檀一雄のレビュー一覧
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「The 男の料理」
分量がものすごくざっくりしているので、レシピ本としては当てにできない。
でも、料理に対する並々ならぬ好奇心が感じられ、また周囲の人に食べさせて喜ばれるのが、何よりも楽しみだったんだろうなと感じた。
文体が「いれるがよい」「するがよい」と時代的なものもあるだろうが、上から目線なのもなんとなく人柄が出てるんじゃないかとも思う。
娘である壇ふみさんがご自身の著書で料理はレシピに「少々」とか「ひとつまみ」としか書いてなくて、分量がよくわからないから苦手だが、お菓子は分量が具体的に書いてあるのでお菓子は作れる、みたいなことを書いていたが、正反対な父娘でさぞかし娘としては悩んだだろうなと思う。
壇ふみさんのエッセイを思い浮かべながら、ほほえましく(?)読んだ。
まぁ、私の腕ではここに紹介された料理の多くはできませんがね。 -
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風雅かつ豪快な男の料理。
文字だけで、ここまで想像力をかきたてられるなんて、そして楽しめるなんて、なかなかない。
母親の出奔により、やむなく料理をすることになった経緯があるのに、手を抜かず楽しんでおり、読んでいてひきこまれる。
興味の幅も広く、各国の料理を取り入れており、昭和44年に連載していた内容なのに、当時としてはハイカラな食材も登場する。
食通ぶってなく、なのに
“梅干しだの、ラッキョウだの、何だか、むずかしい、七めんどうくさい、神々しい、神がかりでなくっちゃとてもできそうにない、とうようなことを勿体ぶって申し述べる先生方のいうことを一切聞くな。壇のいうことを聞け。”
なんて言ってしまうところも面白い。
モツやどじょうなど、ハードルの高そうな料理も多いけれど、それでも試してみたいと思わせられるのはさすが。
毎年食べているはずのおそうめんでさえ、色彩鮮やかでおいしそう。青しその千枚漬けと柿の葉すしは、ぜひつくってみたい。 -
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たかが「料理の本」です。
ですが、このたかが「料理の本」に人生狂わされたと言った人がいます。
著者は檀一雄、この人に人生狂わされたという人が大勢いる人です。
どんだけの人がという詳細は自伝的私小説『火宅の人』や、沢木耕太郎の『檀』を読めば解ります。
『男の隠れ家』誌の最新号に、面白いコラムが載っていた。
檀ふみさんと彼女のお母さんの二人に、自前の料理をご馳走した男性の書いたコラムだ。ワインにまつわるお洒落な話というのが毎回のテーマらしい。「自称檀流門下生」のにわかシェフが、ラオス風の焼き鳥やら、自家製柚子胡椒を使ったサラダなどを振舞う。
お礼に、と檀さんがコレクションの中からお返しに飲ませてくれたのが85年物のペトリュス。なんと、世に知られた親友の阿川佐和子さんから誕生日のプレゼントに贈られた一本だという。コレ、私なんかは詳しくはないがウン十万円するボルドーを代表する赤ワインなんですと。剛毅な話です。
で、この『檀流クッキング』ですが、不世出の無頼派作家が書いた自己流料理の指南書である。やはりただものじゃない。各地の郷土料理も各国のお国料理も彼の手にかかると豪快この上ない創作料理になってしまう。
ただ、「まえがき」の中にはこんな話もでてくる。
「そもそも、私が料理などというものをやらなくてはならないハメに立ち至ったのは、私が九歳の時に、母が家出をしてしまったからである」 と、母親の突然の出奔がきっかけだったと告白している。
しかし、きっかけはともかく檀少年は、情けない父親に代わり三人の幼い妹のため自己流クッキングに邁進してゆく。
アンカケふうに片栗粉でトロミをつけることを覚えた時の「嬉しさといったらなかった。今でもはっきりとその驚きを覚えている」という。
また、「ジャムをつくる事を覚えたのも、愉快な思い出」だともいう。
さらには自身の放浪癖、旅行癖は幼い頃から培った、あっちの野菜屋こっちの魚屋と渡り歩く「買出し好き」の志向が源だったとも書いている。
いやはや、最早料理を肴にした「私小説」だね、さすがですね。
いつも本を肴にして自分の事ばかりレビューに書いている私なんかとはダン違いだね(オヤジ炸裂!)
この本で人生狂わされたと言ったのは、件のコラムの筆者である森枝卓士氏その人。おそらく30年ほどまえに本書を読んでしまった彼は、いまでは『カレーライスと日本人』、『旅、ときどき厨房』などの著者として知られている。フォトジャーナリストとしての本当の顔はあまり知られていない。ユーモアでなら「狂っちゃった」人生と言えなくもない。
その森枝氏が、たまたまで軽井沢で檀ふみさん親子にご馳走したり、ビンテージワインを振舞われたりという話であった。
「この本で人生狂わされた」と、ジョークを飛ばした人がご馳走してあげた相手は、「あの人」に一番人生狂わされた二人、だったのではないかな。冗談じゃなくて。 -
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私が料理を始めた20年前は まだ男子厨房に入らずという風潮で
素人で料理をするひとはいるものの素人が料理の本をだすということはめずらしかった。
そのころ 参考にした素人料理の本の一つだ。そのころ読んでいた本をリストアップしてみた。
荻昌弘 映画評論家「男のだいどこ」 1972
壇一雄 作家 「檀流クッキング」1975
三善晃 作曲家「オトコ、料理につきる」 「男の料理学校」1979の改題
水上勉 作家「土を喰う日々」1982
丸元 淑生作家のちに料理研究家 「丸元淑生のシステム料理学」1982
玉村豊男エッセイストあるいは画家「料理の四面体」1983
もちろんプロの 料理人の本や栄養学者の本も読んだが、実家で料理を学んだ経験もなく、素人の料理から入ったことがよくわかる。
自分が家庭料理をやっていいのか そういうジェンダーを乗り越えるためにこのような本があったわけだ。
いずれも組織人でなく 自由な職業であることも 興味深い。
さて檀流クッキングであるが 実に実用的な本である。なにしろ檀一雄が楽しそうである。昭和のにおいのする本だ。 -
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檀一雄が、太宰治と坂口安吾のエピソードを語り、その書評もされた1冊。
新聞や雑誌に掲載されたものがほとんどなのだろう、けっこう重複する内容もあったのが少し残念。逆に考えれば、そうなってることで太宰治と坂口安吾、檀一雄それぞれの言動が頭に残る。
この時代の作家や文壇の一辺を見た気になり、そのなかでもこの方たちが苦悩の中でなんとか自分を生きていたんだなと感じることができた。しかしまわりの人間はこのような人たちに振り回され大変なこともあったろうなぁとも。まあ、そのまわりの人たちも今ではちょっと考えにくいほど受け入れる器が大きい人たちばかりだが。
次にこれらお三方の著書を手に取った時、いままでとは感想がわきそうで楽しみです。 -
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・太宰治コーナーにあったのがびっくり。
・檀一雄さんの太宰治愛がすごい。ほー。
こんな友人というか師というかいい関係。迷惑かけたりかけられたり。かけられたりのほうが多かったかもやけど。
・走れメロスのきっかけになったんじゃないかという熱海事件。なんでああいうことになってしまうのやら。お酒飲みは。
・ふわふわとたゆたうように生きるおおばようぞう。もとい津島
,中原中也も。立原、菊谷栄。
・70p
太宰の散歩姿が、今でもはっきり目に浮かぶ。まるで、悪魔に捉えられた囚人のようだった。
・太宰治の口ぐせ
何にも見るな。何にも聞くな。ただ巧言令色であれ
どういうことだろう。夢の世界で生きるってこと?
・太宰治に比べると周りの人は真面目にみえてくる
・檀一雄さんが太宰治を懐かしんで、近づこうとするけど近づくことがむずかしいそう思っているように感じたのは何故だろう。太宰治に憧れてたのかな。
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以前読んだような、読んでないような・・・。
檀さんの食に対する愛情があふれた一冊。
あれやこれや、あまり難癖をつけていないところがよい。
彼が大好きなお店「北のイリエ」。タンとテールシチューのミックスの
タンテル、これは面白そう。
検索したら何と東苗穂。ススキノかと思ってたが・・・、こんなところまで
食べに行ってたのだろうか?
ルイベ(鮭を冷凍させたもの)で、本当のルイベは鮭を一匹、
北海道の雪と寒気にさらすもの。決して冷凍庫には入れないこと。
この味わいを、スペインの「ハモン・セラノ」とダブらせるところが好き。
豚の足を丸ごとハムにして、ピレネー山脈の雪と日光にさらす味わいが
極めて類似しているという指摘。
嬉しくなる表現だ。