今までありそうでなかった、そんな日本・台湾横断型旅小説。
実際の明治期〜昭和期にはこの手の植民地見聞録、弥次喜多道中的ジャンルはよくあったわけで。
敗戦と共にぶっちり途絶えたジャンルの一つと言える。
この小説のすごいところは何より、台湾人作者が描いていると言うこと。
食べ物漫遊録というキャッチーさを兼ね備えつつ、植民地における支配者と被支配者の機微を下手にデフォルメせずに丹念に描いている。でも本来の漫遊録もののエンタメ性も損なっていない。
詰まるところ、漫遊録ものの脱構築をかなり巧みにやっている。
2人の女性の造形がまた上手い。千鶴子のお嬢様知識人設定もよく生きている。
彼女の終盤での悟りは、台湾留学中の植民地史の授業で台湾人教師が「日本んは台湾を近代化させた功績があるというが、詰まるところそれは内地人のための近代化であって台湾人のためのものではなかった。」
という講義に衝撃を受けた自分そのものだった。
そして美島というキャラクターが意外にも効いてくる。いわゆる湾生の彼がこういう一筋縄では行かないけど、現地人的側面もある人間として台湾人作者に描かれたことは意義深い。
こうした機微は台湾人作家が描いてこそ意味を持つというところは確実にあると思う。日本語作家からも呼応する動きが欲しい。
ぜひ映画化されてほしい。
食べ物という時代を超えて人に訴える要素と、両者の心情の展開のリンクが素晴らしい。
そもそも「台湾料理」はそれ自体があらゆる時代の流れが織りなす定義の複雑なもので、でもそれは裏を返せば台湾の多様性や歴史性の強かさの象徴でもある。
千鶴子のモデルが、林芙美子や西川満(植民者の身勝手)であったのは興味深い。
千鶴が1945年以降にアメリカに渡っていたというのも一つの台湾史のリアル。日本に行かなかったのも千鶴らしい。
2人の子孫によるやり取りは特に、研究者である作者の白眉。