訳者まえがき
用語解説
序文 対話型OD――過去・現在・未来
第I部 序論および概要
第1章 対話型ODのマインドセット
対話型ODのマインドセットの主要な前提
1.現実と関係性は社会的に構成される
2.組織は意味を形成するシステムである
3.広い意味における言葉が重要である
4.変革を起こすには会話を変えなければならない
5.統一性を求める前に、違いを明らかにするための参加型の探求と積極的な関与の仕組みを構築する
6.グループと組織は絶え間なく自己組織化する
7.転換的な変革は、計画的というよりも、より創発的である
8.コンサルタントはプロセスの一部になる。プロセスから離れてはならない
要するに、対話型ODのマインドセットが前提とするのは、グループや組織とは、ナラティブ、ストーリー、イメージ、シンボル、ならびに対話を通して絶え間なく創出され、維持され、変革されながら、自己組織化する、社会的に構成された現実であるという考えだ。実践者やコンサルタントの役割は、転換的な変革の実現につながる新しい語られ方と考え方の育成、維持、 そして促進を支援することである。この役割は、一般的に、現状の相互作用をより多様性のあるものにすること、話題の焦点を問題点から可能性に移すような生成的な質問をすること、さまざまな会話が起こるようなコンテナあるいは場を作ること、そして、有益な成果につながる関わりを促進すること、 によって果たされる。
対話型ODの実践者は、解釈主義の観点から意味を形成するプロセスについて考え、探究を助長し、会話がどのように社会的現実を作るのかに注目し、 連続的な創発のプロセスとしての組織の変革を促進する。このような考え方は、組織とは科学的に研究されるべき対象であるとする診断型ODのマインドセットと対照的である。診断型のマインドセットでは、正確な診断を実施すること、会話は客観的現実(事実)を伝えるものだと確信すること、さらに変革は期間限定的なものであり、計画とコントロールが可能なものと考えること、という捉え方をする。
第2章 対話型ODの実践
ミーティングやイベントの設計と運営において重視すること
①問題に関わる当事者に関与してもらう方法
②全体的な問題に関わる話し合いに人々が積極的に関与するよう促す方法
③自分たちの会話が可能性を制限したり広げたりする状況に対して、人々が常に敏感でいられるよう支援する方法
④ イベントで形成されるネットワーク、アイデア、エネルギーが、イベント後も確実に維持され強化されるようにする方法
戦略的プロセス設計の必要条件
・不安感
・運営コミッティ
・多元的なエントリー・プロセス
・適用の環境
本章のまとめ
最後にはっきりさせておきたいのは、対話型ODは単によい対話を促進させることに留まらないということである。実践者、マネジャー、およびコンサルタントの中には、対話型ODの看板を掲げながら、厳密にそのマインドセットにしたがって仕事をしているとは言えない人々もいるだろう。
そのような人々が本章を読むと、私たちが対話型ODの実践を説明する際に、「対話」の実践、話し合いの構成の仕方、参加者が互いの話に耳を傾けるように彼らと協力すること、参加者が安心して会話を共有できるようにすること、積極的に相互作用を促進すること、などにほとんど触れていないことに気づいて戸惑うかもしれない。
たしかに、コミュニケーションのスキルが向上すれば話し合いも上達するだろう。だが、対話型ODは人々やプロセスをありのままに受け入れる手法であり、相互作用の「正しい」方法について多くの先入観を持ちすぎないほうがよいと私たちは考えている。ODコンサルタントには高度なコミュニケーション能力が必要だが、対話型ODの目的は彼らのスキルを参加者に複製させることではない (第9章で示すケースのように、スポンサーがそのように希望する場合はその限りではない)。
生産的な成果に直結する相互作用を設計または促進する方法には特定のモデルやプロセスが想定されるだろう。だが、対話型ODのマインドセットには、人々がどのように会話するべきかの特定のモデルやアイデア、または、 「対話」を完成するための正しいグループプロセスは含まれないと私たちは考える。加えて、そのような基準に照らして、人々とグループを暗黙的に評価するようなこともしない。むしろ、対話型ODのマインドセットは、会話の方法、組織化のプロセス、変革をリードしたりフォローしたりする方法を試行錯誤しながら促進することで、参加者の今のニーズと文脈に最も適したものが立ち現れてくると考える。
対話型ODの実践は、3つの基本的な変革プロセス(創発、ナラティブ、生成)に焦点づけながら、大きな変革が求められる深刻なジレンマと適応を要する課題に対処するために、参加者に本来備わっている知恵とモチベーションをうまく用いて進められるのである。
第II部 対話型ODの理論的基盤
第3章 社会構成主義者による表象としての知識への挑戦
社会構成主義の柱
・意味は社会的相互作用を通して創出される
・何が善か/正しいか/真実かは、社会的合意によって決まる
・社会構成においては言語と相互作用が最も重要である
・知識と行動は繋がっている
本章のまとめ
本章では、再表現としての知識を重視する、啓蒙主義の流れをくむ基本的な前提を説明してきた。再表現とは、知識を得る当人とは離れて存在する客観的世界があるかのように考えて、世界の側面について発見したことを他者に提示することである。このような考え方は、今でも組織研究の分野において使われている。社会構成主義者は啓蒙主義の伝統に異論を唱え、私たちが現実として捉える世界は、自分たちが他者との交流によって創出しているものだと提案する。私たちが一般常識として受け入れているものは、実際は継続的に絶え間なく構築されているものだと考えるのである。この考え方は、 組織変革と組織開発に対する私たちのアプローチに大きな影響を及ぼしている。
「現実」として当たり前に受け入れているものの多くが、実はコミュニティの関係性の中で構築されているのだと明確に理解するのは難しいかもしれない。私たちが世界を構築する方法と、世界が「正常」なものを私たちに提示する方法は、社会的な関係性を基盤としている。このことは、私たちがコミュニケーションを取りながら自分たちの生きる世界を構築していることを意味しており、コミュニケーションの重要性をより一層強調する。語ることによって世界は生まれるのである。
社会構成主義者の思想は、イノベーションをもたらす大きな潜在力を持っている。また、社会構成主義の思想は、新しい語られ方のありようを導入することによって、世界を構成し再構成することができると主張する、対話型 OD の前提と実践に大きく貢献している。新しい声、これまでとは違うメタファー、斬新な言葉づかいなどを取り入れることによって、私たちは伝統的なものごとの認識の仕方に対抗し、新しい意味の世界と可能性を手に入れることができるのである。
第4章 ディスコースと対話型OD
組織ディスコースの重要な概念
・ディスコース:その作成、普及、利用という関連する行為に伴って、アイデアや思考を具体的に表現する、相互に関連する「テキスト」の集まり
・テキスト:内容や主題の意味を伝えるすべてのもの(言葉、シンボル、絵や図表、 ジェスチャーなど)
・文脈:テキストが組み込まれた、時間的、歴史的、文化的、社会的状況。すべてのテキストは、潜在的に、他のテキストの文脈である
・ナラティブ:一連のアイデアや事象を意味のあるストーリーラインに結びつける、主題や問題に重点をおいた、口頭による語り (文書による記述)
・会話:2人以上の人々の間の相互作用や交流の一部として、時間的にもレトリック的にも相互に関連する一連のテキストの作成、普及、解釈
本章のまとめ
本章での議論により、ディスコースを重視するアプローチが、対話型OD の理論と実践にどのように役立つかを示すことができれば本望である。本章では、多くの重要な構成概念、特に、社会的現実を構成する会話の連続として組織を概念化することによって、組織の安定と変革がどのように創出されるかが明らかになり、さらに、変革プロセスの内容と成果にどのように影響を及ぼすのかが明らかになるということを提案している。
ディスコースのレベルと様式の多様性、権力と政治的プロセスを伴う変革のナラティブの構成、および、そのようなナラティブが会話を通して伝達され実行に移されるプロセスは、対話型の変革アプローチにおいて根本的に重要である。それに加えて、多様な意見、表に出てこない意見、代替的なディスコースなどを効果的に取り入れて、新しいナラティブ、思考方法、行動などが生まれるように働きかけることも大切だ。時間とともに変化するディスコースの再帰的、反復的、継続的性質は、組織の変革そのものの本質を理解するために重要な意味を持ち、伝統的な解凍-変化-再凍結による、計画的変革の手法とは異なる方法の有効性を示唆している。最後に、組織のメンバーとともにディスコースを重視する現実を共創していく対話型OD実践者の役割と、彼らが内省をしながら実践に臨むことの重要性は、対話型の理論や実践、倫理の中核的な側面であることを忘れてはならない。
第5章 生成的イメージ
大事なのは・・・・・・誰も見たことがないものが見えるようになることではなく、皆に見えているものについて、誰も考えないようなことを考えることである。
――エルヴィン・シュレーディンガー
新しい行動につながるような新規性のある表現や洞察を生み出したいという暗黙の願いは、すべての対話型ODのアプローチに見られる中心的テーマである。ところが、新規性はどこから生じるのかという、基本的だが重要な問題が注目されることはほとんどない。たいていの人は対話がうまく行われれば、対話そのものが新しいアイデアにつながると考えるだろう。しかし、 実際はまったく異なる。
本章では、新規性を生み出す1つの手段に目を向ける。その手段である生成的イメージは、それまでとは違う新しい概念とメタファーの世界を示し、 それによって私たちの今の話し方、暗黙の了解、および可能性と理想についての考え方を変える。変革を最も強力に推し進めるのは新しいアイデアであり、これは新規性のある表現、つまり、新しい言葉やフレーズの中に見つかることが多い。「新しい言葉は、議論の地面にまかれた新鮮な種のようなものだ」 (Wittgenstein, 1980, p.2)
最近の50年間で生成的イメージを最も象徴するものの1つとして挙げられるのは、「持続可能な開発」だろう。この言葉が現れるまで、環境活動家と実業界のリーダーが互いに意見を交わすことはほとんどなかった。環境保護主義者は、社会活動家として小規模な団体を作って活動するばかりでほとんど影響力を持たなかった。そして彼らは、すべての実業家は宇宙船地球号を破滅へと導く精神錯乱者だと考えていた。その一方で実業家たちは、環境保護主義者があらゆる技術的進歩を阻止することで頭がいっぱいの「エコナッツ」(熱狂的な環境保護論者)や「ラッダイト」(技術革新反対論者)であると考えていた。たとえば、1987年の初めの頃に筆者の1人は、「こんな環境がどうのこうのという問題はすぐに丸く収まるよ」と、世界有数の林業関係企業の将来計画担当副社長がスキー場のリフト待ちの行列で、臆面もなく話していたのを耳にした。
ところが、その年の終わりごろになって、国連のブルントラント・レポートが「持続可能な開発」という言葉を初めて使用すると、変革の波が瞬く間に世界を覆っていった。ある日を境に、実業家、政治家、そして環境保護論者が共通のテーマに向き合うことになったのである。長年にわたって「私たちの言うことを聞け」と叫んでいた人々が、環境団体の方を向いて「話はわかりました。それで、どうすればいいのですか」と言い始めた。変化の速度があまりにも速く、破壊的とも言えるほどの勢いがあった。そのため、カナダでグリーンピースを立ち上げた組織は、役員や委員になって活動にお墨付きを与えてほしいという要請に、どのように対応するかを巡って内紛が起こり、あやうく組織が内部から崩壊してしまうところだった。この生成的イメージがどれほど大きな変化をもたらし、今もどれほどの影響を与え続けているかは注目に値する。もっとも、持続可能な開発という言葉が何を意味するかの一般的な定義はまだ定まっていない。本章で説明するように、意味の曖昧さは、生成的イメージに必要な要素なのである。
生成的能力という言葉と、生成的探究や生成的ダイアログの概念は、この 10年間で広く普及したが、生成的イメージの概念について書かれたものはほとんど見当たらない。対話型の変革プロセスに関する一部の論文が、生成的イメージは対話型ODによる変革を実践するための重要な手段であると説明しているのみである (Barrett and Cooperrider, 1990; Bushe, 2010, 2013a; Bushe and Kassam, 2005; Srivastva and Barrett, 1988)。生成的イメージのアイデアはメタファーのそれに似ているが、すべての生成的イメージがメタファーというわけではなく、また、すべてのメタファーが生成的というわけでもない。本章では、生成的イメージというアイデアの本質について考え、組織開発に適用された例を紹介し、対話型OD実践者がこのアイデアをどのように用いることが可能かを提案する。
その後、大都市の学区を対象に実施された8つのアプリシエイティブ・インクワイアリーの事例では、転換的変化が生じた4つの学区の変革プロセスと、変化が生じなかった4つの学区を比較した結果、前者では新しい生成的アイデアが出現していたが、後者では出現していなかったというのが主な相違点だった(Bushe, 2010)。さらにこの研究で明らかになったのは、転換的変革のプロセスが生じた例はすべて、重要事項として広く認識された問題に積極的に取り組んでいたのに対して、それ以外のプロセスではそのような取り組みは行われていなかったということであった。このような結果を受けて、 ブッシュは、広く認識された、変革に動機づけされるような関心がない場合、 人々は転換的変革に必要な労力を費やさないだろうと主張し、また、AIは問題解決の手法ではなく、生成的能力を通して問題に取り組む手法であることを提示した。
対話型ODにおける生成的イメージの活用
1.リーダーや設計チームと協力して、変革プロセスの指針となる生成的イメージを創出すること
1)変革のスポンサーとなる人々が関心を寄せている中核的テーマを把握する
2)変革プロセスに関与するべき人々の関心とエネルギーを把握する
3)探究の焦点を、それまで誰も思いつかなかったような形で設定する
2.人々が現状を理解するのに用いているメタファーに注目し、別のメタファーを試みる
3.生成的イメージを生み出すために、これまで疑問視されてきていない、二者択一の考え方、ボラリティ(対極性)、パラドックス(逆説)について考えてみる
4.生成的イメージが生まれて、それがすべての人々に理解される機会が増えるように、対話型プロセスを設計する
本章のまとめ
生成的な変革プロセスは、人々に物事に対する既存の見方を見直すための新たな視点を提供する、新しいイメージとアイデアを生み出し、それによって説得力のある、意思決定と行動の新たな選択肢が創出される。生成的な変革プロセスは、人々が変革への提案を生み出し、これに従って行動していくうえでの触媒として機能する。そのため、変革の取り組みの一部は、人々と組織の生成的能力を高めることに焦点づけることが可能である。新しいアイデアとイメージを生み出すための人々の能力とモチベーションを高めることに注力するのである。また、プロセスそのものの生成的能力に注目することも必要だ。つまり変革プロセスが、共同の生成的イメージの創出と活用を、 どの程度促進するかという側面に目を向けるのである。
対話型ODは、それ自体が生成的イメージである。対話型ODは、従来の診断型の変革アプローチには限界を感じていた、ODコンサルタントや変革を志向する他分野の専門家たちから共感を得ている。彼らは、自分たちが実践している活動について説明や議論をするための、あるいは、実践対象となるコミュニティを見つけるための共通言語を以前は持っていなかったのである。本書で示されるように、対話型ODは新しい理論と手法を生み出している。探究の領域はますますその守備範囲と重要性を広げつつあり、対話型の道を進むことを選んだ私たちを待っているのである。
第6章 複雑性、自己組織化、創発
・参加型マネジメントは、より実りの多い、より多様性が豊かな、そして活気の満ちた組織を実現する
・関係性は、機能する構造を形成するための鍵となる要素である。私たちは、 粒子を見るのか、それとも波動を見るのか。物理学者は、観察される対象とそこから明らかになるものを決定するための鍵となる要因は関係性だという。 粒子は、他との関係を持たずに単独で存在しているのではない。言い換えれば、存在物の間にある目に見えないつながりが、全体を理解するために必要不可欠だということだ。このような目に見えない力が、空間と挙動を形作るのである。
この考え方が、組織のビジョンのようなアイデアにどのような意味合いを与えるか考えてみよう。ビジョンは一直線で描かれた道の先にある目的地というよりは、むしろ、波のようにあらゆるものを覆い、周囲を巻き込んでいくような動きをするものである。ビジョン、価値観、倫理観が組織に浸透すると、その組織に接する人々は、何らかの影響を受ける。ウィートリーが提唱したのは、飛躍する組織を作ろうとするならば、規則や手順に沿って運営される組織を設計するのではなく、まず価値観や倫理観に基づく明確な目的と理念をを設定するべきだということである。
・情報は問題を体系化する
・確固たる基準枠を持つ自立性と自己準拠が、一貫性と継続性を生じさせる
本章のまとめ
ニュートン的世界観は、その矛盾が科学者たちの追究によって露わにされたことによって揺るがされている。その科学者たちがお互いの研究を見出し、 その成果をわかちあう中で、有効なパターンと顕著な特徴が浮かび上がってきた。分化のプロセスが始まり、カオス、複雑性、自己組織化、創発、その他たくさんの新しい言葉が定義され、新しい世界観をもたらした。
カオスから私たちが学んだのは、複雑な行動が、単純なルールに従う個々の主体の相互作用を通して引き起こされるということだ。さらに、初期条件が大きな意味を持つ。複雑性とは、一応安定を保っているだけの状態、平衡から遠く離れた、秩序とカオスの間に動的な緊張がある状態である。自己組織化は、複雑系の多様な主体がお互いの間で、そして、周りの環境との間で相互作用するときに自発的に生じる。創発はこのような相互作用の本質を見るためのレンズを提供する。焦点づけるのは、新規性、つまり元の構成部分とは異なる、新しく発生した性質である。
この新しく出現した複雑性科学がもたらす世界観の変化は、私たちに適応する能力、予期しない事象に対応する能力、唯一の真の自己を確立する能力を求める。私たちは他者や環境と相互に作用する中で、他者も同様の能力を発揮できるように働きかけ、やがて新規性とイノベーションを出現させるのである。
第7章 「関わりの複雑反応プロセス」として組織を理解する
本章のまとめ
再帰的な思考ができるOD実践者は、クライアントとともに活動し、彼らが自分たちの組織内における役割をより深く理解し、グループのコミュニケーションをより活発で親密なものにすることで、より意義のある意味を創出できるよう支援する。このような活動が単純化されて、規則や手順になってしまってはならない。より流動的で複雑な会話を発達させるためには、 リーダーやマネジャーが将来の成果にとらわれて、計画や問題解決を急ぐような組織のパターンが広まるのを阻止しなくてはならない。そのために必要なのは、組織の人々がこれまでどのような行動を取ってきたのかを物語るナラティブを調査し、彼らの行動の歴史と行動の理由に対する理解を深めることである。そのようにして生まれた会話を通して、グループのメンバーは、 今の立場から過去を検証し、今の立場から将来について考えるためのより多様で堅実な方法を見出しつつ、自分たちの現状をよりよく理解できるようになる。
再帰的な方法はナラティブを重視する。リーダーやマネジャーに勧めるのは、今自分たちが直面している厄介な事象について簡単に説明する文章を書き、それについてグループで話し合うことである(この種のアプローチについては第16章を参照)。人々はこのような活動を通して、自らの考えを深め、現状に関してより深い洞察を得るようになる。
ここで認識しておかなくてはならないのは、組織に属するすべての人々と同様に、ODコンサルタントもまた、自分たちの活動がどのような結果をもたらすのかを事前に確認できないという、不確実で予測不可能な状況下で仕事に取り組まなければならないことである。ODの実践を必要とするような複雑な状況にありがちな不確実性に直面すると、実践の結果がどうなるかについて事前に特定するのは、不可能とまでは言わなくとも、非常に難しいということがわかってくる。先が読めない世界では、ODの専門家たちも、コンサルティングの対象となるクライアントと同じく、自分たちの実践的判断力に頼る以外に方法がない。だが、自らの実践活動について再帰的に探究することによって、有益な成果を得ることができるだろう。
第8章 協働的探究としてのコンサルティング
本章のまとめ
対話型ODの枠組みの中でコンサルティングを実践する場合、すべての活動はクライアントとの協働作業である。コンサルティングの仕事は会話を通して実践され、会話とは他者との協力により成り立つ行為であるため、協働しないという選択肢はありえない。ODコンサルタントの実践の重点は「とのように協働関係を築くか」から、「共通の目的を達成するために、どのように他者と会話を共創するか、そして、学習を促進する会話にどのようにいざない、進めていくか」という側面に移行している。
協働的コンサルティングを実践するための対話的アプローチは、3つの重要な前提を基盤としている。1つめの前提は、協働的コンサルティングを協働的な探究の一形式と捉えることである。協働的な探究は対話を用いて、問題点の明確化、行動とその行動への内省を生じさせるプロセスの設計、自らの経験を省みること、将来に向けてするべきことの決定などに取り組む活動である。その中で用いられるのは、共同ミッションの設定、共同設計、共同内省、共同アクションのための会話である。
2つめの前提は、特定の問題や課題に焦点を合わせるための会話の設計は、 始まる前に行うことも、進行中の会話の流れの中で行うことも可能だということだ。設計によって結果が決まるというような単純な因果関係は想定されないが、特定の方法で会話を構成すれば、共通の目的を達成する可能性が高まると仮定できる。
3つめは、対話型ODの視点に立つ場合、ODの価値観にしたがって会話にいざない、設計することが重要だということである。そのような価値観に含まれるのは、肯定、関係性、生成的能力、創造性、対話の概念である。
組織における協働的な探究と学習を重視し、新しい洞察、考え方、行動を可能にする会話の共創は、科学的行為ではなく、芸術的行為である。真の芸術家と同様に、素晴らしい作品 (会話の内容)を作り上げるためには、インスピレーション(対話型の価値観)、適切な道具(設計としての会話)、原材料(会話の構造と進め方)が必要だ。しかし、協働的コンサルティングそのものに特定して考えるならば、素晴らしい作品は単に芸術家一人の意欲があるだけでは完成されない。コンサルタントと彼らとともに仕事をする人々が、ともに実践を進める中で、彼らが共有する価値観から生まれる力によって完成される共同作品なのである。対話型ODのコンサルタントがこれらの価値観を他者との会話の中で実現するとき、人々と協働する関係が築かれ、生成的な会話が生まれる可能性が高まるのである。
第III部 対話型ODの実践
第9章 変革を可能にするもの
本章のまとめ
本章では、組織が絶えず活動し、変化の過程に置かれているときに、人々が自ら仕事へのアプローチを変えるために、ODコンサルタントはどのように関わるかについて論じた。1つの事例をあげ、組織における変化を促進するために、ODコンサルタントが少なくとも3つのレベルのスキルを身につける必要があることを明らかにした。そのうちの2つは、プロセスの計画で組み入れられる、さまざまなアクティビティに関して統一性のあるナラティブを構築するスキルと、対話型ミーティングを立案・運営するスキルである。 さらに重要な3つめのスキルとして、ODコンサルタントの自己への気づきと内省のスキルも指摘した。そのようなスキルを備えたコンサルタントが舞台の上で対話に臨んだときにこそ、人々はそのプロセスに積極的に関与するべきかどうかを判断するからである。特に緊張や曖昧さが内在する状況においては、コンサルタントの自己への気づきと内省のスキルが試されることとなる。
以上の理論および実践に関する解説とあわせて、本章ではある組織でどのように変革が実現されたかを紹介した。プロジェクトの参加者による語りを引用しながら、参加者にアクションを促した要因について論じた。これらの要因から、プロフェッショナルな人々のグループにおける変革のプロセスのファシリテーションを行う際に、コンサルタントに求められることの全体像が見えてくるだろう。これらの要因は単独では作用しないし、あらゆる変革のプロセスに典型的な要因というわけでもない。しかし、対話型OD実践者が関与するすべての変革のプロセスにとって、有効かつ信頼できる要因である。
第10章 対話型ODにおけるエントリー、レディネス、契約
本章のまとめ
本章のまとめとして、「出発点」に格別な注意を払うことを読者の皆さんにアドバイスしたい。コンサルティングの出発点は、プロセス全体のトーンを決める音叉[楽器の音合わせに使う道具]となるからである。対話の精神に基づいた、平等かつ共創的なスタンスでエントリーと契約に臨めば、独自のトーンがやがて明らかになり、プロセスに新たな空気を吹き込んでくれるだろう。
レディネスの把握と醸成、エントリー、契約というフェーズは、その後の一連の取り組みのための単なる「準備」ではない。これらのフェーズはまさに対話が「生まれる場」であり、その後のあらゆる取り組みに大きな影響を及ぼす。そのために以下を推奨する。これらのフェーズで長々とした説明をしないで、このフェーズをモデルとして使うこと。対話型の人間かつ対話型 OD実践者としてのありようのよい例となること。そして、自分たちがともに携わっていく取り組みを反映するような、新しいことを用いていくこと。
第11章 対話型OD における変容的学習
結論とまとめ
本章では、対話型ODと変容的学習理論の関連性、ならびに、変容的学習の理論と実践を活用していかに対話型ODの実践を発展させることができるかを論じた。主なポイントは表11.2 (次頁)にまとめている。
本章で筆者は、よくあるファシリテーション戦略およびグループ戦略を別の視点から用いることによって、変容的学習を促進する方法を明らかにしょうと努めた。「変化だけでは足りない。必要なのは転換だ!」と切実に願うクライアントに対し、対話型ODの実践者が変容的学習理論の知識を用いながら、明確な道筋を示すのを支援するのが本章の目的である。
筆者は前著において、クライアントの複雑性やレディネス・レベルに基づいて診断型OD、対話型OD、あるいは、両者の混合型ODのいずれかを実践する際の枠組みについて論じた (Gilpin-Jackson, 2013)。その中で筆者は、 レディネスの高さが対話型ODの成功の中心となることを示唆した。変容的学習を対話型ODに適用し、不足しているレディネスを醸成するには、変容のプロセスの初期段階において、クライアントの情緒面を支援することが重要である。
本章は、変容のプロセスをたどるクライアント・システムと対話型OD実践者が、いかにして自分と向き合い、発展を遂げるべきかを明らかにしている。対話を通じた考え方、あり方、アクションの変容的学習は、個人とグループの両方のレベルで行われなければならない。2つのレベルでこれを実践できて初めて、組織全体での転換的な変革が成果として達成できるのである。
第12章 探究を組み立てる
コンサルティングやティーチングの豊富な経験を積んできたコンサルタントならば、優れた質問に大きな力が秘められていることを知っているはずだ。探究(inquiry)[訳注1]は継続的な学習を助け、人々が価値観や願望、ジレンマを共有できる「場」へといざなってくれる。 」へといざなってくれる。これを私たちは「探究の場」 と呼ぶとよいと考えている。ともに発見しようとすることが信頼関係やコミットメントを育む場である。そのような探究の場に参加した人々は、既知の事実を単に共有するのではなく、ともに学んで新たな理解を生み出し、新たな未来のメタファーとイメージを創出して、前進のための戦略を策定できる。
5つの探究タイプ
探究のタイプ/探究の目的/問いの例
情報共有的
情報を引き出し、コモン・グラウンドを生み出す
1. なぜ変革が必要なのか?
2. 何を生み出したいか?
3. 現状と望ましい未来を、どのようなメタファーで言い表すか?
肯定的
「最良の状態」を明らかにし、その実現に向けて何ができるかを探る
1. 私たちの独自性は何か?
2. 最良の成果を上げている状態を、どのようなメタファーで言い表すか?
3.1人ひとりの個性を、協働的な取り組みの成功にどのように活用できるか?
批判的
今の現実と変革の必要性に関する、体系的な理解を促す
1. 変革の必要性を示唆する出来事は起こっているか? それはどのような出来事か?
2. 変革に寄与し得る行動パターンはどのようなものか?
3. 変革が不可能だと思うのは、どのような側面か?
生成的
創造的な思考と組織化の新たなアプローチを後押しする
1. 最大の機会は何か? どうすればその機会を生かせるか?
2. 機会を生かすために、新たにどのようなメタファーやイメージを創り出せるか?
3. 新たにどのような対話を始めれば、積極的な関与を実現できるか?
戰略的
進むべき道筋と、取るべきアクションを定める
1. 望ましい未来に向けて、どのように前進することが可能か?
2. どのようなシナリオを想定しておく必要があるか?
3. 変革を後押しするような状況を、いかにして創り出せるか?
生成的探究を後押しするような問いとしては、以下のようなものが考えられる。
・私たちの目的を踏まえて考えたとき、組織の未来を左右するようなことは業界内で生まれているか?
・今すぐ目を向け、創造的エネルギーを注ぎ込む必要があるのは何か?
・どのような問いが、組織の運営と相互関係のあり方のイメージを導き出すか?
・私たちが発見する必要がある、私たちの潜在力は何か?
・望ましい未来の実現を後押しするような新たなアプローチがあるとしたら、それはどのようなものか?
・わが社にとって最大の機会は何か。それを最もよい形で現実のものとするには、どうすればよいか?
・それらの機会を現実のものとするために、どんな新たなメタファーやイメージを作り出すことができるか?
・興奮と新たな思考、アクションへとつながる新たな可能性を生み出すために、今日からどのような会話を始めることができるか?
・私たちの変革力が高まるように、個人やみんなの才能をどのように引き出せるか?
・私たちがまだ尋ねていない問いは何か?
今の現実と可能性のギャップを明らかにするような問いとしては、次のようなものが考えられる。
・今私たちが見ているもので見落としているものは何か。私たちが見ていないものは何か?
・望ましい変革に向けて前進するための私たちの力は何か?
・私たちの潜在力を最大限に活かすのを妨げる、または制限するものは何か?
・私たちが前進するような、創造力と革新力をどのように改善できるか?
第13章 コンテナをホストし、ホールドする
本章のまとめ
対話型ODの実践において、コンテナを創り、ホストし、維持する能力は不可欠である。コンサルティングの実践で中核的なこの能力は、繊細かつ重要なものだ。うまくホストされたコンテナは、見識の豊かさと創造性をもたらし、グループが集合的な知を身につけるのを助けてくれる。対話型ODにおいては集合的な意味の生成が、成果という観点から極めて重要なため、コンテナをホストする能力がチームにとって非常に重要な意義を持つのである。 適切にホストされなければ、コンテナはたちまち恐れや命令、コントロールを基盤としたものになってしまう。そのようなコンテナ内でのプロセスからは、対話型ODの目的や実践を損なうような成果しか生まれないのだ。
第14章 「彼ら」から「私たち」へ
本章のまとめ
スポンサーが単なるコンサルティングではなく、マルチグループ・ダイアログへの積極的関与を通じた新たな戦略づくりや、複雑な課題の改善、集合的なパフォーマンスの向上といったことを望んでいる場合、その組織は、継続的な学習と全ステークホルダーによる積極的関与に向けて前進していると言える。このようなダイアログには、何か違うものが生まれるのではないかという期待がつきものだ。マルチグループ・ダイアログの実践に当たってリーダーは、複数のグループにダイアログへの参加を一回呼びかけた後に、 命令を下してコントロールする関わり方に戻り、新たな組織のあり方を考えないという姿勢であってはならない。マルチグループ・ダイアログを終えた後、それらの全グループによる組織への積極的関与をリーダーが推進しなければ、参加者の間に否定的な態度が生まれ、組織内でサポートを得ることはできなくなるだろう。
対話のプロセスにさまざまなグループの積極的関与を促すことを、軽々しく考えないほうがよい。ちょっと試してみたいという程度の気持ちで、あるいは、組織が解決できずにいる問題の特効薬になるという実践者とスポンサーの思い込みだけで、マルチグループ・ダイアログに挑戦してはならない。
さまざまなメリット (エコシステムの全体像を捉えられる、イノベーションを実現し得る生成的イメージを生み出せる、不可能を可能にする組織へと転換できるなど)を考えれば、マルチグループ・ダイアログは挑戦するに値するプロセスだが、本書に記述されている慎重な準備を怠ってはならないのである。
第15章 変革の強化
バランスのよい変革のための4つの役割
役割/目的/重要なアクション/課題
センサー (感知者)
警告灯となって、 システム内で起こっていることを評価する。
異なる視点を浮き彫りにし、葛藤を可視化して、人々の関与を促す。
特定の変革を断定的に唱道することはない。多様な視点を考慮せずにすぐに前進したい人からは歓迎されにくい。
フレーム・ セッター (枠組み設定者)
アイデンティティ、 方向性、および他者への指針を確立する。
幅広い視野と戦略的な視点を備える。
ポジショニングや境界の設定を支援する。
リーダーだけに限定せず、 誰でも担えるようにする役割。この役割が優勢になると、人々のニーズやモチベーションが軽視される恐れがある。
スタビライザー (安定者)
秩序と構造を維持する。過去にうまくいった事柄に注目するよう促す。
計画と構造の策定を支援し、信頼性の高い、一貫性のある価値の提供を助ける。
システムのバランスや安定性の大切さを軽視しがちなイノベーターからは、過去に固執し過ぎではないかと批判を受ける恐れがある。
イノベーター (革新者)
変革のためのインスピレーションやエネルギーを対話にもたらし、組織の前進を後押しする。
アイデアを提示し、 リスクを取り、システムに新しいことを探究するよう促す。
他の役割とのバランスを無視した、まるで見当違いのアイデアを提示することがある。プロセスの達成に向けた持久力に欠ける場合がある。
本章のまとめ
対話型の変革プロセスは、常に変化し続ける世界に対して組織が備えるための支えとなる。人生における変化と同様、ビジネス環境の絶え間ない変化に対応するためには、組織は自発性と柔軟性、そして、ゲームをリードし続ける能力を身につけていなければならない。対話型の変革プロセスは、即興性や創発性、流れ、試行という形で、絶えず変化する世界を形成するあらゆる有機的要素を活用できたときにこそ、その成果を発揮する。トップダウン・アプローチの変革と異なり、対話型アプローチの変革はアイデアを持った誰もが参加して、変革のための新たなモデルを提案したり、他者へのフィードバックを提供したりできるのである。
本章では、3段階モデル(モデルづくり、醸成、埋め込み)を用いて対話型の変革を考察し、対話イベント終了後にさまざまな機会を強化する方法を詳述した。組織が変革の種をまき、肥料を与え、新たなモデルを育むための手法も紹介した。モデルづくりの段階ではスポンサーが、自己組織化のプロセスに積極的に参加し、新たな何かを試そうとする人々を支援し、彼らがリスクを取り、課題のために行動するのを奨励することが必要である。このような種をまく際には、成果を上げることではなく、何かを試みることを重視する必要がある。続く醸成の段階では、イノベーションの小さな芽や望ましい変革を目に見える形にすることで、スポンサーはいつ、どこで肥料を与えるかを知っていく。さらに埋め込みの段階では、他のリーダーの支援を受けながら、スポンサーが組織全体に変革を組み込んでいく。そうすることで、複雑性や反応性、適応性が増していく変革を、構造とプロセスによって支援することが可能となる。
ODコンサルタントは、対話型の変革を力強く導くことができる。適切なスポンサーシップの構築、デザイン・チームの結成、さまざまな対話イベントを含めた戦略的なデザインの策定、多様な見方の統合、探究の組み立て、 コンテナのホストといった役割に加えて、ODコンサルタントは対話型の変革プロセスにおいて生まれるエネルギーとアイデアを強化する戦略を駆使し、優れたアイデアを組織の新しい現実に転換させる必要がある。そのために ODコンサルタントは、小さな勝利や成功した試行、勢いを得たアイデア、 驚くべき成果、想定外の好ましい成果を活かす必要がある。また、構造とプロセスを組織に組み込むのを支援し、対話イベントから生まれた変化をスポンサーが見守って鼓舞することができるように、構造やプロセスを組み込むのをODコンサルタントが支援することも必要だろう。
シャインが本書の序文で述べているように、対話型アプローチの変革プロセスに必要なツールや行動様式、指向性は、60年以上も前から存在する。 にもかかわらず、現在このアプローチを意識的かつ意図的に応用している組織はごくわずかである。これは、我々がまだ20世紀初期の科学的なマネジメント理論に基づいたリーダーシップ・スタイルから抜け出せていないことの証ではないだろうか。だがそのようなマネジメント・アプローチは、シンプルかつ機械的な組織構造にしか、もはや通用しない。
組織がネットワーク化されるに従い、日々直面する課題は一層複雑化し、 厄介になっていく。また、今日の創造的な人々は、職場とビジネスを共創することを強く希望している。こうした環境で必要なのは、誰もが参加でき、 誰でも招くことができる、柔軟な組織の枠組みである。OD実践者が対話型の思考を組織に組み込むのは、決して容易ではないだろう。道理や合理性は往々にして、潜在意識下のプレッシャーや不安に駆逐されてしまうものだからだ。
未来がどうなるかはわからないが、1つだけ明白なことがある。変革について私たちが今学んでいることも、変化し続けているということである。未来の社会では、組織はもっとオープンに、対話と協働を通じて変革を実践し、 対処する新しい方法を探究していることだろう。これが、21世紀のネットワーク経済における適応を要する課題への、唯一の答えではないだろうか。
第16章 対話型ODパラダイムによるコーチング
第17章 対話型プロセス・コンサルテーション
第IV部 結論―今後に向けて
謝辞
訳者あとがき
職場マネジメントへの示唆――第三のインパクト
最後に、日本企業における職場のマネジメントへの示唆について考えたい。
具体的には、組織内で語られているナラティヴが変わることの重要性、そして、マネジャーのマインドセットを見直すことの重要性という2つの側面から考えていく。
まず、組織内のナラティブが変わることについてである。組織の中には、 多くの人々が会話の中で用いている語られ方がある。働き方改革の例を挙げると、これまでの支配的な語られ方は、「22時まで仕事をするのは当たり前」、 「17時に退社するのは憚られる」というようなものであったと考えられる。
しかし、働き方改革が叫ばれ、会社が残業時間を減らすことに本気に取り組むようになった結果、「仕事は効率的に進めて17時に仕事を終える」、「残業は避けて、定時退社が望ましい」、「長々と仕事をするより、短時間で効率的に仕事をすることが重要だ」という、別の語られ方に変化してきている。
だが、多くの企業が働き方改革の施策として、20時になったら会社の電気を消す、残業の上限枠を減らすといったルールや仕組みを設けることで対処している。そのようなハードな側面の変革だけではなく、組織内で語られる会話が変わること(ソフトな側面の変革)の重要性を、対話型ODは示唆している。対話型ODでは、組織の中での語られ方が変わること、組織の日常における会話の言葉が変わることが、本質的な変化だと捉えている。
「残業を減らせと上から言うなら仕事も減らしてくれ。これ以上個人で対応するのは無理」という不平不満が語られる会話から、「職場のみんなで協働して仕事を効率化し、活き活きと仕事をしよう」と語られる会話へ変わること。「仕事は辛いものでストレスがあるのは当たり前」という発言から、「仕事はしんどいこともあるけど、協働してやり遂げる達成感も味わえる」という発言に変化していくこと。
そのような会話の変化は、マインドセットや関係性の変化から生まれ、マインドセットや関係性のさらなる変化を促進する。社会構成主義を端的に表した表現である、「言葉は世界を創る (Words create world)」ならぬ「言葉は職場を創る」、「言葉は組織を創る」のである。
次に、マネジャーのマインドセットを見直すことの重要性について述べたい。「訳者まえがき」でも触れたように、日本企業のマネジャーの中には、 入社時から経験してきた「指示命令型マネジメント」を信奉して実施し続けている人が大勢いる。指示命令型マネジメントは、取り扱う業務が「技術的な問題」(解くべき問題とその解き方がわかっていて、専門家によって技術的に解決できる問題。ロナルド・ハイフェッツ氏が提唱)であり、マネジャーが解決策を知っている場合は機能する。
しかし、時代とともにマネジャーの役割も変化しているのではないだろうか。凄まじい技術の発展、業務内容の複雑化に伴い、マネジャーよりも部下の方が、業務内容に精通している場合が多い。にもかかわらず、指示命令型のマネジメントにこだわり、業務内容や部下の取り組みを知ろうとせず、数値目標の達成のみを指示し、達成できなかった場合に叱咤激励を繰り返す。 この関わり方を続けている限り、部下との協働関係は構築されず、マネジャーに対する不信感が高まることになるだろう。
加えて、マネジャーの役割とともに問題の質も変化しているようだ。
VUCAの時代(不安定で、不確実で、複雑で、不明確な時代)と言われる現在、 私たちは多くの局面で「適応を要する課題」 (これまでの経験や技術では解決できない問題。自らの価値観や考え方、行動を見直して、自らを新しい環境に適応させる必要がある課題)に直面している。既存の解決策では対応できない場合、上司と部下たちがチームとして対話を行い、自らの見方や前提を見直し、新しい見方や前提、発想やアイデアを創発していく必要がある。
このような「チームとしての創発」を可能とするには、マネジャーがもつマインドセットの変化が必要となる。指示命令型のマネジメント観では、マネジャーは自らの役割を、指示命令によって成果をコントロールすることだと認識していた。一方で、対話型ODが示唆するのは、マネジャーが対話型 ODのマインドセットをもつことの重要性、すなわち、マネジャーが成果のコントロールを手放して、チームによる探究と創発という生成的能力を高め、 潜在力発揮と自己組織化を促進することの重要性である。
さらに言えば、上司と部下の関係自体が「適応を要する課題」だといえる。 マネジメントそのものが課題の一部であり、新しい部下や新しいチームに適応し協働するためのマネジメントのあり方について、対話を通して探究しつづけることが要求されている。