無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
いま、あなたとの会話で起きたことは、いったい何だろう?
マンスプレイニング、コミュニケーション的暴力、会話の引き出し、言語的なポリティクス、アイデンティティと一人称、人々をつなげる言葉、誠実な謝罪と不誠実な謝罪……。難しくて切実で面白い「言葉とコミュニケーション」を、「哲学」と「私」のあいだのリアルな言葉で綴るエッセイ。
【目次】
プロローグ コミュニケーション的暴力としての、意味の占有
そういうわけなので、呼ばなくても構いません
ちょっとした言葉に透けて見えるもの
張り紙の駆け引き、そしてマンスプレイニング
言葉の空白地帯
すだちかレモンか
哲学と私のあいだで
会話の引き出し
「私」のいない言葉
心にない言葉
大きな傘の下で会いましょう
謝罪の懐疑論
ブラックホールと扉
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
現代分析哲学・言語哲学が専門の方によるエッセイ集。トランスジェンダー当事者によるエッセイ集としても読めるし、その側面が際立つ「『私』のいない言葉」(pp94-102)は、私自身もトランスジェンダーであることもあり、いろいろな幼少期の嫌で悲しい記憶が蘇ってきながら当時抱いていたどろどろした感情の渦に巻き込まれそうになったのだが、しかし、著者は、あくまでも学者なのである。ある方の著書を読み、その本を楽しみながらも、しかし、著者自身が子どもの頃から抱き続けている謎はまだ解けない、と、上記の文章は閉じられ、私も、負の感情に落ち込み続ける危険にはいたらず、むしろ、これまでとこれからを見つめ直すいいきっかけになった。
Posted by ブクログ
三木那由多さんのエッセイ集。
購入してから大事に少しずつ大事に読み進めて、今日読み終わりました。
後書にもある通り書いている最中に当初は予定していなかったカムアウトのお話もあり、「実は歴史的な一冊なのではないのか!」とか勝手に興奮しながら読んでたりしてました笑
言葉に対する感性と言うか捉え方も矢張りプロ。一読しただけでは理解出来ず何度か戻って読み返したりネットで調べたり。
素の自分から出てくる様々な思い。考えながらいつの間にか哲学の話になっている。
きっと本当に好きでらっしゃるのですね。
最後に載っている文献も有り難い。
今後気になるもの…ポール・グライスさんの本とか読んでみたいと思います。
素敵な本をありがとうございます。
Posted by ブクログ
エッセイとしては難しい部分もあったが、とても興味深かった。コミュニケーションは本当に多様なもので、哲学ではカバーしきれない部分もあることがよくわかった。
そのカバーしきれない絡まった部分を、三木さんは丁寧に解きほぐして考えている。コミュニケーションにおいて、心的な関わりを占める割合は高い。なのに、コミュニケーションだけでは人の本心はわからないことが多い。少しでも考えてコミュニケーションをとっていこうと思う本だった。
また、自分もセクシャルマイノリティの当事者なので、気持ちの部分で語られる「哲学と私のあいだで」「『私』のいない言葉」はとても実感を感じながら読んだ。少しでも、(性に関することに限らず)多くのマイノリティが過ごしやすい社会になればと思う。
Posted by ブクログ
地球っこさんのレビューを見せていただき、是非読んでみたいと思った一冊。
すごい。。。
言葉、会話を分析・哲学するって。
こんな分野があるなんて、考えたこともなかった。
最初は頭をフル回転させながら、なんとか食いついていくかんじだったのが、カムアウトされたところぐらいから、すごく作者の意図することが理解出来るようになった。
そもそも一般向けに分りやすくエッセイと解説の間ぐらい というのがコンセプト。
しかし この人たちの頭の中はどうなっているのだろう。
会話を哲学するって・・・
次に読もうと思っている「会話を哲学する コミュニケーションとマニピュレーション 」は準備済み。
次も楽しみです。。
Posted by ブクログ
言語哲学に興味が湧いてくる本
コミュニケーションそのものを考えられる本
日々の何気ないコミュニケーションをする中で、コミュニケーションとはいったい何かというもの考えさせられる。コミュニケーションはただの記号の情報交換ではないということはなんとなく同意してきたが、おそらく私はそれが一体何なのかということについて理解していない。私は言語学(英語学)ついてはある程度学んできた自負はあるが、それは主にある言語の特有の表現方法に関わるものがほとんどであり、文字からどのように理解できるかがメインであった。そのため、この本で紹介されている話し手にとっての意味とは何か、聞き手にとっての意味とは何かといった、言葉として必ずしも現れないものについて深く考察しないと解決しない事象についてはさして考えてはこなかった。
身近な例から哲学の知見を援用して本質に迫っていく構成になっており、スリリングであった。ときに話の展開についていけなくなることもあるが、それもそれでおもしろいと思える本であった。
Posted by ブクログ
コミュニケーションは約束。
権力勾配によりその意味をずらしてしまう暴力性。共同的コミットメントを形成すること(金田一少年の恋人同士の嘘)。謝罪は他人との間に共同的コミットメントを形成するため今後他人から非難される可能性を引き受ける、つまり謝罪は終わりではなく始まりである(ヒロアカの爆豪勝己)。
どうやら哲学者たちはコミュニケーションについて論じる時な、理性的な例のみを考えすぎているらしい。私は、世界はもっといい加減で、再現性がない、意味のないやり取りだって溢れていると感じる。
また、言葉について研究するうえで筆者の一人称問題のように言語間の差異も無視できない。そうなると日本語についての研究の意義は(もちろん他のどの言語とも同じく)軽くないものになるだろう。
また、私は平たく言うとジェンダー論に興味があるのだが、そのような話をしているとよく指摘される「そんなに言葉を作るのは良いことなのか」という問題についてのヒントがあったように思う。「言葉の空白地帯」の章で、フリッカーの「解釈的不正義」について述べられている。
>どのような言葉や概念がつくられ、蓄積されるかは社会的な営みの問題だが、ときに一部のグループがそもそもそうした営みへの参加を制限されてしまい、そのためにそのグループにとって大事な言葉や概念が提案されなかったり、されても蓄積されることなく消えるがままされていたりすることがある。<
ほどよく頭を使いほどよく易しい、勉強になるが個人的な話も聞ける、私にとって良い塩梅のエッセイであった。トランスジェンダーに限った話ではないが、自分とは違う経験をしてきた人の思っていること、感じてきたことを知りたくてもこちらからの要求で赤裸々に語ってもらうのはやや抵抗があるので、本人の意思で書いてもらえるのは有難いことだと思う。そうしたものを今後も探して、一人一人として知っていきたい。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
ビジネス・実用
ビジネス・実用