三木那由他のレビュー一覧

  • 会話を哲学する~コミュニケーションとマニピュレーション~

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    様々な作品に登場する会話を哲学的に捉えるという、初心者にも分かりやすそうな内容で気になって読んでみた。
    会話には大きくコミュニケーションとマニピュレーションという働きがあると見ることができるそう。
    コミュニケーションは言語化されたやりとりを通じて互いの間に約束事を形成すること。
    マニピュレーションは言語化(約束事を形成)せずに相手に何かしらの影響を与えること。
    様々な作品に登場する会話を具体例に、この観点で考察を深めていく。
    分かりやすいとは思いつつ、当たり前のことでもあるように感じで、それなのにわざわざなんでこんな風に会話を捉え考えようとしてるのか、途中まではその意図を汲みきれずにいた。
    読後、そもそもこの本を手に取ったときのことを思い出していた。
    何となく会話やコミュニケーションに対して苦手意識を持っていたからで、会話を通じてどこがどう嫌だったのか居心地が悪かったのかを言語化できずにモヤモヤしていたからだった。
    この本はまさにそういったモヤモヤを言語化する手助けになると思った。
    会話で起きている現象をコミュニケーションとマニピュレーションの2つの層から整理してみると、そこで起きたことを分析しやすくなりそう。
    自分の身を守ることにも繋がるだろう。
    会話の正体が明確になれば対策もしやすくなる。
    気付きを得られる良い入門書だった。
    もう少し骨太でも良かったけど、他の書籍もあたって深めていこうと思えたのでよしだと思う。

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    2024年10月29日
  • 言葉の風景、哲学のレンズ

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    「からかいの輪のなかで」
    芸人の世界では、いじられることを「おいしい」と表現する。
    それって本心なんだろうか、なんだろうな。
    自分が若い時、ノリで茶化されることを、笑って流したり、気の利いた一言で場を沸かせた経験は何度もある。
    でも、そういうコミュニケーションで得られたものって何なんだろう、と思うと、意外と何にもないのかもしれない。

    「安全な場所」
    私も「つくたべ」の一ファンなので、こんな風に取り上げて語ってもらえて、嬉しい。
    私は「つくたべ」が、途中からレズビアンのテーマを見せてきたことには、実はあまり賛成ではない。
    そうしたことを抜きにして、二人の食卓が縛られることのない「安全な場所」だと感じていたからだと思う。
    登場人物たちが、そんな思惑を脱して自由恋愛をするのだから、それはそれで良い。

    「一緒に生きていくために」でもあるけれど、自分の身の回りにジェンダー的な悩みを持っている人はきっといる。
    私自身も、性を変えるほどの強さではないにしろ、強いられることに否定的だったことがある。

    安易に共感するな、という言葉はある意味残酷だ。
    本当のことなど何も知らないくせに、と拒絶から始まる関わりが、どれほど実を結ぶだろう。

    私にも、この程度かもしれないけど、分かる部分がありますよ。
    そういう些細な共感を、大切にしたい。

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    2023年11月12日
  • 言葉の展望台

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    昔、男社会の風潮がまだ残る会社で、会議中こんな話をされたことがある。
    「これ専務に話通すのムズイなー。〇〇(昔うちの部署にいた女性)がプレゼンすると、専務のOK大体貰えたからな。〇〇(部署で唯一女の私)がいってみない?」
    と、加わってもないプロジェクトの話をふられた。
    彼らからしても勿論それは冗談で、本当にプレゼン頼まれた訳じゃなかった。
    なんだけど、不愉快だったなあ。そういうことを言ってしまえる無神経さに、無神経でいることが許容されてる組織の鈍感さに、不愉快だったなあ。
    その女性が専務に話を通せたのは、彼女が優秀だったからじゃないのか?"女だから"通ったと思ってるのなら、その女性にとても失礼だなと思ってムカついた。

    そんなことを、この本を読みながら思い出していた。
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    「セクシュアル・ハラスメント」という言葉がなく、それゆえ「その行為はセクシュアル・ハラスメントだからやめてほしい」とは語れないが、代わりに同じことを「その行為は不愉快だからやめてほしい」と語ることで伝えようとしたとしよう。このとき、「不愉快」という言葉を選んではいても、そのひとが本当に言いたいのは自身の心理に関することではなく、むしろ社会的な不正に関わる振る舞いが生じているということである。だがたとえそのひとがそうしたことを意図して発言をしていたとしても、この発言が単なる心情の表明と理解され、しかもその理解が発言のなされた場で共有され、そのひとは単に自分の心理に関する何事かを言っていたひととしてそれ以降扱われるということは、容易に起こりうる。そうした場でたとえ「単なる心情の問題ではない」と訴えたとしても、「ヒステリック」で「感情的」で「不合理」な者として片付けられるのが落ちだろう。
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    そういえば、そんなことを考えていたな。
    この組織を変えるには、今の発言が無神経だということを皆が認識しなきゃいけない。その為には私が声をあげればいい。簡単なはずのこと。
    でも、相手が無神経なだけじゃなく思慮もないのなら、声をあげたところで「フェミニスト」とか「面倒くさい女」とか思われてもっと生きにくくなるんじゃないかって思った。私は彼らのことを、どれくらいその点について感受性豊かか分からなかった。だから未だに言ってない。
    ただ、言っていないから、それはその組織では未だ許容範囲のものとして許されてるんだ、と思う。
    私は別の、そんな言動が許容されない、豊かな組織を知っているので、そんな井の中の蛙状態の人たちのことをどう思えばいいのか、未だ分からないでいる。

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    2023年05月27日
  • 言葉の展望台

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    コミュニケーションである言葉や会話を哲学者が哲学の面から分析している書籍。哲学を用いた内容になると、言葉遊びのように思えてしまう。色々と分析、説明しているがそもそも用いられている単語もよくわからず、それを駆使して記されているので益々わからないといった感じ。

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    2022年11月04日
  • 言葉の展望台

    Posted by ブクログ

    筆者はエッセイのような物と言ってるが、いやいやしっかり哲学です。
    言葉の厳密なる意味、特にコミュニケーションのあり方を突き詰めて考察している。

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    2022年11月02日