門田隆将のレビュー一覧
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今日ご紹介するのは、大野が誇る郷土・高知のノンフィクション作家・門田隆将先生の新刊「奇跡の歌 戦争と望郷とペギー葉山」である。
大野が思うのは「門田先生はいつも絶妙ないい感じの日本人を取り上げるが、ネタが尽きることはないのかな?」ということだ。
しかし、門田先生については、そのような懸念は不必要なようだ。今回も「日本人的な純日本人」をこれでもかと題材にしている。
では、本作のテーマはというと、ペギー葉山さんが歌った「南国土佐を後にして」についての関係者の物語である。
まず興味を引くのが、「南国土佐を後にして」しては本著にもあるように、作詞・作曲が不詳であり、その原曲が歌われた時代背景、 -
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この小説を読んで、少なくない人が熱いモノが込み上げてくると思います。
戦争というものを礼讃する気は毛頭ないですが、元陸軍中将の生き方には、
尊敬の念を抱かずにはおれません。今では、このような人(仁義に生きた人)は、絶滅しています。
やはり、覚悟を持った人間は違うなと思います。そして、覚悟の大きさが大きれば大きいほど、
得られるモノも大きいのではないかと、この本を読んで感じました。また、覚悟の大きさが、
苦難の大きさでもあると思います。なので、根本中将並びに仲間達が経験したことは、
筆舌にし難い苦労があったと思います。
私なんかは、流され、流され、生きてきたので、こういう器が大きい人の話 -
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東日本大震災で大きな被害を受けた福島県に本社を置く福島民友新聞。地震、津波、原発災害と立て続けに大きな被害が出た地域の地方新聞は停電や原発災害による避難指示で新聞の発行さえも危ぶまれる状況となりました。そんな逆境の中、地震翌日の3月12日に地震被害を伝える福島民友新聞は発刊され、しかも驚くことに既に住民の大半が避難した地域に配達までされました。避難指示が解除となったとき、自宅に戻った住民の方が目にしたのは、被災翌日に自宅の郵便受けに配達されていた3月12日付の福島民友新聞だったのです。3月12日付の朝刊を配達するに至るまで、記者やデスク、そして配達員の方がどのように”あの日”を行動したのかを追
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門田隆将(1958年~)氏は、中大法学部政治学科卒、新潮社勤務を経て独立した作家、ジャーナリスト。芸術祭 テレビ・ドラマ部門 大賞(2010年)、山本七平賞(2010年)などの受賞歴あり。
本書は、2011年3月11日の東日本大震災に伴って発生した福島第一原発の大事故について、同原発の所長を務め、現場で陣頭指揮をとった吉田昌郎氏とそのほかの多くの当事者へのインタビューをもとに書かれたノンフィクションである。2012年に出版、2016年文庫化された。また、2020年には「Fukushima50」として映画化された。
福島第一原発事故については、原子力発電に関する専門性の高いものを含めて、様々な視 -
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門田隆将『記者たちは海に向かった 津波と放射能と福島民友新聞』角川文庫。
門田隆将の描くノンフィクションは人物描写の上手さ故、登場人物の息遣いを感じると共に様々な風景やシーンを容易に思い描くことが出来る。あの未曾有の大災害、東日本大震災と真っ向から向き合った地方新聞の記者たちの闘う姿を描いた本作も、まるで映画を観るかのような臨場感のあるノンフィクションであった。
『紙齢をつなぐ』ため、何としてでも多くの人びとに情報を伝えるという新聞社の使命のもと、命懸けで大震災の渦中に飛び込んだ記者たちの姿…救えなかった命、守れなかった命…
余りにも壮絶な闘いと結末に、目頭が熱くなった。
福島第一原発 -
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ネタバレ高畠さんは、選手時代に輝かしい成績を長きにわたって残したわけではないっぽいのに、ずっとどこかしらのコーチをやっている人。
…この本を読むまではその程度の認識でした。
なのでプロ入団前~現役時代の話は全く知らず、読んでいてただただ驚くばかりでした。
コーチとして長く歩まれたことを思えば「災い転じて福となす」だったのかもしれないけれど、些細なケガの傷口が大きくなりすぎてしまったこと、当時のケア体制の不十分さが本当に悔やまれてならないです。
付随して、私がプロ野球を見始めたころは既にかなりの弱小だった南海の強かった時代のこと、うっすらとしか知らなかった球団ゴタゴタの話も新鮮でした。
アイディアマン -
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[来てくれない。けど、帰りたい。]エルトゥールル号の遭難事件を背景とし,日・トルコの友情の証としてクローズアップされることが多いイラン・イラク戦争時のトルコ航空による邦人の救出。しかしそのときなぜトルコは航空機を送り出すことができて,日本は自国民の救出に乗り出せなかったのか......。その後に起こったイエメンやリビアの事例などと合わせて,「邦人救出」のあり方に一石を投じた作品です。著者は、ノンフィクション作家として幅広い分野の執筆を手がける門田隆将。
とんでもなく痛切な問題提起をした一冊だと思います。本書から浮かび上がってくるのは,戦後に「日本」が平和を享受する一方で、「日本人」はたびた -
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さすがに門田隆将のノンフィクション作品は内容が濃いですね!海外の駐在日本人たちが戦火に襲われた際に、国外への脱出が容易ではないという問題点を当事者コメントや日本以外の国の対応なども巧みに織り交ぜて指摘し、いかに日本という国が駐在日本人の命に対して、無責任であるということを痛感させられました。
紛争国に取り残された現地で奮闘する日本人NPO職員やビジネスマンなどの一般人を日本は憲法などのしがらみで救出する術がないというのが何とも情けないし、人命救助最優先という本質的な議論が日本の政府ではなされていないのですね!なんのための安保法制なのですかね?
それに対して日本以外の国の対応は緊急事態だからこそ -
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弟の店「はちごう」にプレゼントしてもらったようです。
僕も読ませていただきました。
「本義」
存在意義とか使命とかになるでしょうか。
ここに挙げられた取材に基づくエピソードはどれも心打つものでした。
残念ながら東電や民主党政権や三菱等々「本義」を弁えない態度をとるリーダーを排出もとい輩出してしまう組織もあるわけですが、そこは反面教師として役立つことと思います。
内容は紙面に譲りますがリーダーとは部下の多寡ではないと思います。
人は家族であったり小さな組織でもリーダーたり得ます。
自分がリーダーとしてどれだけ組織に貢献できているか今一度自省したいと思います。
娘もあと少し部長職にあります -
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組織のリーダー達が窮地に立たされた時の苦悩、その時に本義に基づいての決断に感動しました。
本義とは、本来持っている「存在意義」だと著者は解釈している。
東電の吉田所長、駐蒙軍 司令官 根本陸軍中将、伊藤忠の商社マンでありながらイランにいる日本人を助け出した森永さん、プロ野球のコーチで中間管理職としての本義を全うした高畠コーチ、こうした方々にスポットをあて、それぞれがどのような本義のもと、苦悩し、決断し、行動したかが描かれています。
特に、今のサラリーマン社会の中で、東電の吉田所長の部下達が述べた言葉には、感動しました。
「あの人となら一緒に死ねる」
原発が爆発しかねない壮絶な状況下、共に死を -
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ネタバレわが師(とこちらが勝手に思ってるだけだが)・日下公人先生も認める、日本の至宝のノンフィクション作家の門田隆将先生の新書がでた。それもビジネス書として。
タイトルは「リーダーの本義」
「本義」とは難しく言うと、「存在意義」のようなもので、家庭なら「お父さん」の本義は働きに行って、お金を稼いでくること。またその姿を見せること。
「お母さん」なら料理を作り、子供に善悪の価値判断を(これは「お父さん」も同じだが)植えつけることだ。
門田先生曰く、人にも「本義」があるように、組織にも「本義」はある。そしてその組織内には、さまざまなリーダーがいて、さまざまな「本義」を抱えている。
この著書は、そん -
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ネタバレこの書籍は所謂、福島原発事件で吉田昌朗所長(故人)の「吉田調書」をめぐって、朝日新聞が情報操作をし、虚偽の記事を紙面で流したことに対して、著者のノンフィクション・ライターの門田隆将氏の対応と、実際福島原発事件で、吉田所長が官邸や、東電本社からの圧力と闘い、どのように事故を収束させていったかという事を著した著書である。
まず、朝日新聞は原子力反対の立場から、事故当時の福島原発の責任者である、吉田所長の行動について虚偽の報道をしている。これはマスコミという立場にあるものにしては、決してやってはならないことである。
曰く「彼らは命令違反を犯し、原発から撤退した」というのである。つまり放射能を避け -
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祖国アメリカへ特攻した日系2世の海軍少尉「松藤大治」の生涯を描いたノンフィクション。
特攻を描いた名作といえば、「永遠の0」がありますが、あくまでもフィクションであり、今作が大きく違うのは、真実に迫ろうとしたノンフィクションであるという点です。
筆者は、戦争への怒りを極力抑え、あくまでも主人公を知る貴重な方たちから聞いたことを冷静に描き、真実に迫ろうという姿勢でこの作品を書いています。
そして、この作品の主題である、なぜ主人公は祖国へ特攻して死んだのかということの答えをあえて描かず、読者にその答えを委ねています。
そのことを戦後70年を生きる自分たちがしっかりと受け止め、これ