小倉孝保のレビュー一覧
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ネタバレ西畑保さん、本当に良く頑張りましたね〜同じ人間に生まれてもみんなそれぞれ違う人生を歩む…
私の母や祖母に聞いた話を思い出しながら何度も涙しながら読みました
うちの母も7人兄弟の長女、長男だけは大事にされ、高校まで行かせてもらえたけど、母は中学もあまり行かせてもらえず奉公に出されたと!だから難しい漢字は書けないんだと言っていたのを思い出しました。
保さんは小学2年から学校に行けなくなって、苦労に苦労を重ねて、そのまま結婚し、素敵な奥様に出会えた事で人生が変わりましたね
還暦を過ぎてから学校に通って文章を書く事を学べた
本当に素晴らしい出会いだったと思います
最愛の奥さまにラブレターを書けて本当に良かったですね
愛の賜物ですね
天国で奥様もニコニコ見守っていらっしゃると思います
映画も是非観てみたいです←観ました
小説の方が何倍も心に刺さりました
追記
あとがきの西畑さんの言葉が心に残りました
嫌いになりそうな人は、その人の長所を3つ探す
どんな人間にも良いとこ悪いとこありますと…
そうすれば悪口言ったり非難しないで済むんですって!
心に刻みました
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Posted by ブクログ
◯東京への遠征時に読むため、書店で購入。もともと大学で古典ラテン語を履修しており、ラテン語に関する文庫本だったので興味があった。(実際には往復の新幹線は眠ってしまい、この本は読み終わらなかった。)
◯まず最初に、「辞書の完成セレモニー」の場面から始まり、記者がイギリスのラテン語辞書編集者と日本の辞書編集者の間を行ったりきたりしながらインタビューを重ねていくスタイルは、「フェルマーの最終定理」のように物事の経過がわかりやすかったし、自分自身も一緒に旅をして、彼らの話を座って聞いているような臨場感があった。
◯ラテン語辞書を巡る話ではあるが、特に本書内においてはラテン語の単語や文法などについて言及していない。
著者の興味はラテン語そのものというよりも、「すでに死んだ言語の辞書を作ることに、なぜ百年もの時間をかけて、たくさんの人々が従事してきたのか」「上梓したところで、かかった膨大なコストは回収することは困難なのに、なぜそんな仕事に人生を捧げた人々が何人もいるのか」という2点にあり、そこから著者は「より早く、より効率的に、という現代のスピード感に逆行するような仕事には、いったいどんな世界があるのか」をそれこそじっくりと時間をかけ追究していく。
インタビュイーのもとまでわざわざ出向き、コーヒーを(ときには紅茶を)飲みながら、メールやチャットではなく相手と向かい合って話をしたのは、著者自身も彼らと同じ時間のなかに身を置き、体験したかったからなのかもしれないなと感じた。
◯私が学生の頃は、日本語で利用できるラテン語の辞書に選択肢がほとんどなく、ちゃんと使おうと思うと何万円もするでかい日羅辞典しかなかったが、現在ではスマホやPCがあればある程度無料で利用できるし、お金を払えば(確かジャパンナレッジで使えたはず)あの昔ながらの大きな辞書の電子版も利用できる。便利な時代になったものだと思っていたが、この本を読んで、そんな現代のニーズにフィットする電子辞書でさえ、もとをただせば「ワードハンターが作成した数万枚のスリップを、編集者がひとつひとつ吟味し、検証し、丁寧に編む」という泥臭い作業のはてにあるのだなあと感慨深かった。 -
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ネタバレ「一旦ラテン語学ぼうかな」
「効率化や利益がなくても価値ある生活とは?」
⚫︎英国人の文化と誇りをかけた中世ラテン語辞書について。日本で言う漢文=ラテン語、共通言語とした会話言葉はなくとも読み書き言葉として利用され続けてきたという点が面白い!日本ではアイヌ語が絶滅の危機にあるというが、日本のアイデンティティの確立(言語は元の言語がなくなってしまうとそのアイデンティティを喪失する?)という点で考え直すべきなのか
⚫︎結局は全てギリシャ文化が1番であり、それを理解する為、かつローマ帝国拡大により普及せざるを得なかったラテン語の存在は面白く、これだけ言われるとぜひ学びたくなる
⚫︎本書では利益や効率化を優先しない生き方を辞書づくりを通じてなぞらえている。”論語と算盤”のような考え方も増えてきているが、いちひと1人の生き方で考えるともっと文化を楽しみ、一見意味のないものに対して価値を見出すことが広まると良いと思う。今ではなく、未来や歴史をつくる、という観点でもう少し人生を考え直したいと思う。
⚫︎ 巨人の肩の上にのる矮人、謙虚に学ぶ姿勢 -
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一条さゆりという、いまから50年ほど前に活躍したストリッパーの評伝。現在、振り返られるとしたら神代辰巳の映画か、ストリップは娯楽か犯罪かで最高裁まで争った事件で名前が出るくらいかもしれない。
一条は「特出し」と呼ばれる、陰部を見せるストリップで人気を博したらしい。それが逮捕の原因となり、最終的に実刑になる。時代背景もあって全共闘やウーマンリブの活動家が支援していたそうで、いまでも一条を「反骨のストリッパー」として、反権力やフェミニズムの象徴のように扱う記事もあった。
しかし、一条本人はせいぜい「自分を応援してくれるひとたち」くらいに思っていたようで、お上に逆らう気もなければ、女性解放運動にもさらさら興味はなかったとのこと。
そもそも学生運動にせよウーマンリブにせよ、活動の主体となったひとびとは戦後教育で平等や民主主義を叩き込まれた世代、それも教育水準の高い家庭で育ったようなひとたちである。
一条は幼くして口減らしで奉公に出され、かんたんな漢字さえ書けるかどうか怪しく、年齢的にも終戦時点ですでに働きはじめていたような世代である。本書でも何度となく書かれるが、家庭に入って夫を支えるような生活を願っていたとのこと。
そういう価値観も含め、読んでいると一条は戦前生まれであることが強く意識される。成功から転落し、借金を重ねたり狂言自殺をしたり、最後は大阪西成という日雇い労働者の街でひっそりひとりで死んでしまうことになるのだが、そこからはせつなさよりもたくましさのようなものが見えてくる。一条はストリップも食べるためにやっていたに過ぎない。
一条には強いサービス精神がある。(それが一世を風靡した理由でもあり転落した原因でもある)
本書では中田カウスや小沢昭一などの著名人に話を聞いており、彼らの一条への評価はさまざまだが、一貫しているのはストリップ=芸として見なしてのもので、一条を芸人としてみての評価である。
その評価の根本は一条の強いサービス精神に依るところが大きいと思うが、芸という部分に関しても一条はどこか無関心なように見える。芸がどうとか観念的な講釈を垂れず、ただただ客を楽しませようとしているだけである。
一条には思想もないし、得意げに芸への一家言を語ることもない。嘘もつくし、行動の一貫性もない。主体的な意思も弱く、他人本意で動いてしまっている。
芸能関係者にせよ活動家にせよ本書にせよ、一条は空虚な中心で、その穴にそれぞれがいろんな思惑を仮託してしまうんだと思う。
一条の人生は悲しいようにみえても、本人の人柄のせいか、あまり悲壮感は覚えない。ただ、その空虚さだけはもの悲しい。 -
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これは貧困と搾取が生み出した、一人の男の悲劇的な恋の末路だ。
ロンドン、ヒースロー空港近郊の道に頭から血を流した男が横たわっていた。
近所の住人は朝、外で大きな音がするのを聞いた。
現場検証に来た警察官は、ヒースロー空港へ着陸していく飛行機を見上げていた。
男の名はジョゼ・マタダ。
アンゴラ発ヒースロー行の飛行機の車輪格納庫に忍び込んで密航しようとしたが、高度一万メートル、マイナス60℃の酸素の薄い空気で体力を消耗し、着陸時に扉が開いたときに落下して時速200kmで地面に叩きつけられて墜落死した。
奴隷社会の絶望と、一人の女性に希望を賭けた。
アフリカ社会の現代を追うノンフィクション。 -
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ネタバレ2012/9/9-0750AM
ロンドン警視庁に緊急通報が入る。
ロンドン西部、リッチモンド・アポン・テムズ区、モートレイクのポートマン通りに人が倒れて死んでいるように見える、とのこと。
普段は静かな住宅街に、多くの警察官が集まり、現場での捜査が始まった。
しばらくすると、警察官は上空を気にし始めた。
現場はヒースロー空港から13キロ程度。
被害者は、どうやら現場上空で着陸のために車輪を出したとき、格納部から墜落したようだと考えられた。
身元確認などで捜査は難航するが、次第に状況が明らかになってゆく。
亡くなったのはモザンビーク出身の男性、ジョゼ・マタダ。
死亡した日はマタダの26歳の誕生日だった。
おりしも事件の日はロンドンパラリンピックの閉会式。
世界が一つにまとまり、スポーツの祭典が大団円を迎えるその日に、アフリカから逃げ出してきた一人の若者が息を引き取った。
「未だに、世界には命の危険を冒してでも、海を渡る事を熱望する人がいる。彼らが、命と引き替えにしてまでも手に入れたいものとは何なのだろう」(p.27)
集団として“移民問題”を論じるのではなく、今回の事件について、一人の男性の生涯を取材することで、社会の不平等な実態を暴くドキュメント。
「慎重な性格だった」と家族が語る男性が、飛行機の車輪の格納庫でヨーロッパを目指すなどという無謀な行動に出たその理由について、ともに考えられる作品。 -
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ヒースロー空港の直前で着陸態勢に入ったアンゴラからのBA便の主脚格納部から墜落して死亡した26歳の男の人生を追うノンフィクション。主題はアフリカ人がアフリカ人を奴隷のように扱う現状と、行政の不正、絶対的な貧困なんだけど、僕が興味を持ったのは、その男性が欧州を目指すことになった要因の一つとなった女性の人生。実はこちらも凄まじい。
女性は82年生まれ。父親は英国人で母親はスイス人。母方は祖母がブラジル人で祖父がドイツ人。国籍はスイスとドイツで、望めばイギリス国籍もすぐに取れる。日常的に母親のフランス語、父親の英語、祖父母のポルトガル語とドイツ語に囲まれて育った。2歳の頃から家族でサハラ砂漠に渡り、ランドクルーザーで移動しながら、モロッコ、アルジェリア、モーリタニア、マリ、ニジュール、ナイジェリア、カメルーン、チャド、中央アフリカと行く先々で車を止めてテントを張った。そのように7歳まで暮らした。その後高校まではジュネープにある、国連の機関に働く人たちの子女が通う国際学校で教育を受ける。高校在学中にカメルーン出身で富豪、2歳年長の同じ高校の男性と結婚。18歳でイスラム教に改宗。そのあと同居することもなく、高校を卒業してイギリスの大学で学ぶ。2008年に南ア、ケープタウンの豪邸で一緒に住むようになるが、まるで幽閉されているような生活。ただ、お金の心配だけは無用であった。そこで、住み込みの庭師だった件の男性、墜落した男性と出会う。そして、二人でケープタンウの豪邸を脱出。男の故郷、モザンビークに逃げるが、資金もつき、路上での生活に。死の間際まで追い詰められて、母を頼って一人ベルリンへ。そこで生活を立て直して、ジューネーブへ再び。カメルーン人の夫と正式に離婚して、今はガンビア人の夫と暮らしている。
いやはや、こんな人生もあるんだ。何々人とか、国籍は何々・・とか、そんなことを完全に超越している。こんなふうに、いずれ地球人になっていくのかなー、と感じたのであった。 -
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貧困のため、小学校にほぼ行かず65歳まで読み書きができずにいた「西畑保」さんの実話。
貧困なゆえに学校でいじめられ、さらに片道で3時間。冬は日が昇るのが遅いので行けず…小学校は2年も行かずに不登校になってしまった子どもの頃。
仕事にも支障をきたし文字から怯えながら生きていた…ずっとこのまま結婚もできずに孤独に生きてくのだと思っていた矢先にお見合いをすることに。
そこで出会った運命の人。「皎子」さん。
皎子にも打ち明けることができず怯えて過ごす日々…
子どもの出生届けも自分で書けない…
選挙も行くけど白紙…
2000年に夜間中学に入学して文字を覚え、奥さんにラブレターを書く。
2000年なんて、最近といえば最近。その時代に読み書きができない人が日本にいたのは衝撃的。
本当、よく生きてきたよな…
でもお姉ちゃんもいたんだし学校に行かなくても教えてもらうことはできなかったのか…悔しい思いから自発的に学習することはなかったのか…ちょっとモヤってしまった。 -
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100年以上の年月をかけて完成した『中世ラテン語辞書』。自分が生きている間には出来上がらない辞書に時間と精力を注ぎ込んだ人たちの営みから、「人間の働く意味」を追ったノンフィクション。
今はネットで何でもすぐ繋がるし、調べるとすぐに見つかる。
利益を追い求め、結果を出すことに執着する。
しかし、市場経済では計れない価値が芸術や文化の世界にはあること、ゆっくりと少しづつ人々が作り上げてきたものの中には、数字では計れない重要性があることを教えてくれる。
中世ラテン語は話し言葉としては既に死んでいる言語だが、その言語を正確に残して後世に残して学ぶ意義。
日本にとっては漢文。
四十年くらい前までは、日本の企業経営者や政治家に漢文の素養がある人が少なくなかった。
漢文を習得することは言葉としての漢文を理解するだけを意味しない。思想や哲学、宗教、歴史を知り、漢文を通して脈々と受け継がれてきた思考や生活習慣を学ぶ。
目の前の価値だけを追い求めず、深く物事を感じていきたいと思えました。 -
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小学校にほどんど通うことなく、読み書きができないまま大人になった西畑保さんの実話。
料理人として社会には出れたけれど、読み書きができないことをずっと引け目に感じていた西畑さん。優しい皎子さんと結婚して、その後夜間中学で読み書きを習得する。
前半の人生はしんど過ぎて、本当につらかっただろうな。と思う反面、遅れてもいいからなぜ自分で読み書きを勉強しなかったんだろう?という疑問も持ってしまって。読み進めていくうちに、それがどんなに大変なのかがわかった。鉛筆を持つことも字を書くという行為も私たちが考える以上にハードルが高いのだね。読み書きができないことへの世間の冷たさは容易に想像できます。
西畑さんにとって皎子さんは人生を照らしてくれて天使のような存在だね。西畑さんの気持ちに寄り添い、常に尊重と尊敬の念を持っていて、本当にできた人。そして西畑さんも素直でまっすぐなお人柄。夜間中学で楽しそうに学びどんどん吸収していく姿に、人はいくつになっても挑戦できるものなのだなぁと励まされました。 -
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女子柔道の母がユダヤ系アメリカ人とは!
当然、日本人の女性が先頭になってその確立に尽力したのかと勝手に思っていました。
大柄なあり余る体力を若い頃は非行に走ったことも逮捕·留置されたこともあるが、柔道に出会ってからその魅力に取り憑かれ、女子柔道の世界選手権やオリンピックの競技化に道を拓いた外国人が居たなんて全く知りませんでした。
名誉や地位、金銭に淡泊でただ一途に柔道取り組んだラスティ、骨髄癌で82才でなくなるもその功績に晩年日本から叙勲を受けたり、再婚の相手である日本人の柔道家鹿子木氏との幸せな私生活もあったことが幸いです。
勝利のみを競わず、人間的成長、精神修養を重視する日本柔道に心を動かしたラスティ、日本柔道の精神がこれからも世界に広がることを期待したいと思います。