ダフネ・デュ・モーリアのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
いま見てはいけない、というタイトルに惹かれて手に取りました。
全体的に不穏な雰囲気の漂う短編集でした。旅先で出会う奇妙な人物、奇妙な出来事…ホラー?ミステリー?分類が難しいので奇妙な味のカテゴリに入れておこう。
「いま見てはいけない」「真夜中になる前に」「ボーダーライン」の3編は、ラストにズドンと落とされる感じが良い。
エルサレムを旅するご一行の群像劇「十字架の道」は表面上はうまくやっている面々が、水面下ではお互いを軽蔑しあっているというところがリアルで、イヤミス的な面白さもあった。
ラストの「第六の力」はSFチックで他作品とはちょっと毛色が違う感じ。
「いま見てはいけない」は「赤い影」というタイトルで映画化されているらしい。他にも映画化されている作品がいくつかあるようです。次は「鳥」を読んでみようかな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ・ダフネ・デュ・モーリア「人形 デュ・モーリア傑作集」(創元推理文庫)の カバーには「幻の初期短篇傑作集」とある。「本書は近年になって発見された『人形』を含む14編を収めた初期短編集である。」(石井千湖「解説」327 頁)「人形」以外は知られた作品なのであらうか。基本的にはおもしろい作品集である。巻頭の「東風」はそんな中では例外であらう。ある時、人知れぬ島に異人がやつてきて島に波乱をもたらす。ありふれた物語である。しかも、物語は予想通りに進む。島の女と異人の一人ができてしまつて悲劇が起きる、正にこの通 りである。これを破綻のない物語とも言へようが、しかしまた、おもしろみに欠ける物語とも言へる。習作的な作品なのであらうか。巻頭がかういふ作品であるのは意外であつた。
・表題作「人形」、これにはレベッカといふ若き女性が出てくる。ヒロインであらう。物語はそのレベッカに恋をした男性の、海岸の岩にはさまれて残されてゐた手記の断片からできてゐる。かういふ後日発見された手記を使ふのはラブクラフト一派のよく使ふ手である。この「人形」はそんなに手が込んでゐない。手記は、書き手とレベッカのなれそめから破局までを語るだけである。書き手が、言はばレベッカに一目惚れしてその家にも通ふやうになり、当然、関係を迫ること になるが、レベッカがそれを拒む。その理由が明かされて書き手は……海にでも飛び込んだのであらうかと想像させる手記の発見場所である。このレベッカは長 編「レベッカ」とは関係ないが、タイトルの「人形」のグロテスクさは印象的である。個人的には、おもしろくはあるがやはり今一つ物足りないといふ感じ、習作であるのならば納得できるといふところ、後の長編の萌芽であるのかどうか。たぶん違ふであらう。作者がそのヒロインの名が気に入つてゐたのかもしれないとは思ふ。これに対して「いざ、父なる神に」と「天使ら、大天使らとともに」は宗教者への皮肉の効いた物語である。「アッパー・チェシャム・ストリート、 聖スウィジン教会の牧師、ジェイムズ・ホラウェイ師は云々」と始まるこの2作、牧師の日常が描かれる。それもとびきりの俗物としてである。それゆゑに上流階級とのつきあひが多く、教会での地位も確立してゐる。「いざ」では、そんな中の1人の相談事、妊娠させてしまつた女と別れるのに力を貸す。「天使」で は、下層民を友とする若き副牧師を追放する。どちらも俗物感たつぷりに描く。当時はこんな牧師が多かつたのかどうか。たぶん現代もさう違はないと思ふが、 作者は教会の在り方が気にくはなかつたのであらう。類型的かもしれないがおもしろくはある。巻末の「笠貝」も若き女性が主人公、ヒロインである。このタイトルの貝は、岩盤に密着して離れないで生活を送るカサガイのことであらうか。「笠貝」は、ディリーの語る子供時代から四十近くの現在までの物語である。言ふならば、私、子供の頃から損ばかりしてきたのよといふことである。最後にかうある、「なぜわたしはこんなに不運で、こんなに不幸なんでしょう?(原文改 行)わたしのしていることってなんなんでしょう?」(326頁)尽くしても最後は捨てられるといふのである。そんなグチである。カサガイからすると、実は彼女が相手に執着してしがみついてをり、それゆゑに捨てられたといふことではないのか。多分そうなのであらう。これも皮肉である。結局、初期の作者の関心は主人公とその相手のすれ違ひ、あるいはかみ合はなさといふことにあつたのかもしれない。その意味で、「性格に不一致」なる短篇があるのはおもしろい。正にかみ合はない2人の物語であつた。 -
Posted by ブクログ
デュモーリアの名にアンテナが反応するようになった自分が面白い。
『レベッカ』も『レイチェル』も、自分の中にストーリーが澱んで残っている良作。
それに比べると、短編集であるからか、初期であるからか、ややパンチは薄めに感じる。
「いざ、父なる神に」「天使ら、大天使らとともに」のジェイムズ・ホラウェイ牧師が秀逸。
自分自身の教えの素晴らしさに、自分自身が酔いしれてゆき、結果、醜悪な結末をもたらしていることにさえ気付かない。
彼がそうした罰を受けるのではなく、延々と勘違いの道を歩ませてゆくことの滑稽さ。
「幸福の谷」のヒロインを突き落とすような白昼夢感も、すごい。
夢から現実へ、現実から夢へ。
不思議の国のアリスさながら、見てはいけない世界の陰影を描く訳が上手いなぁ。
男女の行き違いについては、上質な昼ドラって言ったら、きっと怒られるんだろうな。。。 -
Posted by ブクログ
五篇からなる短編集。
「いま見てはいけない」
映画「赤い影」の原作。
幼い娘を亡くした夫婦がヴェネチアで老姉妹に会う。
妻は、亡くなった娘さんがあなたのそばにいると言われ、悲しみに暮れていたところを救われるが、夫はそんなことを言う老女を胡散臭く思う。
「真夜中になる前に」
絵を描くことを趣味とする教師が、ギリシャに旅行に出かける。
泊まったホテルでいかがわしい夫婦に出会う。
「ボーダーライン」
病床の父のもとに見舞いに行った娘の前で、突然父が亡くなった。
娘は、父と最後に見ていたアルバムに写っていた旧友を訪ねることにする。
「十字架の道」
エルサレムのツアー引率をする予定の牧師が病に倒れたため、代理を務める牧師をはじめとして、旅行客たちに次々と起こるハプニング。
「第六の力」
知能障害のある少女を使い、白血病で死期の近い青年の生命エネルギーをコンピューターに取り込もうとする研究者の物語。
翻訳が良くないのか、少し読みにくいがよく出来た短編だった。
映画にもなった「いま見てはいけない」は、不思議な雰囲気が漂い面白い。
是非、映画も観てみたいと思った。
「十字架の道」では、様々なハプニングも去ることながら、登場人物が特徴があり面白い。残念なのは、司祭と牧師がごっちゃになっているとしか思えない残念な翻訳。
「第六の力」は、揺れる心を描く作品が多い作家さんには少し異色な作品とも言える。サイエンスミステリーとでも言うのだろうか。
何となく不思議だったり嫌な感じだったりする作品集。 -
Posted by ブクログ
「レベッカ」の作者デュ・モーリアの作品で、「レベッカ」とは
姉妹作と言う評判のようです。
レベッカでは主人公「わたし」は身寄りの無い若い女性でしたが
本作の「わたし」は、異国で亡くなった従兄の後を継いで
領主になった青年フィリップです。
その彼の所に、亡くなる前に従兄と結婚した女性「レイチェル」が現れて、
「フィリップ」は段々と恋に落ちていく事になります。
しかしレイチェルにはよくない噂もあり、フィリップは
次第に追い込まれていって…という話です。
余り劇的な展開が無く、どちらかと言うと独りよがりに
暴走していくフィリップが、はた迷惑だなぁと言う感想を持ちました。
その暴走していく様こそ、この話の見せ場なのだとしたら、
それは成功しているかもしれません。
ミステリやサスペンスと言うより、恋愛ドラマとして読む方がいいと思いました。 -
順番が逆では
レベッカ、レベッカと言いつつ、肝心のレベッカが電子化されてていない。
マッチポンプのつもり?
版権の問題等いろいろあるかもしれませんが、顧客の立場を考えて行動して欲しいものです。
まあ、お好みで。
紙で読みますよ、そこまで電子版にこだわっているわけではないので。