鈴木俊貴のレビュー一覧
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霊長類学者の山極寿一さんが、『僕には鳥の言葉がわかる』の鈴木俊貴さんと対話形式で知見を語り合う贅沢な内容でおもしろかった。
論文で発表されたことではない2人の推測の話がわりと多かったけど、興味深くそうなのかもと思えた。
【おもしろいなと思った説】
・人間は直立二足歩行により移動が可能になり、その場にないものを表現する必要性から言葉の進化に繋がった。
・手が自由に使えることで、ジェスチャーやダンスや音楽で他者に共感する力につながった。
・駅前の木に集まっている鳥の群れが騒がしく鳴いている理由は、同調と一体化。
・人間には言葉があるからこそ、まとめたり、細分化したり、類推したりストーリー化する -
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東京港野鳥公園にあった著書。
鳥にまつわる参考文献が数多あるのだが、この本は、読んで欲しい!とアピールされており、手に取ってみたら、ついついめくる手が止まらず。学者さんなのに文章を書くのが上手で、話をわかりやすく表現されていたからこそ,その場で読み終えることができた。
くすっとする場面多数。シジュウカラに愛着が湧きました。まだ姿を見ても見分けることができないが。
最近、鳥が好きな娘の影響で野鳥センターなるものの存在を知り、羽田空港の行き帰りに見かけた野鳥公園を訪れることができた。
そこに、鳥は伝えたいことにより泣き声を使い分けるという興味深い研究の内容を知る本に出会え、ラッキーなこと限りなし -
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科学者の方のエッセイ?本はあまり読んだことがなかったが、とても読みやすくユーモアもあって楽しく拝読できた。(挿絵のゆるさもイイ)
対象をよく観察し、仮説を立て、実験を計画し、綿密な実験と結果の観察、仮説の立証、論文の作成、反証への対応など一連の流れがとても分かりやすくいきいきと描かれていて、それも感心した。
著者の鳥への深い愛情や、自然への敬意をとても感じたし、それがパワーとなって、これまでの常識を覆すストーリーは地に足がついているのに、とても爽快な読後感だった。
ご両親のエピソードが一番印象に残った。とても愛情深い優しい方だなとほっこりした。 -
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「僕も「ディーディーディー」の方へと急いだ」
って急がないし、行かないのよ、一般人は(笑)
と、最初から笑わせてもらいました。
読み終わった今、なんだかシジュウカラへの親近感
爆上がりな自分がいます(笑)
すごく「面白い!」と
誰もかれもが口にしていたこちらの本。
偏屈な私でも面白いのか?と思ってたけど
みんなのように、
私も「面白い!」がまずはの感想(笑)
もうガッチガチのイメージだけど
研究している方たちって難しい言葉とか
聞きなれない専門用語を使うから
内容の理解に苦しむことが多いんだけど
もうね、まったくそんなことなくて。
なんなら、
「ぼく・ドラえもん」実験に
「ルー語」に -
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『動物が、僕たち人間が思っている以上に賢かったり、複雑なコミュニケーションをとっていても全然不思議じゃない。』
それまでは動物の鳴き声は音として耳に入っていましたが、人間と同じようにコミュニケーションをとっているなんて
ゴリラのマイケルのエピソードはすごい!!
先に『僕には鳥の言葉がわかる』を読んでしまっていたので、シジュウカラの話は知っていましたが、山極さんの霊長類のいろいろな実験の話もとてもおもしろかったです。
『心の理論を持っているのはチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、そしてヒト』『スカフォールディング』など
『戦争は、言葉が暴走してしまった例の一つだと思います』
人間社会にも -
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ネタバレ
著者のお二方が研究などに基づいて、動物の行動に込められているであろう意味とか言語の起源などを論じていく部分が非常に面白かった。
それを通して見えてくるものの一つに、言語はコミュニケーション手段の一部でしかないということがある。つまり、身体性に関連する言語を超えたものが確かにあり、言語では言い表せないということ。
それなのに人間は言語を重視しすぎているとの問題提起。他にもこんな感じの主張が出てきている。
それらは以下のようなパターンの類型として理解できるなぁと思った。
すなわち、要素還元主義vs全体主義の議論。その内容としては、「人間は対象をより細かい要素に還元して考えることが可能で、効果的 -
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鳥類、特にシジュウカラを主に研究対象とする鳥類学者と霊長類(ゴリラを研究対象とする動物生態学者)の対談。動物たちも特有の言語を持ち、コミュニケーションを行っている。そして、動物たちのコミュニケーションは音声だけでなく、様々な手段で成り立っている。人間もかつては「ことばありき」の世界ではなくて、歌う事、踊る事などを中心に共感力を高めたうえで、ことばによるストーリーを持ったより高度なコミュニケーションを行うことができるようになった。しかし、現在のSNSなどのことば主体のコミュニケーションが優先となってくると、かえって人間本来が備えていたコミュニケーション能力が劣化していくことが危惧されている。
動 -
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古本で買った。集英社なのに新潮文庫と言う短冊が顔を覗かせていた。古本の醍醐味ですな。次はこの新潮社の本を買おう。
『僕には鳥の言葉がわかる』を読んだのなら、これを読まねば。いや、先に出版されたのはこっちの『動物たちは何をしゃべっているのか?』だから先に読むべきだったのか。どっちでも良いけど、とっつき易さから言うと『僕には〜』かな。
面白かった。動物の言葉やコミュニケーションについての話から、現代の人間社会の危うさにまで飛躍する。当然だけど、知の宝庫であるお2人が語る内容だから、知らなかったことがたっくさんあって、うんちく集めにも良い^_^。例えば、目に白目部分がある動物は珍しいとか。犬にも -
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鳥とゴリラの研究者の対談。
どういった言語を扱う動物なのかの話から発展し徐々に『コミュニケーション』の枠組の話にうつり変わる。
その種類とは音声であったり視線であったりジェスチャーであったり、はたまた同時に2つ以上を合わせて行ったり。五感も重要で聴覚や嗅覚などが優れている生き物はそれも併せて複雑なコミュニケーションをとるらしい。
ただただ言語にとどまることなく話が進む対談は興味深い生物の進化の話にも及び、進むにつれ文字や文を主体にしたネット社会が人間の陥る死角にも言及していたように思う。
普段の言動、また今ここに書いているような視覚での情報やスマホで読むニュースなど切り取りされたモノを -
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ゆる言語の水野さんが編集したということで手に取ってみた。
ゴリラと鳥の研究者視点で語られるヒトの言語の起源の考え方が興味深かった。
人間の母親が赤ん坊にかける歌のような言葉(インファント・ダイレクテッド・スピーチ)がヒトの言葉の起源の一つかもしれないというのは実体験として分かる気がする。子供が赤ちゃんの時には何かしら歌うように話しかけていたような覚えがある。言葉にならない音声とか鼻歌とか赤ちゃんと目を合わせながら視覚的なコミュニケーションを取っていたような気がする。
現代人が言葉に依存する社会になりすぎて忘れかけている文脈を理解する力、身体性を持って共感する力を取り戻すためには「音楽と踊り」=