上原善広のレビュー一覧
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「差別語」を集め、それらがなぜ差別語とされてきたか、その源流を探る。
この本に載っている差別語はほとんど聞いたこともないものだった。それだけ差別語がやがて消えていくものだということを実感させられる。
著者はまた差別語はその言葉自体が差別するものではなく、使用者の意図が差別的ならば差別語になると主張している。同感である。
全国水平社を皮切りに差別を糾弾する団体が多くでき、今でも残っている。それらは少々乱暴な手法だったが、当初は大きな成果を上げた。だが今では言葉狩りの原因になっている。
また興味深いのはそれまで穢多、非人として差別されてきた人たちの生業が、現在では通常尊敬を集める職業だということだ。彼らは職人として様々なものを作り、また牛馬の死体を処理した。刑場・牢屋での仕事にも携わった。
牛馬の肉を食べていたことからも、実は栄養状態は他の農民などより良かったのではないかとも考えられなくもない。(実際は知らないが)
芸術に関わる人達が被差別の層だというのも驚きである。古くから町民や権力者を楽しませた芸術が、最下層の人間なのだから不思議なことこの上ない。当然人気のある役者なら大変な金持ちもいたが、身分の上では下なのである。不思議。 -
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世界各地の被差別地帯に伝わるその地特有の「ソウルフード」と、今も残る差別の実態を紹介したルポ。
すごく興味深かったです。余り物や本来捨てられるような部分をうまく利用した料理の数々から、なんというか反骨精神のようなものを感じました。
しかしハリネズミ調理方だけなぜそんな写真入りで詳細に…
黒人差別の話は昔学校でぼんやり習った程度だったけど、改めて考えてみると、肌の色が違うというだけで同じ人間を奴隷として売買していたというのはすごいことだなと…。今も確執があるのは仕方のないことなのだろうか。
あぶらかすという食べ物を初めて知りました。味の想像がつかない…いっぺん食べてみたいです。日本では昔は四足の生物は食べなかったというのも初めて知った。 -
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一つの文化と歴史がわかる
日本全国の路地を旅しながら、その土地の路地の歴史、文化を伝えている作品である。
その路地がどのような経緯でつくられたのか、そこで生活していた人々はどのような仕事をしていたのかといったことが良くわかる。
確かに、厳しい生活をしていたが、路地内の人たちはその中で普通に生活し、独自の風習や文化を形成していたということが読み取れた。
続編が出てほしい。 -
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被差別部落問題ってなんとなくずっと心に引っかかっている。ふつうに学校の授業を受けている時間だけではこの言葉に出会ってこなかったと思う(ってもちろん私が聞いてなかっただけかもしれないけど)。それでもこれを知っているのは、高校の学校行事で行った広島旅行で、被差別部落を訪問するというコースを選択したからだ。今よりもっともっと世間知らずだった私、「どんな特殊な地域なんだろう?」という好奇心もあって選択したわけだが、行ってみると拍子抜けというか、とても普通だった。ますます、なにがどうしてなぜ差別をされているのかわからなかった。それから大学の研究旅行の中でも、三味線作りの見学に行ったとき、「皮を扱う職業は、アレなんで、デリケートな方もいらっしゃるんで、写真撮影はダメです」とだけ言われて、今思えばそこをアレで済ませて研究旅行としてよいのか疑問、という感じで帰って来た。結局なんなん?という気持ちがずっとある。
で、こういう本を読んでみて、全てが氷解!というわけではもちろんないのですが、「で、フラットに、当事者の人はいまどんなふうに過ごしているの?」という疑問に答えてくれる良書でした。全国の被差別部落(著者はそれを路地と呼んでいますが)を取材して歩く著者の原動力が、(どちらかに偏らざるを得ない)熱い正義感、とかではなく、ご自分のルーツ探しのようなところがあって、それゆえの謙虚さというか、時には立ち入り過ぎたことは聞けず収穫少なく帰ってくることもある、まんじり、みたいな余韻も、誠実でいいなあと思いました。ルポルタージュというものをそうそう読みつけていないので、取材する者の腕としての良し悪しはわかりませんが、自分は別次元の人間だーみたいに勘違いしてガツガツえぐり取っていくような悪いイメージが、ルポライターってあったので(ごめんなさい)、知りたいことは知れたけど自分も悪いことをしたような不快感ばかりが残るようだったらどうしよう、という不安は、杞憂に終わりました。
最近、美味しいなあと思っているかすうどんが、著者によると屠殺を生業にしていた路地の料理だそうで、びっくりした。屠殺、三味線作り、芸人さん、出産の時に出る胎盤の処理、、、などなどの職業が路地とは関わりが深いようだが、どれもこれも自分だってお世話になっている大事な仕事だというのに、なぜ人は差別するのでしょうね。かすうどんは美味しいし。やっぱり理解できないなー、そう思う反面、自分はそういう謎の差別をしていない/しないと言い切れるのか?胸に手を当てて考えてみる。そういう時間をくれる本でした。 -
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「路地」とは被差別部落のこと。中上健次は被差別部落を指してそう呼んだそうだ。自らも路地出身の筆者が全国に点在する路地を巡りその成り立ちや景色を描出する。
西日本では身近な路地も、関東では馴染みのないことが多い。しかし東京にも路地は存在したし、いま現在も路地はたしかにある。そうした路地の記憶を掘り起こしながら筆者は旅をつづける。
やがてその路地巡りは、筆者自身のルーツ、そして家族と重なり合う。路地出身の筆者が路地を巡ること、それは図らずも自らの半生と路地との関係を再認識する作業となる。ここに至って、本書は単なるルポルタージュではなく、巻末で西村賢太が言うように私小説としての要素さえも獲得する。 -
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いやー面白かった。
テーマは、扱い方によっては重たくもなるものを、軽くさらっと書いている。フライドチキンが被差別のものだったとは、寡聞にして初めて知りました。
全体的に面白いし、あんまり重たい話もないんだけど、中東のロマのところは気持ち悪くなりました。だって私、現代日本人だもん。衛生面が悪いのはダメだよ。食事中に読まない方がいいです。
しかし、これ読みながら、差別に関してはいろいろ考えたり思い出したりしました。
それこそ現代日本で「普通」の家庭に生まれた人って、当たり前のように、自分は絶対差別されないって自信を持って、無神経なことを言うことあるよね。とかね。
何ていうか、「被差別部落の人を差別するのは悪いことだ」という知識は持っているから、いい年になると言わないけど、「女子高生なんてみんなエンコーしてるよね」的発言は平気でするとかね。
ひとくくりにするなよ、と言っても「だって私が見えるところ(って要するにテレビだよね?)だとそうなんだもん」って、それ、すごい差別発言だよね。ってびっくりして、うまく指摘できなかったことが、今でも忸怩たる気分として残っているので、こういうのを読むと思い出すのです。
中に出てくる食事は、美味しそうなのあり、「申し訳ないけど私だったら食べたくないな」というのあり、いろいろです。
イラクのロマ(ジプシー)の話で、「フセインが政権を持っていた頃は保護してくれたけど、フセインがいなくなってから、定住していた土地を追い出されて、仕事もなくなって、大変なことになった」という話は、いろいろ考えさせられます。
やっぱアメリカが悪いんじゃん!
(湾岸戦争が起こった頃、実家の友達に電話して「アメリカええ加減にせえよ」と言ったら、「こっちの友達はみんな『フセインが悪い』って言うのに、あんたは逆やね」と言われたのです。だってあれ、アメリカの内政干渉じゃん!)
あ、でも、「世界各地の被差別民のところに行って、そこに特有の食事を食べさせてもらおう」という発想は、うまく言えないけど、現代的だと思う。
(もちろん相応のお礼はしてます)
日本の部落問題が『極東カースト問題』と言われていると、初めて知りました。確かにカーストだよね。
というか、「あの人は私たちとは違う」ってヘーキで発言する人いるよね。
自分で自分のカーストを設定して、勝手に私のこともそこに組み込んで、それ前提で話されると、正直つらいです。
ダンナがIT関係、と言ったら、「人種が違う」と言いやがったヤツもいたな。人種は一緒だよ! むかー!
(と友達に愚痴ったら、「今どき、本当に人種が違っても、『人種が違う』って言わないよね」と驚いてくれたので、まぁ、そんな人ばっかりじゃないと思おう) -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者は自分の地元でよく食べていた「あぶらかす」「おでんうどん」などの食べ物が被差別部落に特有のソウルフードだったということを知る。
そうした食べ物のルーツや分布を調べていくと、いろいろと興味深いことがわかってきた。
○肉の内臓系が多い
○食べにくいものを工夫して食べられるようにしている
○カロリーが高い
○九州と大阪など離れた被差別部落間で婚姻関係を結ぶことが多く、このため遠く離れた地で全く同じ食べ物が残っていたりする
などなど・・・。
そのうち、作者の興味は海外へ。
フライドチキンにナマズフライなど、海外の「被差別の食卓」にもそれぞれにいろんな歴史や背景がある。
単に被差別というよりは「貧民の食卓」な部分もあるが、それはこのさいヨシとしよう。
・・・と、ここで私なぞが想像するありがちな展開は「いかに被差別民が理不尽な逆境を乗り越えて厳しい環境で暮らしてきたか、その労苦に思いをはせる・・・」という話なんだけど、この本はいい意味で裏切ってくれた。
著者は自分のルーツや被差別民への思いはあるにせよ、単純に「食べることが好き」なのだ。
食べることが好きなので、食べられないものを食べられるように工夫して、しかも美味しい!となると、それだけで嬉しくなるようだ。
この気持ちわかるーー。ww
世の中への怒りや過剰なシンパシーを排除して、淡々と食べ物を語る作者に、同じ食べ物好きとして共感するし、被差別部落問題を本質的なところで考えるきっかけを与えてくれた気がする。
私は「さいぼし」も「あぶらかす」も全く知らずに育って、内臓といえばハラミとレバー(でも好きじゃない)くらいしか食べられないんだけど、なんとなく「美味しそう!」と思えたのは間違いない。 -
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いわゆる「ソウルフード」を切り口としながら、日本における被差別部落、アメリカにおける黒人奴隷、印欧におけるロマ(ジプシー)などの共通点を示していく。
実はフライドチキンもまた「被差別の食卓」に由来するものであった、という話は意外な発見。一度普及してしまうと多くの人はその背景を気にすることがなくなるのだろうが、一方で、自分たちの生み出した食文化の由来をきっちりと守りたいという要求もあるように思われる(紹介されていたブラジルの「アカラジェ」という食べ物はそういう事例なのだろう)。この辺の折り合いは難しいところだ。
あまり馴染みのないテーマの書籍であったが、いろいろと発見が多かった。
豆知識的な意味でも是非。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私もたまに食べるファーストフード、ケンタッキーフライドチキンは黒人料理だそう。思いもよらなかった。「アメリカの料理」と漠然とした認識しか持っていなかったけど、料理のルーツをたどれば見えなかったものが見えてくる。
ほかにも、いろいろな国の被差別社会から生まれた料理が載っていて、どの話も興味深く読めた。 被差別部落でしか食べられない料理「あぶらかす」。道一本はなれた一般地区では食べられていないのに、遠くの被差別部落では、同じように食べられている。 これは、被差別部落が一般地区との隔絶を示していると、作者は言う。確かにそうだと思う。 部落差別は解消傾向にあると、書いてあったが、早くそうなってほしいものです。