竹内要江のレビュー一覧
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何も言わせずにすます権利
アテンションエコノミーへの対抗
"公共空間もどき"
"理想的な公共空間では、私たちは行為主体性を持った市民としてみなされる。それが公共空間もどきだと、消費者か、その場のデザインを脅かす存在のどちらかにしかならない"
ただほど高いものはない
非商業的な空間が失われていくのと同じように、自分の時間と行動が全て商業的なものになりうると私たちは気づいている
エピクロスの庭園、20世紀アメリカのコミューン運動
→駆られる生活からの逃避
ウォールデン2
BFスキナー
ディオゲネス→パフォーマンスアーティスト
行動を通じた暗黙の慣習の拒絶、撹乱、皮肉混じりの同一化→相対化
→社会への同化はしないが完全な脱出もしない
ソロー
"制度の内側に身を置く政治家や議員は、制度そのものをはっきりとありのままに眺めることができない"
→ゲーデルの不完全性定理みたい。
(アテンションエコノミーの)拒絶を選択できるのは、十分なソーシャルキャピタルを持ち合わせている人に限られるかもしれない
真の拒絶とは質問の前提条件そのものの拒絶
注意を妨げるもの→観察は終了した、あらゆるものを見尽くしたと宣言したくなる傾向
"注意が新しいものに引き寄せられる性質を持つのなら、注意を持続するには対象の中につねに新しい視点を見出さなければならない"
→意思は"精一杯注意を向続けさせるもの"
"注意の再配置"
最初の注意は努力がいる。でも一度築いた視点や解像度は失われない、注意による世界の描出における非対称性
Snsのフィード
→コンテキストの欠如、悪用、扇動
私たちのまともな思考を阻む
何もしない、は注意経済から離れることであり別のフレームワークでほかの活動に従事するということ
"何もしない"は時は金なりな資本主義、注意経済の枠組みに自分を取り戻す政治的抵抗行為
物質的経済→注意経済
曖昧さや非効率性の受用 -
Posted by ブクログ
能楽師の妻兼マネージャーとして能の魅力を国内外に発信し続ける著者の生い立ちや子育て、能を通じての異文化交流、母の介護について書かれた本。
本書は、著者のマドレーヌさんが伝統ある能楽師に嫁ぎ、文化や価値観の違いに戸惑いながら、夫の梅若猶彦さんと共に能楽を国内外に発信する姿が書かれています。その中で、能についてわかりやすく説明されています。
また、子育てを通して見えてきた日本や海外の教育の違いも書かれています。今後は、多様性を知る教育も大事であることが、本書を読むとよくわかります。
日本の古典芸能の一つである能楽。日本文化であるにもかかわらず、能楽のことを知っている日本人はそんなに多くないと思います。能楽を知る最初の一冊として、本書はオススメです。本書を読み終えると、梅若猶彦さんの能を見てみたいと思うようになります。 -
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ネタバレ麻薬ビジネスの横行するペンシルベニア州ケンジントン地区では、クスリを手にする金を求めて路上で身売りする女も数多。
この地区のパトロール警官ミカエラは妹のキャシーをこの界隈でよく見かけときには連行する場に居合わせることも。
そんな日常の中、商売女ばかりを狙った連続殺人事件が発生し、ミカエラは次は妹の番なのではと身を案じる。
幼少期に育まれた姉妹の絆の消失と再生、幼い息子トーマスとミカエラで奮闘する母子家庭の苦悩と希望。
犯人を突き止めるミステリというよりは、家族の物語の色が強い。
姉と妹の気持ちが次第に離れていく様、純粋無垢な少年の素直さと大人の勝手な都合が招く不条理なシチュエーションがたまらなく切なく、読むのが辛くなることすらあったが、その湧き上がる感情こそが読書の醍醐味。
いやあ、そこはかとなく心を昂らせる描写がうまい。
読み応えありました。 -
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暗い話は苦手だという方にとっては、本書は忍耐を強いられる物語である。そもそもこの作家にとってはミステリーが初チャレンジだそうだ。これまで数作の私小説的な、あるいは社会問題をテーマにしたヒューマンな作品で評価されているようだし、ミュージシャンであり、大学の先生でもあるらしい。多くの顔を持つ作家の初のミステリー・デビューということである。
ヒロインのミカエラはフィラデルフィア市警24分署のパトロール警官である。ある日、通報によりリ、連続殺人事件の被害者である若い娼婦の遺体に遭遇する。パトロール警官の身には、捜査権限という点で相当のハンディを抱えているばかりか、捜査状況の進捗すらまともに読み取れない立場なので、ミステリーとしての物語をこの書がどのように進めてゆけるのかなと要らぬ心配で頭をいっぱいにしながら、読者としてのぼくはミカエラとその妹ケイシーの物語へと導かれる。
ミカエラの独白は語る。そのケイシーが薬物中毒で娼婦へと身に落としているかもしれないこと。そしてここのところ街から姿を消し行方不明になっていること。連続殺人事件の被害者として未発見の遺体と化している恐ろしい状況を、姉は心配するのだ。
本書の主人公は二人の姉妹で、彼らの恵まれない現在と過去を行き来しつつ、ミカエラは一人称で語る。現在にも過去にも、冷たくて意地悪で逆境を作り出しているかのような人物がいて、ミカエルは苦しみながら、ケイシーの行方だけに心を捉われゆく。
もう一つの主人公はここフィラデルフィアの最も荒れ果てた街ケンジントンだと言っていいだろう。犯罪の横行する、貧しく荒んだ街を流れるデラウェア川を、示したような原題"Long Bright River"は、一方では姉妹たちの、どうにもならない宿命を表しているかにも見える。
薬物被害の横行する街、遺伝的に依存症傾向のある(とミカエラが信じる)彼ら一族の血、依存症の女性から生まれる新生児のダメージと、そこから救われるための苦しみ、依存症患者へのヘイトに満ちた社会の眼差し等々を見ていると、本書はストレートな社会派小説であるとも見える。
それでいて、姉妹の隠されていた秘密、連続殺人の意外な犯人像、などなど、ミステリーとしての驚愕に満ちた仕掛けもしっかり用意されてる、ある意味とても精緻で完璧な作品でもある。
読中、ヒロインの悲劇につきあうのはとても苦しい体験なのだが、果てしなき輝きの果てにミカエラが見つけ出すものを知るところまで是非、このいたいけなヒロインにおつきあい頂きたい。この作品の素晴らしさを必ず感じ取れる時が必ず来ると信じて。 -
Posted by ブクログ
【何はともあれ、わたしがこれまで目指してきたのは、「能の愛好家を増やすこと」でした】(文中より引用)
内戦の続くレバノンを離れて訪日し、能楽師と結婚することとなった著者の梅若マドレーヌ。彼女が経験した能の世界、そして日本での異文化体験や生活について語り尽くした作品です。訳者は、翻訳家として活躍する竹内要江。
稀有な人生を歩んできた一人の証言として興味深いことはもちろんのこと、能についての一風変わった手引書となっている点も高く評価できる一冊。「このような人がいたのか!」という純粋な驚きに胸打たれる読書経験でした。
能の舞台にも足を運んでみたい☆5つ -
Posted by ブクログ
犯罪小説の形式を借りた家族の物語。
ミステリーとしての面白さもあるが、中心となるのはミッキーとケイシーの姉妹の物語であり、薬物依存と再生の物語でもある。
主人公ミッキーはフィラデルフィアのパトロール警官で、一人息子をシングルマザーとして育てている。 妹のケイシーはケンジントンの路上に立つ娼婦。
二人は幼い頃に母を亡くし、父はその後行方不明。祖母に育てられる。
十分な愛情を受けられない環境で、ミッキーは警官となり、ケイシーは薬物依存に陥り娼婦となる。
そのケイシーが失踪し、付近では若い女性を狙った連続殺人事件が発生する。 ミッキーはケイシーを探し始めるが、物語は現在と過去を行き来しながら、姉妹の過酷な人生を辿っていく。
主人公のミッキーが痛々しい。
境遇としてはケイシーの方がどん底なのだが、ミッキーの独り相撲が、ケイシーや育ての親である祖母のジー、その他親しい人たちとの間に溝を作っていく。
ミッキーに悪意があるわけではない。しかし、壁を作る。人を信用できない。 すべて自分で解決しようとするが、それが裏目に出る。
自分を守るために作った壁が、結果として自分を孤独にし、他人をも傷つけてしまう。
ミッキーは愛が足りないがゆえに、自分しか信用できなくなり、 ケイシーは愛が足りないがゆえに、他人や薬に依存する。
辛く厳しい人生だったが、最後は希望が見えて終わる。
何だろう、この感動は。
深く味わいたい。再読必至の物語だ。 -
Posted by ブクログ
注意経済の情報過多で脳をハックされた現代人は、「どこかにいてもどこにもいない」、ある意味で「閉じ込められた」状況に置かれている。本書では、わたしたちの思考の基盤を修復し、閉じ込められハックされたわたしたちの脳を奪還するための道標を提示する。
ところどころに『我と汝』が引用されているので、マルティン・ブーバー既読の方にはますます深く楽しめると思う。
「都市に暮らすということは、離散したくなる本能に抗って維持される緊張状態」だから、ものごとをどう考えるのか、何に注意を払うのかを意識して決めないと、食料品の買い出しのたびに腹を立て、惨めな気持ちを味わう。
以下は、頭ではわかっているつもりで忘れてしまっいる大切な教訓となるので、ここに記しておこう。
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注意の向きを変えることで、車の前に割り込んできたハマーを運転する男は、子どもを急いで病院に運ぶ途中なのかもしれない──「彼には僕よりも差し迫った、急ぐのにもっともな理由があって、逆に僕のほうが彼の邪魔をしているのかもしれない」と考える余地が生まれる。もしくは、スーパーの列で目の前に並んでいる、大声でわめいている女性は、普段はこんな風ではないのかもしれない。彼女は今、つらい思いをしている最中なのかもしれないと考えることができる。果たしてそれが真実かどうかは重要ではない。とにかく可能性を考えてみることで、自分の現実と同じくらい深い、他人の現実に気づく余地が生まれる。それが、他人が自分の邪魔をする、鈍い存在にしか思えない、自己中心的な「初期設定」と決別するきっかけになるのだ。
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皆がふと立ち止まって一瞬でもこんな思考になれたなら、マルティン・ブーバーの「われ─それ」関係を超越して、自分の外側の存在との遭遇を体験できるだろう。
翻訳◎
終盤2〜3割は冗長△
【オススメの関連本】
・『災害ユートピア―なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』レベッカ・ソルニット (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)
・『我と汝』マルティン・ブーバー(岩波文庫、講談社学術文庫、みすず書房など)
・『ウォールデン 森の生活』ヘンリー・デイヴィッド・ソロー(岩波文庫、講談社学術文庫、角川文庫など)
・『人間の条件』アンナ・アーレント(講談社学術文庫、ちくま学芸文庫など)
・『自閉症の世界 多様性に満ちた内面の真実』スティーブ・シルバーマン(講談社ブルーバックス) -
Posted by ブクログ
<翻訳文学試食会>課題の『ネズミ捕り』収録短編集。
作者のナオミ・イシグロの父はカズオ・イシグロ。
題名の「逃げ道」は、逃げ道のない人たちの話というイメージかなあ。逃げ道を見つけた人もいるし、逃げなくても良いと思った人もいるし、逃げたんだか何なんだか分からん人も…(・・;
『ネズミ捕りⅠ』
重厚なファンタジーっぽい?
ネズミ捕りの男が、新しい王に呼ばれる。この国は経済が衰退している上に、国中にネズミによる疫病が蔓延している。そのためか全体の雰囲気も重苦しいし、人間同士は猜疑心を持ち合っている。
ネズミ捕りが訪れた王宮には王はいなかった。ここには大きなネズミ以外に生き物の気配なんかしない。こんな王宮にいると、自分の棲家である寂れて雑多な町が心地よい。
王宮にいたのは、新しい王の異母姉の少女のエセルと、召使の老女。ミス・エセルはネズミ捕りに親しみのようなものを見せる。
ネズミ捕りの仕事方法は、彼自身の美学やこだわりの詰まった罠を作って仕込むこと。彼はミス・エセルに罠の仕掛けを見せる。それは、星空の部屋に誘い込まれたネズミが毒の餌を食べ、星空を思い浮かべながら死ぬという仕組みだ。ミス・エセルはその仕掛けを「美しい」と言った。
だがミス・エセルに出されたワインを飲んだネズミ捕りは、星空を思い浮かべながら倒れる。
『ネズミ捕りⅡ 王』
毒をもられたかもしれないネズミ捕りだが命は取り留めた。
自分は王に呼ばれたネズミ捕りだぞ?王はこの国の疫病対策をするのではないのか?王のところに苦情を言いに行こう!
ネズミ捕りは森の宮殿にたどり着いた。中から出てきたのは小さく汚れて御大層な衣装をまとった少年。いや、これが新しい王、ミス・エセルの異母弟か。
なぜ新王はこんな森で犬と一緒に籠もっているのだ?本当はネズミを退治する気も、国の疫病を治める気もないのか。そして新王とネズミ捕りの噛み合わない会話。
その上新王は、ミス・エセルはネズミが友達、ネズミを大切にしているだってことをネズミ取りに伝える。
ええー。おれ何のためにネズミ捕りの仕掛け作ったんだよ!?
ネズミ捕りは、新王に作った新たなネズミ捕りの仕掛けを見せる。だが新王の犬がその仕掛けにかかってしまった!怒った新王はネズミ捕りに火を…。
『ネズミ捕りⅢ 新王と旧王』
またまた散々な目にあったネズミ捕りですが、読者としては「Ⅰで生き残ったのだから、Ⅱでも大丈夫だろうなあ」と、ネズミ捕りの生命力への信頼感がある。
だがⅢの語り手は幼い新王だ。
父の王の急死を知ったのは、領土内を旅行している時だった。王宮には、自分を嫌う異母姉と、醜いその母親と、彼女が王位につくことを望む弁護士がいる。
新王は森の宮殿に、犬とともに引きこもった。犬だけが友達。
だがその犬は、彼の退屈を癒やしてくれると思われたネズミ捕りの仕掛けに掛かってしまった。新王は犬を寝かせてある部屋に閉じこもっている。
そして王宮では、防腐処理された父の王の遺体が保管されている。犬を失った新王は、父の王と親子らしい触れ合いを求め、遺体と共に散歩に出ることにした。
なんとか父の遺体をベランダに運び出したが、王宮にはびこっていたネズミが群がってくる!!
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寒々とした国、残酷に美しい罠、腐った匂い、人を信じず何もせず自分の悪い思いばかりを募らせる人たち。こんな王宮で生きている気配がするのはネズミだけなのだ。
そこに現れた「ネズミ捕り」は、庶民らしく自分のやることをやるんだが、かなり酷い目にもあう(・・;
でもやっぱり現実に生きる庶民は強かですね。
これだけ腐って陰鬱で不信な関係なのに、最後の最後では「目を開いて現実に生きようかな」「相手のことも見ようかな」という明るさがあってむしろびっくりしました。悪くない。
他のお話
『魔法使いたち』
ビーチに来たというのに、アルフィはママに新しいシャツを着させられていた。ママも新しいパパのウォレスもアルフィを手間を掛けさせる子だと思ってる。でももう少しの辛抱だ。あと数ヶ月で11歳になる。そうしたら本格的に魔法を習うんだ。きっともうすぐぼくの先生になる魔法使いと出会えるはず。
ビーチで占い師小屋をやっているピーターは、客の女性をデートに誘った。うまくいきそう。でもだんだん彼女の精神的な夢見るような話しが気に障るようになってきた。
『くま』
新婚家庭の家具を買うつもりだったのに、妻は特大のくまの人形を競り落とした。新居に鎮座するくまに、夫はいらだちを感じる。あいつが部屋にいると怒りっぽくなるし性欲は失せるし。しかし妻がくまに親近感を抱かせたのは、夫自身の態度だったのだろうか?
『ハートの問題』
失業中のダニエルは、婚約者ベアトリスの収入でロンドンで暮らしている。仕事探しと言いながら全くはかどらない。いつもスーツケースに荷物を詰め、駅まで行って、もうずっと戻っていない故郷のアイルランドに帰ろうかと思うが、やはり駅からベアトリスのいる家に引き返す。そんな日々だ。
それが、公園でダニエルの様子が気にかかって話しかけた看護師のリアンに話した内容だ。
…映画『フォレスト・ガンプ』とか、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』のような雰囲気です。
『毛刈りの季節』
田舎の農場に住むジェイミー少年の夢は宇宙飛行士になることだ。ある日下宿人として航空宇宙工学を学ぶ学生マイルズがやってくる。張り切って宇宙飛行士になる方法を聞くジェイミーに、マイルズは困難な、まるでこの世の理を実際に表すかのような課題を出す。
なかでも「未知なるもの」を描く、とはできるはずがないと思われた。未知なるものを考えたジェイミーは、ついにそれを描き、マイルズに見せる。
『加速せよ!』
コーヒーが苦手だったエフゲニーだが、ある一杯で体中が目を覚ますような感覚を味わった。仕事は早くなり、頭も体も常に稼働し、手際も早くなった。
レストランの歌手のアナリスと知り合い一緒に暮らすようになった。アナリスの記憶力は問題だらけだった。彼女は何を見ているのか、何を考えているのか。
エフゲニーのコーヒーによる加速は増してゆく。それは自分が複数に分身する感覚だった。
『フラットルーフ』
突然の恋人との別れから立ち直れないアニーは、彼の残したコートを着てフラットルーフの屋上に上がってみた。そこには鳥たちがいた。最初は警戒の様子を見せた鳥たちも、すっかりアニーに慣れた。アニーにとって鳥たちは新しい仲間だった。アニーはほとんどの時間を昔の恋人のコートを着てフラットルーフで過ごした。だが空を飛ぶ鳥たちは、突然飛んでゆく。アニーは手すりまでしか行けない。
そしてある日、一人で残されたアニーの元に鳥たちが…