湯本香樹実のレビュー一覧
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静かでじんわりとした余韻が残る作品。
三年前に失踪した、瑞希の夫・優介が、ふいに現れます。
ですが、優介いわく“俺の体は海の底で蟹に喰われてしまった”と。つまり、既に死んでいるというのです。
そんな優介に導かれ、彼の三年間の足どりを遡るように二人は旅に出ます。
旅の間、失踪中の不在だった期間を埋めるようによりそう、二人の何気ないやり取りに、かけがえのない人と過ごす時間の尊さというものが伝わってきます。
もしかしたら、個人的に最近身内を亡くした事もあり、そうした事情で、“死者との繋がり”というものが殊更心に染みてくるのかもしれません。
全体的に“水の気配”が濃厚に漂う、朧げな雰囲気は、常世と現世 -
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ネタバレ幼い頃に母と暮らしていた『ポプラ荘』の大家のおばあさんの訃報。
そこで暮らした3年間を思いながら、千秋は居ても立ってもいられない思いで、ポプラ荘に向かう。
その頃、まだ7歳にもなっていなかった私=千秋は、交通事故で突然いなくなってしまった父の死を理解できず、得体の知れない不安や恐怖を抱えていた。
病気になった時、はじめ不気味でおそろしかった大家のおばあさんから、不思議な話を聞かされる。
おばあさんは、自分が天国へ行く時に持っていけるように、先に天国に行っている人たちへの手紙を預かっているというのだ。
それ以来、千秋はおとうさんに宛てた手紙を書いてはおばあさんに預けるようになり…
幼い頃 -
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上手く言えないけど、水のようなクラシック音楽のような文章だった。世界が流れてくる、いつのまにか不思議な世界にいるような感覚。
みっちゃんは受動的なのか逞しいのか。最愛の人とどこかで似通ってて通じ合ってるなら幸せだなと思った。
私は最愛の人そもそもいないし、無くした経験もないけれど、生と死はずっと隣り合ってるよね。物語を通して生と死が揺らぎつつ、くっきりとその境目が見えてくる。
・夏は急速に色あせ、日の光に繊細な角度がつき、夜の闇は濃くなった。
・したかったのにできなかったことも、してきたことと同じくらい人のたましいを形づくっているかもしれない。
しらたま作って食べたくなった。 -
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ネタバレ長い間失踪していた夫・優介がある夜不意に帰ってきた。ただ、もうこの世の人ではないという。妻・瑞希は優介と共に彼が死後歩んだ軌跡をたどる。
彼岸と此岸の行き来しながらの二人の道行きが、湯本さんならではの美しい文章で描かれると、こうして亡くなってからもあの世に行かずに生活している人がいそうな気がしてくるから不思議。
二人の旅の途中で出会う人々もそれぞれに後悔や過去の重たい何かを抱えて生きているのが哀しい。
再生の物語は好きじゃないし、心震える結果にもならなかったけど、湯本さんの文章はどこまでも美しくて、静かな水辺の景色が脳内で再生されて、正に映画化にピッタリの作品だと思った。
もちろん優介は浅 -
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解離性健忘 長い戒名のついた位牌でも突きつけられたように畏まった 剃刀負け 歯科医らしい器用な指先 一度死んだことも、いつか死ぬことも。何もかも忘れて、今日を今日一日のためだけに使い切る。そういう毎日を続けていくのだ、二人で。 アップライトピアノ 辻説法でもするように彼は今ある世界の不思議を説く 川面が輝いている 諍い 真鍮しんちゅう 荼毘に付された 細かな泡粒あわつぶ 迷い箸をするように鋏を揺らしている そうだ、そうやって少しずつ、お互いの世界をひろげていったのだ。 しらたま 既に体は海の底で蟹に食べられてしまった 生と死がとても親しい 寧ろ混じり合うことを希求するふうに 生と死の狭間で宙吊
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ただ体が反射的に動いて、指にクリームをのせてしまった。
死んだはずの夫・優介が、夜中に食べるロールケーキのシーンがとても印象的だった。両手で掴んでかぶりつく優介。反対側から出てくるクリームを反射的にすくう妻・瑞樹。彼女のこの行動は、無意識であるが、食べることを忘れないしたたかさを持つ。食べものを通して、少しずつ生きる者と死者との境界線が見えてくる。
不思議だったのが、蟹に食べられて死んだという優介の言葉。タイトルにもあるように、全編を通して水の気配が色濃い。なぜクジラや鯵などではなく、蟹なんだろう。小さくかわいらしい、滑稽な死に方である。