尹雄大のレビュー一覧

  • 句点。に気をつけろ~「自分の言葉」を見失ったあなたへ~

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    この著者の文章から受ける、優しく放っておかれる感じが好きだ。説明しすぎない。読者に考える余白をくれていると感じる。読んだ後に自分のこれからの人生が今までより生きやすくなるだろうという予感がした。今まで自分に鞭打ってきたかもしれないと、振り返るきっかけをくれた。1度目は内容を理解することに集中して読んだが、2度目は自分の感覚と対話しながらそして本の中の著者とも対話しながらじっくり読み進めようと思う。私にとっては、繰り返し読みたい、手元に置いておきたい本である。

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    2026年05月20日
  • ガラスと雪のように言葉が溶ける 在日韓国人三世とルーマニア人の往復書簡

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    単刀直入にまずはこれから…Stealth(ステルス=賺(ぬか)方)になりますが、見出しで大体は察しますので…では改行後に本題を…。


    確かにね…昔(憲政以前)に日本国籍(or永住権も同じ)取得者同士でもこれは‥これでと辛抱と寛容が効いたのですけども…(今では…)某国際機関の足枷も痾无(あり)効かなくなった中での、こういう対談は…益々重要性を増して機てるのが…痛感している国内外 の御時世ですね…。

    あっ‥四つ星(星4つ)にしましたが…五つに変更してから…投稿します。

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    2026年01月28日
  • ガラスと雪のように言葉が溶ける 在日韓国人三世とルーマニア人の往復書簡

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    言葉を通して、言葉にならないこと、語り得ないことについて語られているような、尹さんとイリナさんの往復書簡。

    静かな悲しみが胸の奥に積もってゆく感じがしました。
    良い悪いではなく、確かにそこにあること。
    断じることで終わりにしようとするのではなく、胸の奥に携え、その感覚とともに生きてゆくこと。

    母国語を、子どもに伝えずに生きてゆくということ。

    深い悲しみが、苦しみが、伝わってくるようでした。

    イリナさんの書籍を読んでみたくなりました。

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    2025年10月07日
  • 句点。に気をつけろ~「自分の言葉」を見失ったあなたへ~

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    ひぃーー、わかりみが深すぎる
    って感じの本でした。

    卑屈な自分を相手に認めさせるという、巧みなプライドの保ち方の取引を相手に強いている。

    ↑の部分がめちゃくちゃわかる
    こんな自分でに辟易していたけれど、どういう状況?っていうのがわかっていなかった。
    自分を客観視してここまで言語化できるのすごい。
    いま、私に必要な本だと思う。

    だけども、やっぱり自分に正直に感覚に従うって、とってもイマドキじゃない。
    だって、ビジネスの場に身を置いていると、金太郎飴みたいにみんな均一な人間の方が圧倒的に効率がいいと思ってしまう。なんなら、今の組織では、そうじゃない人は要らないってスタンス
    だから、変化する勇気がでない。感覚的にはわかっていたのかも知れないけど、首が回らなくなるまで分からないふりをするのかも…

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    2024年08月20日
  • 句点。に気をつけろ~「自分の言葉」を見失ったあなたへ~

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    Xで感想を投稿している人を見つけて、ライターとして、なにかヒントになるものはないかなと手に取った。

    辻褄は合わなくていいこと、自分の中にあるかたちを言葉にできなくてもそれでいいこと。自己肯定感は高めるものではなく、ただ自分を見つめて自分が自分であること。わたしの仕事の一端は人に向き合って言葉を受け取り、それをうまくまとめて伝えるものだけど、仕事に向き合ううえで、とても大切な余白を感じた。

    難解な部分も多かった。通読したいま、読み返して理解を深めることはできるかもしれないけど、またこの本を開いた時に新鮮な気持ちで向き合うためにとっておきたい。

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    2024年07月09日
  • 句点。に気をつけろ~「自分の言葉」を見失ったあなたへ~

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    うまく話せたりしなくても大丈夫。そうやってどもってしまう自分も、がんばって言葉を引き出そうとしてる相手も、待つことが大切。自分自身をありのままに受け止めて見つめていくこと。

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    2024年04月26日
  • 聞くこと、話すこと。~人が本当のことを口にするとき

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    ネタバレ

     今流行りの「傾聴」の手法に対して、「それは本当に相手の話を聞いていることになるのか?」と疑問をなげかけるところがとても良かった。相手の話を自分の言葉で「まとめてあげる」ことは、本当に相手の言葉を聞いていることになるのか?
     そして沖縄の少女の話では、トラウマを抱えた相手は「語るべき言葉をもっていない」という内容もとても素晴らしく、心に留めておくべきと感じた。

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    2024年01月12日
  • さよなら、男社会

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    男性が「感じる」ことを拒否していることに気づかないと解決しないジェンダーの問題を深く書いてくださっているので、ここまで言語化してくれてありがたい気持ちです。

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    2023年10月20日
  • 聞くこと、話すこと。~人が本当のことを口にするとき

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    経験を積んで、ようやく自分の思いに近いものを言葉に変換できるようになってきたと思っていた。言葉で理解できる、されることはある種の欲求であり、快感だと思うようになってきた。
    その思考を180度ひっくり返されたのが本書。

    言葉で理解しよう、理解できると思うほどそれは信頼から遠のく。自分自身も未知や可能性を失っていっている。

    言葉は意味を伝達するためにあるというところから一歩引いて、言葉で言い表せない感覚を思いだしたとき、相手の心模様をより深く感じとれる。
    それは自分自身をも尊重し肯定できることにつながっていく。

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    2023年09月22日
  • 親指が行方不明

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    心からの声、勝手に動く身体、痛みを伴う出来事の数々に読んでいてざわざわしてきたのですが、読み進めていくにつれて明かされていく「層」の存在に最後は深く納得しました。

    前半部分ではまったく想像し得なかった着地点で、心の震えを感じています。
    身体は多層的であること。
    自分の身体の層に宿る他者の存在に気づくこと。

    著者の他の本も読んでみたくなりました。

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    2023年07月12日
  • 異聞風土記

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    著者のお名前、読み方は、ゆん・うんで氏、ライター、インタビュアーとのこと。
    表紙が素敵すぎ、タイトルにも惹かれ拝読。

    親と祖父母世代が大変な、本当に大変なご苦労をされた在日の方で、その当時の暮らしぶりら京都での特殊なコミュニティとの関わり、お婆さまの特異な生き様が壮絶で読んでいる方もショックであり、淡々としかしその当事者としてのどうしようもないありようが描かれている。
    そのほかの時代(筆者のご年齢、そのときどき)の、土地の描写もとても丁寧で内在的洞察に富み、一読の価値あり。繰り返し読めば毎回違う気づきがあるだろう。

    風景の変貌、喪失。記憶の源泉がたたれるものがこれほどつらいとは。という気持ちを吐露される神戸、震災1995年。インドを旅してトラブルフルな旅で、自分のアイデンティティを求めなくなった。インドの空の下でどうでも良くなる。何者であるかは、私が考え決めることではない、自分が何者か、そんなことはあれこれ考える自分の外側にあることだと悟る。

    続きあり

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    2023年01月03日
  • さよなら、男社会

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    日本で生まれた男性が、どのようにして男性性を身につけたのかという「参与観察」。
    聞こえてくる声や暗黙のルール、それらに縛られていく筆者。
    韓国ルーツという出自も影響しているかもしれないが
    丁寧に観察していると、男性は想像以上に『男らしさ』を強いられているのだと分かる。

    読みやすいだけに批判的に読まないとね。

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    2022年08月27日
  • さよなら、男社会

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    生きてる中で感じてきたモヤモヤを全て言葉にして表現されたような感覚だった。このモヤモヤの正体を文章にするとこんな感じか、これこそ感じていた違和感や苛立ちの正体だと。

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    2022年04月07日
  • さよなら、男社会

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    とてもスッキリした理屈。男性が女性を差別する根源を丁寧に掘り起こしていて、本当に納得。
    ただ原因がそこにあるとすると、男性が自ら気付き解き放たないと。解決までの道のりは遠いなぁ。
    でも女性が、もしくは気付いた一部の男性が『教えてあげて』得られる平等な社会じゃあ本物じゃないしなぁ。

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    2021年12月03日
  • さよなら、男社会

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    これ、すごくいい本。どうやって男性が男性になるのか、男性の洗礼も書いてあるし、そこから脱却することも書いてある。第4章からは読んでいて自分の中にあるミソジニーと向き合うことになるので私は辛かった。内省。

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    2021年04月01日
  • さよなら、男社会

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    「話が通じる」という安心感があった。
    息子たちを育てていくうえで覚えておきたいこと、大事にしたいことがたくさん書いてあった。夫には今さら期待しない。これからの時代を生きる人には伝えていかなきゃと思った。

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    "感覚的だと言われる話し方は「時系列に置き直して順序よく話すには膨大すぎて、端的にストーリーとして語ることができないくらいの感情と感覚がそこにある」ことを示唆しているのだと僕は理解している。そして結論が見えないと言われがちな「まとまらない話」というのは、散漫ではなく、「わかりやすい解釈を通じて話すことができない」ことを意味しているのだと思う。だから、何が必要かというと時間だ。耳を傾けるという滞空時間が必要なのだ。男たちはそれが冗長に感じて耐えられない。なぜだろうか。ひょっとしたら自分とは異なる存在のありありとした「他者性」を感じることを回避したいのではないだろうか。"(p.188)



    "男性性は男性だけが備えているものではないし、女性の中にも男性性はある。女性性もまた男性のうちに存在する。ただ、ここでいう男性性が「逞しさ」だとか「論理的」を意味し、女性性は「細やかさ」「感情的」といった、社会の用意したステロタイプである必要はもう本当にない。"(p.158)

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    2020年12月30日
  • 体の知性を取り戻す

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    尊敬できる人と仕事できるのが嬉しくて、ついその方のために、承認されるように頑張ろうと力が入ったとき、このスタンスでいいのかな?という違和感があった。それって、他人に自分を受け渡すのと同じことでは?という疑問がわいたのだった。その日にたまたま開いたこの本で、私の感じた疑問と同じことが書いてあって驚いた!何事も、力をも入れずして天地を動かす、を大事にしたい。

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    2020年11月07日
  • 体の知性を取り戻す

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    超面白い! こういう本を読みたかった。
    身体論から、現代人が縛られている「何か」について解き明かす。体の「知性」ということになるのだが。

    2016.11.29.

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    2016年11月29日
  • 体の知性を取り戻す

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    著者はフリーのライターですが、十代で陽明学の「知行合一」の考え
    方に出会って以来、心と体の一致を探ろうと、キックボクシングや武
    道を開始。その探求の中で出会ったのが武術、とりわけ韓氏意挙とい
    う「究極の武術」でした。本書は、そんな究極の武術にまで辿り着い
    た著者が、自らの心と体の探求遍歴の中で学んできたことをまとめた
    ものですが、これが衝撃的に面白い。新書ですが、生きることの概念
    を変えてくれるくらい、刺激と気づきに満ちた一冊です。

    著者が繰り返し述べるのは、いかに我々の体が社会化されているかと
    いうことです。小さい頃から「前へならえ!」と命令され、他人と同
    じように、きちんと生きることを教えられる。それは社会生活を営む
    上で必要なことですが、その過程で、体が緊張し、こわばり、固まっ
    てゆく。自分の最大の個性である体の声に耳を傾けることなく、感覚
    よりも知識や思考に基づいて行動するようになるので、型通りのこと
    はできるけれど、危機に対処できるような柔軟性や創造性をなくして
    ゆく。不測の事態に対処できる自信がないから、余計にノウハウや型
    に頼るようになり、自分自信からどんどん離れていってしまう…。

    そうやって現代人は、人間が本来持っている能力を生かすことなく、
    その存在に気づくことすらなく、ただ漫然と生きているのです。何か
    を知ったり、何かをできるようになったりすることで得られる他者か
    らの承認を糧に、自分自身に対する自信を深め、やれることを拡大さ
    せ、自己実現を図っていくというのが、成功のモデルと語られますが、
    本当にそうなのか。そこに無我夢中で生きている時ならではの生命の
    充溢はあるのか。この世界と共にあることの歓喜はあるのか。

    著者の以下の言葉がとても刺激的でした。「(魚は)海という広がり
    を自分だと感じているのではないか。魚にとっての海とは自分であり、
    それは『これが自分だ』と限定する必要のない可能性そのものなのか
    もしれない」。この世界の広がりを自分自身と感じられるような自在
    な生き方をすること。そんな生き方ができたら最高ですよね。

    体の側から見ると、「自分」が随分と違って見えてきます。「自分ら
    しさ」とか「個性」というものに対する考え方も変わります。体こそ
    が個性であり、そこに人間の可能性が眠っているんだという考え方は、
    ある種の救いでもあります。

    学びや教育に関する考え方についても、根本的な変革を迫る一冊です
    ので、人を教える立場、指導する立場にある方にも有用な一冊となる
    ことでしょう。是非、読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    「小さく前へならえ」と「よく考えてからものを言いなさい」と命じ
    られたときの、きゅっと胸がすぼまり、口の中に酸っぱい唾が充満し、
    身を縮めた感じをいまでもよく覚えている。

    いつしか体は、自分によってか他人によってかの差はあっても、指図
    されるもの、何かの命令を実行する機械みたいなものとみなされるよ
    うになった。

    緊張して固まった体はとても扱いやすい。軽く、弱い。

    写真を見てまず驚いたのは、(…)五歳くらいまでの自分の屈託のな
    い笑顔だった。笑うときは全身で笑っていた。体はくまなく笑顔に彩
    られていた。いまはこんな笑い方はできそうにない。

    小学校の高学年になると、全体的に漂っていたやわらかく、開いた印
    象がまったく消えてしまい、表情は硬く、目は釣り上がり、肩を怒ら
    せるようになっていた。刺々しさだけが私を表していた。

    改めてなるほどと思ったのは、子供の頃から社会化を経験していく中
    で、緊張が次第に深く自分の体に浸透していったということだ。そう
    いう意味では体は正直だ。

    気がつけば、世の中には禁止のメッセージが溢れている。子供から大
    人まで「ちゃんと・きちんと・正しく」を守るようにと要請されてい
    て、体が知らないうちに無駄な緊張を覚えてしまっている。

    頭で体をコントロールする。それが生きることだと私たちは思い込ん
    でいる。それでも台風のような自然現象に出くわすとき、ふと気づく。
    私たちの体も本当は制御できない自然の側に属するのだということに。

    体はいつも私たちに現実の何たるかを教えようとしてくれている。

    武術とはどういう術かといえば、生に徹することだと思う。武術は切
    羽詰まった生の極みを問題にする。なぜなら絶体絶命に陥ったとき、
    普段の暮らしで通じる理屈や言い訳、責任転嫁、甘えが一切通用しな
    いからだ。

    教育の名において繰り返し正しいとされたのは、「しなければならな
    いことを通じて人は成長する」や「数や量をこなすことで質が向上す
    る」といった窮屈な考えだった。だが、自然も赤児もそういう常識と
    は違う何かを訴えているように感じた。

    自分を刷新してくれるような出来事は、いつだって些細なことなのだ。
    それをちゃんと捕まえておけるかどうかが、ものの見方の転換になる
    かどうかの分かれ目になるのではないか。

    師匠の芸なり技なりの肝は、「これが基本だ」といって言葉で抜粋し
    にくいものだ。日常の所作に触れ、見て取ることがもっとも効率のよ
    い学習かもしれない。

    他人の提示してくれた理想に憧れているだけでは、いつまで経っても
    切実な学習は始まらない。

    物事を新しく始めた人は外部に手本がなかった。
    (…)
    頼れるのは感覚のみで、躊躇いなく行けば泉に行き当たった。

    体に対しては、自分の外にある理想のモデルを学習しても意味がない。
    自分で新たに気づくことがない限り、決して深く学べないのだ。

    概念を生きるのではなく、ただ生きる。
    それができたとき、何かの目的や正しさに従わずに、自立して生きる
    ことができるかもしれない。

    目指しているのは、人が本来持っている能力の最大限の表現だ。

    自分とは何か。自然とは何か。それを知る上で手がかりになるのは、
    自分の体だ。

    ちっぽけだろうがなんだろうが、遭遇した事態は自分独自の出来事で
    あり、己で何とかしないといけない。自分という存在、つまり体は、
    常に個的で他の誰とも取り替えがかいないのだ。自分の感じているこ
    とが、自分にとっての現実だ。したがって人の数だけ現実は存在する。
    そこに特別さはなくとも、同じ体はふたつとないのだから、極めてオ
    リジナルな見方しかありえない。

    私たちは、何かをすれば、何かを知れば自信がつくと思っているけれ
    ど、それはかなり見当違いなのかもしれない。新たに何かを獲得する
    べく努力するよりも、身につけてしまった思い込みを外しさえすれば
    いいのではないか。

    危機はわかりやすい形でも劇的でもなく、何気ない顔をしてやって来
    る。だから「違い」というニュアンスを感じ取れるか否かが生き死に
    の別れ道になる。

    人生において「必ず成功する」といった絶対不変の法則はないだろう。
    だが、必ず失敗する法則性があるとしたら、それは求めても現にいま
    手に入れられない状態を思い描き、飢餓感をつのらせるときだ。
    それは、いま・ここの現実からずれたことを望んでいるのだから、実
    現されるわけがない。

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    ●[2]編集後記

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    学校は何のためにあるのか。最近、よく考えます。

    娘を見ていると、小学校は何のためにあるのか考えさせられるし、
    学歴は高く、言うことは立派だけど、何かとても大きな勘違いをし
    ているように見える若い子達を見ていると(こんなこと言うのは、
    オヤジになった証拠ですが)、高等教育機関の存在意義についても
    考え込まされます。

    自分は大学に行けて良かったと思います。学べたことはあったし、
    尊敬できる恩師との出会いもありました。勿論、卒業した結果、学
    歴の恩恵も受けている。でも、大学に行ったことで、逆に、とても
    遠回りをしてしまったのではないかと言う思いもあります。学びに
    対する本当の意味でのモチベーションがないままに大学に行ったた
    めに、結果として無駄な期間を過ごしてしまったからです。

    本当の意味でモチベーションが出てきたのは、大学に入って5年目
    でした。最初の4年間は、学びに対するモチベーションを開発でき
    ないままだったのです。最高の教育環境にいても、学びに対するモ
    チベーションのない人間には、全く役に立ちません。逆に最高の環
    境にいるという甘えが、人をダメにします。

    結局、学ぶ姿勢、学ぶ動機を持っていない人間に、学びの機会を与
    えてもしょうがないってことなんですよね。良かれと思って学びの
    機会を与えても、肝心の動機付けができてなかったら、逆効果です。

    では、どうすれば学びに対する動機付けができるのか。今は答えは
    ありません。小三の娘に伴走しながら、探求していこうと思います。

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    2015年12月26日
  • さよなら、男社会

    Posted by ブクログ

    話に追いつけているわけではないので、読んで思ったこと。
    自分の中にも男性性があり、男性性・女性性どちらの視点でも読んでいた。
    感じること、波があることを、いつの間にかいけないことだと思うようになって、おだやかになろう、均そうとしていたなと思った。
    社会や相手にとっていい子いい人になろうと努力してきたことが苦しかった理由が分かったような。
    ここ半年ぐらいイライラが強くて、原因は職場環境や人間関係ではあるんだけど、自分の中にいる自分を抑圧してコントロールしようとしていた事もきっとあるなと思えて。反動で感情が溢れたんだなーと思ったらなんだか気持が凪いだ。
    タイミング良く読めてよかった。

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    2026年07月07日