柳宗悦のレビュー一覧
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柳宗悦の考える『美』について書かれています。
彼曰く、
・華美な装飾や高級なだけの工芸美術品は美しくない
・無駄を省いた実用性のある民芸品が美しい
そんなことを言っています。
本書を読んだ時は、工芸品と民芸品の定義がうまく飲み込めず、混乱しました。
DIYで作ったものは?こけしや赤べこなどの置物は?振袖は?無印良品・ユニクロは?国宝が作ったもの・クリエイターが作ったものは?
どれなら良くて、どれなら悪いのか、よくわからなかったのでマトリクスを作って思いつく限りのクラフト品をあげてみました。
そうすることで、柳宗悦が高価なクラフトや装飾の見事な着物などを全て否定しているわけではないということがなんとなくわかってきました。
柳宗悦の他の本も読んでもう少し理解を深めたいのと、加えてアーツ・アンド・クラフツ運動なども勉強してみようかと意欲が湧いてきました。 -
Posted by ブクログ
日本の民藝についての第一人者である柳宗悦による美の論説。本書で語られる柳の主張は、一切の反論の余地も与えないようなものでは確かにない。例えば創意工夫が美を損ずるとか、僅少で高価であることはそれ自体が不完全であるとか、絶対にそうとは言えないのでは、とその論理づけにおいて指摘したくなる部分は少なからずあった。
しかし柳の功績は貴族趣味的なものばかりがやたら有り難がられて、日用品が工芸品として評価されていなかった風潮に待ったをかけて、用の美というキーフレーズでいわゆるクラフトの価値を土俵に上がるところまでに押し上げたところにあると思う。現に日本のクラフトデザインの歴史を柳抜きに語ることはできないであろう。有銘の作と無銘の作とに対する目線に、当時の社会としてあまりに極端なアンバランスがあったとすれば、本書の柳の論調もそのカウンターパンチ的な意味があったのではないかとも思う。
絶対的な肯定ができないように思われる部分もままあるなかで、個人的に全くその通りだなと思ったのが、美と道徳の関係について言及されていた箇所である。道徳の欠けたものに美が見出せないのは美学的にも裏付けられるところだと思うし、独りよがりの表現よりも、公の観点で多くのものを救い出そうとする視点を美しいとすることに何の異論があろうかと思う。そういう意味で、最近公衆に蔓延る表現に美しいものが少ないなと思うのは、まさに時代が下って美意識がどんどん欠落している現実だなと思った。 -
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まさに「民藝」の入門書として、提唱者の柳宗悦より平易な表現で、分かり易く解説されている。
「民藝」は、明治近代化の中でしばしば登場する概念であり、その影響力から、言葉としては認識していたが、体系的に理解できたことは収穫。
このように原則論を読んでいると、時代を超えた普遍性があり、現代においても意識すべき概念ではないかと思う。
以下抜粋~
・用が生命であるため、用を果たす時、器は一層美しくなってきます。作り立ての器より、使い古したものはさらに美しいのではありませんか。
・廉価であるということが、実に美を増す大きな基礎なのです。安いものであるから、強いて美を盛ろうとは工夫していません。
・無銘の作に心が惹かれるのは、そこに一個性よりさらに大きな衆生の美があるからです。
・民藝品が特に注意されねばならない大事な理由の一つは民族性や国民性が一番素直にこの領域に現れてくるからです。
民藝こそは国民生活の一番偽りなき反映なのです。
・ご承知の通り産業革命以来、工藝は二分野に分かれ、機械製品と手工藝とが対立するに至りました。
前者はある意味では進歩した道ではありますが、不幸にも貪欲な商業主義と深く結合したため、品物を粗悪にしました。
・民藝の美の特質
1実用性
2常に多量に作られることと、廉価であること
3平常性
4健康性
5単純性
6協力性
・かくして私は民藝品の最後のまた最も重要な特色について語る場合に来ました。
それは国民性ということです。
民藝は直ちにその国民の生活を反映するものですから、ここに国民性が最も鮮やかに示されてくるのです。
地方的工藝の存在は重大な意義を有ってくるのです。
地方こそは特殊な材料の所有者であり、また独特な伝統の保持者なのです。国民的伝統の上にこそ、強固な国民的美が発露されるのです。 -
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岩波文庫の『民藝四十年』をやっと入手できたと思ったのも束の間、ちくま学芸文庫から『民藝四十年』が刊行された。本書は新編増補版。刊行にあたってとの編集部の文章が付されているが、それによると、1958年に刊行された宝文館より刊行された『民藝四十年』の目次には柳自身による書き加えがあり、改訂の考えがあったらしい。本書はそれら15編の論考を新たに増補したもの。
かなり厚い本になったが、確かに柳の言わんとしたことが、より具体的に分かりやすくなったように思う。
「美の法門」では、仏教の教えが今一つ良く理解できなかったが、詳しくその考えを論じた「無有好醜の願」、「知」るよりも前に「観」ねばならないとする「直観について」。この二編が特に印象に残った。 -
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しばらく前に日本民藝館の展示を見に行った際、館内の売店で見つけた本。
本書は、民藝運動の創始者である、柳宗悦(やなぎむねよし)による、民藝論の入門書です。
著者自身が民藝学概論、と位置づける表題の小編と、やはり民藝の概念や良さについて、簡潔に語った随筆がいくつかおさめられています。
原本は1941年に刊行されていますが、現代仮名づかいに改められ、文字の大きさや組み方も新しく、読みやすい仕上がりが有り難い。
本書における著者の主張は終始一貫していて、民藝品は、大衆が用いる工藝品として、大量に、廉価に、簡単な手法で、実用的であるために不要な装飾を省き作られたことで、無心の健康的な美がやどっている、それはいにしえの茶人達が愛した美であるーーとしています。
そして、「ここに用というのは、単に物への用のみではないのです。それは同時に心への用ともならねばなりません。」という言葉に、東京帝国大学哲学科を卒業した宗教哲学者でもある著者の人となりが、象徴されているように感じました。
展示を見た後、たまたま売店で1つ700円くらいの湯呑みが気に入ったので買って帰ったのですが、帰宅後いつものマグカップでなくそれでお茶を飲んでみると、これまたいつものティーバッグの番茶が、自分比で3倍くらい美味しい。
「私!いま!お茶を飲んでるーー!」という気分が腹の底から湧いてくるというか。
「心への用」って、ひょっとするとこういう気分なのかな。
本書が執筆されてから、80年近くが経過した現代には、無印良品も100円ショップもあり、民藝品が、廉価の、無名の品々であるとは、一概には言えません。
でも、湯呑みで番茶を飲むことが、単に水分を補給するためだけでなく、ひと息つく時間になったり。
団扇であおぐことが、ただ汗をひかせるためだけでなく、炎天下を歩いてきた自分への労いになったり。
民藝の品々を見ていると、日々は単なる通過点ではなく、今を感じながら生きる喜びこそが大切なのだと、語りかけられている気がします。
どれだけ経済、社会、生活が変化しても変わらないことは何か、本書の言葉が伝えてくれているように思いました。 -
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日本の手仕事、民芸の日用品の持つ美を紹介した本。日本中(北海道を除く)の手仕事を20年もかけて実際に観て回り、紹介している。ちょうど「日本民藝館創設80周年記念 民藝の日本 ~柳宗悦と『手仕事の日本」を旅する~」が開催されていたため、本書で紹介されているモノをたくさん実際に見ることが出来た。
挿絵も素晴らしいのだが、それでも紹介されているモノらが多く馴染もないことから、イメージが文章からだけでは理解しにくい点は残念。今回は展示会を観に行けたため実物を見て初めて理解したりもした。逆に元々知っていたものは、とても共感して読めた。自分の想像力不足によるものだが、やはり実際に観られるかどうかの影響は大きいと思う。特に、ダメなもの、ダメになったものが多く挙げられているが、その点が文章からは理解できない。
しかし記録・紹介しておかなければ失われてしまい、伝えることのできなくなるものを記録して残そうとしている点は非常に評価できる。また芸術的でない実用品の美、用の美に気づき紹介している点も素晴らしいと思う。 -
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昭和17年12月~18年1月に書かれた。
柳は手仕事の現状を示し、将来に向かっていかに発展させるか、という課題をもって書いた書物であるにもかかわらず、戦争、戦後の混乱、さらに近年の高度成長に伴う社会の変貌はまた別の意義をこの書物に荷わせた(解説より)。
各県の手仕事が示される。
真っ先に三重県をチェックして、お、四日市!と見てみたら、
「四日市は有名な『万古焼』の土地ですが、この焼物には不幸にも見るべき品がほとんどなくなってしまいましたから、通り過ぎることと致しましょう。今も沢山作りはしますが、いやらしいものが余りにも多いのであります。」
ですと。
いきなりのけぞってしまった。
素晴らしいものは心から賞賛し、良くないものには手厳しい。
それは確かな審美眼ゆえ。
伝統に培われた美しい手仕事が人間にとってどれだけ大事なものであるかを伝える。
「機械は世界のものを共通にしてしまう傾きがあります。それに残念なことに、機械はとかく利得のために用いられるので、出来る品物が粗末になりがちであります。それに人間が機械に使われてしまうためか、働く人からとかく悦びを奪ってしまいます。こういうことが禍いして、機械製品には良いものが少なくなってきました。」
柳さんがiPhoneを見たら何て言うかな。使ってたかな。
まぁiPhoneはモノを生み出す機械ではないからちょっと違うか。