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2011年3月11日、福島第一原発事故。暴走する原子炉。それは現場にいた人たちにとって、まさに「死の淵」だった。それは自らの「死の淵」だけではなく、故郷と日本という国の「死の淵」でもあった。このままでは故郷は壊滅し、日本は「三分割」される。使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いをつづけた男たちは、なにを思って電源が喪失された暗闇の原発内部へと突入しつづけたのか。また、政府の対応は……。「死」を覚悟しなければならない極限の場面に表れる、人間の弱さと強さ。あの時、何が起き、何を思い、どう闘ったのか。原発事故の真相がついに明らかになる。菅直人、班目春樹、吉田昌郎をはじめとした東電関係者、自衛隊、地元の人間など、70名以上の証言をもとに記した、渾身のノンフィクション。
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Posted by ブクログ
福島第一原発が想定外の大津波に襲われ非常用電源を喪失しメルトダウンの危機に瀕した。この事態についてメディア情報を聞きかじった程度の認識しかしていなかったことを恥ずかしく思う。
原発に係る現場の方々が、メルトダウン阻止のために決死の覚悟で放射能を浴びながらも使命感に
支えられ、ベントによる格納器爆発阻止と海水注入による原子炉冷却に成功し、紙一重で日本を破滅から守った経緯を知り頭が下がる思いである。
しかしながら、大津波は度々三陸沿岸を襲っており、10mを超える今回の津波が想定を超える規模であったことは自然の破壊力に対する認識の甘さであり、地域の伝承への冒涜であったようにも思う。
Posted by ブクログ
あのとき、あの場所で何が起こっていたのか。
フクシマ50を見てから読みました。
当時のことはよく覚えているけれど、あの爆発の元、必死に事態収束のために命をかけていた人がいたことを知らなかった。
というか、自分自身も平和ボケをしていて、今の日本で、まさか放射線の危険がある中で作業をするまい、という思い込みがあった。
じつは、このときの福島原発はほんとうにやばかった。すでに起こったことそのものが、やばいのだが、あと少しのところで、避難区域は東京まで及び、日本は分断、首都圏が機能しなくなり、数年は経済的混乱が起こるとされていたらしい。
なんだかわからないけど、最後はうまく行ったのだが、人ができることが、冷却くらいしかないってことが恐ろしい。
自分も仕事となったら、この場に命を預けられるだろうか。
このとき、現場では東電の人々が命懸けで作業をしていて、その詳細を詳らかにしていくのが本書である。
吉田昌郎の人柄も興味深く、なかなかドラマチックにまとめられているので、読みやすい。
映画、ドラマの原作にもなった本書でしか知れない事実もある。
よく、事故は人災というが、最後には安全より利益追求に傾いたトップの判断をしてきする記述もある。
Posted by ブクログ
門田隆将さん著「死の淵を見た男」
3.11東日本大震災、福島第一原発が舞台。そこで生死をかけて原発事故を凌いだ東電の社員さん達のノンフィクション。
当時、14年前になるが自分は東京にいた。
15時Openの自分の経営する居酒屋の仕込み中で、営業開始前の慌ただしさの最中にあの地震が起きた。東京は大混乱に襲われ電話は繋がらず、その後電車も止まり帰宅困難者が溢れかえった。明日からの日常はどうなるのか?という不安が凄かった。
テレビでも再三津波の被害の映像が流れていて、翌日からは福島第一原発の映像が頻繁に流れていた。
その当時、原発事故の恐ろしさを知らなかった自分は調べれば調べるほど恐怖に駆られた。
はっきりと覚えているが、当時東京都知事だった石原慎太郎さんの有名な「天罰」発言、あれは自分に言われた言葉だと今でも思っている。石原慎太郎さんのその発言は都知事としての言葉として不適切だ、亡くなった人の事を考えて物を言え、とメディアから散々叩かれていたが、自分はあれで目が覚めた。
「なめてた」という言葉がピッタリと当てはまるくらい、あんな大震災が来るとは全く想像しないで暮らしていたのだから。
それから政治に関心を強く持つようになったし、震災天災には人一倍意識して気を付けるようになった。
自分自身の意識のきっかけにもなった東日本大震災。その時の福島第一原発。吉田所長をはじめ東電社員さんの方々の正に命がけでの復旧作業が描かれている。
凄まじい…
なんて表現したらいいのか?言葉が見当たらない。
確実に言える事は生死をかけて原発の暴走を止めてくれた方々がいるから今でも自分達国民は生活できているのだということ。
逆にもし被害が拡大していたならば、東京は首都機能を失い、人口の半分くらいの人々が被曝し、東北及び関東圏は放射能汚染地帯となり誰も住めない土地になってしまっていたのだと思うとゾッとする。
自分達の現在と未来を東電の社員さん達が守ってくれたのだと…感謝しかない。
この作品、いくつものエピソードが描かれているのだが、描かれる方々の誰もが命懸けだからこそ心を震わされるし、目元が熱くなってくる。
14年の月日が流れ、被災地の復興もだいぶ進み経済の安定もある。だからといって過去の惨劇とは絶対に言ってはいけない。
多くの方々が命をおとし、多くの方々がその悲しみを胸に生きているのだから。
その中でこの作品に描かれた方々がいたことも同時に知っておくべきだと思う。
地震大国日本、またいつか南海トラフ、他のアウターライズ地震、群発、富士山噴火、色々と想定できるがその都度自分にできる最良で最大の貢献を心がけていきたい、吉田所長みたいに東電の社員さん達みたいに。
Posted by ブクログ
あのときの現場の人達が何を考えてどう行動したのか
文字通り命懸けで闘ってくれたことが分かった
ただただ感謝
以下メモ
地震の揺れを感じている時にスクラム(欣喜停止)すると直感をした
実際に揺れのあとすぐスクラムした
ちゃんとスクラムして逆に安心した
地震による停電で電源がなくなってしまった
しかし 非常用電源があったので活用した
そういう場合の訓練は頻繁に行っていたので 落ち着いて対応できた
非常用電源は海抜10m のところにあった
10m あれば絶対大丈夫と思われていた
なぜなら 過去1000年以上 そんな大津波が来たことはなかったから
しかし 津波はそこに来て なんと非常用電源もなくなってしまった
電源が全てなくなってしまって何もわからなくなってしまった
圧力などの監視システムが全て使えなくなってしまった
原子炉をとにかく冷やす必要がある
電源がないので水を直接入れて冷やす必要がある
消防車のホースを使うことを考えてすぐに消防車を手配した
そして水を入れられるように弁を開けた
すぐに この判断ができたことがとても良かった
なぜかと言うと 数時間後には人間が近づくことができないレベルの線量なったので
格納機の圧力がどんどん高くなっていった
爆発してしまうので軽く ガス抜きをすること つまりベントをすることが必要になった
ベントするために 原子炉に向かったが 線量計が振り切れてしまった
その辺りで水素爆発が起きた
そんなこんなでただでさえ 忙しいのになぜか 菅総理が現場に来ることになって説明しなくてはいけなくてさらに大変になってしまった
さらに 官邸からなぜか海水注入を中止しろと言われた
塩が残る などの影響がありリスクがあるからだという
しかし現場では冷やすためには 海水を入れるしか方法がないことが分かっていた
なので 命令について分かったと言いつつ 実際には海水注入を続けることにした
現場の人は死ぬ覚悟で戦っているのになぜか 官邸には東電が撤退するつもりだと伝わってしまっている
伝言ゲームって怖い
いよいよ 危なくなって現場の建物にいた 600人いたが そこから最低限の人数を残して退避することになった
幹部の人たち など50人ほどが残った
そこで 悲壮感の雰囲気になると思いきや 意外と 和やかな雰囲気になった
死んではいけない人間がいなくなって死んでいい人間だけになったから
自衛隊の協力で遠くから 強力な消防車が来てくれて 水もたくさん来てくれてホースで水をたくさん入れて原子炉の 暴走を止めることができた
もし 暴走してしまえば人間はもう近づくことができない
なので福島原発は10個あるのでチェルノブイリ×10の被害がある
そうなれば 東日本には人は住めなくなり人が住めるのは東北や 北海道 あとは 西日本になるはずだった
実はアメリカでは9.11のテロ 移行 原発が全電源停止することを想定したマニュアルを作った
それは日本にも伝えられたのだが 日本ではテロは起きないと考えられ そのマニュアルは整備されなかった
原子力安全委員会は30分以上の長時間の全電源喪失について考慮する必要はない という指針を取っていた
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