あらすじ
臨床の場に身を置きつづけながら、綺羅星のような著作および翻訳を遺した稀代の精神病理学者木村敏(1931-2021年)。その創造性は世界的に見ても人後に落ちない。
著者の名を世に広く知らしめるとともに、社会精神医学的な雰囲気を濃く帯びていることで、数ある著作のなかでもひときわ異彩を放つ名著に、畏友・渡辺哲夫による渾身の解説を収録。
「異常」が集団のなかでいかに生み出され、また「異常」とされた人々のうちでなにが生じているのか、社会および個人がはらむ「異常の構造」が克明に描かれる。私たちはなぜ「異常」、とりわけ「精神の異常」に対して深い関心と不安を持たざるを得ないのか。「自然は合理的である」という虚構に支配された近代社会が、多数者からの逸脱をいかに異常として感知し排除するのか。同時に患者のうちで「常識の枠組み」はどのように解体され、またそのことがなぜ「正常人」の常識的日常性を脅かさずにはおかないのか――。
「あとがき」に刻印された「正常人」でしかありえない精神科医としての著者の葛藤は、社会における「異常」の意味を、そして人間が生きることの意味を今なお私たちに問いかけ続けている。(原本:講談社現代新書、1973年)
【本書の内容】
1 現代と異常
2 異常の意味
3 常識の意味
4 常識の病理としての精神分裂病
5 ブランケンブルクの症例アンネ
6 妄想における常識の解体
7 常識的日常世界の「世界公式」
8 精神分裂病者の論理構造
9 合理性の根拠
10 異常の根源
あとがき
解 説(渡辺哲夫)
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Posted by ブクログ
正常と異常を、優位と劣等、マジョリティ/マイノリティや、コミュニティにおける価値観のありかたから捉え直してるのがすごくいいし、何も結論づけていないところもとてもいい。正気の人間が街にあふれている異常。正解や正義や正常はただのまやかしなんだよ
Posted by ブクログ
素晴らしいの一言。
遅読気味な自分が一気に読み終わってしまった。
古い印象を受ける部分が少なからずあるが、それを補って余りある内容でした。
常識とは何なのか。
異常か正常かは何で決まるのか。
正常者の思う世界だけが本当の世界であるとは限らない。
著者があとがきに書いている内容は精神科のお医者さんとしての誠意を込めた素直な考えなのだと思う。
木村さんの精神病理学の世界観に触れたい方は是非読んでみて下さい。
常識を解きほぐして見たい方にもオススメ。
Posted by ブクログ
「常識」はセンスであって、そこには感情的側面がある。常識に反した他人の行動を目撃したときに感じるぞわぞわとした恐怖は、それが「異常」であることを伝えている。このような「常識」や「異常」は、人間の遺伝的な精神の働きを通して決まっていると考えられ、統計学的な逸脱によって定義されるものとは違う。
Posted by ブクログ
統合失調症の狂気を、分からないなりにも分かりたい気持ちになった。私が世界公式1=1の錯覚の中に生きる限り、1=0や1=∞の世界のリアルさは分かりえないのだろうけれど。
ブランケンブルクの症例アンネの言葉は、思春期の課題である自己同一性の獲得に失敗しているだけみたいに私には思われた。が、症状が数年持続している間に、統合失調症者に独特の「人格変化」を示してくるようになる(p.53)という説明は興味深い。異常者排除の歴史が精神疾患者の免責(p.140)に落ち着いた点は未だに腑に落ちない。