湯本香樹実のレビュー一覧
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ネタバレ三年前に失踪した夫との再会。
死者の話は悲しい。今にも実体を失って消えてしまうのではないかと気を揉む妻の切実さがよく伝わってきた。
死んだ夫と二人で足跡を辿る、こんな切ない旅があるだろうか。その先に別れが待ち受けているのを意識しながら二人を見守るのは、胸が引き裂かれそうだった。そこには透明な愛だけがあって、二人がずっと一緒にいられればいいのにと願わずにはいられない。
死者が生者の中に紛れて仕事をしたり物を食べたりしているのは不思議な感覚だった。でもそうだったらいいなと思う。世界との別れにだって納得する時間が欲しいから。
印象的な、口ずさみたくなるような文章がいくつもある。その中でもラストの1、 -
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思い掛けず良かった。
この著者について何も知らずに古本屋でなんとなく手に取ったのだけど。
簡潔で無駄が無いのにやわらかい、頭だか心だかにすっと入ってくる文章で、いつまでも読んでいたいと思えた。
情報ではなく空気そのものを読ませるような。
難しい言葉や表現を使っているわけでもなく淡々としているのにかっこいい。よごれた老人の話なのに。
こういうのを文体というのかな。
こんな文章を書けたらいいのに。
話し手の僕、僕の母、てこじい。
ほとんどこの三人だけのお話。
母とてこじいとの間の屈折した感情と、それを観察しながらゆっくりと何かを受け入れていく僕。
家族の間にある複雑な感情とかって、むりやり -
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父親を亡くした少女。母と二人、ポプラの木があるアパートに移り住む。
そこで繰り広げられる大家のおばあちゃん、隣人との心暖まる交流を描いた話。
戸惑いや悩みを抱えながらも人を大切に思う気持ち、何かを守る気持ちが少女に芽生えていく、そんな場面をポプラの木が揺れる風や光、空気感を感じながら読めた。
隣人との関わりや、オサム君との遊び、おかあさんへの思い、おばあちゃんへの思いなど日々の思いをお父さんへ綴る手紙には涙腺が緩む。
ずっと少女目線で読んでいくが、最後のお母さんからの手紙でお母さんの娘への思い、お父さんへの思い、これまで生きてきた葛藤、苦難の時間を感じ、お母さん目線になる。
人は人を許し -
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ネタバレ詩集のように大きな字で読みやすいと思ったら、この短編小説は一文一文がまるで詩であった。
(引用 1)
その頃僕たちが住んでいたのは、北九州のKという町だ。Kは製鉄が生んだお金で栄えた町で、人の気質や言葉は荒っぽかったが、町並みにはしっとりしたあたたかみがあった。まだ決定的にさびれてはいないのだけれど、ある時点で進むことをやめてしまった、そういうものだけが束の間持つことの出来るあたたかみだ。
(引用 2)
離婚から二年ほどの間に、母は僕を連れ、まるで西日を追いかけるように西へ西へと転々とする生活を続けた。(以下略)それはまさに、「風に吹かれる二枚の木の葉のような生活だった」はずだ…
て -
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ネタバレ42歳大学教授の、少年時代の回想録。
離婚してからの2年間、まるで西日を追いかけるように西へ西へと点々と移動し、ようやく辿りついた北九州の町。
母息子二人きりの、西日の照りつける寂れたアパートでの慎ましい暮らしの中に、突然として祖父が転がりこんで来た。
いきなり浮浪者のような身なりで現れたかと思うと、部屋の片隅でじっとうずくまる"てこじい"の一挙手一投足に10歳の少年の目は釘付けになり、いつしか"てこじい"中心の生活となる。
「夜、爪を切ると、親の死に目に会えない」という迷信を息子に教えながら、父・"てこじい"の目の前で深夜ゆっく -
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ネタバレ夫と旅に出る。
3年前突然失踪し命を落とした夫と、夫の死後の軌跡を遡る旅に。
静かで安らかな二人っきりの旅。
会話の少ない二人だけれど、行間から穏やかな想いがひしひしと伝わる。
「忘れてしまえばいいのだ、一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使いきる。そういう毎日を続けてゆくのだ、ふたりで」
生と死、本来相対する二つの領域の垣根を取り払ったかのように思えた二人。
ずっと二人でこの世をさ迷っていたかった。
けれど二人の間に静かに漂う淡い霧のような境界もいつかは晴れる。
「きみには生き運がある」
夫の発した寂しい言葉だけを後に残こして。
ずっと曖昧に描かれ -
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3年前に失踪した夫が帰ってきた。だがその夫の身体は遠い深い海の底で蟹に食われてしまったという。3年かけて妻のもとに帰ってきたその道を、今度は2人で遡って旅をする。それは過去を遡る旅となり、後悔も、悲しみも、痛みも包み込んで、たどり着くであろう未来への旅路となっていく。
死と生の境目ははっきりとした壁に遮られたものなんかではなく、ほんの少しだけ開かれたドアの隙間から漏れてくるよう光のように交わることがあるのだろう。その光は太陽のような燦々とした光ではなく、朧げで儚げな月の光のようなものだけど。水が高きから低きへ流れて、川となり、海について、また水蒸気となって天に上るように、人の命も流れ流れて巡 -
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ファンタジーであり不条理であり寓話でありロードムービーでありコメディでありハートウォーミングものでありホラーでもある。
浅野忠信はもとから魂の抜けているような顔。なのにチャーミングという。
ばっちりの演技。(空も風も痛いという凄まじい台詞は、そこらへんの役者には言えないだろう。)
深津絵里は静かに悲しみを持続しているような顔。
だからこそ笑顔や笑い声が嬉しい。
怒った手つきで白玉団子を作るとか、いい。
なにやかやと手仕事をする所作も素敵だ。
蒼井優の自信たっぷりのしたたか悪女。
ほか、小松政夫をはじめとして「いいツラ構え」のおっさんたち。
旅は4つに分割できると思うが、「自分の死に気づかな