ユゴーのレビュー一覧

  • レ・ミゼラブル(一)

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    映画化されたので、再読です。まだまだ物語の序盤なのに、展開が早いです。ジャン・ヴァルジャンとコゼットの今後が楽しみです。

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    2013年01月05日
  • レ・ミゼラブル(一)

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    「本好きと言う割には読んでないなんてちょっと恥ずかしいんじゃない?的本をこの際だからまとめて読んでしまおうキャンペーン」第…いくつだっけ?
    ストーリー自体は難しくはない…と思うんだけど。
    途中途中で出てくる歴史だったり文化だったりが…おバカさんなんですごめんなさい。
    教科書やらウィッキー君やらにこんなにお世話になった本はありません。
    フランス人だったら面白く読めたと思うんだけどなあ。

    読んでも読んでも先に悲劇や破滅の気配がして、手が止まる止まる。
    まあラストは落ち着くところに落ち着いた感が。やれやれ。
    章のタイトルやちょっと言い回しが洒落てて、フランスっぽいなあ、と。
    原語で読めたらもっと楽しいんだろうけど。
    訳すの大変そう。

    しかしこの長いお話、どーやって舞台になったんだろう?
    いつか観なければ。

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    2011年03月14日
  • レ・ミゼラブル(四)

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    ネタバレ

    第四部「プリュメ通りの牧歌とサン・ドニ通りの叙事詩」。「プリュメ通りの牧歌」には、マリユスとコゼットの毎夜の逢瀬を通して、純愛が書かれている。彼等をひき合わせたのは、テナルディエの娘、エポニーヌである。マリユスがコゼットの家のベンチにおいた手紙には、ユゴーの愛に関する思想がしたためられており、たいへん興味深いものだ。一方、「サン・ドニ通りの叙事詩」では、アンジョルラスら「ABCの会」の会が始めたバリケード戦が書かれている。とくに「象の腹」に住んでいた浮浪児、ガブローシュの役割がきわだつ。マリユスは、ジルノルマンに結婚の許可を得ようとするが果たせず、嫉妬したエポニーヌのため、コゼットの心が離れたと信じて、サン・ドニのバリケードに赴き、そこで死ぬ覚悟をする。エポニーヌはマリユスを銃口からかばって死ぬ。書物と植物を愛したマブーフ老人は貧困から暴動に参加し、落ちたバリケードの赤旗を掲げなおそうして銃弾に死んだ。例によりユゴーの思想長々と続く。「隱語」の研究や社会主義の目的、大革命の意義などである。

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    2024年12月01日
  • レ・ミゼラブル(三)

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    第三部「マリユス」。例によって、ユゴーのパリ描写が多い。最初はパリの浮浪児の描写、そして学生たちがつくった共和組織、ABCの会の様子を描写している。マリユス・ポンメルシーは、テナルディエがワーテルローで偶然救ったポンメルシー大佐の息子である。王党派ブルジョアの祖父に育てられるが、やがて父の偉大さを知るようになり、ボナパルティストとなる。そして、弁護士となったマリユスは、謎の白髪の老人ルブラン氏を知り、その娘に恋するようになる。クライマックスは、ジョンドラッドがルブラン(実はジャンバルジャン)を待ち伏せし、娘(コゼット)を人質に脅迫しようとし、それが失敗すると、ルブラン氏を殺害しようとする場面である。マリユスはジェヴェールに相談し、決定的な場面で発砲するように打ち合わせをしていたが、ジョンドラッドがテナルディエであるとの告白をきき、父の遺言(テナルディエを救え)と自らの恋の間に迷う。結局、マリユスが逡巡している間にジャヴェールが踏み込んでテナルディエとその協力者パトロン・ミネットを逮捕するところで終わる。犯罪社会の描写を通して、悪の考察もあり、自然界では鳩に作られた者が鷹になることはないが、人の世ではそれが起こるという言葉には深い意味があるだろう。

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    2011年02月23日
  • レ・ミゼラブル(二)

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    第二部「コゼット」である。とはいえ、ファンチーヌの娘、コゼットのことが語られているのではなく、二つの大きな挿話、というより、ユゴーの時代描写が大部分を占める。第一の挿話は、テナルディエを引き出すためのワーテルローの戦いであり、第二の挿話は修道院の制度や暮らしぶりである。ワーテルローでは、ナポレオンの天才が、堅実なウェリントンに敗れるところを詳細に描き、19世紀という理性の時代がナポレオンの独裁を許さなかったことを示し、修道院の話では、聖と俗の対比をめぐる思索が展開されている。フランス革命の理性主義は、信仰にも及ぶのであるが、ユゴーはなお「真の宗教」を認めている。しかし、修道院生活が自由をを圧殺することを批判してやまない。こうした自由の放棄をとおして、他人のために贖罪を行う人間の気高さが描かれているともいえよう。ストーリーとしては、ジャンバルジャンがコゼットをテナルディエから救い出し、パリでジャヴェールの追跡をふりきって、プチ・ピクピュス修道院に逃げ込み、そこで、以前馬車の下敷きになっているところを助けたフォーシュルヴァンと出会い、修道女の葬式を利用して、棺桶にかくれ、脱出したあと、コゼットをつれて、フォーシュルヴァンの弟として修道院で働くようになるまでを描く。ジャンバルジャンが監獄と修道院について、欠乏生活や社会との断絶や、贖罪という点が両者に共通しているが、一方には怨嗟があり、もう一方には愛があると気づくところは、幸福について深く考えさせるものである。

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    2011年01月19日
  • レ・ミゼラブル(二)

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    時代背景を詳しく書いてあってこれを本当にわかるためにはもっと時間がかかりそうです。自分がフランス人だったら!!

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    2009年10月04日