村上靖彦のレビュー一覧
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『客観性の落とし穴』は、科学や社会が「客観性」や「数値」を重視することで何を得て、何を失ってきたのかを問い直す本だった。最初に印象的だったのは、昔の自然科学のデッサンが目の前の個体を忠実に模写するのではなく、「自然の本性」を示す理想型を描いていたことだ。現代では数値や数式による客観化が重視されているが、かつては本質を抽出することこそ客観性だと考えられていたのが興味深い。
本書では、客観性が進み、数値や統計によって人間や社会が管理される構造が描かれる。デュルケーム社会学が社会を「客観的事実」として捉え、現代の指標社会につながっているという話は、現在の幸福度ランキングやジェンダーギャップ指数などにも通じていると感じた。一方で、仕事や教育、医療などで数値化できない価値が切り捨てられていることも実感する。成果だけでは測れない働きや、人それぞれの人生経験は確実に存在する。
後半では、数値化や客観性の枠組みからこぼれ落ちる人々の経験をどう扱うかが論じられる。現象学的な方法によって、統計ではなく個人の語りや経験そのものを描写する重要性が語られていた。インタビューの中で「普通」という言葉が人によって異なる意味を持っていたり、「たまに」「つねに」といった矛盾する言葉が混ざっていたりする点は、人間の経験の複雑さを感じさせた。
また、障害や外国籍の人など、社会の隙間に追いやられる人々への視線も印象的だった。ただ、自分としては、出生前診断や福祉の問題については、単純な優生思想というより、支える体制の不足の中での苦渋の判断という面も大きいのではないかと感じた。理念として「一人ひとりの声を尊重する社会」は理解できるが、実際にどう制度や社会を変えていくのかは最後までやや抽象的だった。
あとがきで語られる「競争」と「勤勉さ」に従順な社会という指摘も印象深い。SNSや自己啓発、成功者の発信によって、比較と努力の圧力は強まり、さらに生成AIの登場で競争相手は無限化しているように感じる。数字や客観性だけが真実ではないが、完全に捨てるのも不安がある。だからこそ、数値による把握と、個別の経験や感覚を両輪として考える必要があるのだろう。ただ、その両輪をどう社会の中で実現するのかは、とても難しい問題だと感じた。 -
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“自分の「能力」に自信がある人は、下駄を履かせてもらって恵まれていたことに気づいていない。親の経済力、教育環境、仲間の協力、家事をしてくれる妻、これらはすべて「能力」を嵩上げする「下駄」だ。僕自身も子どもの教育に投資することが可能な家で育ったから大学まで行けた。自分の仕事に集中できる環境も、僕自身の努力の成果ではない。”(p.24)
“「人様に迷惑をかけてしまう」という意識は、「ケアが不足している」のにSOSが聞き届けられない状態だ。(中略)「迷惑をかける」と思ったときにはケアが不足しているのであり、ケアを受け取る権利がある。”(p.65)
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なんかちょっと思っていたのと違った。客観性の落とし穴については1~3(4)章くらいで終わり、そこからはずっと経験の大切さを具体例から見ていく感じ。なかなか見れない「具体的」で「生々しい」経験の数々は興味深かった。
統計は客観的に確率を教え、そこから得られる知見も多い。しかし、得られるのはあくまで確率で、それを構成しているのは「社会」であり「生身の人間」である。生身の人間がする経験は、誰かに語り、自分で行動することでしか得られない。全てを統計で判断できると考えていると、「じぶん」というものが薄れていくのだと思った。
読んでいるうちに、この本に対してもっと「客観的」で「一般的」な結論としてまとめてくれないかなぁ、と自然と考えていた。冒頭から終わりまでそれが危ないと主張している本なのに。
本を読みながら考えるのではなく、本に書いてある(と思っている)答えを求めていたように感じた。気をつけよう。 -
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著者の言っていることには基本的に賛成だし立場も似ている気がするけれども、一冊の本としては、だいぶとっ散らかっている感じがする。たしかに書かれている内容は客観性の落とし穴なのだ。その穴に落ち続けると、どこに行き着いてしまうのかが書いてあるのだ。だけど、このオビだと、ひろゆきのような冷笑系の人々の煽りに対する返答が直接的に書いてあるのかと思ってしまい、それにしては随分遠回りだなあ、という読後感になってしまう。著者が研究する際の方法論である現象学やインタビューのススメみたいにも読めてしまう。オビが読み手をミスリードしている気がする。わたしだけミスリードされてるのかもしれないけど。
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ネタバレ『客観性の落とし穴』を読んで、客観的なデータや合理性ばかりを重視する社会が、少数派や弱い立場の人の実情を見落としやすいという指摘には納得できた。効率や数字を優先するあまり、人の個別の事情や感情が軽視されるリスクは現代社会の課題だと思う。
ただ、著者が強調する「一人ひとりの語りに耳を傾ける」ことは理想的ではあるが、現実的には時間や資源の制約もあり、全ての声を平等に拾うのは難しいという印象も受けた。現場の実情を考えると、なかなか実践が難しい部分もある。
だからこそ、客観的なデータや制度の整備と、個々の声を尊重する姿勢とのバランスをどう取るかが重要になる。この本は、「客観性」という言葉の裏にある問題点に気づかせてくれる良書だと感じた -
Posted by ブクログ
「客観性」。もはや神格化されていると言っても過言ではないこの言葉に警鐘を鳴らす1冊。
ものごとをどこまでも客観的に見ていくと、それは全て数値化・データ化されてしまう。
例えば、スギの木は花粉症の原因となりうる植物であるが、その花粉が原因で鼻がムズムズしたり目が痒くなったりなどの人間の「経験のダイナミズム」は、客観的に見れば無駄である、とされてしまうのだ。
そういった、「経験のダイナミズム」の重要性を今一度説き、昨今社会が抱えている問題解決の糸口を見つけていく。
正直、終盤の筆者の意見はなかなか理想論で実現は難しいと思ったが、面白い内容ではあった。 -
Posted by ブクログ
本書は
前半-客観性と序列化について
後半-客観性の対照となる個人の経験について
書かれているのだが、前半の客観性と序列化についての経緯や問題点には、大いに興味があり、納得できる部分も多かった。
科学によって、自然や人間でさえも数値化されてしまい、『正しい』とされることからズレることの難しさや、序列化による優劣の社会的な常識の息苦しさは感じるところがある。
後半の客観から排除された「個人の経験」に注目することについては、納得は出来るが現実的に人間の認知領域の限界により難しいのではないかと感じた。
ただ客観性が真理ではない、という考えは非常に重要であり、一人ひとりが客観性やエビデンスがあれば正しいのかを考えるべきだと思う。