加来耕三のレビュー一覧
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戦国時代の武将、立花宗茂の評伝。立花宗茂の祖父の時代から宗茂が亡くなるまでの生涯を紹介する。
立花宗茂は、九州筑後の武将で幼い頃から武士としての教育を受け、戦で一度も負けたことがないという戦国時代最強の武士だったというのが著者の主張。日本史に残る戦として、薩摩の島津軍の侵攻を迎え撃ち、朝鮮出兵での目覚ましい活躍、関ヶ原の戦の知略など、戦況の把握及び臨機応変に対応する能力が抜けていたようだ。しかも、ほぼすべての戦で相手よりも少人数の手勢で戦った。劣勢の戦力であっても勇猛果敢で強い精神力、周りからの信頼も厚かったことで、常に一目置かれる人物だったようだ。著者の宗茂愛が 感じられるけれど、少々褒めすぎのような気もする。歴史の解釈は、後世の見方考え方に左右されるが、著者のような愛で語られると少し疑問もある。 この本も様々な史料をベースとして語っているけれど、本文の1/3ぐらいは著者の推測や創作のような気がした。
自分は福岡県在住で、宗茂の一族が活躍した地域が身近にあり(父の高橋紹運の墓もある)、周辺の地理歴史については大体知っていたので、面白く読み進めたけれど、土地勘が無く初めて読む人には少し分かりにくいと思う。この本には写真は数枚掲載されているが、地図や年表、家系図などの図表が全くなく、言葉だけの説明では理解が難しい。人物が多くて名前も覚えられないので、少なくとも宗茂の関係ぐらいは、図表を使って整理して欲しかったと思う。また書面の都合なのか、盛り沢山だった父の時代の話に比べて、宗茂の後半生の説明がしょぼかったのがやや残念。 -
Posted by ブクログ
■きっかけ
悪党・楠木正成って足利高氏と後醍醐天皇とどうゆう関係か気になった。ジャンプで連載している逃げ上手の若君の北条時行との関係も気になる
■本の内容
- 全般的に何が起こってるかわかりずらい。No69/131で北条高時が足利高氏に後醍醐天皇を討つように命じるが。楠木正成の配下が「高氏は京都に向かって進軍している」と伝えると、なぜか「高氏どのがこちらについたか」と楠木が言う。どうゆうこと??
- 最後に解説があるが、むしろこれだけでよくわかる。
■鎌倉幕府滅亡
- 1331年。最初は「北条高時・足利高氏・新田義貞」VS「後醍醐天皇・楠木正成」の構図
- 吉野の大塔宮護良親王(おおとうのもりよししんのう)と、千早城の楠木正成に別れた。
- 難攻不落の千早城の情報と、そこに隠岐から戻ってきた後醍醐天皇の綸旨があり、新田義貞と足利高氏が謀反。
- 1333年。「北条高時」VS「足利高氏・新田義貞・後醍醐天皇・楠木正成」の構図。足利高氏は六波羅探題を攻め、上野国(こうずけのくに)に戻ってきた新田義貞は北条高時を追い詰めた(高時は自殺)
- この褒美で高氏は、天皇の字をもらい、尊氏となった。
■建武の新政
- 1335年「足利尊氏」VS「新田義貞・(後醍醐天皇の命)」。新田は敗北、京都に逃げ帰る。
- 1335年「足利尊氏」VS「楠木正成」。尊氏は九州まで逃げるが、九州の武士をまとめる
- 1336年湊川の戦いで足利尊氏にやぶれる。
■感想
- 楠木正成の本当の所が知りたい。太平記や戦後教育の影響を受けていない楠木正成が知りたい
- 北条時行の活躍もっとみたい。 -
ネタバレ 購入済み
史実なのか伝説なのか怪しい名刀についてのよもやま話より、刀自体の技術史、武器としての技法史的な部分が面白かったので、そっちの分量をもっと多くしてほしかった。
合戦における日本刀の有用性(致死率)が石つぶてにすら劣っていたというのはちょっと驚き。