童門冬二のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2025.5.31
題名の通りの内容を、経験を基に著されている。五十歳以降の日々を有意義で、実りあるものにするためには『学び』が有効な方法であるとし、未知なものではなく既知なものから探すことを提案している。
また、都庁勤務時代の経験からたくさんの事を教えてくれています。
・よく『時間がない』という人がいますが、それは怠け心が言わせている言い訳に過ぎないことが大半です。たいていの『時間がない』は、『時間を作る気がない』と同義語なのです。時間は『ある、ない』ではなく『その事をやる気があるか、ないか』の事なのです。
・人に動かされ組織に埋没するのではなく、できる事なら人を動かし、組織を束ねられる主体性、自立性を有した『なら』的組織人であれ -
Posted by ブクログ
自分の歴史観を持つという事は、つくづく重要な事だと感じる。沢山の歴史を書籍で読んできて、学校の授業でも学んだりして、単に過去の出来事として記憶するのと、そこからどの様な教訓を得るか、自分ならどうしたかを考える事は全く違う。多くの書籍を読んでいると、書いた人物、書かれた時代によって内容が異なっている事は多くある。時代が進めば新しい発見や説を唱える者も出てくる。何を参考にしたか、見聞きしたかで、だいぶ捉え方も変わっているのがよく分かる。良い例かどうかは判らないが、次々とバージョンアップされる歴史ゲームでは、登場人物(武将)のステータスはコロコロ変わる。新しい文献や大河ドラマの様なものの影響を受ける=ゲーム制作者が新しい事実を知る事で、能力値を変えている様だ。ある特定の人物を見るだけでも、次々と変わっていくのを見て、その理由を調べたり確認するのは楽しい。何より歴史を見るときの大前提に、全てが過去の事であり、時間の経過次第では、事実がどうだったのか「判らない」割合は高くなるはずだ。また、何を成し遂げたかによっても文献の量や質は大きく変わるはずだから、歴史とは想像の世界から抜け出す事はない。あくまで見聞きした人が考える空間だ。
私も学生時代から歴史は好きだし、若い頃は戦国時代を扱ったゲームをよくプレイしたものだ。プレイするのが好きだったのはもちろんだが、その武将の物語を追うのがもっと好きだった。そして読書にものめり込んでいた。
そうして沢山の本を読んできて感じるのは、自分なりの歴史観、まさにそれに尽きる。自分が知る知識の範囲で捉えた人物像と、他者のそれは確実に異なる。頭の中でイメージした風貌、顔立ち、背の高さなどは絶対に異なるはずだ。また、それは前述した様に、自分の中でも変わっていく。この、答えが一つでない所、想像次第でいくらでも膨らませる事ができるのが、歴史の面白さに他ならない。
そして歴史の面白さの一つに、今の時代に照らし合わせる答え合わせができることも挙げられる。筆者は「歴史は繰り返さない」という。これには私の見解は必ずしもそうではなく、勿論、時代や人間や社会が違うので全く同じ事がなくて新しい歴史という事=完全に同じ事の繰り返しではない、というのは間違いない。ただ「似た様な経緯を辿る」事は沢山ある。寧ろ歴史を知れば知るほど、これって、あの時代のこの状況にそっくり、という事の方が多い。その意味で「大枠では繰り返す」というのが私の考えだ。稀に歴史の再現か!と叫びたくなるほどそっくりな出来事だってある。その際も、頭に描いた歴史側が必ずしもそうだったとは言えない事は確かなのだが。
そうして似た様な状況をまるでパズルを解くかの様に当てはめてみて、その後どうなるか予想する、照合するのは歴史の楽しみ方として外せない。これは本書冒頭に書かれている「飛耳長目」にもつながるのではないだろうか。遠く(地理的にも時間的にも)で起きた事を敏感に捉えて、自分(現代のこと、今直面する状況)のこととして考える感覚そのものだ。
これが本書に登場する沢山の一流と呼ばれる人物の、生き方、考え方、行動と結果を見ていく事で、自分の今後の人生の参考にしていく、本書の楽しみ方だと感じる。
だから歴史を読むのをやめられない。