國友公司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この町と著者は合わなかったのによく78日間もいられたなと思った一冊。本書は著者のデビュー作。その後、上梓される、「ルポ歌舞伎町」が面白かったので読んでみました。ドヤ街?ってなに?繁華街?(※違います)という知識レベルで読み始めても、怖いもの見たさな感覚で読み進められました。「ルポ歌舞伎町」と比べると人間の種類が違い、金の匂いよりも汗とか血の匂いみたいなものを感じました。
■よく生きて戻れた
そんな印象を持ちました。この町にいたら、なにがきっかけで戻れなくなるかわからないと感じたからです。でも、そんな町の中でしか生きていけない人も確実にいて、外で聞く「困った人の受け入れ先」という言葉が意味深に感じました。ここでいう困った人はおそらくこの町の人ではないでしょう。
■よく働けた
会社を選ばないと危険な飯場。いや、選ばなくても危険な飯場。その中で合わない仕事に潜入しよく色々聞き出して人間関係を作れたなと驚きながら読みました。ほかの著作でもその能力はいかんなく発揮されるのでぜひ読んでみてください。
■歌舞伎町は見続けたいと言っていたが・・
本書では「まだここに来るような人間ではなかった」というようなフレーズがでてきます。一方で、「ルポ歌舞伎町」では、「この町の変遷を見続けたい」というようなフレーズもあります。本書では、書いていない色々なことを見聞されたのかもしれません。著者は仕事でこの町に来たのもあり、まだ自分を捨てていないからかもしれません。 -
Posted by ブクログ
大胆にも暴力団の事務所が複数入居している通称「ヤクザマンション」に居を構え、仮初の愛とカネが交差する欲望の街、『歌舞伎町』の実情を見つめて書かれた一冊。
昭和の面影を残す抜け道に関するエピソードや、歌舞伎町と言えば勿論欠かせないであろうホストや風俗嬢(ホス狂い)の話も書かれている。
だが、個人的にはコンカフェ嬢や風俗嬢に熱心に入れ込んだ結果ストーカー化してしまった悪質な客を退治するチャーリー氏の章は非常に興味深かった。彼曰く、こういったケースでストーカーとなる人物は大体の場合に思い込みが激しく、女の子によるマメな営業活動を勝手に好意に変換してしまうのだという。
(わたしも随分前の話にはなるが、所謂メイド喫茶でアルバイトをしていたことがあり、その際は顧客との関係性や適切な距離の築き方に思い悩んだことがあるのを思い出し、少々懐かしく感じた。メイド喫茶やコンカフェに通う男性客は、異性とのコミュニケーションに不得手な人が多い。故に、優しく接しすぎるとそこから必要以上の好意的な感情を見出し、店として提供できるサービス外の要求をされることがある。しかし、逆に冷たくすると落ち込んで姿を見せなくなってしまうので、なんともちょうど良い塩梅を見出すのが難しい。思い返せば、安定した売上を出しているメイドの先輩はそうした多少厄介な節のある顧客を上手く宥めたり、時に諌めたりしながら店へ繋ぎ止めていた。対人コミュニケーションが上手すぎると思う。)
悪質なストーカーによる殺傷事件が絶えない中、チャーリー氏は依頼人である女性からは一切金銭を受け取らない他、自宅の場所を押さえられてしまった場合は、ストーカーの魔の手から逃れるための一時的なシェルター(仮住まいとなるアパート)までもを提供している。
コンカフェ店舗の近くに車を停め、"推し"の出待ちを図るストーカー客。本人はあくまで純粋に彼女を好いており、忠実な騎士の如く無事に家に帰り着く姿を見守っているという思考でいるらしい。故に、自分が悪質であることに無自覚なのが厄介だ。そして「見守る」という行動は残念ながら、直接的な危害を加えたとは見なされない。なので、警察は動かない。どんなに薄気味悪い行動を取っていても、彼らが明らかな他害行為に走らなければ、動けないのだ。
ならば、その何かが起きてしまう前に自分が動くと言うチャーリー氏。最悪の場合は捕らえたストーカーから一銭も取れないケースもあるようだが、自身の手元に何も残らなくても女の子を救えたことが嬉しいと語る彼からは、著者同様にわたしも人情味を感じた。章内で書かれているストーカーを捕らえて懲らしめるチャーリー氏の行為は、勿論「やってはいけないこと」のカテゴリーに入るのだが、それを一概に責めることはできない。なぜならこうした彼の(黒に近い)グレーな制裁行為により、厄介なストーカーおじさんが悔い改めることで犯罪者の発生を抑止している他、今日も何人もの女の子が救われていると思うからだ。
ストーカーはダメ、絶対。
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Posted by ブクログ
あの時代の歌舞伎町、テレクラの宣伝音が通りという通りに大音量で鳴り響き、街角にはルーズソックスの女性、大久保公園の周りには東南アジア系や中南米系とおぼしき女性が立ち、風林会館と明治通りの間は今よりずっと暗くて怖かった。
街の喧騒に疲れた時、ハイジア2階にあったL.L.Beanに入ると癒されたなー。
グリーンプラザは終電逃した時に居心地良くて便利で良かった。カプセルもあって新宿のどのサウナよりも安全な気がしたな。
バッティングセンター、今も残ってて良かった。
歌舞伎町がホストの街と化した分、秋葉原や新橋が風俗の街と化して来たのかな。
脈絡のない感想ですが、当時の歌舞伎町にはたくさん思い出があるので、色々興味深い本でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ続きが気になり夢中で読んでしまいました。この本を読んで自分も身を売らなければいけない環境だったかもしれないことや前職で外国人に連絡先を渡されたこと、ストーカーのことを思い出しました。今ある環境に感謝しつつそうやって生き抜いている方々がいることを忘れずにいたいし、在留目的で言い寄る人もいることを気をつけ、困っている人を助けようとする人もいる(絶望の中でも光はある)ことを覚えておこうと思います。
特に印象に残っているのはDVする人しか好きになれないと言っていた方です。どうしてそういう人を好きになるのか、今までどういう人生を送ってきたのかもっと詳しく知りたかったです。
人に歴史ありといいますが、本当に私は知識不足を実感してるため多くのことを本から学びやがて自分の考えをまとめたいです。 -
Posted by ブクログ
東京都内ならば、路上生活でも必要最低限の生活をすることができる。それだけ、NPOや宗教などボランティア団体からの援助があり、炊き出しツアーなども組む事ができ、何を食べるのかを選ぶこともできる。そんな路上生活者がいる反面、そういった情報を手に入れる事ができずに、貧困に喘ぎ、貧困ビジネスの餌食になる路上生活者もいる。
路上生活者は可哀想と一括りにできない、多彩な背景があり、収入では左右されない、気持ち次第で幸福にも不幸にもなる生活がある。
援助とは何か、幸せとはなにか、考えさせられる本だった。
でも、難しいことを考えずに読んで楽しい本でもある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ以前幡ヶ谷に住んでいた為、新宿に出向く機会が多く、ホームレスをよく見かけた。
確かに区画によってカーストがあるような感じもしたが実際にそうだったのか。
この本が書かれていたであろう時期にも何度も新宿に行っていたので、もしかしたら黒綿棒や著者に遭遇していたのかもしれない。世間は狭い。
幡ヶ谷の女性殺〇事件の事も書かれていて、当時よく通っていた居酒屋のママさんがインタビューされていた事を思い出すなどした。
炊き出しに何度も訪れる人が居るというのは知っていたが、あそこのはダメ、ここのが美味しい、お小遣いが貰えるなどという事は知らない情報だった。
また、炊き出しにはホームレスしかいないと思っていたのだが、生活保護受給者もかなり多く含まれていて何のための保護を受けているのかと何に対してか自分でも分からない憤りを感じた。
無知とは恥ずかしいものである。
私は趣味でポケモンカードをやっているが、本当に本当に買えない時期があった。
元は子供向けのおもちゃなのに大人達がムキになってしまう程に。
ヨドバシカメラの列にホームレスを雇って買いに来ている転売ヤーが居るというのも知っていた。
大体平日にゲリラで販売する事が多い為に平日出勤の社会人は勿論行けない。
買えない怒りから転売ヤーに雇われていただけのホームレスを憎む時期もあったが、本は面白く読めた。
また、著者の友達となる人物の個性が豊かで面白かった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2021年夏、オリンピックの年。東京でホームレスとして過ごした著者のドキュメント。
前回に続き飾らないルポが面白かった。
意外に快適に過ごしているような気配もあったけど、実際自分には真似できない。
黒綿棒さんとの再会や、最後のおとなりさんとの別れが、切なかった。
宗教関係の炊き出しで、布教活動の一環であるのが驚き。考えてみればそりゃそうかと納得なのだけど、自分は全くと言っていいほど無宗教なので、そこまでして布教するもんなんだなと思った。
価値観は人それぞれだな、と改めて思った。
冬の生活も読んでみたかった。
また、皆がどうしてホームレスになったのか、もう少し深く知りたいと思った。難しいかもしれないけど。 -
Posted by ブクログ
みんな死ぬまでの暇つぶししとるだけや
別に西成に限った話ではない。総裁選を争う政治家も、コツコツと定時まで働く公務員も、ホストに恋する風俗嬢も、そして私も、“死ぬまでの暇つぶし”をしているだけにすぎない。そう考えると、肩の力が抜けて、生きやすくなる
筑波大学を7年かけて卒業した筆者が、卒業後、職につくことなく、西成のドヤに住み込み、ドヤ生活を2ヶ月と少し経験したことを記した本だ。
たったそれだけの期間だけど、恐らく、相当長く感じたのではないか。本書を読んで、そう感じる。
何のために生きるのか?そんなことを考えざるを得なかなるのだろうが、何のために生きるのかなんて考えなくてもいい。そんな感じの西成地区の面々だったようだ。なかなか、切ないながらも、わらける本だ