村上靖彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
昨今話題のヤングケアラーについての一冊。実際に家族の介護や様々な体験をした人々のインタビューからヤングケアラー当事者がどのようなことに苦しみ、それに対してどのような支援を受けたことでその苦しみを乗り越えられたのか解析しながらヤングケアラー支援に必要なことを考察している。
精神科の専門家が書かれていることもあり、ド素人の私には時々難解な箇所もあったが全体的には非常に分かりやすく、またヤングケアラーの生々しいリアルが描かれていた本だと感じた。
「ヤングケアラー」と聞いて『ああ、両親が共働きで祖父母の介護や兄弟の面倒を見ている未成年のことだな』という認識しか私はこれまで持ってこなかった。
これも全てが間違いではないが、本書に紹介されているヤングケアラーは、例えば母子家庭で母親が覚醒剤を使用し、その母親のために日常生活もまともに送れなかった女性。寝たきりになってしまった母親に対して、過度に責任を感じ一人でずっと家族を背負おうとしてきた男性などが登場する。家族全員が聴覚障がいのある一家の中でただ一人健常者(コーダ)として生まれた女性の話は特に印象的だった。
家族が大変な時は皆で助け合うべきだ。もちろん、それも大事だ。しかし片親や親がいない、どこにも逃げ場のない状態の子どもにそれを求めることは間違っているように思う。幼い頃からヤングケアラーとなってしまった子どもは自身がそうであるとも気づけない。また家族から自立する手段もなく、孤立しやがて自身も鬱や精神的に追い詰められていってしまう。
本書で紹介されているヤングケアラー達は、過酷な状況下で苦しみながらも、親身に支えてくれたNPO法人の支援員の方や友人達などの協力でやがてまともな生活を手に入れて家族から自立していく。孤立した子どもを支援するためにはただ相談窓口を開いておけばよいのではなく、積極的に支援する場所とスタッフが重要なのだということが本書を読んでいてよくわかった。
家族というものは単純なものではない。改めて考えさせられる本でした。 -
Posted by ブクログ
研究者である筆者が、対人支援職(看護や福祉職の現場で働く人々)と接し、実際の現場を観察する中で学んだケアに関する本質についてが述べられている。
ケアとは病む人と共にある営みであって、コミュニケーションを絶やさない努力の重要性が本の中で、何度も綴られていた。
人は孤独の中では生きられない。だからこそコミュニケーションを取ろうと声をかけ続けることがその人の存在を支える力になる。
21世紀に生まれて発展してきたピアの文化(同じ立場のフラットな関係の人たちが語り合う場所)も、自分が孤独ではないことを確認する手段の一つであることが記されていた。
また、ケアする立場の人(ケアラー)が注意すべきこととして、当事者へ気持ちを押し付けることなく、同じ目線で考え寄り添うことが挙げられていた。
医療について知識がなくても読みやすく、支援職の方の具体的エピソードもたくさん盛り込まれているので、現場でのケアについて想像しやすかったように思う。
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Posted by ブクログ
虐待してしまう母を対象としたグループワーク「MY TREE」プログラムを取り上げた本。プログラムについては良く知っているつもりだったけれど、ファシリテーターの人たちの細やかな準備、配慮は想像以上だった。虐待に関しては加害者である母親たちはそれぞれ過酷な人生を歩んでいる。具体的なエピソードはこの本には出てこないけれど、それぞれが自分の被害的側面にも向き合いながら、ファシリテーターとグループの力で回復していくプロセスが描かれている。「人は変われる」「回復する力を持っている」と信じている人たちで作られた安全な場であるからこそ、自分のことも他人のことも信じられなかったところから少しずつ変わっていく。とても重いテーマなのに、すごく希望が感じられます。
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Posted by ブクログ
『客観性の落とし穴』は、科学や社会が「客観性」や「数値」を重視することで何を得て、何を失ってきたのかを問い直す本だった。最初に印象的だったのは、昔の自然科学のデッサンが目の前の個体を忠実に模写するのではなく、「自然の本性」を示す理想型を描いていたことだ。現代では数値や数式による客観化が重視されているが、かつては本質を抽出することこそ客観性だと考えられていたのが興味深い。
本書では、客観性が進み、数値や統計によって人間や社会が管理される構造が描かれる。デュルケーム社会学が社会を「客観的事実」として捉え、現代の指標社会につながっているという話は、現在の幸福度ランキングやジェンダーギャップ指数などにも通じていると感じた。一方で、仕事や教育、医療などで数値化できない価値が切り捨てられていることも実感する。成果だけでは測れない働きや、人それぞれの人生経験は確実に存在する。
後半では、数値化や客観性の枠組みからこぼれ落ちる人々の経験をどう扱うかが論じられる。現象学的な方法によって、統計ではなく個人の語りや経験そのものを描写する重要性が語られていた。インタビューの中で「普通」という言葉が人によって異なる意味を持っていたり、「たまに」「つねに」といった矛盾する言葉が混ざっていたりする点は、人間の経験の複雑さを感じさせた。
また、障害や外国籍の人など、社会の隙間に追いやられる人々への視線も印象的だった。ただ、自分としては、出生前診断や福祉の問題については、単純な優生思想というより、支える体制の不足の中での苦渋の判断という面も大きいのではないかと感じた。理念として「一人ひとりの声を尊重する社会」は理解できるが、実際にどう制度や社会を変えていくのかは最後までやや抽象的だった。
あとがきで語られる「競争」と「勤勉さ」に従順な社会という指摘も印象深い。SNSや自己啓発、成功者の発信によって、比較と努力の圧力は強まり、さらに生成AIの登場で競争相手は無限化しているように感じる。数字や客観性だけが真実ではないが、完全に捨てるのも不安がある。だからこそ、数値による把握と、個別の経験や感覚を両輪として考える必要があるのだろう。ただ、その両輪をどう社会の中で実現するのかは、とても難しい問題だと感じた。