東出顕子のレビュー一覧
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「賛同できない人、好きではない人、信頼できない人と一緒にものごとを成し遂げる必要が出てきたら・・・?」
社会に出ると上記のようなシチュエーションに入ることは多いです。むしろ、それが当然の状況であるとも言えます。
コミュニケーション方法として、著者が開発、推奨している「ストレッチ・コミュニケーション」の紹介、実践のススメであり、主に以下のことが述べられています。
1.相手との関わりを維持しつつも、自己実現のために必要なことは断固として主張する。この二つを同時にではなく交互に使う必要がある。
2.まずはやってみる。相手との対話の際は、新しい可能性を浮上させるダイアログやプレゼンシングを用いることが求められる。
3.他者を変えるのではなく、自分が変わろうとすることが求められる。
翻訳書特有の読みにくさはあるものの、全体としてピラミッド構造となっており、論旨は明確です。
さらに、従来型コラボレーションとの違いや著者自身の体験とも相まって、説得力を持たせた内容になっています。
特に、きちんと相手と関わりつつ主張する、といった点は中々難しい点ではあるものの、大事なことではあります。それを推し進めると、アサーティブコミュニケーションと呼ばれる考え方となるのでしょう。
私自身もコミュニケーションの方法に悩んでいたときに、タイトルに惹かれてしまいました。
来年からのコミュニケーションに役立てたいと思います。 -
Posted by ブクログ
黒人政権移行の難題を抱えた南アフリカのマンデラ大統領や暴力に揺れるコロンビアのサントス大統領が、のちにノーベル平和賞を受賞するに至る国家作りを支える基礎を支えた著者アダム・カヘンの本。
超難題の解決に助力してきた中で、一貫して対話の重要性を語ってきた著者が
「対話が最善の選択肢ではない」
とさらに踏み込んだ内容になっている。
「ストレッチコラボレーション」と題する、ただのコラボレーションではなく、お互いが柔軟に形を変えながら行うコラボレーション。
どうやってこのストレッチを生み出すかが重要で、要点は3段階あり本文中から引用。
“第一のストレッチ 、対立とつながりの受容では 、力と愛という補完し合う衝動を 、どちらか一方だけ選ぶのではなく 、両方とも使わなければならない 。力は 、自己実現の衝動であり 、断固として主張することで表現される 。愛は 、再統合の衝動であり 、相手と関わることで表現される 。この二つの衝動を同時にではなく交互に使う必要がある 。
第二のストレッチ 、進むべき道の実験では 、現状を強化するダウンロ ーディングやディベ ートに偏るのではなく 、新しい可能性を浮上させる対話 (ダイアログ )とプレゼンシングを用いることが求められる 。つまり 、話すこと 、聞くこと 、特に聞くことを狭めずにオ ープンにしておくということだ 。
第三のストレッチ 、ゲ ームに足を踏み入れるでは 、傍観したまま 、他者を変えようとしかしないのではなく 、活動に飛び込み 、自分が変わろうとすることが求められる 。”
個人的にこの第二のストレッチが目から鱗で、個人の立場と全体の立場だけを意識するだけでは不十分で、「自分の」常識外の内容も受け入れるような、もう一歩心をオープンにしたコミュニケーションが必要なのだそうだ。
全体にとっても、個人にとっても、ついつい自分なりの正解にこだわってしまいがちになるが、相手の意見も正しいのではないかと思うことが大切。
そして、それだけではなく、ある課題に対して議論しているとき、その課題に関心あるのはもしかしたら自分だけかもしれない。そもそも、課題設定自体が人によってバラバラである可能性を忘れてはいけないということなのだろう。
そういう意味では、課題ありきの会話だけでなく、その周辺の思考を探る会話、つまり雑談がとてつもなく重要なのだろう。
言葉で言うのは簡単だか、実践するのはかなり難しい。
それでも意識し続ければいつかはできるようになると信じて頑張っていきたい。 -
Posted by ブクログ
南アフリカの民主化にむけて大きな力となった伝説のワークショップを担当したファシリテーターの新著。
しばしば、対立概念でとらえられる力と愛であるが、それは補完的なものである。愛のない力、力のない愛では、いずれも社会変革は失敗する。これらは、二者択一の概念ではなく、ディレンマ、つまり両立させるべきであるが、なかなか両立が難しい問題である。で、解決策としては、歩くように、愛→力→愛→力といったぐあいに、交互に進んで行くことが大切というメッセージである。
言われてみれば、当たり前のことだけど、なかなかこれをストレートに言った人は、すくなくともファシリテーションとかやっている人では、少ないと思う。
特に、「学習する組織」とか、ホールシステムアプローチとか、やっている人は、基本的には、性善説なので、こうした「力」に言及することは少ない気がする。
善意に基づくプロセス重視の取り組みをやっても、なんだか、それだけではうまくいかないなー、と思っていたので、とてもスッキリした。
もちろん、この本は、そういうファシリテーション哲学だけでなくて、さまざまな事例が紹介されているわけで、そこがすごく面白い。
こういう本では、感動的な成功事例ばかりが紹介されるのだが、カヘンさんのこの本では、ここまで書いていいの?というとこまで、失敗事例を書いている。それも、自分のファシリテーターとしての未熟さがもたらした失敗例もあり、こころを打たれる。
この誠実さというか、率直さが、本当に素晴らしい。
そのうち翻訳でるだろうけど、それほど厚い本じゃないし、英語もわりと平易なので、ファシリテーションやっている人は、読んでみる価値があるのではないだろうか。 -
Posted by ブクログ
Getting To Maybe
不確かな世界で、ただ立ち竦むのではなく、不確実性をも呑み込んで、一歩前に踏み出してみよう‼…と思わせてくれる一冊。
■書評ではない自分史的散文
レビューを書こうと思ったが、もう既に多くの方がまとめているので、私は、私自身がこの本から、何を感じ、何を考え、どう動いているのか⁈…について書いていきたいと思う。
この本とは、約4年前、友人の結婚式で横浜に行ったとき、待ち時間にふらりと立ち寄った駅中の本屋さんで出逢った。
駅前の大きな木の下のベンチに座り、風に吹かれながら、時を忘れて読み進めた。都会の青空の下、久々に凄まじい解放感を味わった…気持ち良かった。
当時の私は漠然とした理想にもれなく付いてくる、漠然とした不安の中で、夜はひとりの世界で万能感に浸り、朝は現実を突き付けれ、打ちのめされる…そんな日々を送っていた。※1
何かを変えたい‼…という思いはあるが、何をどう変えればいいのか分からない…自分の進むべき道など皆目検討が付かず途方に暮れていた。※2
そんな時に出逢ったのがこの一冊だった。この本には、世界に翻弄されながらも、自身の情熱と向き合い、思考し、動き続ける人々の姿が描かれてた。
動いてみても何も変わらないかもしれない、だけど、もしかしたら何かが動き出すかもしれない…と私は感じた。
単なる頭デッカチで、悶々としていた私は、そろそろ現実と向き合い、逃げることなく、自分の足でフィールドに降り立ち、具体的に動き出してみよう‼…この世界に打って出よう‼…何かに挑戦してみよう‼…と思った。※3
こうして、私のソーシャルアクションがむくり&始動‼したのだ。
つづく
※1
その頃、まちづくりに携わりたい、と思い地元に帰って来た私は、消防という仕事をしながら、社協主催の災害ボランティア講座に参加した有志と「災害につよい足利つくる会」という市民活動団体を立ち上げ、防災に関わる展示会や公民館などでワークショップを開催していた。
当時から防災に関わるワークショップの意義や可能性について認識しつつも、具体的に何かが変わる…という感覚が感じられず、この動きは本当に意味があるのか⁈これが俺のやるべきことなのか⁈…と悶々とした日々を送っていた。
※2
理想と現実とのギャップに立ち竦む…という表現の場合、課題が明確になっているので、何からどう手を付ければいいのか⁈…ということを考えればいいので、比較的、建設的な思考回路を発動させやすいのだが、当時はそれ以前の段階だった。
※3
この本を読んでいて、ふたりの恩師の言葉を思い出した。
「可能性への挑戦」・・・小学校の担任の先生が卒業式に、和紙に墨で綴り、額に入れて送ってくれた言葉。
「フィールドを持たない学者はただのバカだ」
・・・学生時代にお世話になった教授の言葉。彼は脳梗塞で一度倒れてからもフィールドに立ち続け、臨場感ある言葉で語り、我々学生の心に火をつける天才だった。 -
Posted by ブクログ
原書のタイトルが『Power and Love』といって、冒頭のキング牧師の引用が、この本のすべてを語ります。
愛なき力は暴力であり、力なき愛は無力である。
ーキング牧師
よくこの対決を日常の至る所で目にします。感情論に訴えて具体的な解決策が見いだせなかったり、やったら強引に物事を進めようとして、関係者の気持ちを無視してみたり、さもすると、ナイーブな感情論というくくりの『愛』と、ギラギラした出世欲丸出しの自我としての『力』の対決の構図になりがちですが、本書はまったく新しいコンセプトを提示します。
愛と力は二者択一する選択肢なのではなく、そのバランスを保つことが重要だと。
そう考えたのは始めてだったし、必ずどちらかの傾向が強い人同士の闘いという構図を見慣れてきたので、まさかバランスを取ることが重要、それも個人の中でと言われると結構ハッとします。
その他には、
・誰もひとりでは何もできない。あらゆる問題の鍵は、人と人の関係にある。
・他者と共感しあうだけでは不十分だ。他者とともに成長しなければならない。
・何か問題があるときは、自分自身もその問題の一部である
・ものごとを力と愛という枠組みでみると、新しい視野が開けてくる
そして一番ぐっときたのは
・リーダーシップとは未来を創造することである
そもそも内容自体が抽象的なのと、具体例を示すケーススタディが、かなり高度な政治的な問題が多かったりするので、なかなか親近感が沸かなかったりと、若干本の内容と距離を保つのが難しい内容ですが、飛ばして読み進めても、上記のような力強い言葉が、必ず目に入ってくるので、諦めず最後までページをめくり続ける価値はばっちりあります。
スキルとしての「マネージメント」にとどまらない、真のリーダーシップとは何ぞやという、かなり骨太な内容です。それを愛というナイーブな文脈で語る切り口は、他には出会ったことがなく、かなりインスピレーションが湧く内容となりました!! -
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ネタバレ世界のために、世界の人たちといっしょに働くとはどういうことなのかを学びたくて、読んでいる。
カヘンは、南アフリカを始め世界50ヵ国以上で教育、環境、紛争、食糧問題など社会問題の変革を支援する仕事をしてきたプロジェクトデザイナー。この本は華々しい成功物語ではなく、彼がプロジェクトを進める中で発生した葛藤や苦悩について率直に語っている。
◆学んだところ
○プロジェクトを成功させるためには、なにが必要なのか?
愛(統一の衝動)と力(自己実現の衝動)を統合する力を身に着けること。
このテーマによって、本書は貫かれている。
○愛とはなにか? 力とはなにか?
カヘンは、神学者パウル・ティリッヒの定義を紹介する。
力とは、「生けるものすべてが、次第に激しく、次第に広く、自己を実現しようとする衝動」である。言い換えれば、力とは、自分の目的を達成しようとする衝動、仕事をやりとげようとする衝動、成長しようとする衝動である。 (P26)
愛とは、「切り離されているものを統一しようとする衝動」である。言い替えれば、愛とは、ばらばらになってしまったもの、あるいはそう見えるものを再び結びつけ、完全なものにしようとする衝動ということになる。 (P26)
これって華厳のいう「因(自分の中の原因=力)」と「縁(外からの原因=愛)」の関係? 2つの作用は別のエネルギーによって発生し、同時に存在できない。
○「転ぶ」「よろめく」「歩く」の3段階モデル?
やはり同じことを言っているようだ。解決のヒントも教えてくれる。これが「同体」と「異体」の「相入相即」を示した「倶存無礙」ということ?
「対象的な価値観が非常に対立しているように見えるのは、今ある一瞬に両方が提示されるからだ。現実には、時間はこうした対照に折り合いをつけるものなのである」 (P101 ケンブリッジ大学のマネジメント研究者、チャールズ・ハムデン=ターナーのジレンマ研究よりカヘンが引用)
力と愛の両方を発揮するには、二本の脚で歩くことに似ている。
分断すれば転んでしまう。力が愛より強ければ、あるいはその逆であれば、危なっかしくよろめいてしまう。二つの現象が一つになるようにバランスをとり、力と愛の間を行ったり来たりできるようになれば、滑らかに歩ける。 (P102)
○「転ぶ」ケースはどうするか?
カヘンは、インドで行った子どもの栄養不足低減プロジェクトでの失敗を例に説明する。
私たちは、関係者とともに、自分たちの状況を問わなければならない。
・ここでは力はどこにあるのか?
・個々の担い手(自分も含め)は何を実現したがっているのか?
・個々の立場、ニーズ、利害はどのようなものだろうか?
・だれがどんな種類の「する力」と「させる力」を行使しているのか?
・だれの発言が重視され、だれの発言が軽視されているのか?
・ここでは愛はどこにあるのか?
・担い手たちはどのように分断されているか?どのように統合されているか?
・無理に再統合させられているものがないか?
・強制されていないのに結束が保たれているものはないか? (p128 )
○「よろめく」ケースは?
カヘンは、イスラエルのプロジェクトを例に説明している。このプロジェクトは、パレスチナとの和平のために、イスラエル社会の断絶を解決することが近道として進められたもの。
○「歩く」ケースは?
世界食糧システムの持続化を目指す「サスティナブル・フード・ラボ(SFL)」プロジェクトでの創発的なアプローチを例に、C オットー シャーマーのU理論を引用しながら教えてくれる。
ともに現実を知る・・・共センシング
ともに可能性に気づく・・・共プレゼンシング
ともに未来を作る・・・共リアライジング
○よどみなく「歩く」ためには練習が必要?
ある意味で創造的な姿勢とは「中身を少なくして目的は多くする」ことだとジェフ(カヘンのパートナー)は言う。この姿勢は、新しい社会的現実の共創に欠かせない。なぜなら、私たちはこの仕事に参加し、積極的に取り組まなければならないが、行動の結果は予測もコントロールもできないからだ。 (P223)
上記は気になる考えだが、意味がまだよくわからない?
余計なものは捨て去れということか?
少しずつ力と愛の両方を意識し、両方に向き合うようになり、その結果、二つが重なりあい、両者の分裂が修復されていけば、歩き方は身についていく。力と愛は本質的にひとつのものであり、お互いにエネルギーを与え合い、現実しあう。 (P227)
◆次に学びたい人
U理論のC オットー シャーマー
力と愛の定義として引用された神学者のパウル・ティリッヒ -
Posted by ブクログ
「誰が世界を変えるのか」その言葉に胸がドキドキした。
純粋にその答えが知りたくて本を読んでいた。しかし、正解はないのかもしれない。
本書には、「かもしれない」という不確実なものに対して立ち向かっていく世界中の様々な人たちが描かれている。その人たちは、のちに社会起業家といわれる有名人というより、「この状態を何とかしたい!」という使命感に駆られた勇気ある一般人の姿だ。
私は、紹介されていた方への敬意と感謝の気持ちでいっぱいになったが、一方で「果たしてソーシャルイノベーションを起こしてきた人自身の人生は幸せであったのか?」という問いを持たずにはいられなかった。その理由は、きっとこの本を最後まで読めば分かってくれると思う。社会起業家と呼ばれる彼らにスポットライトが当てられがちだが、その周りにいる人たちの姿にも目を向けて読んで見て欲しいと思った。
そして、ソーシャルイノベーションの定義について本書ではこう述べている。
”社会起業家は、絶望と可能性、悲鳴と産声、始まりと終わりを同時に経験するかもしれない。はっきりいえば、この経験が、ソーシャルイノベーションの成功の定義なのだ。”
成功をも障害として、傲慢にならずに淡々と道を切り開いていく。その道筋が見えてくる一冊だった。
内容があまりにも濃かったので、この本をもう一度読んで、考えを整理したいと思う。