久石譲のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最初は二人の哲学的な話で難しかった。ですが、全て読み終えてとても面白かった。
特に印象に残った言葉は、人生は1つの作品作りであるという言葉だ。久石さんの音楽は始まって盛り上がり終わる。それが人生と同じことである。
自分の1つの人生という作品を作るにあたってゴールを定めることなく追い求め続けることが大切だなという風に思った。
改めてこの時代をどう生きていくのか、どう考えてどう?乗り越えていくのかと考えさせられる1冊だったらと思う
もう1つ印象に残ってるのは
共鳴共感共同体、をやり続けるでなく、そこには社会との共鳴だったり、1つのコミュニティの中の共同体があり、その中のつながりをどう作りどうこう構築しているのか?、やっぱりその中で登山というのは改めて素晴らしいスポーツだと思った。
あと、音楽は論理的で決まった音符の数の中で作り上げていくものである。これまでの経験とによってひらめきが出てくるが、そのひらめきを掴むこともまた実力。そこから広げていくのもまた経験。
与えられた壁課題するよう、乗り越え面白がる力知るということ、新しいことを知るということの無上の喜び。 -
Posted by ブクログ
・何かを発明発見する人には、偶然を捕まえる能力が必要。
・特に若い人たちを見ていると、言葉が何かを表現するもの、伝えるためのものではなくて、自分を慰めるものになっている。
・真っ赤な嘘であることを保証されたものは人の心をつかむ。
教会と劇場。
・どうやって嘘をつくかの大前提がしっかりしているかしてないかがフィクションの基本。
・人と動物の違いは合わせることができるか。
・相手の立場に立つことができるから、合わせることができる。
・全然違う分野であって、相互に話し合いをしているはずもないけど、そこになにか時代との共鳴感が通奏低音の様に流れている。
いい創作とはそういうものではないかという気がする。
・宮崎さんも村上さんも、今という時代に寄り添って普遍的なものを探している。
・古典は共感性が強く、普遍性がある。
・オリジナリティは新しい共感を発見すること。
・俺の一生は俺の作品
・芸術とは、ある分野で、1つの何かをとことんまで突き詰めたときのありようを示してくれている。
自分の一生を重ねられるから、託せるから価値があった。
生きている意味を感じられた。
自分の生きる意味を神に預けられたら楽だが、皆怠けてしまう。
・第三者が人生という人の作品に手を加えてはならない。
・「ああすればこうする」的思考が現代の問題の根幹。
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Posted by ブクログ
リズムの良い文章ですらすらっと読めてしまうが、話の内容は奥深い。
「見て感動するより、聴いて感動する方がよっぽど多い」に最初はそうだっけ?と思ったが、耳が持つ「遠心性」と「求心性」で映画なんかでもグッとそこに惹きつけられるし、歌を聞いてるだけで泣けることもあるなぁ、と。
巨匠2人の深い知見や様々な経験から見える世界をお聞きするだけでも面白かったが、「根本的に人と人が理解するのは『共鳴』だけ」というフレーズはとても腑に落ちて、自分がああ、これだな、というときには聞いた言葉からどんどんイメージが立ち上がっていく感覚があるので、それこそが、共鳴=響き合うなんだろうなぁと改めて認識した一冊。
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Posted by ブクログ
想像力の源である感性、その土台になっているのは、自分の中の知識や経験の蓄積。サロンストックを絶対量を増やしていくことが、自分のキャパシティ需要力を広げることにつながる。
言葉はあだけでは意味をなさない。ありがとう。とつられることで初めて意味を持つ。本も文字、言葉、文章、そして文脈の連続性のもとに書かれる音楽も同じですし、映画も1個1個の映像のシーンが連なることで意味を持つ。つまり、音楽も文学も映画なども時間の経過の上で成り立っているものは論理的構造を持っている。それに比べて、絵は作品が表現するものが見た。瞬間にわかる瞬時に世界表現できる。力上がる。時間の経過は伴わない分、論理的なものより感覚に直に訴える。だから、絵の人は考え方や行動においても感覚的なものが突出する面が強いらしい
何でも宮崎さんの映画音楽を作らせてもらっていれば、1度でもつまらない。仕事をしたら、次に僕に声かからないことは知っている。いつもそういう切羽詰まった気持ちで引き受けている。毎回が真剣勝負苦しいのだが、この市場の喜びが全てを救ってくれるのである
物を作る人間に必要なのは自分の作品に対してのこだわり、独善に陥らないバランス感覚。そしてタフな精神力この3つである。どれが欠けてもうまくいかない。
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プロフェッショナリズムの本だこれ!この本もプロジェクト開始毎に読み直す
・いい仕事であるかどうかの評価を下すのは発注者であり世の中の需要
・その時々の自分の限界まで行ききり、行ききった先に何か新しい魅力が待っている
・自分が興奮できないようなものではダメ
・物事には時勢の流れが有る
・いかに多くのものを観て、聴いて、読んでいるかが大切
・自分を客観的に見ることに努める、第三者のように冷めた目線で客観的に構えている自分が自身にアドバイスをする
・自身がおかしたミスをまず認める、そして即座に気持ちを立て直す
・原因は必ず自分の中にある
・仕事はまず核心を突く、一番大事なところからやる
・楽な人生などない、みんな何かしら人知れず苦労している、だから自分から進んで苦労する必要はない
・苦労自慢をする人には自分を冷静に見つめる第三の脳、客観視能力がない、知性を感じない
・幅を広げたかったら知性を磨き、修羅場をくぐり抜ける
・沈黙の間を恐れない -
Posted by ブクログ
ネタバレ「バカの壁」の作者 養老孟司さんと、
ご存知、宮崎アニメや「おくりびと」の作曲をした 久石譲さんが
耳、音、聴覚をキーワードに、語り合う対談です。
考えただけで、わくわくする方同士の対談!
いや~、一気に読んでしまいました。
「なぜ人は音楽で感動するのか」など
人間が音楽を美しいと感じるメカニズムについて徹底的に語り合っています。
久石さんが音楽について感じていることを語ると、それは人間の脳がこんな風に働くから
音に対してそう感じるんだね~と養老さんがメカニズムを解説する。
そして、最終的には聴覚の持つ神秘の力を問い正す。
面白くないわけがない!というのが感想です(笑)
例えば、映画音楽の第一人者、久石さんが素朴な疑問としてあげているのが、
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映画に音楽をのせる際、厳密に映像に合わせて音楽をつけると、映像より音楽の方が先に聞こえてくるという現象が起きるということ。
映像は光だから、普通に考えると音速より早いはずなのになぜ??
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それに対し、養老さんが
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ある見たもの、聞いたものに対して
脳の神経細胞が伝達して意識が発生するまでの時間が、視覚系と聴覚系では違う。
だからズレて聞こえる。
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という説明をします。
そして、
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その2つの神経は元来別々のものだから、根本的にはそれは当然こと。
それを一緒に組み合わせて考えているのは人間だけだ。
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などと、脳のメカニズムを解説するのです。
他には、久石さんが
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今の時代、目から入ってくる情報にものすごく依存度が高くなっている気がする。
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と言えば、
養老さんが
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意識を失った人が意識を取り戻す時も、最初に耳が回復し、次に目が開くのを考えると、
生きていくときに基本となるのは、目よりもむしろ耳ではないか。
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という意見を述べる。
音好きとしては、音についての対話というだけで興味わくものですが、
それプラス「へ~~、そうなのか~」ということも多い。
音への感覚(それも久石さんの研ぎ澄まされた感覚)に養老さんのメスが入るという感じでしょうか。
音好きな方に(特に理系の方 笑)
オススメな本です。
ちなみに、養老さんは音楽は基本「ながら聞き」らしいです。
仕事の邪魔にならないものが名曲らしいですよ(笑)
本当に集中しているときは聞こえない。
それでも思考の途中で、ふっと気持ちがよそへ行く、そういう時に聞こえてくる音楽が気持ちのいいものだといい。
「聴きなさい!」とばかりに何かを強く訴えかけてくるようなものだと
具合が悪い。
なーんて書いてありました。 -
Posted by ブクログ
耳に聞える音と目に見える景色は別物だということは、映像や音楽に係わる世界に身を置いたことのある者なら誰もが痛い目に逢わされて、痛切に思い知らされたことが何度となくあるだろう。
ところが、目からの情報と耳からの情報、この二つの異質な感覚を連合させたところにつくられたのが「言葉」であり、人間は「言葉」を持つことでこの二つの異なった「世界」を同じにしてしまうのだと言われると、思わずウーンと唸りたくなる。
なるほどという思いと、どこかおかしい、騙されているのではなかろうかという思いがないまぜになってくるのである。これは養老先生の話を聞いた時にしばしば起こる感慨であるが、それだけ刺激的であるということなのだろう。