小野寺健のレビュー一覧
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「1984」で有名なジョージオーウェルによる、底辺生活の体験ルポである。彼自身はアッパークラスの出身で超名門イートン校を出ているエリートである。どういうわけか、パリとロンドンで、その日暮らしの肉体労働に就き、周りの様子などを克明につづっている。一部フェイクになっているようだが、当時の労働者の暮らしぶりを描く貴重な本らしい。
パリではホテルの厨房で皿洗いをした。地下の蒸し暑いところでの過酷な労働、パリの道や厨房の不衛生さが生々しい。なけなしの賃金は煙草を買うかパンを買うかの選択のようだ。ロンドンでフリーランスライターの仕事を見つけ移るが、そこでも浮浪者用宿泊施設を毎晩転々とする(1泊しか泊まれない)。なかなか強烈な体験だが、表現の端々にそこはかとなく気品がにじみ出てしまっている。
とても面白かった。 -
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この緻密で酷薄で、これほどに情熱的な物語を、1800年代というだいぶ前の、田舎に住む、おそらくは人生経験も限られた二十代の女性が完成させたとはとても信じられません。
まさに唯一無二と言ってよいでしょう。
そしてこの激しい作品を完成させた女性は、人生に挫折し若くして逝去した実兄の後を追うように、三十歳で亡くなりました。常に毅然とし、作品へのどのような評価も聞き流していたといいます。
天国の眠りとしての成就でなく、迷える魂となって再び荒野を駆け巡りたい。
そう断言した著者を、心から敬服します。
翻訳者も、心底疲れたとあとがきに書いていましたが、著者の強くどこまでも深い魂に触れた、本当によい翻訳でした。 -
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ジョージ・オーウェルが何を思い描き「動物農場」や「1984」を綴ったか、そして彼の生活を愛する様子がエッセイや手紙を通して語られている。
彼は意外にも愛しく思う女性と結ばれ、家庭を持ち、親しい友人と適度な頻度で文通していた。全体主義を文学的に批判する様子を見て、鋭い洞察力を磨き、鍛練に勤しんでいる、若干ではあるが冷徹な人であると思い込んでいた。
しかし、本書を読み終えて、彼もイギリスで貧しいながらも執筆を積み重ね、また、その中で戦争や貧困、ファシズムを経験し、苦労の末に書き上げた一作なのだと理解することができた。
文学者の生涯を追いつつ、彼らの思いを想像するというのも粋な体験だなと思った。 -
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前半のパリでは、高級ホテル、高級レストランで働いていた筆者がその裏側のとんでもないカオスぶりを面白おかしく描き出す。人物描写が巧みで、活気にあふれた破茶滅茶な喧騒があたかも目の前で起きているかのような臨場感。どんちゃん騒ぎのパリ、ちょっとみてみたい。
後半のロンドンは、浮浪者に身を窶した筆者の、まさしく放浪記である。魅力ある浮浪者仲間の生き様はときに明るく読める瞬間もあるが、根本的にはイギリスの制度上の問題や大衆の意識について、鋭い疑問を投げかけている。
ブレイディみかこ氏の「労働者階級の反乱-地べたからみた英国EU離脱-」でも似たようなことが述べられていた点は非常に面白い。
本書は約100年も昔に書かれたものにも関わらず、Brexitを引き起こしたイギリスの問題の本質について警鐘を鳴らしていたのである。
(というか100年あっても人間の性質なんてほとんど変わらないのだとも言える)
大衆、いわゆる一般市民と自負する人々の視点からは、”彼ら”(=浮浪者、失業者たち)は労働意欲がなく、酒ばかり飲んで、ときには暴力を振るう危険で野蛮な奴ら、というレッテルを貼って別人種だとみなされる風潮がある。自分も一歩踏み外せば失業して同じような生活になる可能性があるにも関わらず、意識の上では社会階層が完全に分断されているようだ。
オーウェルが指摘したこの分断意識の問題は、100年後のBrexitの国民投票において、”見捨てられた人々の反逆”として形に現れた。
イギリスだけじゃなく日本、というか世界中で分断が進む現代においては絶対読んでおくべき本。社会の一員として、この問題を”自分ごと”だと意識するための重要な視座を与えてくれる。 -
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言わずと知れた『動物農場』『1984年』の著者、ジョージ・オーウェルのエッセイ!どんな人なのかと思ったら、回顧主義者のちょっとメンドクサイおっさんで、食器洗いに苦心している庶民的なところもあり、全文通して真面目な文体なのにめっちゃ面白い人だった(interestingというよりfunny)!
第2部の『ジュラ島便り』はジョージ・オーウェルが知人にあてた書簡をとりまとめたものなのだけど、この時に、あの『1984年』を書いていたんだなぁ、と思うと不思議な感じです。この手紙を書いた2、3年後には亡くなってるんですよね。人生は短い。
もし、ジョージ・オーウェルが現代に蘇ったら、私なら間違いなく、いの一番に彼に食洗機を見せる!! -
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『屋根裏部屋の一つには、仮装舞踏会で履くようなアメリカ向けのけばけばしい靴を作っている、ブルガリア人の学生がいた。この学生は六時から十二時までベッドの上にすわりこんで十二足の靴をつくり、三十五フラン稼いだ。そして、あとの時間はソルボンヌの講義に出るのだった』
ジョージ・オーウェルといえば「1984」で、全体主義を揶揄するディストピア小説ということになるのだろうけれど、近未来として描かれたその年は既に過去の時となり、危惧されていた第三次世界大戦も起こらず、現実の世の中はオーウェルが極端に描いて見せた世界とは異なっている。しかしそこに描かれた人々の暮らしは、実のところ絵空事ではなく、少しだけ見方を変えれば直ぐにでも現実味を帯びて迫ってくるもの。それどころか、1930年代に紀行文として書かれたこの「パリ・ロンドン放浪記」で炙り出された貧困層の生活からは、世間という大きな機構の中にがんじがらめに絡め捕られてマトリックスの中で生きるしかない仕組みが透けて見えて来る。
興味深いのは労働党の、煎じ詰めれば社会主義の、支持者であったオーウェルが、そのイデオロギーが容易に行きつく先であろう全体主義を否定していること。オーウェルがどのような社会主義の善良なる世界を夢想していたかは理解していないけれど、本書の中で吐露される社会観は、既存の社会制度の歪を凶弾しより良い仕組みがあるのではないかと問い掛けているように読める(例えば、何故イギリスでは放浪者が放浪し続けなければならないのかを問うくだり、など)。ただし、本書はそのような提言が主題ではなく、優れたルポルタージュ文学作品として認識されているようだ。
確かに、公務員の職を辞して執筆活動に専念するため自ら不自由な暮らしに飛び込んでいったとは言え、行き着いた貧困の境遇について自己憐憫の泣き言を書き連ねることはない。むしろ貧乏生活を分かち合う人々との交流を楽しんでいるような(特にパリ編は、まるでほら吹き男爵の冒険譚のような)雰囲気すら感じさせる文章は読んでいて楽しい。もちろん、きらびやかな表舞台の裏側で人々が目を逸らしたくなるようなおぞましい、だがそこで生きる人々にとっては当たり前過ぎる現実の世界が存在することもきっちり描いていて、その意味では後年「1984」のような社会の歪をディストピアとして描き出すような作家の視点は既にあったのだとも言えるのかも知れない。
パリの市井にどっぷりと浸かって生活していたとはいえ、やはりフランスがどこまでも異国であったのとは異なり、イギリスへ戻ってからの放浪生活の描写には社会的な矛盾に対する憤りのようなニュアンスが所々で顔を出す。野に在ってもジェントルマンとして社会的責任を感じるよう育ったパブリックスクール出身者の矜持のようなものが疼くのだろうか。翻訳者はその部分は「無くもがな」とするけれど、むしろその部分が肝心なようにも思うのだが。
『物乞いの暮らしと、世間的に体裁のいい生活を送っている無数の人びとのそれとのあいだには、何ら「本質的な」相違などありはしない。物乞いは働かないと言っても、では、「働く」とはどういうことなのか? 土工はつるはしを振るって働く。会計士は計算をして働く。物乞いは晴雨にかかわらず戸外に立ち、静脈瘤や気管支炎になりながら働いているのだ』 -
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『1984年』、『動物農場』と、政治思想を前面に押し出した作品を書いた著者が、どのような旅の記録をまとめるのかと身構えつつ読んでみたけれど、これは面白い……。
いえ、面白いと言ってはいけないのかも。
パリとロンドンでの浮浪者生活を描いたものなのだから。
パリでは道端で人が死んでも驚かないほど無気力な窮乏生活を送り、皿洗いの仕事を得る。
食堂の裏側のおぞましいほどに不潔で、ちょっとおかしな話を読み、外食はしたくないと思わせられた。
英国では仕事が得られず各種の収容所を巡る。
その実体験を通じて、浮浪者は特別な存在でないと論じる箇所は説得力があった。
他のルポルタージュも読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
オーウェルといえば1984や動物農場などの作品のイメージが強いけれど、このエッセイを読んで彼に対する印象が大きく変わった。特に1章の食事や日常生活に関する内容がとても面白い。電車の中で笑いをこらえてしまうようなところさえあった。筆者が言うには、おいしい紅茶を入れるには11点もの譲れない条件があるらしいし、理想のパブの条件をすべて満たすパブは実在しないらしい。
私がこの本をこれだけ面白く読めたのは、日本語訳がまた実に良いものだったからというのもあると思う。たいていの翻訳ものは、読んでいて何を言っているかわからなかったり、ジョークが通じなくなっていたり、「本当に原文でこんなこと言ってるのか?」と思えるようなところがあったりするものだけれど、この本についてはそういう点が全くなく、終始とてもリズム良く楽しく読むことができた。一見とても真面目そうな雰囲気の文体なのに、実はものすごく面白いことを言っていたりして、そのギャップで余計に笑わされた。翻訳されることによって作品がより良いものになるという好例!
個人的には「クリスマスの食事」がとても面白くて、笑いたい気分のときに何度も読み返している。