小野寺健のレビュー一覧
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キャサリンとヒースクリフは互いに罵り合い、リスペクトのかけらも感じない関係性。
しかしお互いがなくてはならない存在で、男女の愛というよりは、魂の双子の愛、生き物として離れがたい愛で結びつけられている。
ネリー以外は、他社への虐めや軽蔑、憎悪を隠そうともしない登場人物ばかりで、
もっと人に寛容になろうよという気持ち。
キャサリンの癇癪持ちっぷりもひどい。
思い通りにならないも家政婦のネリーをつねりあげるなど
性格がとにかくよろしくない。
ヒースクリフを下男同然に扱うヒンドリーといい
他人にどう思われてもいいトランプ的なキャラクターが実に多くて
寄宿学校で育ち広い世界を知ったとは言えない
ブロンテがどうやってこんな苛烈な
人物たちを創造したのか不思議な気がする。 -
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結末としては救いのある終わり方だったが、物語の大部分はヒースクリフの非道な行動によって占められている。彼は自分の子どもに対しても愛情を示さず、復讐の手段として利用していた。その結果、リントンは全く幸福を得ることなく、物語の中でも特に痛ましい存在だった。
ヒースクリフの死後、キャサリンとヘアトンの関係は一気に幸せへと向かう。そのシーンがあまりにも突然で驚いたが、幸せそうでキラキラしていた。
終盤に描かれるヒースクリフとキャサリン(母)が丘のふもとに佇んでいるという描写にはなんだかホッとした。ヒースクリフがようやく心の安定を得てよかったなと思った。 -
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確か『わたしを離さないで』を読んだ時にも感じたことなのだが、ずーっと感じる不安感、不穏な感じがここにもある。
読んでいると次第に悦子が佐知子と重なってくる。
そして、バサっと終わってしまう。
池澤夏樹氏の解説がとてもいい。
「人間は互いに了解可能だという前提から出発するのが哲学であり、人間はやはりわかりあえないという結論に向かうのが文学である。」
「それでも、われわれは日本語でこれを読みながらでも、これがあくまでも英文学、むしろ英語文学の作品であることを忘れない方がいい。訳がいかに巧みで、会話が日本語としていかに滑らかに流れていても、登場するのがすべて日本人でも、これは日本文学ではない。」 -
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時代の移り変わりとそれが生む歪み。被害者というのは語感がやや強すぎるのだけれど、時代の流れに、パラダイム・シフトに晒され、翻弄された人々。その生き様。
メッセージを読み取るのが難しい作品だったけど、解説を読むと色々なことがしっくりくる感じがした。
佐知子と万里子、藤原さん、緒方さんという他人についての回想が全編を占めるにも関わらず、全ての要素が今の悦子に帰結していく点で、この物語の構成は爽快感すらある。イギリスへの移住と景子の自死、その詳細が語られることはほぼ無いのにも関わらず、回想とのシンクロ性が、悦子の人生に纏わり付く陰の輪郭をぐっと強めている。
集団的なトラウマ、というのがこの小説の主題を考える上でふと思いついた言葉。
しかし、三宅さんのYouTube解説、めちゃめちゃ参考になりました。「信用のならない語り手」ね。読み手に多くを託されている作品。
次は日の名残りを読みたいなー -
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1920〜30年代のパリ・ロンドンの最底辺の生活を描いたルポ
貧乏の酷さと汚さ、非人間的な労働環境などがリアルに書かれている。本当に酷い生活なんだけどどこか楽しそうにも見える。それは周りの人間の面白さだったり、人生に対する吹っ切れ方からくる。でも貧乏を肯定するわけではなく、社会の間違った構造や無駄な消費が、貧乏や非人間的な労働を生んでいるという指摘もしている。
貧困に生きる人々を愛おしく描きながら、その背景にある構造には厳しく批判を入れているのである。
パリとロンドンの違いも面白い。パリの方は取り繕うことが少ない、全員が自分のために勝手に生きているって感じ。あと出てくる人が多様。大陸だからなのか。
ホテルの仕事があまりにも忙しすぎて、仕事中に従業員同士で罵倒しあうけど、仕事が終わったら謝るっていうエピソードが良かった。
ロンドンは労働の場面があまりなく、職がなく救貧院をめぐって放浪する。ロンドンでは最底辺でもルールに縛られる。本当に最低限だが福祉があるゆえに、全く無益に放浪するだけの人がいる。
ボゾが星を見るところが良かった。
以下好きな部分メモ
p108
食べ物には高い金を払えば払うほど、それだけ余分な汗と唾をいっしょに食わされることになる。
p172
汚れというのはじつに人を選ぶものだ。いい服装をしているときには寄りつかないのに、襟からカラーが消えたとなると、とたんに四方八方から飛んでくる。
p246
慈善を受ける者は、必ずと言っていいほど、与えてくれる人間を憎むものだ
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カズオイシグロのデビュー作。
娘が自殺した女性が、過去の長崎での日々を回想する物語。とても面白いのだが、ストーリー展開的な面白さというより、登場人物たちの会話や、主人公の感覚に違和感を感じて先が気になる、そんな読み方をしたように思う。
読み終えたときに、佐和子は自分自身で、万里子は景子を投影してるのかなと感じたのだが、解説があったことでよりわかりやすくなった。解説を踏まえてもう一度読みたくなった。
どうして今、自分はこの記憶を思い出すのか?そんな視点を持って読むと、わかりやすくなると思う。語られないストーリー、語られない思いが多くあるけれど、何を見るのか、読者に託された余白の部分がイメージとして鮮やかで、いい意味でもやもやの残る小説。
とりあえずは素直に全部読むことを勧めたい。何かを信じることの痛々しさを、噛み合わない会話で表現するカズオイシグロ節が効いていてとても良かった。 -
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ネタバレカズオイシグロの信頼できない語り手はデビュー作から健在だった。信頼できなさでいったら今まで読んだ中でもトップ。
結局彼女の回想やこの物語は何を言いたいのか、
全てはぼんやりとしか見えないのだが、言葉にできない印象にあふれている。
戦前の価値観を引きずる「緒方」、典型的な昭和の親父の「二郎」。彼らは悦子にとっていつのまにか足にからまる縄のような存在だったのだろうか。佐知子の行動は悦子のイギリス行きに影響したのだろうか。佐知子と万里子はその後どうなったのだろうか。悦子は日本を棄てたことを後悔しているのだろうか。
新しい時代への希望、家父長制への怒り、敗戦国の人間のプライド、女性の自立、殺人
事実どのようなことがあったのかを考えてみると
イギリスに住んでいる語り手=悦子なのかどうかも怪しい。特に最後の稲佐に遊びに行った時にすでに景子は生まれていたかのような発言。万里子=景子、語り手=佐知子という可能性も考えられる。あるいは自分の中の美しい記憶と景子を結びつけるもの悲しい嘘か。
長崎での少女殺人事件で、女の子が木に吊るされているというイメージは何を表すのか。回想の最後でどうやら悦子は縄を持っているらしい、それを見た万里子は怯えたように逃げ出す。
悦子の娘、景子はのちに首吊り自殺をする。悦子は自身の渡英という決断が景子に与えた影響について悔いている。そしてブランコにのる女の子の夢。紐で吊られたものがおそらく揺れているだろう、かなり不吉なイメージの繰り返し。
長崎を回想する→佐知子という子供をかえりみない、ある種自分本位に行動していた女性を思い出す→自分も佐知子と同じように日本を出て、その結果景子を失う。そのことへの罪悪感→首吊り自殺の光景とブランコの夢。悦子は自分が思ってるよりも景子の自殺を受け止めきれていないのではないだろうか。
ミステリばっか読んでるせいで、事実関係にばかり気を取られてしまう。この作品に真実など必要ないのに。 -
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『ミス・サイゴン』だと思った。戦後の痛みと、混乱のなか、世の中が「変化」していくことを嘆き、もがく旧世代の緒方さん(=悦子の義父)と、「停滞」する日本にいてはいけないと信じて、アメリカへ渡ろうとする佐知子。やがて同じように、離婚を経てイギリスに移民した、悦子。佐知子も悦子も、子どもを連れて越境する。本作において、ヒロインたちはとにかく自分を時代の前へ前へ、駒を進めようとする。子どもを巻き込んで。
ミス・サイゴンでは、ヒロインのキムは我が子に未来を切り拓くため、自分の命を犠牲にして、我が子をアメリカに渡らせた。
何が人を越境させるんだろう。海を渡った先に、約束された未来、少なくとも今よりもいい未来があると盲信させるものは何だろう。
この国の家族の形は随分変わった。特に、女性の生き方は。海を渡った悦子の次女・ニキの今も含めて、家族の形と女性の生き方を考えた。映画を観ているような読書時間だった。
文末にカズオ・イシグロの名訳者小野寺健氏、池澤夏樹氏、そして三宅香帆氏の三者三様の充実した解説がある新版が、とてもよかった。 -
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オーウェルといえば政治的な要素を含む小説やエッセイのイメージだったので、食事や家事、流行りの音楽、洋服などの日常生活に関するエッセイが入っていると聞いて気になり購入。当時のイギリスの生活に密接した内容なので興味深かった。
本来のオーウェルの人柄がより伝わってくるような気がしたしTHEステレオタイプ的なイギリス人ってかんじの皮肉も聞いていて文章としてとても面白かった。
代表作が重い内容であるからこそ本人の人柄や価値観を知ることによって、その作品で何を伝えたいのかということがより分かりやすくなるような気がするのでこういうエッセイは好きです。 -
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ネタバレ読書期間 2025/2/5〜2025/2/7
面白かった!英文学の名作と言われるのがよくわかった
エドガーかヒースクリフかと言われたら私はヒースクリフ派だな。新しい世界を見せてくれそうだし、何しろ世界を敵に回しても愛してくれそうだし
主人公のロックウッド、勝手に押しかけたのに送って貰えずにキレるの図々しくて面白い。同級生が卒論で「ロックウッドは人付き合い嫌いと言いながら、ヒースクリフに興味津々で、人嫌いとは言えないのではないか」と言っていたのを思い出し、面白く読んでいた
正直登場人物はネリーとエドガー以外感情移入できる人はいなかったかなぁ。キャサリンはわがままで自分勝手だし、アーンショウはめちゃくちゃ暴力的な人だし、ヒースクリフも恐ろしいし、、っていう感じで
普通に、自分がエドガーの立場だったら奥さんにヒースクリフみたいな「元好きな人」が近づかれたらめちゃくちゃ嫌だもんな。キャサリンが一時の気の迷い?で結婚したせいで、ヒースクリフと二人で周囲を振り回してる感じ。でもいいよ、この相思相愛感私は好きだよ
語りの感じは引き込まれて、情景が頭に浮かぶ、とても良い語り。すぐに読み終わった
かの有名な”I am Heathcliff”のセリフを割と序盤で言っててびっくりした。
後半も楽しみ
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ネタバレタイトルだけは知っていた古典作品を読むシリーズ。身分の違いに引き裂かれた恋に対する復讐の裏で生き続ける純粋な愛の話。かもしれないし精神的に不安定な一族とそこに訪れる外部の人間との交わらない生の模様なのかもしれず、荒野に佇む幽霊の話なのかもしれない。多様な側面がある物語。
舞台となるヨークシャーの寒村にある嵐が丘、スラッシュクロス、アーンショウ家、リントン家と家の外からやってくるヒースクリフ、ネリーをはじめとした使用人達。そして訪問者のロックウッド。一人もまともな奴がいない。あえていうならネリーが常識人に近いと言えるか。そのネリーは単なる善良な平民ではなく、物語世界を解釈して語る物語の進行者である。
ネリーによって語られる物語は恐ろしくも哀しいヒースクリフの復讐劇とその背景にある何人も立ち入ることのできないヒースクリフとキャサリンの間の絆。本当にネリーの語る物語としてのヒースクリフとキャサリンの言葉の通りに絆が存在したのか。それはわからない。それでも幽霊としてロックウッドやそこに住む人たちに現れるのであればその思いは確かに存在したのだろう。そして荒野の墓地はまだその余韻を響かせている。