楊双子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『台湾漫遊鉄道のふたり』でブッカー賞を受賞した台湾人作家・楊双子の作品。先輩から「ほのぼのグルメ小説かと思ったら、歴史的要素も絡んでておすすめ」と紹介されて読み始めました。
日本統治時代に建てられた四維街一号には、下宿している4人の女子大学院生と、のらくら生活の女性大家の計5人が暮らしている。下宿人が暮らす部屋はとても狭く、キッチンやお風呂は共用。4人の院生たちはそれぞれ性格も四維街一号に住むことになった経緯も異なる。シャイで人付き合いが苦手な乃云、明るい性格で苦学生の家家、料理が得意で才色兼備の小鳳、院生とBL作家の二足の草鞋を履き、浮世離れした雰囲気を持つ知衣。それぞれの視点で各章が語られ、彼女たちの悩みや苦労が明らかになっていく。最終章では、普段何をしているのか謎に包まれていた大家の過去、そして四維街一号にまつわる心霊現象の謎が明らかになる。
各章で台湾のローカル料理がたくさん登場する。台湾各地の伝統料理や調理の仕方や呼び名の違いも言及されて、台湾料理と民族の文化の多様さが丁寧に描写されている。そして、境遇も性格もバラバラな5人を結びつけていくのは、100年前に日本人が残した台湾料理のレシピ。それぞれに孤独を感じていた5人に絆が生まれ、それがより強くなっていく様が料理を通じてほっこりと描かれている。 -
Posted by ブクログ
昨年初めて台湾に行って、街並みや気候が想像していたよりもずっと日本とは違って、面白いなぁと興味を持った。本作に出てくる女性たちの会話の内容(特に、ふいに中医学的な知識が出てくるところ)や行動もとても興味深くて、当たり前だけれど、歴史や文化の違いを感じた。台湾て、外省人・本省人・もっと細かいルーツや出身民族、政治(独立派・反独立派)、世代間の違い(中国人として教育を受けたか、台湾人として教育を受けたか)、地域ごとの独特の文化など、思っていたよりもずっとずっと複雑な社会なんだなと感じた。
出てくる料理は味がまったく想像つかないようなものが多くて好奇心をくすぐられるし、なじみのある日本のアニメの決め台詞が出てきて親しみやすい。
ただ、エピソードを盛りこみすぎたのか、一つ一つを深掘りできていない感じがして、少しもったいないなと思った。例えば最後の章の大家さんの話は、そのまま一冊にしてもよいくらいの濃い話だったので… -
Posted by ブクログ
ポットキャスト<翻訳文学試食会>で取り上げられた本。
「まえがき」は、作家の青山千鶴子が昭和13年に台湾を旅行した記録『台湾漫遊記』出版に寄せている。
昭和13年(1938年)、作家の青山千鶴子は映画化成功のため、日本統治下の台湾に講演
旅行に招かれる。
女の役割は家庭を守り子供を産むこととされる世の中で、青山千鶴子は「女にしては」見上げる大女、妖怪のような大食漢、物事をはっきり言って、好き嫌いもはっきりしている。
「国家総力戦」だの「南進政策」だの「帝国宣揚」だの「台湾への皇民化政策」は愚行!ましてや男性権力社会なんかに絶対に従わない!
台湾旅行だって、内地(統治国である日本本土)観光客向けのお仕着せじゃだめ!本島(台湾島)の人と同じものを食べて、同じ景色を見て、現地の人が参拝する神社に行かなければ、生きるための旅って言えないじゃない!
そんな青山千鶴子のために、新しい通訳として王千鶴が現れた。
王千鶴は、日本語は完璧、博識で、特に台湾の歴史・民族集落の分布・食べ物、地方ごとの言語・宗教…まあとにかくすべてを知り、料理もうまく、品位があり、気遣いも完璧…、…、…以下思いつく褒め言葉すべて並べといてください。
更に王千鶴はその気になれば「お腹に妖怪を飼っている」と言われる青山千鶴子にも負けないくらいの大食漢にもなれる。
青山千鶴子は俄然張り切った!「二人で台湾を食べつくしましょう!そして私達、雇い人と雇われた上下関係ではなく、対等な友達になりましょう!」
青山千鶴子の台湾滞在を満喫した。しかし王千鶴はどうも「仮面」を被っているようだ。完璧な笑顔、優しさ、自分を褒める言葉。でも自分に対して拒絶も承諾もしないような一線引いた態度。友達にはなってくれない。
青山千鶴子はますます王千鶴の不思議さに惹かれてゆくのだった。
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物語の作りがなかなか凝っています。
本当の作者は台湾の双子作家「楊双子」で(妹さんは若くして死去…)、この本の初版が台湾では2020年、日本では2024年という現代の作家です。
つまり、日本人作家青山千鶴子が昭和29年に書いたということになっている「まえがき」も、青山千鶴子の一人称による昭和13年の旅行も、すべて創作です。
現代の台湾作家が80年近く前の日本人女性の一人称小説を書いたわけで、たしかに(翻訳の問題かもしれませんが)昭和13年にしては現代の人の語りで私には合わない…。そもそも本文一行目が「待って。これはなんということ?」なんですけど、現代SNSじゃあるまいし初対面の小説の人物にいきなり「待って」とか言われたって知らないよ、あなたが誰かも知らないのに。一行目から読む意欲が落ちたよ(・・;)。
さらに青山千鶴子の描き方もなあ。彼女は昭和13年にしては自立した変わり者女性扱いです。しかし一見傍若無人な性格の裏には、厳しい幼少期を乗り越えたこと、本音と建前はきっちり分けられて礼儀正しいこと、人情に厚く人を理解したい!優しくしたい!という気持ちも見えます。
でもね、本文の青山千鶴子の一人称口調が、慌てた時に「あややや」だの、言い返せなくて「うぐぐぐ」だの、これって日本現代の漫画とかアニメでのお約束表現ですよね。おそらく表面的には「まえがき」のようにちゃんとした文章を書き、でも本音では「ぁいぃぃぃぃぃ」というあけっぴろげさな女性ですよ、という書き分けなのかもしれないけど、すみませんが小説で書かれると目に引っかかって内容に集中できない(-_-;)
さらに読んでいて気になったのは、青山千鶴子のいう「自由!」は他人に迷惑をかけるものであったり、「女性の権利!」といいつつ自分以外の女性には「女の立場」を求めているし、「対等!」とは自分に合わせろということ。終盤ではそのような彼女の思い上がりを思いっきり指摘されるんだけど、やられた側である台湾の女性作家が、やった側である日本人女性の一人称で書いているため、読んでいても千鶴子の思い上がりが透けて見えて、小説として分かり易すぎるんだろうなあ。
確かに面と向かって指摘されて、一歩進もうと思う青山千鶴子はのタフさはすごいし、私のようにインドア出不精でそもそもスタートラインに立ってさえいない私が言えることではないんですけどね…。
さて。
小説内では、台湾の風土とか歴史とかが語られ語られていくので、台湾ってどんなところなのか、日本統治によって何を失ったのか、それでも持ち続けた矜持もあります。主人公青山千鶴子が旅行好きの大食漢のため、特に食べ物描写の多い多い多い・笑
小説では、植民地になるということは文化を根こそぎにされるということであり、当治国である日本人が「平等!」といいながらも「自分たちが台湾のレベルを上げた!」という思い上がりが現れます。小説という形だからこそだなあ。
無意識の差別だとか上から目線の優しさ、相手のことを考えない関係って、いつでも誰でも持っているものだと示された。
そして個人的にはお互いを思っても、やっぱり時代や立場によってどうしても平等な友達にはなれないという現実も。
でもお互いを思う今の気持ちは本物だよ、ということも示されます。しかしその表現として「百合小説」的な表現を使っているので、私には萌えたいのが訴えたいのか何なんだよと思って集中できなかった(^_^;)