても、自分のことを認めてくれる存在だと思ってしまうのは私だけではないのだろう。
登山家の父との思い出と現在の悪夢のような生活、氷織が求めていたのは本物の愛であり、自分を愛してくれる存在だったのではないのだろうか。義父から性的虐待をされ、登山家の父の死で、学校でも避けられていて、生きる理由が見つからなかった氷織を救ったのは推しの背後だった。しかし、背後がいるのは「推し」という存在があるからであって、「推し」がいなくなった途端、背後は誰なのか?自分が愛していたのは、愛されていたのは誰なのか。身元不詳の存在に全てを捧げる恋愛をするなんてなんてリスキーなのだろうと思う。でも、例え、表面上であっても心が満たされればそれで良いのだと私は思う。自分を見失わなければ。
34歳になっても祖母と生活をし、配信をして自分を偽って稼いでいた嶺依もまた、孤独だった。現実と理想の狭間で迷い、理想でしか生きられない自分にもどかしさを感じていた。私自身、SNSや配信をするのは、自分がいかに幸せな人間であるか偽るためであると思っており、時には何かの原動力になったりもする。自己の存在が不透明だからこそ、分からない自分という人間を証明したいのかもしれない。
氷織に隔てなく接し、まっすぐな思いを伝える真司が素敵な人間だと思った。
氷織の母も、郡明日香も山田嶺依も宮田飛鳥も皆、孤独を抱えて生きていた。孤独から這い上がるのか、それとも落ちるのか。出会う人によっても変わってくると思うが、何より1番なのは、生きたいという気持ちを強く持っている人だと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ教訓とか倫理観的に最終的には、
長い人生を生ききった方がいいよね
『Ⅰ』を選ぶのは間違いだったよね
というような方向性で終わるのかなあって思いながら読みました。
大筋はそうだったけど、莉々依の人生を振り返ると結局、生きてる間に何をしたかなんだなぁと。
この作品を読み切っても私は『Ⅰ』を選びたいと思う派ですが、超思春期な18歳のときに、周りの意見に左右されず自分の考えだけを貫ける自信は全くないです。
しかも『選択』したあとも「周りがこうだから」「世間ではこうだから」って他責思考女になりそう。。。
自分たちの考えをしっかり持ってて、悩みながらも自分の『選択』を後悔せず生ききったふたり、とてもかっこよかったです。
ていうか国に民が振り回されて過ぎていたよね。追加の制度できたけど、それで余計に思った。クソな世の中め。
至みたいな人たちもきっとたくさんいただろうな〜