木村敏のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
#講談社学術文庫
#木村敏 「からだ・こころ・生命 」
ヴァイツゼッカー 「 ゲシュタルトクライス 」の主体概念から生命論に展開した講義録
とても難解。相即を含めた主体概念と アクチュアルな「生と死」が つながるまで時間がかかった
著者が論じる主体概念に基づく生命論は〜生きものは 世界との関係 や 境界を生き、関係や境界は いつも「相手」をもち、死ぬということは 関係や境界が消滅する、といっているのだと思う
著者が最後に伝えたのは「医学に主体概念を導入し、医者が患者と二人称的な関係に立つことにより、生きている現実として生命を捉えた 人間学的な医学が実践される」というもの
相即とは
生きものが、その生存を保持するために知覚と運動の両面を動員して、環境世界とのあいだで保っている接触のこと
主体とは
生きものと環境世界との接触現象そのものであり、有機体と環境との「あいだ」の現象のこと〜主体は 環境世界との相即が保たれているかぎり主体として存続することができる
主体概念により、生きものは物理的環境に身を置く「からだ」であると同時に、環境との境界で営まれる相即活動を通じて「こころ」としてはたらくことを実現する
二重の主体性
人間は、一方では生物の一種として集団的主体性を生きる存在であり〜他方では「各自性」をもった 個的存在でもある〜各自性とは「私はいつも ほかならぬ私である」ということ
「生命そのものは決して死なない。死ぬのは個々の生きものだけである」
生命そのものを 実在(リアリティ)でなく、生きているという現実(アクチュアリティ)として捉える
生きものが生きているとは、環境世界から独立していながら、環境世界との接触を失わないということ
あらゆる生きものはその周囲の環境と接触し、他の個体と接触することによって生命を保っている。生きものの存在の意味は、生き続けること、生命を保つこと以外ありえない
個体生命が「もの」でなく「生きているもの」である限りにおいて、環境との境界を生きる存在である
だれかが死ぬという出来事は〜二人称的な関わりにあった人にとっては、アクチュアルで主体的な出来事として体験される〜死の連帯性
二人称的な関わり
「わたし」と「あなた」が一つの親密なまとまりをつくっている「われわれ」の場面
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Posted by ブクログ
ネタバレ難しくて半分もわかっていないが。
時と感情の関係とでもいうのか。
それを言語化した本。自分はあまりそういうの読んだことがなかったので新鮮。30年以上も前に書かれたもの。
あとがきに。
私たちが普段確かな現実だと思い込んでいるこの人生を一つの夢として夢見ているような、もうひとつ高次の現実が私たちのすぐ傍らに存在しているらしいということだけは、心理に対して謙虚であるためにも、ぜひとも知っておかなくてはならないように思う。
時間は、物理的にデジタルにはかれるものではない。
多分、同じ事象に対しても、時間の流れや感じ方が違うんだろうな。ふと、何事も怖くないような気持にもなる。