栗原俊秀のレビュー一覧
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「量子とはなんぞや」という疑問から本書を開いた。エンジニアの端くれとして日々データと格闘しているが、最先端物理の難解さに中盤までは頭を悩ませた。しかし、読み終えた今、胸を満たしているのは圧倒的な浪漫である。本書で「量子」の存在が、確率の雲のようにモヤっと腑に落ちた。驚いたのは、空間も時間も滑らかなものではなく、極限まで分解すれば映画のフィルムのような「離散的(コマ送り)」な粒だということだ。水も空間も光もすべて「場と粒」という同じ物質であり、時間はその場の関係性から後から発生している。このゲシュタルト崩壊のような宇宙の姿に鳥肌が立った。歴史好きの自分にとって、本書は古代ギリシャから続く「知性の紆余曲折の歴史」として最高に面白かった。今ある事象だけでなく、そこに至る経緯を知ることの大切さは、科学も人間の歴史も同じだ。例えば、古代ローマも初期は合理的で最善な選択(法やインフラ)をしていたが、政治に宗教を取り込んだ辺りから硬直化していった。物理学も「未来はすべて決まっている」という古い決定論に縛られていた時代は、冷たい宗教に似ていたかもしれない。しかし、量子力学が明かした現実の世界は違っていた。サイコロ1個のミクロの情報量すら、地球上の全データセンターで処理しきれない天文学的な量になる。人間を物理的にハッキングするようなSF的支配や瞬間移動が不可能なのは、宇宙がそれほど複雑で、規律ある確率で守られているからだ。パラレルワールドのような別の世界は存在しない。だからこそ、過去の経験値から明日を想定し、何者にも邪魔されずに自由意志で決断する「この瞬間」が、宇宙で唯一無二の価値を持つ。「完璧な正解が誰にもわからないからこそ、そういうこともあり得るという余白を持って楽しむ」。ロヴェッリの詩的で温かい文体から、そんな生き方の哲学を受け取った。世界の見え方が変わる、生涯忘れられない一冊。
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~ お借りした単行本の感想(2021年) ~
ヴィヴァルディが亡くなった。残された手稿譜は時の流れに埋もれてしまう。その重要性を知らないものの手にあったり、大切に保管されていたり大事な人の記念の銘を冠されたり。その楽譜が世に出た時、関わった人のみが知る履歴は埋もれてしまったのだろう。不完全ながらも大まかな来歴が見えた時、苦労を重ねた関係者は天国でほっとしているのか、少し悔しく思っているのか……
最後の関係者はジェンティーリ、イタリア人種ではないため教職を追われ、多くのユダヤ人のように逃亡生活に入る。その時目にした新聞には「ヴィヴァルディの楽譜発見」の記事。発見者とされるのは……
それでも ヴィヴァルディの音楽は
美しい 美しい う つ く し い
1740年から1780年、1893年、1922年から1927年を行ったり来たりしながら物語が進むので、わけがわからなくなったりしたけれど、何度読み返しても第十二章の最後の文章には涙が出てしまう
~ 文庫で再読 ~
目次を年の順に書き直したメモを片手にゆっくり読み進む
受けるイメージはそれほど変わらない
同じところで呆れ返り
同じところでほっとして
同じところで涙ぐむ
美しい音楽はそこにあった まだ -
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ネタバレ不法移民の船が地中海へ相次ぎ沈んでいると、度々ニュースで目にしていた。ぼんやりと、遺体は母国に送り届けられるんだろうなあ、などと考えていた。本書を読み、それがあまりに甘い見通しであることを痛感させられた。
遺体の氏名を同定し、然るべき遺族へと繋げること。言うは易しだ。実際にそれをなすには、生前データと死後(検死)データのマッチングが必要でる。国内の身元不明死体でも、それをしっかりこなすのは簡単では無い。増してや、移民ともなれば尚更だ。
生前データの収集を巡る困難について。例えばリビアでは、家族が移民船に乗ったことが当局にバレれば、残された家族はムショ送りなのだという。そんななかで、母国に「この死者の家族の情報をください」などと公的に助けを求められるはずもない。そのため本書では、コミュニティを介した「クチコミ」で生前データを収集している。それでも少なくない難民が、家族や友人の消息を尋ねて遠くミラノまで来るのだと言うのだから痛ましい。
死後データを巡る困難について。検死は労力も専門性も、時間的制約も大きい。何百人もの移民の遺体に、その労力を掛けるのか? 誰が法医へ賃金を支払うのか?
DNA鑑定が必ずしも万能ではない、というのも面白い視点だった。DNA鑑定以外の鮮やかな鑑定方法については、ぜひ本書を実際に見ていただきたい。
本書を通じて、法医学者達の高い職業倫理に強い感動を受けた。この大きな問題に、熱意を持って(決して恵まれない資金状況のなか)取り組んだイタリアの法医学者達に心から敬意を表する。
本書の取り組みが、発展的に実を結ぶことを切に願う。地中海移民は現在進行中の大きな問題である。この問題は本書に登場するような法医学者達の「熱意ある働き」だけで解決できようもない。いずれもっと国際的視野で持って解決を図るべきだろう。
自らの死後も尊厳を持って扱われ、家族や友人に悼んでもらえるであろうという希望があってこそ、ひとは自分の命を、他人の命を大事にできる。死者の尊厳を守る。「死者に名前を与える」ことは、ひとが人として生きていく上での第一歩、見過ごしてはならない権利なのだと思う。 -
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ニュートン力学から相対性理論、量子力学へ。そして、それらを統合するループ量子重力理論へ。そこには物理のことを何も知らない門外漢でも驚嘆するような世界を覗くことができる。一般相対性理論では、空間は単なる空っぽのスペースではなく実態として存在し、歪んだりよじれたりする。量子力学では、微視的な世界を説明してくれるそうだが、そこで起こっていることは確率論的かつ離散的であり、起こった結果は言わば偶然の産物に過ぎないらしい。
そして20世紀を代表するこの2つの物理学の理論の関係性について考えると、明白な矛盾が認められるそうだ。この矛盾を解決する理論の一つとして、ループ量子重力理論の紹介がなされる。
そこには、我々が日常感得している世界とは似てもにつかぬ驚異の世界がある。物理学の素養がなくても十分に楽しめる。世界の見方を変えてくれる一冊。 -
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数ではなく名を。憐れみではなく尊厳を。
「遠く」の死者の無関心さ、無意識での無関心について考えた。数字だけで終わる、処理されてしまう大多数の個人の歴史・家族。想像がつかない過酷な世界から安心して暮らせる世界へと死を覚悟して出航して亡くなっていった人々が、死してなお軽んじられる。
自分の大事な人、家族、友人がもしかしたら亡くなったのかもしれない。おそらく亡くなったのだろう。けれど確証がない。事実がない。証拠がない。事実を得るための力も自分にはない。書いているだけでも底のない真っ暗な沼の中に入ってしまいそうな絶望。
今現在(2023年11月)に起こっているイスラエル・パレスチナ問題にも通づる。ニュースで「この爆撃で約〜人が亡くなりました」。
数字はなんて楽で残酷なんだろう。1の中の歴史を無にしてしまうのだから。私もその事をわかっていても「犠牲者が多いなぁ」と思ってしまう。
人権について真に理解出来ていない。同じ人間だと、仲間だと思っていないから安易に数字で表せるのだろうか。数字は悪では勿論ない。が、命の安易なカウントのニュースに心が痛む。この活動(失踪者の同定)が世界各地で当たり前のように起こせるようになっていきますように。全ての命が重んじられる世界へなっていきますように。 -
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アフリカの国々から、地中海を渡りヨーロッパに迫害を逃れる人々がいる。
その粗末で小さな避難船に、許容を遥かに超える人々が乗船しているため、一度転覆でもしようものなら、被害は甚大だ。
『顔のない遭難者たら』の著者であるクリスティーナ・カッターネオは、地中海に沈んだ移民の遺体に「名前」を与え、「曖昧な喪失」に苦しむ人びとを助けるために奔走しているイタリアの法医学者。
法医学者は「名もなき死者」の身元を、指紋鑑定、遺伝学、歯科医学の3つを主たる手段として探っていく。
また著者が勤務する「ラバノフ」には、人類学者や考古学者も籍を置き、それを遺体の同定に役立てている。
本書では、犠牲者が多かった2013年10月と2015年4月の2つの遭難事故に焦点が当てられているが、悲劇はそれだけではないことを理解しておく必要がある。
国際移住機構の報告によれば、2000年から2016年までに、少なくとも22,400人が地中海で没しているとのことだ。地中海は、移民・難民にとっての「集団墓地」と言われながらも、未だに決死の航海は跡をたたない。
欧州移住に成功した人々が、残された家族をアフリカから呼ぶケースがある。そして突然難破したと知らせを受ける。しかし、その目で遺体を見たわけではない。その手で遺体に触れたわけではない。
我々がその当事者であったなら、自分にとってほかの誰よりも大切な人がもうこの世にはいないという事実を、本当に受け入れられるだろうか。海に沈んだ遺体が回収され、損傷が激しいのであれば科学的な同定(身元特定)が行われ、それがほんとうに愛する家族の亡骸なのだと判明するまで、心から納得することはできないのではないだろうか。
「確かさが得られないこと」の苦しみを、今日の心理学は「曖昧な喪光」と呼び、鬱やアルコール依存を招きかねない危うい心理状態として注意を促しており、現在の欧州には、この「曖味な喪失」に悩まされる移民が、数万、数十万の規模で存在しているとのことだ。
人間が死しても、それに敬意を払い、遺された遺族への配慮も怠らない。素晴らしいと言う言葉では言い表せない。
またその一方で、ロシアによるウクライナの侵略と虐殺、イスラエルのパレスチナ人への過度とも言える報復、ミャンマー軍事政権の民主運動家殺害など、世界の中では命の重さが、こうも違うのかと思わせることが続いている。
深く考えさせられた。
ちなみに、移民・難民の収容所があるランペドゥーザという小さな島の島民には、移民・難民の悲惨な現実が見えていないらしい。
敢えて見えないようにしているようだ。
しかし、この島の人たちを非難することは、出来ないのかもしれない。
それも複雑で深い問題だ。 -
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物理学を題材にしながら文学的な風情も十分に堪能できる、かつウィットにとんだ筆致で内容は力不足で理解ができなくても読ませる。特に著者の専門分野であるループ量子重力理論を後半は解説しており、深遠なる科学の世界に引き込まれていく。
空間も時間も存在せず、量子のループによる相関的なものにでしかない。プランク長という最小の単位が存在しており、空間や時間は離散的なものである。こう書いていても、何だか雲をつかむような内容で現実の感覚からはかけ離れておりどうもしっくりこない。それだけ難解で未だ発展途上の学問であるのでしょう、文系の私はエッセンスのみ感じることができて現状満足気味です。
科学とは真理を明らかにしているものではなく、常に不確定で巨人の肩に乗りながら真理を追い求める、自分たちの無知を徹底的に突きつけられながらも諦めきれない人類の性を表している、といったこと。ロマンを感じずにはいられないです。
ここで、学問の険しさとそれでも学ぶ意義を音楽に関連ずけた名文をリマインド。
リーマンの数学を理解し、アインシュタインの方程式を完璧に読み解く技術を会得するには、長く険しい道のりをのり越えていかなければならない。それは、熱意と努力を要する旅路である。とはいえ、ベートーヴェンの後期四重奏からどれが好きな曲を選び出し、そのたぐいまれな美しさを十全に把握しようと願うなら、それ以上の労苦を覚悟する必要があるだろう。いずれの場合も、一旦努力をなされたあとは、十分な見返りが待っている。科学と芸術はわたしたちに、世界にまつわるなにか新しいことを教え、世界を見るための新しい目を与えてくれる。わたしたちはそうやって、世界の厚みを、深さを、美しさを理解する。偉大な物理とは、偉大な音楽のようなものである。それは心に直接に語りかけ、事物の本質に備わる美しさや、深さや、単純さに目を向けるよう、わたしたちを誘ってくる。(P140)
訳者あとがきにもあるが、日本では超ひも理論が「量子重力理論」として頻繁に取り上げられており、ちょくちょく目にする。しかし、内容ちんぷんかんぷんなのでどこか一般書で概要掴んどきたいな、そしてまた、カルロ・ロヴェリの書籍に戻ってこよう、この人の文章は胸を高鳴らせる、好きだ。 -
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ファシズムの成立をムッソリーニを中心として描いた作品(「ファシズムの成立」ということ場自体が曖昧だが)。
第一次大戦後の1919-1924を舞台としている。小説としては登場人物と舞台/情景を短い節で描くことを繰り作りになっているので、瞬間瞬間の熱量を強く感じる。正直、本書を読んでファシズムの成立から政権奪取までをよんでも「ファシズムとは何か」がわかるのは難しい。ただし、少なくとも暴力性がその根本にあることだけは確かだ。また、今のイタリア議会に通じるのかもしれないが、ファシズム政権成立の過程は、民主主義の脆弱性を改めて考えさせられる。元祖ファシズムを学ぶにも、ムッソリーニについて学ぶにも、この時代のイタリアを通じて民主主義について考えるにも適した一冊。続刊があるとのことなので、是非翻訳、出版してほしい。 -
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「超ひも理論」並ぶ統一理論の候補である「ループ量子重力理論」の提唱者であるカルロ・ロヴェッリ氏による一般読者向けの物理学読本。といっても後半はかなり難解。でもとてつもなくエキサイティングで面白い本。再読。
近代物理の原点をプラトンやアリストテレスではなく(むしろ否定し)デモクリトスの原子とし、そこからニュートンの古典物理学、ファラデー=マクスウェルの電磁気学、さらにアインシュタインの相対性理論、ディラックの量子物理学へと紡がれる変遷を追う。それらをベースに、(刊行当時の)最新物理学であるループ量子重力理論を中心に量子のふるまいに迫っていく。
氏の別著書「時間は存在しない」でも触れられていたが、量子同士の相関性・関係性が世界を記述するものであり、エントロピーや情報理論を巻き込んで展開されていく世界はなんとも不思議な感覚。特にマトヴェイの重力・相対性理論・量子力学の定数が盛り込まれた公式は真理の一端に触れたような錯覚に陥る。といっても250ページのループ量子重力理論の方程式をみて全く理解できていないと覚めるのではあるが。
数人の卓越した発想や着想から生まれ、思考実験や数学を持って論証し、実験や観測を持って証明する。それらの世界が何か大きな枠組みのなかで一連の事象としてつながっているように思える、そんなワクワクさせてくれる本である。 -
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ネタバレみんな大好きカルロ・ロヴェッリの科学哲学本。
『時間は存在しない』、『世界は「関係」でできている』は読んでいるので、(訳者あとがきであったように)そこらへんの繋がりも気付けて面白かった。
古代ギリシアのアナクシマンドロスを中心に話は進むんだけど、「科学とは何か」というより「科学的思考とは何か」の方が適切かな。
科学哲学で言うと、本書でも引用されていたポパー(反証可能性)やクーン(パラダイムシフト)が有名だけど、そこにあえて「連続性という視点が欠けている」と批判するロヴェッリの鋭さ。そしてその「連続性」という形式を生み出したのがアナクシマンドロスだ、というのが本書の意見なわけだな。
アナクシマンドロスの功績はいくつかあるものの、代表的なものは師─つまりこれまでの積み重ね─を継承しながらも批判すること。これこそが科学的思考の骨子であり、宇宙の真理すら明らかにしようとする科学者達の理(ルール)ってワケだ。
最近『絡新婦の理』や『話が通じない相手と話をする方法』あたりを読んでたので、なんとなく繋がる部分も見えてきたり。見る視点が変わると、見えるものも変わってしまうんだねぇ。