山尾悠子のレビュー一覧
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ああ・・・
なんて幻想的・・・
いや、幻惑的?
5篇の中短篇の物語からなるこのラピスラズリ・・・
読み終えた後も、何度かチョコチョコと読み返してみても、この本の全体像がボヤけてしか見えない・・・
物語のピースをこういうことだろうか?と組み立てていっても・・・
ハッキリした形にならない・・・
『正解』に近づこうとも近づけない・・・
ああ・・・
でもでも、それはそれで良い気がする・・・
そして、そのせいなのか?読み終えた後のこの余韻たるや・・・
こんな不思議な余韻はなかなか感じられない・・・
何だか美しいモノを見た(読んだ)ような・・・
ああ・・・
こ・と・ば・に・で・き・な・い!
眠い眠いとなりながら、列車の到着を待つ時間つぶしに深夜営業の画廊に入ると・・・
三枚組の小さな古い銅版画に目が留まった・・・
タイトルは左から順に、<人形狂いの奥方への使い>、<冬寝室>、<使用人の反乱>となっております・・・
そう言う画廊の店主とその三枚の銅版画について話していると・・・
それにしても眠い・・・
それに、何だか遠い昔にもこんな話をしたような・・・
右から順に、<痘瘡神>、<冬の花火>、<幼いラウダーテと姉>というのですよ・・・
と物語が始まる・・・
この導入の、最初の1篇に続く2篇3篇の物語はどうやら、その銅版画の物語・・・
冬になると眠り続けて春を待つ、『冬眠者』の物語・・・
同じ登場人物と思われる人も現われたりするので、ああ、繋がっているんだな、となる・・・
銅版画が語っている物語と、銅版画には語られていない物語を楽しめる・・・
さて、次の篇は当然、この続きと思いきや・・・
いきなりぶっ飛ぶ・・・
いつの時代か・・・
おそらく未来の物語・・・
輝かしい未来ではなく・・・
薄暗く、廃れた未来・・・
日本のどこかの廃市での物語・・・
この篇で気づく・・・
ああ、この本は・・・
銅版画に描かれている物語の本ではなく・・・
この本を通して脈々と連なる『冬眠者』たちの物語なんだ、と・・・
最後の篇は・・・
一気に遡って1226年になり・・・
ほのかな温かさを感じさせて終わる・・・
いや、終わるのではなく、始まるのか・・・
いくつかの夢を見て、まどろみから目が覚めたような感じになる・・・
こんな貴重な読書体験を味わえるなんて・・・
この本はオススメ・・・
冬にこそ・・・ -
Posted by ブクログ
格別敬遠していたわけではないが、
この年になってやっと山尾悠子を読む気になった。
が、遅すぎはしなかった――というより、
人それぞれ、物事には適切なタイミングがあって、
自分にもやっと、そのときが巡ってきたのだと思った。
冒頭の語り手が深夜営業の画廊で銅版画の連作を目にし、
イメージを膨らませていると、店主がそれらの絵解きをする。
後の物語で、
その銅版画のモチーフになったと思しい事件が叙述されるが、
それらの物語が連続・連結しているとは限らない。
ただ、某かの関連を持つことは窺えて、
連屏風を眺めるような印象を受ける。
もしくは物語同士が少し遠い血縁でもあるかのような。
広大な屋敷には、
冬眠する貴族と、彼らを世話する使用人たちの他に、
亡くなって幽霊となった
「ゴースト」と呼ばれる者が徘徊している。
建物内の人間に招かれなければ入室できないというゴーストは、
ひょっとして吸血鬼なのかと、チラと思ったが、
読み進めると、
長い眠りを貪って若さと美しさを維持する住人たちの方が
よほど吸血鬼じみていると思えてくる。
使用人たちが季節ごとのルーティン・ワークをこなして
屋敷の秩序を維持する様は、
まさに「種まきと刈り入れのメタファー」【※】であり
「新年を迎えるための通過(パッサージュ)」【※】
なのではあるまいか。
【※】高山宏『殺す・集める・読む』
「テクストの勝利~吸血鬼ドラキュラの世紀末」より引用。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ冬眠する人々にまつわる幻想的で不思議な世界の話。
限られた人が冬眠する種族で、冬の準備をするのだけど
その準備風景が西洋の魔女的(民族的)で、懐かしさがあった。
読み終わったあと、とても考えさせられた。
この民族に春を告げなければ目覚めないのかな。
わたしたちにも冬眠は必要なのかな。など。
ストーリーや文体は、多少難解なものがあるが
読みやすい幻想文学はツマラナイと思うので、このくらいがいい。
わかりにくい部分を読者に投げて、あなたの考えやイメージで補完してね、というのが身悶えるほど好き。
ただおそらく正解はなくて、このもやっとしたやるせなさや、不思議な世界を垣間見て知ってしまった感が残ることがいいのだと思う。 -
Posted by ブクログ
山尾悠子さん、存じ上げませんでした。1980年に25歳で刊行した本作、44年の時を経て文庫復刊って、名作? 初夏は過ぎましたが、今に相応しいタイトルと復刊の魅力に惹かれ、手にしました。
死者と生者を仲介人がつなぐ物語‥‥そうそう、ありましたね、そんなお話。4編からなりますが、共通点が、死者と生者を仲介する日本人ビジネスマン"タキ氏"。
そして、4編とも舞台は日本ではない異国の地。さらに、共通してヒロイン的な少女、または幼さを残す女性が登場します。
少々特異に感じたのは、「つなぐ依頼は死者側から」という設定で、生者の未練や願いを果たす、謎の解決ではない点です。また、タキ氏からはビジネス、組織、ギブアンドテイク、取引などという言葉がポンポン出てきます。
幻想的な雰囲気なのに、死者との邂逅が重さを感じさせないのは、この辺にあるのでしょうか?
ネタバレはできませんが、読みどころは、4編それぞれに設定された死者・生者・タキ氏の立場と関わりと展開だと思います。そして、初夏の光や風や雨の瑞々しさを感じさせる描写が印象的です。
各編を読み進める毎に、タキ氏の印象が変化し、内容が複雑化する気がするのは、多視点描写のせいでしょうか?
読み手の想像の余白を残しながら、幻想的な内容です。初出が44年も前なのに古さを感じず、今でも色褪せない作品だと思いました。
25歳で本作を書きあげた山尾さんは、その後どんな作風で作品を世に出したのか、関心が湧いてきました。機会があれば読んでみたいと思います。 -
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20代のころから近年までのエッセイや書評、編者として関わった本の解題など、小説以外の文章をまとめた散文集。
山尾先生と本の趣味が合いすぎる。ミルハウザーのモルフェウスのやつ訳してほしいですよね。漫画の話はしてないけど山田章博ぜったい好きだと思う。解題でも自作解説でも、〈批評なんていくらでもできるけど好き嫌いの話だけをしていたい〉という声が聞こえてくるような可愛らしく開き直ったスタンス。
小説以外と言いながら真ん中のあたりにちょっと小洒落た大人の童話みたいな文章がまとめられていて、倉橋由美子と金井美恵子の影響にどっぷり浸かっていたのが如実にわかる。昔の作品でも『作品集成』に収録されているようなものからは二人の影を感じたことがなかったので結構驚いた。"女性"作家であること、女性視点の一人称で書くことへの葛藤が書かれているのも印象に残る。
「美しい犬」などの散歩や旅を綴った文章は昔のも最近のも力が抜けていてよい。「月蝕」の京都夜行を思いだすような、どこかふわふわした街歩きのようすをずっと読んでいたくなる。それからやはり澁澤龍彦のはなし。編集者・礒崎純一を介して繋がる澁澤へのリスペクトはこの本全体を覆っている。本人が存命のころから澁澤を王子と仰いでる人たちのガチ感には敵わない。 -
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2003年刊。
初めて読む作家の、連作短編集だが、とても不思議な作家・不思議な作品だった。非常に寡作な作家であるらしく、知る人ぞ知る作家、といった存在なのであろうか。3つの賞を同時に受賞した『飛ぶ孔雀』なる2018年の作品があるようだ。本作自体、20年の沈黙を破って、と書いてあり、本当にもの凄く寡作だ。それにしても本書は評価が難しい。
幻想小説ということで、ファンタジックな設定に基づいているのだが、一般的なファンタジー小説のような、当たり前のわかりやすさは全然無い。全改行を乱発しカギ括弧の会話でストーリーを進めていくこんにちのエンタメ小説の流儀とは真逆のやり方で、8割ほどは地の文だし、会話らしいと思ったカギ括弧の連続の部分もよく読めば一人の人物が延々と喋っているだけだったりする。
地の文は驚くほど文学的である。影響を受けているかどうかは知らないが、何と、古井由吉氏の文体を想起させる箇所もあった。文学的に高度な表現で詩的イメージを喚起させてゆくスタイルで、恐らくその面がこの作者の真骨頂であり、作品の価値を高めていると思われる。が、一応ストーリーは進行していく。特に長い「竈の秋」ではどんどん物語が進むのだが、これが非常に読みにくく、次々に視点となる人物が移り変わってゆく書き方も、妙に混乱させられる。この長い一編では登場人物が次々にたくさん登場するのだが、人物の大体の年齢に関して記述が無いため、イメージが掴めない。
ストーリーテリングに関して、この作家はちょっと能力が低いのか、いや、そもそも、そのストーリー自体も、あまり意味のあるものでもないかもしれない。要するにこの作品が目指しているのはドビュッシー風なイメージの連鎖なのだろう。その意味では、巧みな部分が見られるものの、それならこんなに長く書く必要は無いような気がする。
およそエンタメ界隈の読者には全く受けなさそうな小説で、むしろ芸術として理解するべきものと思うが、それにしてはメルヘンチックな設定が邪魔をしてそっち系の読者の注意を惹かなそうだ。ジャンルの面でのこうした曖昧さは、まるで私のワガママな音楽創作のようで、どっちつかずの領域にくすぶって結局ごく一部の受け手にしか評価されない、孤独な創作として閉じこもってしまうのである。
この作品の評価は、私には難しく、読み始めて間もなく「これは凄くいいかも」と思ったものの、「竈の秋」の長さや分かりづらいストーリーテリングなどに接して、やはりどうもつまらないような気もした。