山尾悠子のレビュー一覧
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須永朝彦といえば日本の耽美派の幻想小説のレジェンドである。とはいえ、こうしてまとまったものを読むのは初めて。無駄のない美しい文章。博識のうえに言葉の選び方が的確で、そこから類のない独自の世界を生み出す。凝縮した短文の中にいくつもの意味が込められているのは須永朝彦が歌人でもあるからでしょうね。歌人として塚本邦雄に師事し、その小説は山尾悠子や高原英理ら現代作家にも色濃く影響を与えている。
吸血鬼、両性具有、天使、美少年、男色、幻術などを取り上げる小宇宙は、中井英夫らの短編とともに1970年代からの幻想小説ブームを支えた柱のひとつである。吸血鬼を金髪碧眼の美青年として描き、若者を魅惑しその首筋に咬みつくさまを同性愛的な妖しさで描いたのは須永朝彦が最初だという。魅入られた者には麗しき人にしか視えない悪霊、男にそしてその妻を虜にする両性具有の天使、まさにそうしたイメージの宝庫なのである。
さらに言えば須永の後塵を拝した作家たちと違い、その世界観のイメージにストーリーを持たせている。それでも耽美的なイメージが損なわれることもない。須永朝彦の幻想小説にはストーリーがあるものが多い。散文詩のような結論のない雰囲気幻想小説とは違うのだ。そして須永朝彦の文章の巧さ、言葉の選び方が素晴らしいのです。
この本は山尾悠子が選んだ25の短編からなる短編集なのだが、どれが良いとか非常に言いづらい。私の稚拙な言葉でストーリーを説明しようとすると、何も伝わらず自己嫌悪に陥るばかりなのだ。それぞれの話がそれぞれに良いのですが、気になった方はこの耽美派幻想小説の迷宮のような短編集をご自分で読んで味わってくださいませ。
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Posted by ブクログ
ネタバレ作者の世界観を味わえる15編の掌編集。どの話も御伽噺や神話のようであり、初めて読む話でありながら、小さいころにどこか聞いたことがあるような懐かしさを感じた。「ドロテアの首と銀の皿」以外の話は数ページしかないものが多く、ちょっと空いた時間にさらっと読めるのもありがたかった。
世界観や描写が美しく、特に「アンヌンツィアツィオーネ」の天使の羽毛が髪についていて「櫛を握って梳かすとき、髪に混じった羽毛はさやさやと指に触れることもあったが、床に舞い散ったそれは彼女が拾い上げようとする暇を与えず、闇に沈んで跡かたもなく消え失せるのだった。」という文章が天使という捉えがたい存在の儚さや神秘性を言い得ていて好きだった。
個人的には「美神の通過」「水源地まで」「ドロテアの首と銀の皿」が好きだった。
「美神の通過」は、ある荒地を美神が通過するという噂が広まり、それに対する街の女性たちの反応が描かれた物語。反応が十人十色様々で、精一杯のおめかしをする人や疑心暗鬼になる人もいるが、いざ通過した際には大慌てでほとんどの人がしっかり見れていなかったりと、ドタバタ感が好きだった。
「水源地まで」は、橋姫や魔女がいる世界で魔女と付き合う人間の主人公の物語。世界観などは正直全部理解できなかったものの、非日常の世界の穏やかな日常の1ページという感じがあり、雰囲気が好きだった。続きがもっと読みたくなる物語だった。
「ドロテアの首と銀の皿」は、夫を亡くしたばかりの未亡人が今住んでいるフウの木屋敷の相続のために必要な婚姻証明書が見当たらず家中を探しながら、ドロテアの首を銀の皿に載せた白いむすめなど不思議な現象に遭遇していく物語。夫の親戚が家に住み着いていたり、生意気な夫の姪であったり、会いたくない従兄弟が来ることになったりと、ままならない状況の中、白いむすめと主人公の関係などが明かされ婚姻証明書も見つかり問題が解決に向かっていく。読み応えがあり、心地良い読後感があった。 -
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1980年刊行の『オットーと魔術師』収録作品を、酒井駒子の挿絵を加え2024年に発行。初夏の雰囲気たっぷりに一晩の不思議な体験をする4話構成のファンタジー作品。酒井駒子の絵もどこか涼やかで、これは夏の今読むべき!と(まんまと)思わされた。
初めての山尾悠子作品だったが、あまりに読みやすいので驚いた。それもそのはず、巻末の解説によると作者が若い時の作品であり、女の子向けの雑誌に掲載され、しかも一晩三十枚のペースで書いたという。難しいところも無いので、スッと世界に入っていけて最後までしっかりと面白いので、ファンタジー好きな人にはお勧めします。新しくはない作品だが、空気感は今でも楽しめると思う。
1997年に世界幻想文学大賞を獲ったジェフリー・フォードの『白い果実』の翻訳者は3人いた。その一人が山尾悠子で、供訳者の金原瑞人、谷垣暁美が日本語訳で翻訳したものを山尾文体でリライトするという贅沢なものだった。『白い果実』は残虐非道の数々が巻き起こるが、幽玄な美しい情景が浮かぶ不思議な読書体験だった。山尾悠子の名は松岡正剛の千夜千冊でも「日本のファンタジーといえば、稲垣足穂と山尾悠子」と書かれていた。
そんな骨太なイメージだったので恐る恐る読んでしまった。でも入り口としては良かったのかもしれない。もっと他の作品も読んでみたいと(まんまと)思わされた。 -
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これはよかった。何度か挫折してきた山尾悠子さんの読書遍歴を辿れる一冊。何がよかったかというと、天上人が降りてきた感があるところ。
私はイマジネーション力が無い読者なので、言葉だけで仮想世界をつくりだす山尾さんの世界には何度か挫折していて、頭の中はどうなっているのかと思う作家さんの一人。
そういう方がこちらに語りかけるようにこれまでの読者歴を綴ってくれるので、少し身近に感じられる存在になった。
『第四回ジュンク堂文芸担当者が選ぶこの作家を応援しますフェアへのご挨拶』がいい。
冒頭での自己紹介で、知る人ぞ知るマイナー作家、ジャンルが曖昧、寡作、極端に読み手を選ぶ、と自虐されていて、私なんかからすると申し訳ないけれどそのとおりと思ってしまう。
ハードルを下げていただいたところで過去作の紹介があり、また読んでみたいと思った。また挫折するかもしれないけれど。
博識で品のある濃いオタクの書くものは面白い。
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皺ひとつないダークスーツに身を包んだ正体不明の日本人ビジネスマン、タキ氏。故人を生の世界へ連れ戻す、時間制限付きの"ビジネス"を描いたジェントルゴースト・ストーリー。著者初期作の復刊。
死神は生者を死の世界へと連れ去るけれど、タキ氏がおこなう「ギブのビジネス」はその逆だと言えばまあまあ合っていると思う。だが、話の主体になるのは6歳から50代までの女性たちであり、タキ氏はあくまで彼女らをエスコートする狂言回し。元はコバルト文庫のために書き下ろした少女小説だ。
4つの連作のうち、「通夜の客」は東雅夫・編のアンソロジー『少女怪談』で既読だが、お屋敷、美濃夫人、双子たちと、和洋折衷のモチーフが重ねて描かれる幻想的な〈五月の日本〉の空気感が抜群によく、やっぱり完成度が高いなと思う。「オリーブ・トーマス」も導入用の可愛らしい話に見えて、父親の顔知らない娘当事者としてリアリズムを感じるところがあるし、「夏への一日」の映像的なディティール描写も印象に残る。そして作品全体の閉じ方がお洒落! ちょっと跳ねた感じがとても可愛らしい。内容は全く違うけれど、山尾作品のなかでは「童話・支那風小夜曲集」に似た抜け感があると思う。
どの話も語りは三人称だが細かく操作されていて、第一話が一番タキ氏に近く、第二話は死者との再会を強く望む生者の視点、第三話は"ビジネス"の記憶を持つ生者と彼女を見つめる若者の視点、第四話でついに死者の視点に入り込んでいく。それぞれの角度からタキ氏とそのビジネスが描かれるも、詳細は最後までモヤモヤっとしている。言ってしまえばシステムの設定があいまいでゆるい、だからこそ気負わずに読める。それでいて親の再婚や双子などのモチーフが各話で少しずつリンクする構成になっていたり。こういう軽いタッチの少女小説を山尾悠子の文章で味わえるのは本当に嬉しい。
〈初夏〉が入ったタイトルにふさわしい軽みと余裕のある小説の作りに、経済的に豊かだった時代の空気を感じ取ってしまうのは44年後(?!)の読者のこじつけなのだろうか。80年刊行ということを念頭に置くと、どことはハッキリ特定できないけれどフワッと素敵な外国のイメージや、日本人ビジネスマンのステレオタイプを逆手に取ったキャラ造形など、日本という国が経済的な「盛夏」に達する直前の「初夏」が封じ込められた硝子壜のような、そんな作品にも思えるのだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ旧仮名遣いがとても素敵な余韻を残す。
暗く美しく残酷な喜びに満ちた存在が書かれていて、うっとりと妖しい雰囲気に浸りながら読んだ。
永遠を生きるヴァンパイアが見目麗しく、同じくそんな青年を探し当てては仲間にしていく様子などは、いつまでも読んでいたくなる。
そのほか、人の形をしていながら人ではない、と仄めかされるさまざまな美青年たちの、隠された野蛮な暴力性にハラハラした。
印象に残っているのは『天使II』の不気味な天使。わたしの場合、天使といえば愛らしく無垢な赤ん坊の見た目を思い浮かべるが、ここに出てくる天使は大人の姿をしているため、なおさら神々しく思える。そんなこの世のものとは思えない美しい存在が、人を喰っている。こんなにゾクゾクすることはない。
『聖家族』のシリーズもなんだか忘れられない。少年の死の場面が自然かつ美しくて心を奪われてしまった。
秋の夜長にゆったりと読みたい1冊だった。