上原善広のレビュー一覧
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ネタバレ「こうして一人で路地をまわる旅を続けていると、ふらりと一人の男が突然に訪ねてきて話を聞かれるだけでも、路地の人々にとっては、時に身を切られるように辛いことであろうと思ってしまうのだ。そう思うと、いたたまれない気持ちになる。路地をまわり始めて十○年以上になるが、あまりにも気持ちが重く、胃をいためて一年間どこの路地にも出られずにいたこともあった。
だったらこんな、傷口に塩をなすりつけてまわるような旅などしなければいいのにと、自分でも思わないこともないが、不器用な私はいつまでも、このような人の心のひだを覗き込むような旅しかできないでいた。いくら同じように身を切ったとしても、路地の人にとって、それは所 -
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上原 善広
(うえはら よしひろ)1973年大阪府生まれ。ノンフィクション作家。大阪体育大学卒業後、ノンフィクションの取材・執筆を始める。日本各地の被差別部落を訪ねた『日本の路地を旅する』で、2010年第41回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2012年、「孤独なポピュリストの原点」(特集『「最も危険な政治家」橋下徹研究』、新潮45)で第18回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞大賞受賞。『一投に賭ける』2016年度ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。著書に『路地の子』、『発掘狂騒史』など多数。
徳島のある駅に降り立ち、一番寺へ歩いていこうとしたとき、突然見知らぬ女が詰め寄ってきて -
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四国遍路のダークサイドに焦点を当てて言及した本。
その中でも草遍路の方々についての話が特に面白かった。
10年ほど前に私自身、通しで歩き遍路をしたのだが、度々草遍路の方々と出会う事があった。
どういう経緯で草遍路をしているのか尋ねたかったが、もちろんそんな度胸はなく、結局接点を持つ事のないまま遍路を終えてしまった。
話しかけることすら憚れる草遍路の方々に直撃インタビューをしたり、行動を共にしていた筆者の度胸には感服する。
本書はどうしても暗い展開に行きがちだが、お遍路は悲しい物語ばかりではない。
歩き遍路を通して運命の伴侶と巡り合って家庭を持って遍路宿を営んでいる夫婦であったり、病気がきっか -
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著者の断薬の記録。
私の周囲には、長期的に精神薬をとっている人がいますが、断薬・減薬できたという話は聞いたことがありません。
やろうとしている人はいるのですが、かなり大変みたいで、「減薬をあきらめた」という人もいます。
ほんの小さな化学物質のカタマリなのに、ほんの少し削っただけでも脳が異変を起こす。
そんな恐ろしい物質って、なかなかないですよね。
著者のように一ヶ月温泉でデトックスできるような状況の人なら、ぜひ転地療養で、一気に断薬できるといいなと思いますね。
だいたいが、生活がある、仕事がある、物理的に、経済的に無理という人ばかりです。
そりゃあそうですよね・・・
医者に処方された精神薬が限 -
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ネタバレ解放教育の全盛期から衰退までを検証したルポルタージュ。筆者の回顧も交えた河内の実践→八鹿高校事件・世羅高校事件→同和教育・解放教育の現状と再び筆者の回顧という構成。
その発展があくまでも「国家権力」を後ろ盾にしていたが故に可能となったものであり、またこれに付随する様々な歪みや悲劇があった事実を析出しながらも、今日でも語り継がれるべき何かがあったことに迫った一冊。タイトルの「今日もあの子が机にいない」は1950年代に再興した同和教育の学力保障運動のスローガンから取られたものであり、ここに筆者の解放教育への眼差しが集約されていると思われた。 -
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『発掘狂騒史』(上原善広著、新潮文庫)は2017年の文庫だが、2014年の『石の虚塔』の文庫化。
2000年の旧石器捏造事件についても書かれてある。
また群馬県の岩宿遺跡を発掘した在野の研究家、相澤忠洋のドラマチックな生涯についてよく書かれていた。旅芸人の父は旅に出て、母がある日家を出てから、兄弟は離れ離れで親戚に預けられる。出征直前の母との再会もあったが、戦後は自転車で行商をしながら石器を拾い集め、やがて発掘に熱中して妻子や生活を返り見ず、資産家の女の援助を受けるなどという話。日本には旅芸人などの定住しない人たちの文化というものが確かにあったというのは、宮本常一などもいう通りで、そうした昔の -
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東京生まれ東京育ちの自分は、ほぼ同和問題とは無縁の生活を送ってきたが、何故か、惹かれる。不謹慎なのは承知してるが、怖いもの見たさや、知らない世界を教えてくれるような気がする。
人間の本質なのか、人より優位に立ちたいという思いが、差別を産み、より弱いものいじめに走る。なんともやりきれない。
作者は、何を求めて「路地」をさまようのか。本書を読んでも分かるような分からんような。仕事柄、「路地」に行くこともままあるが、そこでの対応には、やはり気を使うこともある。同和も人権も言葉としてはあまり好きではないが、要は、差別する人の心の有り様が問題なんだろう。今の国際情勢は差別がものすごく進んでいる気がす -
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あぶらかす・フェジョアーダ・ガンボ、そしてフライドチキン。今では一般的な市民権を得たものも多い各地の「ソウルフード」は、かつて差別と貧困に苦しめられた人々が知恵と工夫で編み出した食べ物だった。
関西の被差別部落地域、アメリカ南部、ブラジル、ネパール……と世界各国を旅しながら食べ歩いたソウルフードにはいくつかの共通点があり
・加工調理に手間がかかる
・味に癖がある/食べづらい
・そのため本来は加工の途中で廃棄されていた
・(おもに宗教観に基づき)「穢れ」と見なされている
材料だということ。それに手間暇をかけ、あるいは味付けや香辛料で工夫を施して出来上がった料理だということが挙げられる。
そして彼 -
- カート
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試し読み
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ネタバレ元「部落」出身者の著者が、同じく身分制度や奴隷制度の陰で支配階層に冷遇されてきた人々の食卓を巡る。
こんなものを食べているのか!といったものが多数出てきて、単純な紀行ものとしてもかなり面白い。
しかし、本書を単純な紀行ものと分けている点は、筆者の思いだ。
自分と同じルーツを持つ人間が何を食べてきたのか、今何を食べているのか、そしてどう暮らしているのか、それを知りたい。
その思いが、本書に普通の紀行ものにはない「厚み」を与えているように思えた。
また、日本で被差別部落と言ってももはや知る人も少ないと思うのだが、世界ではまだまだ差別問題というのは根深いものなのだと知ることができた。
アメリカ等で