井上達夫のレビュー一覧
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日本法哲学界のドン、井上達夫による独自の法哲学入門。自説バリバリの本ゆえの長所と短所が。
いい点としては、分かりやすく簡潔で、バラエティに富んだ内容で飽きが来ない。200ページほどの分量ながら、第1部ではリベラリズムの概説と現代的な論点への言及、第2部では井上の研究生活に沿ってこれまでの法哲学の流れを通覧と、さまざまな話が展開される。
ロールズやサンデルなど大家の理論でも、井上が誤りだと思うものは容赦なく切って捨てている。そのため中立的な入門書にありがちな、どの説もそれなりに正しく聞こえて結局何が言いたいのか分からない、ということが起こらず論旨が明快。説明の巧みさもあり、これ以上分かりやすい本はないと言える。
裏返しになるが、井上の見解が前面に出過ぎているのが悪い点。自説と異なるものをきっぱり「ミス」とか「誤った論理」と断定しているが、失礼ながらイマイチ信用できない。ロールズやサンデルほどの学者が、素人の私が一読して分かるようなミスをするとも思いづらいし、せいぜい価値判断の違いなんじゃないか。
もう一つ、本書の第1部では憲法9条や天皇制といった現代的な問題も扱っているが、「天皇制は現代に残る奴隷制だから廃止すべき」みたいな空中戦が多くて、個人的にはあまり意味のない議論に感じられた。
総じて厳密で信頼のおける本ではないが、ライトに読むにはこの上なくおすすめ。井上が自分の文脈で喋っている分、専門的発展的な内容が急に出てきたりするので当たり障りのない新書よりも満足度は高いんじゃないかと思う。 -
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ネタバレ田原総一朗・井上達夫・伊勢崎賢治
鼎談という形で憲法改正がなぜ必要かを明らかにする。
まず、本書の立場。
ーーー9条は全面的に日本の戦力保持を禁止しており、
そのため自衛隊は軍隊ではないことになっている。
それゆえ、自衛隊が当然備えているべき法的整備がされていない。
自衛隊の戦闘行為を支える法律・自衛隊を正しく律する法律両方が不備であり、国際的に見ると違法な集団である。
現行では、自衛隊の戦力行使は自衛官の自己責任になってしまう。
だから、日本は全然使えない戦力を持つ軍事大国である。
このような、いびつな事態を正すため9条は削除か改正しなくてはいけない。
だいたい こんなところか。正確な記述ではないので注意。
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脱属国論というタイトルは、ナショナリズム高揚のイケイケドンドンな感じなのかしらんと思ってしまったけれど、全然違う。
あくまでも冷静に「なぜ」と「理由」を解き明かすもの。
鼎談形式なので、ちょっと散漫というか、同じことを何度も言ってる印象があるのだけど、そんだけ自明のことを政治家も一般の人も右翼も左翼も理解してくれてない、聞いてくれてないという証左なのでしょう。
憲法9条は現状と乖離していて、
現状の改善を妨げている。
これまで解釈改憲や矛盾の屁理屈による隠蔽というった方法でやってきたけど、どう考えても無理だということがよくわかった。
日米地位協定の改定って、
さっさとやればいいじゃん? と思ってたんだけど、
なんと、これも9条に阻まれているそうだ。
今の日本の地位協定はアフガニスタンやイラクやフィリピンより、ずっと地位が低い。
あれらの国には主権があるのに、日本にはない。
だから属国、植民地のようなものなのだ。
政治家が本気で変える気があれば変えられるはず、
と本書にあるのだが、なんで変えないんだろう?
本書で3人がなんでだろうと何度も言ってるのが、
変だ。日本の政治家ってなんなの?
そして、自衛隊。
9条により存在しないことになってるので
国際法に合致した合法な組織になることが不可能。
国外から見ると自衛隊はとんでもない組織なのだ。
国外で自衛隊が違法な行為(過失も)をしても、誰も裁くことができない。
国内で防衛行動をする場合、隊員の個人責任になる?
ここ、衝撃です。
国内でごちゃごちゃ理屈つけてセーフとか言ってるけど、明らかに自衛隊は国際法上でアウトなのでした。
日本は軍事大国なのに、使えない自衛隊。変ですね。使えないなら無くてもいいのでは。
今のままで、南スーダンでやったみたいに、戦ったのに戦ってないことにするとか、あまりにも悲惨すぎる。
コソコソ戦うって最悪ですね。ちゃんと議論して憲法改正して、というのが筋でしょう。
日本人て本音と建前を使い分けが多いけど、
ここまで現実に目をつぶって
都合の悪いこと放置して
でもこれまでやってこれたから、
このままでいいよね
という人間ばかりなのか?
この本を読んでいると、
与党も野党もみんなダメなのか と嫌になってくる。
しかし、みんなが読んで各自批判的に考えるようになったら……という願いをこめて作られた本なのである。
追記:
9条は軍隊を持つことをまったく否定していない
という本を今読んでいる。それなら9条は改正しなくても
自衛隊のために法律を整備しいびつな運用ができるはず。
本書のように改正を主張する意味はなくなる。 -
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メディアに頻繁に登場するワード、「リベラル」、分かってるようで 掴めていないリベラルの意味を 井上さんの哲学をもって 解明しようとする鋭さ満載で、リベラリズムとは正義であると言い切っているのが気持ちいい
反転可能性で矛盾を問うて正義たらしめるスタンス、これ正論でしょう
啓蒙(理性)と寛容の下りが面白く、今の自称リベラルの胡散臭さを 看破するロジックに成り得ている
自分以外は愚かとする啓蒙
不平等に干渉しない自閉的態度の寛容
まるで、
現在のマスメディアとリベラルにおける あるあるネタのよう
私生児に対して 認知はしないけど お前は俺を守れと迫る父親〜の例えは強烈!!
自衛隊の不憫さと平和憲法論者の欺瞞を突いている
好戦感情を抑えるために 良心的拒否権ありきの徴兵制の下りも面白い、そのリスクやコストは自分に降りかかることで 軍事力を無責任に濫用しないようにする!という納得のロジック -
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初めての井上達夫。本来はかなり固いものを書く法哲学者らしいが、本著はインタビュー形式でわかりやすく、著者が抱く問題意識と、現代の「正義」をめぐる法や政治の論点、観点がよく見渡せたと思う。これ一冊で達観するのは傲慢だと思うが、正義論入門としてよい一冊であった。
しかしこの井上達夫という人物がなかなか強者だと感じた。真理を見捨てた現代において、正義原理という真理を訴えている姿は純粋に力強くかっこいい。まだ私にはこの人の主張にどのような幅があるのかはわからないが、この内容を種にもう少し学びを進めていきたいと思う。
「正義論」というとマイケル・サンデルを思い出す人も多いと思うが、サンデルが自著で語っていた論理に対しての応答と批評などもあっていい。井上とサンデルはハーバードのロースクールの学友らしい。年齢はサンデルが一つ上とのこと。
17.5.5 -
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元旦に放送された「朝まで生テレビ!」で井上達夫さんが出演されていて、話していた内容、そのときは天皇制だったり、日米関係のことだったりしたのだけれど、どれもとても説得力を感じ、それをきっかけに本書を手に取りました。
内容は2章立て。第1章は、この本が発売した2015年前半、安保関連法案のさなかのころの、いわゆるリベラル勢にたいして徹底して批判しながら、天皇制や憲法9条、安全保障などの政治問題を語っています。第2章は、井上さんが自分の専門分野である法哲学に、どう志したのかと云うところから始まって、みずからの思想の変遷と、世界のリベラリズム思想家たち――とりわけロールズ――を批判していくような内容。
あっちゃんの名発言をもじったタイトルだけれど、内容は多岐にわたっていて(語りおろしでも)難しく、ついていけない部分もいくつかありました。でもどんどん読みたくなるような、議論自体のスマートさや、議論される相手に疑義があれば徹底的に批判する”熱さ”に満ちています。この本が難しい内容ながら好調な売れ行きだというのは、そこにあるのかなと思っています。
そのなかで本書で(朝生でも共通して)いちばん感じたのは、原理的なことから出発してものごとを考えていることです。何か確固としたものから思考を出発していて、本の中には「正義概念」「客観的なるもの」「永遠の未知数X」というワードが出るのですが、これがきっと原理なんだと思います。
「正義概念」というのは、世の中にあるいろんな”正義”(これを「正義の諸構想」と読んでいます)に共通する正義で、その中身は「等しき事例は等しく扱うべし"Treat like cases alike"」。自分なりにいいかえれば「ダブスタはしない」、と。
具体的には、「反転可能性テスト」で正義概念に当てはまっているかは、見分けられるのだと。「自分の他者に対する行動や要求が、もし自分がその他者だったとしても受け入れられるかどうか。自分と他者が反転したとしても、受け入れられるかどうか、考えてみよ、と」(p.22)。
この続篇となる『憲法の涙 リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2』(ながい)も読む予定なのだけど、その原理的思考を学びたい。 -
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評判になった著者の『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください―井上達夫の法哲学入門』の続編で、前著で反響のあった憲法・安全保障問題に関する著者の考え方について、誤解を解き、批判に応答することにより、その趣旨をさらに明確にして再擁護することを目的としている。
憲法第九条は文言上絶対平和主義を採用しており自衛隊は違憲な存在であるという認識のもと、現在の日本の護憲派は、憲法を尊重するふりをしつつ、九条を裏切る自衛隊と日米安保の存在にこっそり便乗する、ないし、それを容認しさえする、憲法論的欺瞞を抱えており、改憲派よりも憲法に対する罪は重いとする。そして、憲法第九条の今後のあり方について、「最善」は、九条削除であり、具体的には、安全保障戦略の基本は憲法で凍結すべきではないが、「どのような戦略が選ばれようと、それが乱用されないための戦力統制規範は憲法に入れろ」という意見だとし、国民が無責任な好戦感情にあおられないための歯止めとして「徴兵制+良心的兵役拒否」も組み込むべきだと主張している。「次善」は、護憲的改憲、「三善」は、保守的改憲発議、「最悪」は何も変わらないことだとしている。
自分は、憲法解釈としては、著者の考えは基本的に間違っていないと思う。ただ、「修正主義的護憲派」と本書で言われている従来の内閣法制局的な解釈も成り立つ余地はあり、そうであるならば、確かに限定的な集団的自衛権容認も違憲ではないという結論になるだろう。そして、今後の憲法第九条のあり方としては、著者は「次善」としている護憲的改憲が望ましいと考える。自衛隊がこれだけ定着している以上、憲法第九条第一項の趣旨は維持しつつ、自衛隊を憲法にきちんと位置付けることが、立憲主義の精神からも必要だと考えるからである。 -
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前半は、いわゆるリベラリストと呼ばれる人達の欺瞞を明快に暴いていて、彼らが信用できない理由が良く分かりました。
社会正義の実現を目標とし、それを主張する人間には、ダブルスタンダードとタダ乗りは許されないという事ですが、
彼らの独善性は周知のとおりです。
憲法9条を巡る問題も、法理論を突き詰めて考えると明らかに自衛隊は違憲であり、その存在に対する賛否を明確にしない以上、安保法案に対して違憲だ合憲だと言っても解釈論をしているに過ぎず、意味がない。ならばいっそ9条を削除して民主的な議論の下で国民的な合意を作り上げていった方が良いのではないか、という主張も理解できます。
後半は、自分の理解力の欠如からやや難解に感じますが、ロールズやサンデルに対する批評となります。
理論的な思考を重ねていくと井上先生の正義論に辿り着くのかもしれませんが、では現実とどのように折り合いを付けていくのか?という視点は希薄に感じました。
学者先生にとっては現実は関係がなく、むしろ邪魔な事実かもしれませんが、その点は少し物足りなく感じました。 -
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安倍政権は立憲主義を破壊している!!
集団的自衛権の行使は憲法違反!!
9条守れ!!
と叫んでる護憲派の方々・・・
ちょっと待って・・・
護憲派の方々が言うのも何だかおかしいでしょ?
憲法守れ?いやいやいや・・・
護憲派の皆様も随分欺瞞があるでしょ・・・
9条守るんだったら専守防衛どころじゃなく、自衛隊解体で日米同盟破棄だし・・・
専守防衛を守るんだったら憲法(明文)改正するべきだし・・・
著者は護憲派を「原理主義的護憲派」と「修正主義的護憲派」の2グループに分けてその欺瞞を突く・・・
原理主義的護憲派は、9条のもとで自衛隊と日米安保が存在するのは違憲だ、と言いながら・・・
自衛隊&日米同盟の廃止!とか現実を変える努力も、逆に現実に合わせて9条削除!とか憲法を変える努力もせず、自衛隊と日米同盟の便益のみ享受して居座っている、と・・・
修正主義的護憲派は、9条のもとで自衛隊と日米安保を容認するという従来の内閣法制局見解と同じ【解釈改憲】を採用しながら・・・
安倍政権の集団的自衛権行使OKという【解釈改憲】は批判する、ご都合主義じゃないか、と・・・
どちらにも共通しているのは・・・
憲法を尊重するフリをしつつ、9条を裏切る自衛隊や日米同盟の存在にコッソリと便乗はするし、容認もしてたりする・・・
そして自分たちの政治的ご都合主義を、【憲法を利用して】隠蔽しようとしている点・・・
著者はこの点をもって憲法が泣いている、と書いているわけですね・・・
憲法守るって言ってる方々も憲法を裏切っているじゃんか、と・・・
著者は別に安倍内閣、自民党の解釈改憲や改憲案を良しとしてない・・・
けれども、護憲派学者さんや似非リベラル勢に対してもフェアに切り込んで行っている・・・
その辺がとても学者さまとして誠実に思われます・・・
確かにそれ(上記)が道理だよなぁと考えさせられる・・・
その他、長谷部恭男さん等からの反論への反論や・・・
9条削除論・・・
徴兵制論・・・
なども、なかなか面白く、参考になるのでオススメでございます・・・
スグ読めるし・・・ -
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●アメリカはもとより国際的に見ても、アジア女性基金のように、法的責任ではなく道義的責任として、戦争責任の問題に踏み込んで「他国民」に賠償・謝罪した例はないはず
●価値相対主義は自己の価値判断に対する他者の批判の可能性を閉ざす点で、独断的絶対主義と変わりない。われわれの価値判断の可謬性を認めるなら、価値相対主義も斥けられなければならい
●中世は多様な諸勢力の相互制約で成り立っていた、それが主権によって崩されていく中で、その制約として人権が生まれた。主権と人権が対立するのではなくて、人権が主権に内在する制約としてとらえられる。
●国家主権にあって他の主体(グローバル企業、NPO)に無いもの→答責性
●西欧リベラルが、自分たちの価値観は非欧米世界には妥当しないと考えるようになってきた。人権も民主主義も未完の課題であるのに、それを西欧の伝統のようにとらえ、外の奴らには関係がないとみなし、普遍的な正義の探求を放棄する傾向が出てきた。 -
Posted by ブクログ
まず、リベラリズムが自由主義ではないということに驚いた。リベラルは、本来は「正義主義」とでも訳すべきでると。公正、公平を最も重んずる思想であると。その中で、グローバルジャスティス、世界正義という概念が現れる。僕も正義とは胡散臭いと思っていた。どの陣営も正義を謳うが、その正義が争いを引き起こすと。しかし、それは本来の正義ではない。実は、正義というものは厳然と存在するが、どの正義も、それらの解釈に過ぎず、その解釈の差異で争いがおこる。しかし、世界正義というものを構築していくことは無駄ではなく、必要なことだと本書から感じた。価値を相対化するだけでは後ろ向きだ。様々な価値を受け入れつつ、それでもなお、すべてを包含する正義を探求する。それこそ人類の使命ではないか。