岡田英弘のレビュー一覧
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中原に始まった中国が、北狄の侵入を受け同化していったという大きな歴史観を展開している。中国の文明史を3期に区分し、それぞれを前期・後期に分けているのはわかりやすい。
中国以前
・東夷は低地人、南蛮は焼畑農耕民、西戎は草原の遊牧民、北狄は狩猟民を指した。北は森林におおわれていたが、元代までにほとんど消滅した。
・龍はもともと東南アジアのモンスーン地帯の水神。越人は水難を避けるために龍の文様の入れ墨をした。
・王宮を囲む塀は本来、市場の囲いで、入る際に手数料を取り税の起源となった。王宮の塀が発達して都市を囲む城壁となった。中国の本質は、皇帝を頂点とする一大商業組織。
・漢字の原型が発生したのは華 -
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ネタバレ歴代中国王朝の歴史観について、司馬遷(『史記』)、班固(『漢書』)、陳寿(『三国志』)、司馬光(『資治通鑑』)、宋濂(『元史』)、祁韻士(『欽定外蕃蒙古回部王公表伝』)の人生といった歴史家の人生と叙述法から解説した本。
私の知識と関心の偏り具合から、宋濂と祁韻士及び彼らの編纂した歴史書についてはよく知らなかった。元には、他の歴代王朝と同様の中央集権的なピラミッド型の行政システムがあるように言われていたが、モンゴルの世襲貴族の集合体という遊牧民的な色合いが濃厚だった。
一方、祁韻士は乾隆年間に科挙に登第した漢人官僚で、満洲語に通じていた故に乾隆帝の勅命を受けて『四庫全書』などの編纂 -
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ネタバレ[ 内容 ]
天下を統治できるのは天命を受けた唯一人の天子のみ。
中国文明の“歴史の父”司馬遷が創造した「正統」の観念は、中国人がこだわる歴史認識を決定づけた。
変化があっても認めない、記録しない。
正史は永久不変の理想の姿を描くもの。
ところが現実には三国時代、南北朝時代と王朝が並立、しまいには北方の遊牧帝国に侵入される始末。
その屈辱を晴らすため、新興民族を夷狄と蔑む負け惜しみ、それこそが「中華思想」だ。
では中国はつねに純然たる「漢人」のものだったのか?
歪められた歴史の滑稽、ここに見たり。
[ 目次 ]
序章 中国人の歴史観―つくられた「正統」と「中華思想」
第1章 司馬遷の『史記』