上原善広のレビュー一覧
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差別用語とされる言葉と、その歴史的背景を紹介したもの。
言葉狩りの問題にはとても興味があります。自分の親世代の人が普通に使ってる言葉が差別用語に認定されてたりして驚きました。
筆者が作品中で何度も主張している通り、差別する意図をもって使えば言葉は差別語になるし、何でもかんでも規制すればいいというものではないと思う。明らかに差別的な言葉は規制されて当然だと思うけど、行き過ぎた自主規制には言い知れぬ不気味さを感じる。とはいえ、テレビや雑誌では発信側が「差別的な意図はなかった」と言っても受け取る側が不快に思ったらもうそれは差別語になってしまうんだろうなぁ。そう考えると、余計なトラブルにならないように過剰に自主規制してしまう気持ちも分かる。難しい問題だ。ただ、過去出版された作品が規制されたり改変されるのは悲しいことだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ虐げられても、貧しくとも、偏見に屈せず、たくましく生きた人たちがいた。哀しい宿命のターザン姉妹、解放同盟に徹底的に弾圧された漫画家、パチプロで生活しながら唯我独尊を貫く元日本代表のアスリート、難病を患いながらもワイセツ裁判を闘った女性、媚態と過激な技で勝負する孤独なストリッパー…社会はなぜ彼らを排除したがるのか?マスメディアが伝えようとしない日本人の生涯を、大宅賞作家が鮮烈に描く。
上記の内容の、市井に生きる凡人たちによる凡人の偉人伝。
上原義広の作品に最近はまってます。こういう作家が自分と同年代にいるということがうれしくもあり、その反面刺激にもなる。
その時代の社会性や、人格的であったりという理由で、メジャーな舞台では決して注目されることもないアウトロー的な人物をフィーチャーして、その生き様を追っていく。
特に面白かったのは、やり投げの溝口和洋。もうすぐ世界陸上が開催されるが、やり投げから日本の投擲種目の先駆者となった彼の存在はあまり知られていない。
現在活躍する室伏広治にも指導をし、技術面、メンタル面でも深い影響をあたえたいう。その無頼な性格がマスコミにも敬遠されることとなり、メディアにも姿を見せることはない。
他にも伝説のストリッパー、ファイヤーヨーコ。
生まれ持った難病と闘いながら、担当医の非情なわいせつ行為を受続け、その告発で裁判を六度も戦った大阪の女性の話。
そして最後の桂春團治の生涯は圧巻でした。今のお笑いの祖ともいわれるかれの行き様、、昭和恋しぐれを地で生きる男の様はまぶしくも悲哀に満ちていた。 -
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食の切口からみた、差別と貧困の文化。世界各地の被差別民の食卓には、共通する思想、長く差別され続けることからしか生まれえなかった思想が流れている、と教えてくれる。
テーマは厚いけど、旅行記のような体をとっていてさらりと面白い。
私の問題は、ネパール、インドの牛料理もアメリカのフライドチキンもブラジルのフェジョアーダも差別から生まれた食べ物だと知りながら食べたことがあったのに、
日本のさいぼしやあぶらかすについては聞いたことさえなかったという、外を向いた知識の偏りなんだろう。
「極東カースト問題」…ね。
前に著書を読んだことがある八木澤さんが出てきて驚いた。 -
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アメリカ、ブラジル、ブルガリアとイラク、ネパール、日本、夫々の被差別民の食事のルポルタージュ。 つい共通点が何かを探そうとしながら読む。やはり内臓、屍肉を食べることから大蒜、唐辛子は被る。消毒、殺菌、匂い消しは共通だ。
それと酢。これも殺菌、消毒、匂い消しなのだろう。 故平岡正明が全冷中時代に出したテーゼ「世界史は酢の海に浮かんでいる」を思い出す。
唐辛子、スパイス、ハーブ、ビネガーと書くと、こじゃれて小賢しい料理が浮かぶかも知れない。 だが大蒜、唐辛子が効いた、塩気の強い料理は香りだけで血が騒ぐ。それが何処の国の料理であろうと、だ。 きっと凡ゆる料理のルーツが、殺菌+消毒+匂い消しなのだろう。
薄味だったり素材を活かした洗練された料理は、ごく一部の階級の特権性→インフラの整備→一般化の流れに沿うのだろうか。 肉体労働と国家専売の塩、権力の象徴とスパイスやハーブの関係も考慮しなければならないだろう。 特にサラリーマンの語源が、ラテン語のサラリウム=塩に由来しているし。 -
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人がどうして在宅死を望むのか。
財団法人『日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団』2005年
の研究で、83.3%の人が在宅で最期を迎えたいといっている。
しかし、そのうちの80%はそれが無理ではないかという。
訪問看護はいう。『やはり自宅で過ごせれば、誰にも気兼ねなく、趣味や、好きなことを好きなだけできるし、家族ともいつでも会える。ホスピスはまだしも、在宅は病院のような規則もないですからね。生活スタイルも、もう寝たきりになったとしても、自宅だと生活リズムを変更しなくてもいいですからね。』
訪問看護は、病院とは違う、『退院はない、終わりは死だけ』とスタッフはいう。それだからこそ、病院よりも責任は大きい。だから、聖路加の訪問看護師は3年目以上しかとらない。
訪問看護の師長は保健師時代の呼吸器がついた難病患者を在宅に帰れるように支援した経験から訪問看護の世界に足を踏み入れている。黒字経営はむずかしい、しかし、淀川キリスト病院の訪問看護ステーションの高沢洋子さんとともにバイタリティあふれて頑張っている!