中溝康隆のレビュー一覧
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落合のいた3年間、リアルタイムで観ていた者として、以外と数字は残していたのだなという感想。あの当時、生中継はジャイアン戦だけの時代で、特に4番は一挙手一投足が写し出される。チャンスで凡打した時のイメージの方が強かったのかな。それは原にも言える事だった。常にONと比較されていて、チャンスに弱いレッテルを張られていたが、数字上では合格点なのではないか。
色々なメディアの当時の記事の抜粋で、その当時の空気感が感じられ、興味深く読みすすめられた。
心残りは、一度、ジャイアンツを指揮してほしかった。選手時代の実績は充分すぎるほどだが、監督としての実績もそれ以上だと思う。まだ、チャンスはあるかな…
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Posted by ブクログ
落合は40歳~42歳(1994~1996)の3年間、巨人でプレーしている。
1994年は、槇原が広島戦で完全試合を達成したシーズンだ。
最後のバッターのフライを落合が取った瞬間、サードの長嶋一茂が槇原に駆け寄るシーンはテレビでよく見る。
この試合、福岡ドームだったんですね。
入団2年目の松井が3番で、4番が落合でした。
なお、広島は江藤と前田がケガで欠場してました。
巨人も原が脚の故障で欠場しており、長嶋一茂がスタメンだった。
プロ野球ファンにとっては、こうした細かい情報も書かれていて面白かった。
1994年は130試合目で中日との直接対決による最終決戦となった年でもある。
槇原・斎藤・桑田の3本柱を投入した優勝シーンもテレビでよく見る。
この試合落合は、先制のホームランと逆転のタイムリーを打っている。
「長嶋監督を胴上げしたい」と言って入団し、1年目で実現した。
3年目の1996年は、11.5ゲーム差を大逆転し優勝する"メークドラマ"の年だ。
シーズン後半の松井の活躍が大きいが、4番に落合がいたからとも言える。
長嶋監督の松井秀喜4番打者への1000日計画の時期にも重なるので、松井の話も多い。
落合の巨人2年目に原は引退している。
4番打者として落合との対比のためか、原の話題も多い。
1997年は清原が巨人に来て、落合は日本ハムへ移籍することになる。
当初は落合は巨人に残るつもりだったが、球団代表などの言動に愛想をつかしたようだ。
1996年オフの巨人フロントのドタバタぶりを落合・清原目線で書いていて面白かった。
何が真実かは分からないが、巨人のチーム作りは素直に賛同できないことが多い。
他チームの主力選手を金の力で引っ張って来るが、期待通りに活躍する選手は少ない。
私の評価だと、チームの要として期待通りに働いたのは、張本、落合、小笠原くらい。
今後はそういう選手は出てこないでしょうね。
実力者は、メジャーに行っちゃう時代になったから。 -
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ネタバレ中日の監督を引退してからはすでに10年以上が経ち、その後に務めたGM退任からも5年以上が経とうとしているのに、落合博満という野球人はノンフィクションの題材であり続けているようだ。
彼が監督を辞めてから一度も優勝していないこと、特に落合時代にレギュラーを剥奪された立浪が監督だった直近3年間はすべて最下位だったこともあり、監督時代の彼に注目が当たるのはわかる。ところが、本作はその落合が中日を出てから3年間在籍した巨人時代を描こうというのだ。巨人時代の落合といえば、すでに40歳を超えていたにもかかわらず、初のFA選手として巨人に加入して優勝の立役者になったというイメージがある。すでに衰えが見え始めてもおかしくない年なのに、相変わらずバットマンとしては一流だった彼は、同時に、口うるさい巨人のOBたちから常に批判を受けていた。
そんな「巨人での」落合博満を描こうとしたのは、『プロ野球死亡遊戯』でノンフィクションライターとして著名となった中溝さん。『プロ野球死亡遊戯』は、彼のあふれる巨人への愛がほとばしるようなブログで、私自身もまだ彼がプロになる前からよく読んでいたサイトの1つだ。普通のノンフィクションライターやルポライターというのは、ネタ切れを恐れてカバー範囲を広げていくものだが、今のところ彼は未だに巨人を中心に書き続けているようだ。そのマニアックな視点とあふれる愛は、ある意味ではノンフィクションライターの1つの理想形と言えるかもしれない。
その彼が巨人の落合を描くにあたってとった手法が、徹底的に過去の記事を読み漁るというものだった。ノンフィクションを通常書くときには、ライターが自分で取材をしたり、あるいは一次情報に当たったりして、他の人がまだ見つけていない情報をもとに書くことが多い。ライターにとってはオリジナリティーは非常に重要だし、わざわざ書くのであれば、新しい情報を付け加えることに意味があるからだ。
ところが、本作の場合は、著者は自分で取材をしたり、あるいは一次情報を探しに行ったりといったことはほぼしていない。その代わりに彼がしたことは、当時の落合のことを報道した週刊誌や新聞を徹底的に洗い直すことだった。言ってみれば、彼は当時のメディアのあふれる情報を再構成して、落合博満という人間像を描き直したのだ。もちろんそれは、彼が巨人をずっと見続けてきて、頭の中に確固としたストーリーがあるからこそできたことだろう。
そして、その彼が浮かび上がらせる落合像は、一般的に言われている「俺流」ではなく、長嶋茂雄という1人の野球人に憧れ続けた1人の男であり、周囲への気遣いをした上で、なお自分の主張を貫く孤独な人間だった。彼が、実は常に熱い人間であることは『嫌われた監督』を読んだ人はすでに知っているだろうし、最近のYouTubeを観ていれば、彼が本当は温かな人間であったことも知っているはずだ。それでも当時、そのような情報が流れなかったのは、本書でも触れられているように、OBたちのやっかみがあまりにもひどかったということと、当時のメディア人たちが売れるために戦略的に落合を叩いたということだろう。もちろん、メディアに対して積極的に対応しなかった落合にも原因があるとは言える。
また、本作は『落合博満と巨人軍との戦い』というタイトルとなっているだけあって、当時のジャイアンツに在籍していた原や松井、長嶋や清原といった様々な人間を同時に描く群像劇のような形になっている。その中心にあるのは、巨大な重力を持った落合という人間ではあるが、原のように彼と距離を取ろうとして、引退まで追い詰められてしまう男もいれば、同じように、才能を持ち続けているがゆえに適切に距離を取ることができた松井という存在も出てくる。
その中で、やはり人間ドラマとしてひときわ輝くのは、落合という人間が長嶋に憧れているがゆえに巨人に入団し、そしてその落合を慕っていた清原が巨人に入ってくるがゆえに、落合が巨人を去ることになるという流れだろう。まるでこのように書くと因果応報のように聞こえてしまうかもしれないが、実力と人情が複雑に絡み合うプロの世界では、こういったことは落合の例だけではなく、他にもあったのだろう。そもそも、ベテランに憧れて成長してきた若手が、ベテランを引退に追い込むのがプロスポーツの世界なのだから。
本書を読むと、日本ではJリーグやBリーグのようにプロスポーツが根付いたとはいえ、書き手側としては、まだ圧倒的に野球を題材にした方が面白いのだろうと思う。本書のような吸引力のあるノンフィクションが、他のスポーツでももっとたくさん出てくるようになれば、日本のスポーツはもっともっと面白くなるだろう。 -
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【巨人軍vs.落合博満】
著者は中溝康隆さん。ブログ『プロ野球死亡遊戯』はほぼ全て読ませていただいた。
80年代に3度の3冠王となったパリーグの強打者落合博満、87年に世紀のトレードを経てセリーグ中日に鳴り物入りで移籍。
Jリーグが始まった93年オフに巨人軍にFA移籍してからの3年間は何だったのかが分かる著書となっていました。
私は94年に社会人となり、しばらくは野球どころではなかったので、落合博満が選手としていかに巨人軍に影響を与えていたのかはあまり分かっていませんでした。
ただ、清原和博氏が西武からFA移籍することを決めた辺りは何となく覚えていますが、その当時の落合博満氏の心の葛藤までは理解できませんでした。
読み終えて感じたのは、長嶋茂雄を愛する一人の男として自分のプレーヤー人生を賭けたということ、その思いは凄まじいものであったということ、でした。
オレ流、カッコいい。
今の時代に合うのかは分からないけれど、私もこのような思いで生きていきたいと思います。 -
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果たして落合は巨人に勝ったのか、負けたのか…
勝つ必要も負ける必要もなかったろうに。
清原が巨人に来たがったのは仕方ない。そして落合がコーチ専任になれないのも仕方ない。でも清原が来て落合がそのまま残っていれば、何かしらの形が残ったのだろうし、落合も日ハム時代の燃え滓のような最後は過ごさずに済んだのではないのかな…
原といい、落合といいそして清原といい…長嶋茂雄という存在は、確かに太陽だったしこの人がいなければ、今のプロ野球もないだろう。でも、その陰に散った男たちの思いみたいなものは、ドロドロとしたものなんじゃないのかな。救いは、清原を除いて、それなりにその後の監督人生で功なり名を遂げたといっても良い人生を送っているのだから、まぁ良かった。 -
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今の日本プロ野球ではそれほどでもないが、かつて、日本プロ野球の中心、いや日本プロ野球イコール読売巨人軍とでも言って良い時代があった。その読売巨人軍の四番打者はある意味神聖な存在であり、また、読売巨人軍のスーパースター(これでも言葉が足りないかもしれない)長嶋茂雄もまた神聖な存在であった。
その読売巨人軍にFA移籍した求道者・落合博満を中心として、読売巨人軍の四番打者を担った原辰徳、松井秀喜、清原和博とどのような関わりがあり、影響を与えたか、また、落合博満自身がどのように読売巨人軍の四番打者として悪戦苦闘したか。まさに読売巨人軍四番打者史、時代を考えれば日本プロ野球四番打者史が描かれ、読み応えがある。
さきに、落合は求道者と書いた。
しかし、筆者もむすびで書いていたように、落合は読売巨人軍においては、憧れの長嶋監督を優勝させるための打撃をした。自らの記録、自らの打の求道よりも「長嶋巨人の四番打者」としてあり続けた。落合自身も、長嶋氏へのあこがれを語る。
長嶋氏が神聖な存在であり続け、多くの選手に影響を与えた、昭和〜平成の日本プロ野球の選手のハートを垣間見ることが出来る。
各球団の企業努力もあり、かつてほど巨人中心ではなく、様々な球団と様々な選手が盛り上げる現代プロ野球である。
ひと昔前の、読売巨人軍中心時代、ミスター時代のプロ野球がどのようなものであったか、を懐かしさと共に読むことが出来ました。 -
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くすぶってた選手が、他チームに移籍する機会が訪れ、そこで出会った監督やコーチ、チームの方針とマッチして、一気に花開いた選手のお話
著者と世代がマッチしていることもあり、ちょうどプロ野球をよくみていた時期と重なって、とても懐かしく、また知らない逸話がたくさん織り込まれていて、とても面白かったです
自身に置き換えても、転職や異動など、上司や職場の雰囲気に合う合わないで、能力が発揮できなかったり、モチベーションが上がらなかったりと、プロ野球の世界って、結構サラリーマンの世界に似てるよなぁと、改めて感じさせる内容でもありました
野球って、一見チームスポーツのようで、結構個人スポーツの要素も強い側面あるよなぁ、とも感じていて、さらにその印象が強くなったよなぁ、とも思いました