久石譲のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
音楽系の小説も好きですが、現役音楽家のエッセイも音が流れてきて素敵です。
視覚と聴覚は聴覚の方が早く脳に情報伝達する。同時に見えて聞こえても音の方が早く聞こえたように感じるらしい。
主体という言葉は「自分の意思や判断によって、自ら責任を持って行動する態度や性質」と、もう一つ「違うものを同じものだと固定する機能」つまり「
寝る前の私」と「起きた私」明らかに別人なのに同一人物であるとするのはこの主体性。
「自分のゴルフが〜」など二十歳やそこらで選手が言っているが、君たちの世界はそんなにそこが浅いのかと言いたくなる。本来なら、「自分はまだ何も分からないが、練習してきたことを精一杯出し切って頑張る」って言うのでは?
内田樹 私家版・ユダヤ文化論 -
Posted by ブクログ
ジブリの音楽を始め、久石譲さんの音楽は好きだし心に響く。
そんな音楽がどうやって生まれたのか少しでも知れたらいいな、と思って読んでみた。
直感や感覚が大事だというのは、自分でも最近よく思う。
頭でごちゃごちゃ考えてやったことってうまくいかない。
ごちゃごちゃ考える時間もきっと必要なんだけど、最後の最後、決断する時は直感を信じてやれば、割とうまくいく。というか、どんな結果であれ、納得できる。
p45 〜中途半端な決断で道を選ぶと、途中で大変な試練があったときに、気持ちが挫けやすい。〜腑に落ちた道を進んでいかないと、苦労や失敗を背負い込む覚悟もできないものである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ解剖学者の養老孟司さんと音楽家の久石譲さんとの対談集です。
本書のタイトルや表紙、裏表紙そして帯に書かれている文章を読む限り、
これは音楽や聴覚についての対談の本だと思ってしまいがちですが、
読んでみるとそれだけではなく、
現代の社会の話や意識というものの話(これは聴覚もつながっている)
にも大分、時間を割いて(ページを割いて)話し合っておられる。
まず、序盤の養老さんの、クオリアの話からして目からうろこでした。
一つの言葉あって、それで表現したとたんにこぼれおちてしまうもの、質感、
それがクオリアだというのですが、
僕は20代の頃に音楽を作っていた時期がありますので、
その音楽の源泉としていたのがクオリアと名付けられるのだなと
やっとわかったようなところがありました。
また、音楽づくりの話でいえば、音楽というものの論理だけで
作ってしまえう音楽もあれば、エモーションやメッセージをモチーフとして
作られる音楽もある。後者は、それがいつ「降りてくる」かをまたなければならず、
前者の方法も使えないようだと音楽家としてはやっていけないみたいな話でした。
僕は、後者のタイプで、常に何かが「降りてくる」のを待ったり、無理に降ろしたり、
そうして音楽を作っていた。
これは、2年前に書いた小説もそう言うところがって、僕の創作に対する考え方っていうのは、
その方式しかありませんでしたし、それ以外は邪道なんじゃないかとすら考えていました。
それが違うんだなというのがわかって、今さらながら少し楽になったような気持ちがします。
本書の中での音楽の話でもっというと、売れる、売れないの話も興味深かったです。
売れる音楽というのは、共感性というものが強いから売れるのだといいます。
それで、共感性ばかりが強ければいいのかといえば、それは作り手としても、芸術作品という
観点からしても、そうではないんじゃないかと、久石さんも養老さんも疑問を持っています。
僕もこの意見には賛成で、共感性だけではなしに先見性や説明的なものや新しい概念が含まれているほうが、
たとえ売れなくたって価値は高いと思いますし、大体、売れるものだから価値が高いかと言えば
そうじゃないでしょう。
よく売れる安いハンバーガーがあったとして、その価値は否定しませんが、
それに至高(あるいはその近辺)の価値があるとはいえないのに近いような気がしました。
本書には、クラシックのどうどうどうたらの曲が素晴らしいとかそういうスノッブ的な
話はほぼありませんので、音楽というものに興味があり、社会一般にも興味がある人には
向いていると言えるでしょう。養老さんファン、久石さんファンは是非。 -
Posted by ブクログ
以前、人はふつう物事を考えるときに言葉を使うが、作曲家のようないわゆる芸術家と呼ばれる人たちは何を使って考えるのだろうかと疑問を持ったことがある。この本を読み自分が感じたところによれば、その疑問への回答は、やはり言葉を使って考えているということだった。
曲というものを部分に分解し、それぞれの構成要素に何を使って、全体をどう組み立てるか。こういったものを作る基本的な考えが、作曲であっても使われると知ることができた。いいものを作る人は、やはり何かしらの論理構造や根拠にしたがって構成を考えアウトプットを出している。すべてが直感で作られてなぜそのアウトプットを出せたのか言葉で表現できない、なんてことはないのである。
あと印象に残るのは、一流と呼ばれる人たちは、一定の期間内で価値あるアウトプットを常に出し続けられる人たちだということだ。むしろ一生の時間をかけて、一つの価値あるものを作ることはたいていの人にはできるのだ。その認識にプロの意識を感じた。 -
Posted by ブクログ
養老さんはクラシックをよく聴くそうです。モーツァルトが好きだそうです。理由は邪魔しないからだそうです。いかにも聴いてくれと言う音楽は好きじゃないらしいです。俺は常々モーツァルトのいいところは邪魔しないところだと思ってたんですが、まさか同じ感想を持つ人がいるとはね。どうりでこの人の言っていることが妙に納得出来るわけです。多分物事をまっすぐ、世間と同じ角度から見てないんでしょう。一度テレビでも言ってました。「私は、まずハイって言わない」みたいなことを。これをその辺の天の邪鬼がやってるのと同じレベルで見られるとアレですが、大事なことです。本の中身でも触れていますが、目は見るため耳は聞く為についてます、当然ですけど。でもって、それぞれは違う解釈をする為に存在してると言ってます。耳で考えると言うことは、目で見た情報を処理して考えることとは又違うわけですね。
しかし、この人の本はいっぱい書店に並んでますが、だいたいどこかで田舎暮らしと虫に触れています。そして、人にとって大事なことが多く含まれています。是非読んでみてください。