Posted by ブクログ
2021年02月01日
男性が『男社会』について研究し、言及しているのは、あまりないのではないか。そう『社会』ではない『男社会』だ。
何が違うのかは、本書を読んで頂くと、ニュアンスが伝わると思うのだが、
一般的に、男性が『社会』について語る時、それは大前提として『男社会』であるし(自覚の有無は一旦おいておくとして、しかし、...続きを読む無自覚が多いと思う)、フェミニズムについて語る時、それは圧倒的に力を持つもの立場から弱者を語っていると感じる。
けれども、その大前提がある限り、『社会』はずっと『男社会』なんだよな、とずっとずっと感じてきたので、まずは、こういう本を書いてくれる男性がいるのだな、と言うことに興味を惹かれ、手に取った。
こういう本を、男性が一人でも多く読んで、一人でも多く、考えるきっかけにしてくれたらなあと願う。おそらく、せっかく居心地よく住んでいる世界に異議を唱えられる、指摘されたくないことを指摘される不快感みたいなものはあるのだろうけど、冷静に読んでもらえたらなあと。
なぜなら、いくらフェミニストと言われる人たちが、必死に声をあげても、なかなか世の中は変わらないから。これは、性差だけではなく、昨今言われている、ダイバーシティと言うことは、全てそうだと思うのだ。人種差別も宗教もセクシュアリティも。
マイノリティの声は小さく弱い。だからと言って、声を上げることを辞めたら、無音だから、辞めてはいけないのだけど、マジョリティが本気になって、耳を傾け、声をあげる手助けをしてくれなくては、変わらないから。
そんな思いとは別に、男性には男性なりの、『男社会』で生きる辛さ、男性性を幼少期から求められていくことの辛さもあるのだな、と改めて気づかされた。と言うことは、やはり教育なのだとなると、これは、男性任せじゃなくて、やはり女性も母親として、息子にどう接していくのか、そこには責任があると感じた。
この本の内容を、それだけ評価していながら、評価3にしたのは、少し、著者の個人的なところの描写が多いので、そこをもう少し、数々のインタビューをしている著者ならではの切り口で、他の男性にも落とした形での説明に割いてもらえたら良かったのにな、と感じたからなのだが、
一方で、
著者の子供時代の親とのやり取りを読むにつけ、私は私で、親に「女の子だから」と言う理由で、言われ続けたことが、苦く思い返され、男女の差はあれ、辛さに共感してしまうのだ。男女関係なく、親には愛されたいし、強くありたいし、本当はありのままの自分を受け入れて欲しいのだな、と。