三木那由他のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
会話をコミュニケーション(約束事の成立)とマニュピレーション(聞き手の思考を操作)に分けて、その構造を探求している。
フィクションを題材でたとっつきやすい反面、マイノリティや差別に対する会話の危うさというところに論を進めており我身のことと鑑みて考えさせられる深さもある。アガサクリスティの章は作品未読のためネタバレ回避のため読み飛ばし。ここで手をとめて作品を読んでから戻ってきてなんてそんな殺生なー。
会話を単に情報交換や双方のキャッチボールとかいう捉え方は昔からあったけど、約束事というキー概念を軸に単に情報のやり取りでは収まらない会話の奥深さを知らしめてくれています。
自分では納得できていないことに行為を向けさせるための自分の中での会話、伝わらないで欲しいけど溢れる思いを誰かに聞いて欲しいという発散。それは一見して無意味に思われるかもしれない事象は、約束事という概念で重要なことであると認識改まる。
マニュピレーションとしての会話の論考をもう少し深く知りたかったなーという不完全燃焼感がある。そこは、最後の参考文献を頼りに興味関心広げていこうという、良いな契機をもらえたです。 -
Posted by ブクログ
初めてこの著者の本を読んだ。
タイトルに魅かれて手にした。
言葉のコミュニケーション、
話し手の言葉は、その人そのものがどんな立場でどんな力があるかによって、聞き手の人に伝わり方が違うと思う。
時には、話し手の真意が捻じ曲げて取られることも少なくない。
とくにSNSの中では、いい事も悪い事、拡散される。
コミュニケーションをとる前提に、話し手と聞き手の人間関係がどうなのか、重要に思う。
著者がカミングアウトをして、家族や友人に受け入れられたことはとてもよかった。
母親は、幼少期からきっと気づいているものだけど。
世界中でたった一人でも味方がいれば、心強い。
よく、色眼鏡で見る、というが、
誰しも、レンズには多少の色は付いている。
哲学の透きとおったクリアなレンズで物事が見られたら、ありのままで受け入れられるだろうに。
法律や憲法ではけして決められない、人の生き方。
全ての人がその人らしく、ありのままで生きられる世の中になりますように。 -
Posted by ブクログ
先に読んだ本とジャンルが似ていたのか、「マンスプレイニング」をインプットした。
なんとなく、痒い。
レディがファーストされることとの違いを考えてしまう。痒い。
「セクシュアル・ハラスメント」の話題では「ともかくまずは言葉をつくり、たとえそれが広い社会での蓄積に含められずとも、せめてその言葉を必要とする者たちのあいだで共有される、ということが重要なのかもしれない」
しかし、一方で「松岡さんは、『アウティング』という言葉の意味がそれと同様の仕方で変質し、それによってその言葉に込められているはずのマイノリティの経験がその言葉によって表せなくなってしまうことを危惧していたのだろう」ともある。
言葉がつくられるとは、他との差別化をはかることなんだろうか。ある意味で、汎用性を持っていくということだとは言えないだろうか。
現に、私の目の前には、数々のハラスメントが見え、ジェンダーギャップが見えてくる(ように感じている)。
うまく言えないけれど、この、見えてくるという次元は、この言葉を必要とする人にとって、どんな変化をもたらしたのだろうか。いや、変化はもたらさなかった?迷惑でしかない?
そして、汎用性を持つということは、原義の持つ繊細さが失われることでもある。
言葉にその次はあるんだろうか。
使い古されて失われるのを待つだけなんだろうか。
綴りながら、自分はどんな意識を持っているんだろうと、少し悩む。
誰かを傷付けているかもしれない。
でも、誰も傷付けないこともまた、難しい。 -
Posted by ブクログ
著者の日常から、そこで起きた疑問や喜怒哀楽を言語哲学を通して"気持ち"の謎を解明していく。
哲学は難しそうと思いつつ理解のための道具(補助輪のイメージ)として使っていくエッセイ。
もう「ただの言葉」とは言えない。
「謝罪の懐疑論」が今の悩み(反省しているのかどうかわからない人を相手にする)を理解するのに役立った。
言語哲学を通して見た日常の中にある疑問、言葉は「言っただけ」ではなく発話したこと自体にも意味がある。
言霊(言うことにより願望として捉えられる)とかを連想するけれども、霊的なモノではなく哲学の視点で解説してくれて面白い。
著者の疑問、自身の気持ちについて解き明かそうとする。日々、思い出せないくらい流してしまっている疑問に対して向き合える気持ちになる。
参考となった本も読みたい、もうちょっと知りたくなる本。