P・D・ジェイムズのレビュー一覧
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ネタバレP・D・ジェイムズって勿論名前は知っているけど、読んだことあったっけな。
ないような気がする。。
『高慢と偏見』の舞台、登場人物をそのままに、あれから6年後に起きた殺人事件を描くパスティーシュ。
直近で原典を読んでいて良かった。
最初にちゃんと原典の振り返りをしてくれてはいるけど、読んでいるのといないのとで感じ方がだいぶ変わるのではと思った。
振り返りでは、あー、確かに筋だけ言うとそんな感じだけど、この文字面だけではない夢中にさせるドラマがあったんだよなーと、逆に原典の凄さを思い起こさせられた。
6年後の本作では、ペンバリー(主役カップルのエリザベスとダーシーの住む館)での恒例の舞踏会前日にダニー大尉が殺される事件が発生。
現場には酔い潰れ、「ぼくは彼を殺してしまった!ぼくが殺したんだ!」と泣き叫ぶ血にまみれたウィッカム。
ウィッカムが容疑者として拘留されてしまうのは当然の成り行き。。。
そう、『高慢と偏見』を読んでいる方ならお馴染みあのウィッカムに焦点が当たる物語。
全体を通して考えると著者はここに決着を着けたかったのかなと思える。
舞台こそ同じだけれど、「殺人」という味付けを施すことによってキャッチーさを上げることを狙っているのかなと思いきや、いやいやむしろ時代背景の堅苦しさばかりが強調されて、「真犯人は誰?」とか「捜査陣の苦悩」といったエンターテイメント性は薄い。
ベネットもベネット夫人もコリンズさんも殆ど出てこず、ユーモア性不足は否めないし、エリザベスがその地位を得てしまったことにより、以前の大きなものにもたじろがない清々しさの輝きが鈍くなっている点も、これは別物感を感じざるを得ない。
が、終盤いろいろ回収してくるところのミステリ作家らしさとか、身内に対するひいきとそれはそれこれはこれの拒絶感のないまぜたるもの、見えていなかった想像以上のスキャンダラスな事情など、最終的には与えられた舞台を巧みに使ったえぐいドラマがあったと感じた。
とはいえ、やっぱりこれは原典読んでいないとキツい気がする。。。
せっかくなので『『高慢と偏見』殺人事件』も読んでおくか。こちらは22年後設定。 -
Posted by ブクログ
かの名作「高慢と偏見」の続編を読んだとき、解説文に別の続編で「高慢と偏見、そして殺人」「高慢と偏見とゾンビ」があると書いてあったことに衝撃を受け、まずは本作を読んでみた。
面白いねー、そして、みんなジェーン・オースティンが好きなんだねー。私は英文科だったので当然のように読まされましたが、ほかのみなさんはなぜこのような、めんどい本を読むの?世界が狭くて女社会のめんどうさ、かしましい噂好きと余計なお世話と発展途上の正義感や自立心に、閉じ込められたいのか革新していきたいのか行ったり来たりの家庭の天使神話。でも、そこにやはり普遍的な夢と悩みが投影されていて、皆がわかるわー、という立ち位置なんでしょうね。その面倒さと、面倒だけど家族の断ち切れない愛情や思いやりを巧みに描いたオースティンの登場人物たちというのは、やはりまたなんらかの形で会いたい対象となり、別人が何年もあとに続編を書くことになるんですね。この本でも、キャラクターや文の流れはオースティンにそっくり。違和感無し!殺人事件というので、もう少し面白おかしくひねったパロディかと思ったら、たいへん真面目な感じです。ラストのエピローグでダーシーとエリザベスが語り合いますがここは作者の原作へのリスペクト&愛があふれていて、やや長過ぎるかも!でも、皆が「高慢と偏見」が好きなんだなーと思い返すことになる作品です。次は、ゾンビの出てくるパロディを読むか! -
Posted by ブクログ
ハヤカワの『海外ミステリ・ハンドブック』より。お初の作者です。
探偵事務所の共同経営者・バーニイが突然自殺したことにより、探偵業を引き継ぐことになった若きコーデリアの物語。普段なら、「可憐な女探偵のひたむきな活躍」にはあまり惹かれないのですが、表紙のイラストがすてきで手に取りました。
ひとりで取り組む初めての事件として、”息子の死の真相を知りたい”という著名な科学者からの依頼を受けたコーデリア。
なにより印象的だったのは、初仕事とは思えないコーデリアの実際的な様子、その冷静さでした。
探偵としての作法はバーニイから教わったものの、ほぼ味方のいない中で調査を進める彼女。かなり危険な目にも遭うのですが、パニックに陥ることなく、また困難な状況で諦めようとした自分すら客観視して自らを鼓舞する姿には感心しました。
また、普段読むような”名探偵もの”は実績も名声もある百戦錬磨の探偵たちがよく出てきますが、今作はコーデリアが直面する謎や戸惑いがストレートに書かれているのも新鮮でした。名探偵はなかなか考えていることを教えてくれませんからねぇ……。
ところどころ、バーニイを飛び越して「かつての上司である警部」とやらが出てきて???だったのですが、あとから納得。作者のP.D.ジェイムズが作り上げたもう一人の名探偵、アダムス・ダルグリッシュのことなんだそうな。つまりこちらはスピンオフだったのですね〜。
後半のあの場面は、ダルグリッシュシリーズを追っている方ならさぞテンションが上がったのではないでしょうか?
冷静で行動力のあるコーデリアのおかげでストーリー自体はなんなく追えたものの、解説にもありましたが、おそらく作者の特徴でもある描写の細かさにはちょっと苦戦……(^^;
「彼or彼女」が誰を指しているのかわからなくなったり、一文の長さに主語と述語が迷子になったり。というか、感想を書いていて思いましたがなぜ事件を依頼したのでしょうか……?
コーデリアのその後も気になりますが、本編ともいえるダルグリッシュシリーズも読んでみたくなりました。 -
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WOWOWで、プライドと偏見の放映記念のプレゼントに当選した1冊。
元ネタ未読の人にも役にたつはずの前置がなかなか読み進まず、10年積んでしまいました…ようやく読めました。
相変わらず元ネタ未読、映画も未見、PDジェイムズも未読…でも、おもしろかったです。
なかなかいくらなんでも…という部分も3つくらいあるんですが、火サスや土曜ワイドなどを楽しんだ世代なら、そんなこと気にしないで読めます(笑)
時代の雰囲気も感じられ、なんだか良かったです。
さて、ダーシーは、私にはコリン・ファースのイメージですが、みなさまはどうでしょうか。
星3つじゃホントは少ない…でも、ちょっと強引な展開に4つじゃ多いかな。3.6ぐらいです。
でも、時代を感じるためにも読んでほしいな、と思う1冊です。
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Posted by ブクログ
イギリスの作家「P・D・ジェイムズ」の長篇ミステリ作品『女には向かない職業(原題:An Unsuitable Job for a Woman)』を読みました。
「オリヴァー・ハリス」、「ジム・ケリー」に続き、イギリスのミステリ作品です。
-----story-------------
探偵稼業は女には向かない。
ましてや、22歳の世間知らずの娘には―誰もが言ったけれど、「コーデリア」の決意はかたかった。
自殺した共同経営者の不幸だった魂のために、一人で探偵事務所を続けるのだ。
最初の依頼は、突然大学を中退しみずから命を断った青年の自殺の理由を調べてほしいというものだった。
「コーデリア」はさっそく調査にかかったが、やがて自殺の状況に不審な事実が浮かび上がってきた…可憐な女探偵「コーデリア・グレイ」登場。
イギリス女流本格派の第一人者が、ケンブリッジ郊外の田舎町を舞台に新米探偵のひたむきな活躍を描く。
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1972年(昭和47年)に発表された作品で、女私立探偵「コーデリア・グレイ」シリーズの第1作目にあたる作品です、、、
「コーデリア」と探偵事務所を共同経営していた「バーニイ・プライド」は、元スコットランド・ヤード犯罪捜査部の「アダム・ダルグリッシュ警視」の部下だったことや、本作品の終盤に「アダム・ダルグリッシュ警視」が登場することから、「アダム・ダルグリッシュ警視」シリーズのひとつ(番外編)とも言える作品ですね。
「コーデリア・グレイ」、22歳… 秘書として雇われた探偵事務所で所長の「バーニイ・プライド」の共同経営者となった矢先、「バーニイ」が癌を苦に自殺、、、
一人残された「コーデリア」は、誰からも「探偵は女には向かない」と言われながらも、故人の遺志を継ぎ、探偵の仕事を続けることを決意する… そんな彼女に舞い込んだのは、突然大学を辞め、自ら命を断った息子「マーク」の自殺の理由を調べてほしいという「ロナルド・カレンダー卿」からの依頼だった。
ケンブリッジに赴いた「コーデリア」は、「マーク」が自殺した現場を詳細に調べるうちに不自然さに気付き、他殺の疑いをもつ… ケンブリッジ大学在学中の友人への聞き込み等から、「マーク」の出生等に疑問を持ち、「ロナルド・カレンダー卿」や妻の「エヴリン」、「エヴリン」の乳母「ゴダード夫人」等の過去を調査する、、、
そして、幾つもの不可解な事実を突き止めるが、自身も何者かに古井戸に突き落とされる等、命の危険に晒されながら事件の渦中に巻き込まれてゆく… 他殺だったんじゃないかというのは中盤あたりで判るのですが、なぜ、誰が、どのように犯行に及んだのかについてが、なかなか判然とせず、「コーデリア」に感情移入して、一緒に推理を進める感じでしたね、、、
まさか、犯人が自殺に偽装した遺体を、別な人物がさらに偽装していたとは… そして、「マーク」の実母が犯人を殺害し、それを警察から隠そうとする流れですからね、なかなか予想できない展開でしたね。
でも、「アダム・ダルグリッシュ警視」は全てを知っていた… というオチ、、、
序盤はちょっともどかしい感じがありましたが、中盤以降は愉しめました… 探偵としては未熟な「コーデリア」が、健気にひたむきに探偵業に取り組む姿に共感できました。
以下、主な登場人物です。
「コーデリア・グレイ」
女私立探偵
「バーニイ・プライド」
探偵事務所の所長
「ロナルド・カレンダー卿」
科学者
「マーク」
ロナルドの息子
「エヴリン」
ロナルドの妻
「ジョージ・ボトレイ」
エヴリンの父
「ゴダード夫人」
エヴリンの乳母
「エリザベス・レミング」
ロナルドの秘書
「クリス・ルン」
ロナルドの研究助手
「ビューゴー・ティリング」
マークの友人
「ソフィア・ティリング」
マークの友人
「イザベル・ド・ラステリ」
マークの友人
「デイビィ・スティーヴンス」
マークの友人
「マークランド少佐」
退役軍人
「ミス・マークランド」
マークランドの妹
「グラドウィン」
医師
「マスケル」
部長刑事
「アダム・ダルグリッシュ」
犯罪捜査本部の警視 -
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ピーター・ロビンスンを読んだら女性作家の推理小説を読みたくなって読んでみた。「女には向かない職業」というのにも興味がわいた。
22歳のコーデリア、雇い主の探偵が自殺し事務所はコーデリアに譲るとの遺言。そこに21歳の息子の自殺の真相を知りたいとのその父よりの依頼。
文体が修飾が多くてしばしば読み止まってしまう。が向こう見ずともいえるコーデリアの行動に目が離せない。
真相がこういうのありかなあとちょっと疑問。
瀬戸川猛資氏の解説がおもしろい。
どうして探偵が「女には向かない職業」で、小説でも女性探偵が少ないのか、という状況が生まれてしまう背景として、名探偵を主人公に据えたミステリが男性原理にのっとった小説だから、だとしている。男性ながらわかっている。
小説中、謎を追求すると危ない場所、汚い場面にでくわし、切ったり撃ったり、そういう行動をとらせるのは男性主人公こそがふさわしく、あえて女性主人公にやらせても、それは無理強いというものであり、”Unsuitable"不釣り合いな感じしか受けない。
男性主人公=ヒーロー=力のイメージ
女性主人公=ヒロイン=美のイメージ
という物語の法則をひっくり返したところで、一部には受けるが広くは受け入れられない、という。
このコーデリアに関しては、ダルグリッシュ警視は事件の真相を知っていて、コーデリアの隠蔽をも見破っている、そして「(かつて部下だったコーデリアの雇い主の)葬式にもこなかったじゃないの」と、ここでヒーローのダルグリッシュの登場で、今までヒーロー役を演じてきたコーデリアが、可憐なヒロインへと変貌する、一種の心理的ドンデン返しがある、という。
1972発表
1987.9.15初版 1999.12.15第18刷 -
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ネタバレ英国女流ミステリの大家P・D・ジェイムズ。彼女の代表シリーズといえばアダム・ダルグリッシュ警部物が連想されるが、それと双璧を成すのが本作を1作目とする女探偵コーデリア・グレイシリーズだ。しかし双璧と成すと云えど、実際にはこのシリーズ、たった2作しかない。なのに読者の支持は非常に高く、3作目を期待する声もあるほどだ(結局書かれなかった)。その人気の秘密は主人公コーデリアにある。突然勤めていた探偵事務所の上司の自殺でその事務所を弱冠22歳で引き継ぐことになったコーデリア。彼女のこの若さゆえにまだ残る純粋さが時に武器になり、時に仇となり、まだ彼女にとっては狭い社会との軋轢に悩まされるその姿に多くの社会で働く女性が共感したのだろう。
そんなコーデリアが引き受けた依頼は大学を中退し、自殺した青年の自殺した理由を突き止めて欲しいというもの。最初に手がける事件として、これほどコーデリアに向いている物もないだろうと思わせる、実に上手い内容だ。
とはいえ、事件はさほど印象に残るようなものでもなく、本作の主眼はやはりこのコーデリアが世間に揉まれ、亡き上司の教えを思い出しながら、徒手空拳で事件を探っていくその姿にある。特に私は捜査の途中、コーデリアが古井戸に落ちてしまい、そこから這い上がるシーンがあるが、そこにいきなり右も左もわからないところから必死に這い出ようとしているコーデリアの心情がメタファーとなっており、非常に印象深く残っている。
また本作の歴史的価値も高く、私がミステリを読み始めた頃、世間ではサラ・パレツキーやスー・グラフトンらに代表される4F物なる、女探偵を主人公にした作品が流行していたが、本作はそのブームに乗じた物ではなく、それに先駆けること10年以上も前に書かれた本格的女探偵物だということだ。ちなみに4F物とは作者、主人公、読者、そして日本では訳者が全て女性(Female)という意味。
が、そんな名作も、当時まだミステリ読みとしてはさほど冊数をこなしていない私にしてみれば、いささか退屈を感じたのも正直な気持ち。特にこの作品は章立てが少なく、1章が60ページぐらいあったような記憶があり、細かい章立てでいつでも読み止める事が出来る日本その他の小説に慣れていた私にとって、ちょっと読みづらかった。私はどうもある区切りがないと、読み止めることが出来ない性質なのでこれにはちょっと困った。
そして最後に登場するダルグリッシュ警部とコーデリアの対決シーン。初ジェイムズ作品としてこれを読んだ私にはこのシーンの意味がほとんど判らず、戸惑いを感じてしまった。この後、現在に至り、私はジェイムズ作品を読んでいくのだが、ダルグリッシュ警部シリーズも読んだ今ならば、このシーンは当時の数倍にも増して胸に響いてくるものと思う。
小説には読む時期というものがある、というのが持論だが、正にこれはそういう意味では読み時期を見誤った作品といえよう。いつか機会があればもう一度読み直してみたい。