溝口ケージのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ手短に書くと、いろいろ考えさせられることがあって良かった。面白かった。
以下、取り留めのない雑多な感想。
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これまでの登場人物が一同に集まったかのように話の中に出てきて、何か青ブタの走馬灯のようなお話に感じた。
あとがきを受けて、遠くない未来にこの物語が終わることに対して、寂しさを覚えると共に、物語の完結を見届けられることに対して嬉しさもあり、半々の気分。
完結を前にして、こんなことを書くのもどうかと思うが、終了後10年ぐらいはこの作品の存在は認識されていると思う。20、30年経ってもまぁ認識されているとは思う。
しかし、その存在を認識している人が全くいなくなるぐらいに遠い未来(例えば100年後)になった場合、誰がその存在を証明できるのだろうか。その時点において記録が存在したとしても、AIによるフェイクが自由に作り出せる世の中、より精巧なものが作り出せるようなはるか未来――自分が体験しなかったものは存在しないものと同義になるかもしれない未来――において、過去にこういった作品が存在していたという記録はおろか、作品自体についてももしかすると実在性に疑問が生じてくるのかもしれない。
確かに存在は何時か消える。記憶は上書きされるし、人の認識というものはあやふやでエラーだらけの不正確なものだ。
しかし、存在に影響を受けた者たちはその影響によって思考を変え、また同時に行動を変えることによって影響を受けた人間が周囲に影響を及ぼすことができる。存在そのものではないが、存在の一部分が断片的に受け継がれて行く。
「ありがとう」、「頑張ったね」、「大好き」の三大好きな言葉が、その体験は各人に認識されていなくても継承されているように。
青ブタに限ったことではないが、作品の完結は作品自体の将来・未来に向かうベクトルを失わせるものかもしれない。だけれども、物語に触れることを通して、長く引きずっていたを思春期の悩みに折り合いをつけるなど、作品に影響を受けた私を含めた各人が、青ブタという物語の断片(作中の登場人物のスピリット・精神など)を周囲への影響という形で必ず未来へと伝え届け、その存在を証明し続けるものと信じている。
まあ要は、実体が存在を証明するのではなく、存在に影響を受けたことこそが存在の証明になると思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ【2023/05/29・再読】麻衣は大学受験、そして咲太は麻衣と同じ大学を目指すため受験勉強を開始。と皆が未来に向けて動き出した今回は、『かえで』から託された想いを『花楓』が果たそうと頑張る姿が描かれます。ですが、それが彼女を縛る呪いのようなものにもなっているので、『花楓』が苦悩しながらも頑張ろうと足掻く姿に胸が締め付けられるような思いがしたし、だからこそ『かえで』であった自分を受けいられるようになる場面には、彼女の成長した姿に感激致しました。そして彼女を温かく見守る咲太や麻衣さんたちの姿にもグッとくるのです。涙無しには読めない今回でした。