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40歳落合博満のFA移籍は事件だった。巨人にとって落合がいた3年間とは何だったのか? なぜ巨人・落合監督は誕生しなかったか?
【単行本オビより】
徹底検証ノンフィクション
40歳落合博満は誰と戦っていたのか?
40歳落合「巨人はこんなに練習しないのか…」vs. 巨人OB「早く落合をクビにしろ!」「4億円の値打ちない」
あれから30年――。巨人にとって落合がいた、あの3年間とは何だったのか? なぜ「巨人・落合監督」は誕生しなかったのか?
vs. ライバル原辰徳
vs. 松井秀喜「不仲説」
vs. 清原和博「FA移籍騒動」
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Posted by ブクログ
ほんとにこの人は凄いと思います
三冠王3回 本塁打500本、1500打点越え
優勝請負人として長嶋巨人に40歳で3年契約
名球界入り拒否や言動で野球OBやマスコミから叩かれ続けたが結果で誰にも媚びず我が道を生き続けた野球選手
この本は巨人の3年間の中の話を書いてます
巨人最終3年目、42歳で八月のデッドボールの怪我で20試合残して終了した成績が打率301、本塁打21本、打点86 42歳で考えられない成績でほぼ解雇扱い
我が道を生き続けてそうな落合だが本当の真実の中身が知れる本でした
原辰徳との確執、松井との不仲説、その他にも色々マスコミが煽る報道が有りましたが、真実の落合がこの本の中身だと思い凄く感動しました
野球をやって来た人間は好き嫌いは別にして落合の凄さは他の選手より別格なのはみんなわかってると思います
YouTubeで古田、前田、和田、長嶋一茂の落合に対する尊敬の言動も神をみるみたいで面白いです
Posted by ブクログ
てやんでい
こちとら生まれる前から巨人ファンでい
「巨人」が好きなのでね
全員好きなんです
我が読売巨人軍のユニフォームを着ている者は無条件で応援します
それがファンてもんでしょうが!
落合も、原も。松井も、清原もみんな好きだった
でもあえて1番を選ぶとすれば、あえて自分のヒーローを選ぶとすれば
背番号49!
ウォーレン・クロマティでしょうが!(落合じゃないんかい!)
あ、落合の話だった
はい、落合が我が読売巨人軍に在籍した3年間のあれやこれやです
当時のことを思い起こすと、たぶん憤っていたな
なんでみんな落合にわーわー言うねん
せっかくあの大打者が我が読売巨人軍に来てくれたんだから、みんなで応援しようよ!と
そういうとこあるのよ
我が読売巨人軍の周りには、わーわー言う人多かったんよね
当時は特に
で、あらためて本書を読んでみて
落合が我が読売巨人軍に残したものってめちゃくちゃ大きかったな〜なんてことを思ったのでした
ちなみに今シーズンの我が読売巨人軍は5月4日時点で阪神と並んで首位であります
去年は最後の最後で横浜に美味しいとこ持っていかれてしまったのでね
今年こそ我が読売巨人軍には日本一を奪回してほしいものです
頼んだよ!我が読売巨人軍!
Posted by ブクログ
落合のいた3年間、リアルタイムで観ていた者として、以外と数字は残していたのだなという感想。あの当時、生中継はジャイアン戦だけの時代で、特に4番は一挙手一投足が写し出される。チャンスで凡打した時のイメージの方が強かったのかな。それは原にも言える事だった。常にONと比較されていて、チャンスに弱いレッテルを張られていたが、数字上では合格点なのではないか。
色々なメディアの当時の記事の抜粋で、その当時の空気感が感じられ、興味深く読みすすめられた。
心残りは、一度、ジャイアンツを指揮してほしかった。選手時代の実績は充分すぎるほどだが、監督としての実績もそれ以上だと思う。まだ、チャンスはあるかな…
Posted by ブクログ
落合は40歳~42歳(1994~1996)の3年間、巨人でプレーしている。
1994年は、槇原が広島戦で完全試合を達成したシーズンだ。
最後のバッターのフライを落合が取った瞬間、サードの長嶋一茂が槇原に駆け寄るシーンはテレビでよく見る。
この試合、福岡ドームだったんですね。
入団2年目の松井が3番で、4番が落合でした。
なお、広島は江藤と前田がケガで欠場してました。
巨人も原が脚の故障で欠場しており、長嶋一茂がスタメンだった。
プロ野球ファンにとっては、こうした細かい情報も書かれていて面白かった。
1994年は130試合目で中日との直接対決による最終決戦となった年でもある。
槇原・斎藤・桑田の3本柱を投入した優勝シーンもテレビでよく見る。
この試合落合は、先制のホームランと逆転のタイムリーを打っている。
「長嶋監督を胴上げしたい」と言って入団し、1年目で実現した。
3年目の1996年は、11.5ゲーム差を大逆転し優勝する"メークドラマ"の年だ。
シーズン後半の松井の活躍が大きいが、4番に落合がいたからとも言える。
長嶋監督の松井秀喜4番打者への1000日計画の時期にも重なるので、松井の話も多い。
落合の巨人2年目に原は引退している。
4番打者として落合との対比のためか、原の話題も多い。
1997年は清原が巨人に来て、落合は日本ハムへ移籍することになる。
当初は落合は巨人に残るつもりだったが、球団代表などの言動に愛想をつかしたようだ。
1996年オフの巨人フロントのドタバタぶりを落合・清原目線で書いていて面白かった。
何が真実かは分からないが、巨人のチーム作りは素直に賛同できないことが多い。
他チームの主力選手を金の力で引っ張って来るが、期待通りに活躍する選手は少ない。
私の評価だと、チームの要として期待通りに働いたのは、張本、落合、小笠原くらい。
今後はそういう選手は出てこないでしょうね。
実力者は、メジャーに行っちゃう時代になったから。
Posted by ブクログ
【巨人軍vs.落合博満】
著者は中溝康隆さん。ブログ『プロ野球死亡遊戯』はほぼ全て読ませていただいた。
80年代に3度の3冠王となったパリーグの強打者落合博満、87年に世紀のトレードを経てセリーグ中日に鳴り物入りで移籍。
Jリーグが始まった93年オフに巨人軍にFA移籍してからの3年間は何だったのかが分かる著書となっていました。
私は94年に社会人となり、しばらくは野球どころではなかったので、落合博満が選手としていかに巨人軍に影響を与えていたのかはあまり分かっていませんでした。
ただ、清原和博氏が西武からFA移籍することを決めた辺りは何となく覚えていますが、その当時の落合博満氏の心の葛藤までは理解できませんでした。
読み終えて感じたのは、長嶋茂雄を愛する一人の男として自分のプレーヤー人生を賭けたということ、その思いは凄まじいものであったということ、でした。
オレ流、カッコいい。
今の時代に合うのかは分からないけれど、私もこのような思いで生きていきたいと思います。
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