中屋敷均のレビュー一覧

  • わからない世界と向き合うために

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    「はじめに」と帯に書かれていた内容に救われた気持ちになりました。報われない、分らないこと世界ですが、考え、今の時間を大切にしていこうと思いました。

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    2024年05月05日
  • 遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎

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    もともと生物学の研究者だったけど、その分野を離れて15年が経つので、思い出すために読んでみた。

    途中までは知っていたし、ヒポクラテスとかの哲学には興味がないので読まなかった。

    RNAワールドやプリオンのところから読んだのだけど、これ素人が読んでわかるのかな?と思った。
    大学の生物学を真剣にやっている人くらいしか分からないのではないかと思った。

    著者は生物学に誠実な人だとは思った。
    僕はまあまあ面白かった。

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    2023年04月16日
  • 遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎

    購入済み

    すごい学びができる

    正直理解できないレベルの内容でしたが、80年代の生物学では想像できなかった常識が多く学べて、感動しました。RNA ワクチンや狂牛病、アルツハイマーなどにもつながるように思います。セントラルドグマのリセットができました。

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    2022年06月18日
  • 遺伝子とは何か? 現代生命科学の新たな謎

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    タンパク質をコードする塩基配列が遺伝子というところで知識が止まっている人(私も)にとって、最新の知見を簡潔に学べるのでお勧め。

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    2022年04月30日
  • ウイルスは生きている

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    人間は新型コロナを駆逐しようと躍起になりコントロールしようとしているが、新たな変異という「ジャンプ」を引き起こすだけで、もしかしたら余計なことをしているのかもしれない。

    生命はゆらぎのようなもので独立している生物という物はない。混じり合って存在しているカオス。
    これは仏教にも通じる概念だと思った。

    だから他人を病原体とみなして攻撃したり恐怖に駆られて人の夢を奪う社会は、ひとときのゆらぎに生きている私たちにとって健全であるとはいえないですね。

    生命を一段高いところから俯瞰して見せてくれる本。

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    2021年05月24日
  • ウイルスは生きている

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    ウィルスは自己増殖しないので生命ではない、と言われているが、生命とは何かを改めてよく考えると、実はウィルスも生命ではないのか、と問いかける本。
    蛾の幼虫に卵を産んで寄生する蜂(カリヤコマユバチ)の、寄生幼虫が寄主を巧に操るようすは、実はウィルスが関係しているとは、なんということか!
    生命進化は伽藍(整理され主導された環境)かバザール(種々雑多なものが入り交じっている環境)かなんていうのも、興味深い内容であった。

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    2021年04月14日
  • ウイルスは生きている

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    ウイルスとは何か、今まさに世の中を惨禍に巻き込んでいる新型コロナとは何か、なぜ生まれたのか、何者なのか、、よくわかる。

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    2020年04月11日
  • 科学と非科学 その正体を探る

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    ▼新しい概念とは
    ■一人の夢から生まれたものが、社会に認められて、科学理論の体系の一部となったもの

    ■新しい概念は、今の常識という前提では想定しないものが多い
    だからこそ、正しさだけでなく分かりやすさが重要

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    2020年01月01日
  • 科学と非科学 その正体を探る

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    世界は科学的に説明できる部分もあるし、科学ではまだ説明できない部分もある。科学で説明できる範囲は限定されるし、それまで非科学的とみなされていた事象を科学的に説明できるようになった部分もある。

    分子生物学者である著者は、科学と非科学の境界は絶えず、行きつ戻りつするのだと言う。それは、科学的知見は常に検証、修正が行われ、より確からしい理論へと改善されていくと言うことだ。しかし、それが即ち、科学は日々アップデートされ、世界をより正確に説明するようになってきているかと言うと、そう単純でもない。

    「科学的」だとか「非科学的」だという表現は一般的に使われている。いわゆる「科学的」とされるものは客観的に再現性が確認されていることだとされるが、「科学的」な厳密さを求めると、その再現は簡単ではない。木から落ちるリンゴで有名な万有引力の法則ですら、厳密には真空状態という非日常的な条件が必要になる。

    「科学的」とされるものごとには再現性が求められるが、「科学的」であろうとするほど、様々な制約条件が必要になり、その再現は困難になる。「科学的」確からしさの限界に直面し、やがて確率論(数多の実験を繰り返した結果、「科学的」に再現した確率)に落ち着くことになる。

    著者はこの「科学的」な確率論への違和感を訴える。

    本書での例はこうだ。大病の宣告を受けた患者が手術の選択を医師から求められたとする。その際、手術成功の確率が伝えられたとしよう。しかし、その確率はその宣告を受けた本人の手術自体が成功する確率ではなく、これまで様々な条件下でその手術を受けてきた様々な特性(性別、年齢、身長、体重、病歴などの差異)を持った人たちの成功件数と失敗件数とから算出された確率でしかないのだ。その確率を「科学的」だと言われても、自身の手術という一回性の前では空々しさすら覚えるのではないか。

    だからと言って、「非科学」の側に振れる訳にもいかない。「科学的」とされることに対して、安易に「正しい」というレッテルを張るのではなく、下記の引用のように、目の前の現象が自身にとってどのような意味を持つのか、「科学」と「非科学」のグラデーション上で根気よく考え続ける態度が重要になってくる。


    「「科学こそが最も新しく、最も攻撃的で、最も教条的な宗教制度」というポール・カール・ファイヤアーベントの言は示唆に富んでいる。そして何より妄信的な権威主義と、自らの理性でこの世界の姿を明らかにしようとする科学は、その精神性において実はまったく正反対のものである。科学を支える理性主義の根底にあるのは、物事を先入観なくあるがままに見て、自らの理性でその意味や仕組みについて考えることである。それは何かに頼って安易に「正解」を得ることとは、根本的に真逆の行為だ。」


    本書は2018年1-12月に講談社のPR誌「本」に連載されていたエッセイを再構成、加筆・修正されたものだけあって、日常の言葉で科学について語られていて門外漢でも読み進めることができる

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    2019年10月16日
  • 科学と非科学 その正体を探る

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    中屋敷均(1964年~)は、神戸大学大学院教授で、植物・菌類ウイルス研究を専門とする分子生物学者。
    本書は、講談社のPR誌「本」に2018年1~12月に連載された「科学と非科学~その間にあるもの」をもとに、再構成・加筆修正されたもの。
    内容は、著者によれば、学術書では書くことが難しい、「科学と非科学のはざま、言うならば、「光」と「闇」の間にある、様々な「薄闇」に焦点を当て」て、著書の思いをエッセイ風に綴ったものである。
    第一部では、「科学的」とは何なのか? 「科学」が立っている基盤とはどういうものか? 現代社会において「科学」に求められていることは何なのか? 「科学」に100%の信頼性を求めることはできるのか? 「科学」に限界はないのか? 「科学的」であることと「非科学的」であることの境界線は何か? 等について、具体的な事象を挙げつつ語り、第二部では、不確かな「科学」とどのように向き合うべきなのかについて、昨今の問題を交えて綴っている。
    その中で、私の印象に残ったのは以下のような記述である。
    ◆「科学が教えるところは、すべて修正される可能性がある。・・・科学の知見が常に不完全であるということは、ある意味、科学という体系が持つ構造的な宿命であり、絶え間ない修正により、少しずつより強靭で真実の法則に近い仮説ができ上がってくるが、それでもそれらは100%の正しさを保証しない。より正確に言えば、もし100%正しいところまで修正されていたとしても、それを完全な100%、つまり科学として「それで終わり」と判定するようなプロセスが体系の中に用意されていない。」
    ◆「「分ってしまった」世界に、人の選択の余地はない。・・・分かるとも分からないともつかない「薄闇」のような世界だからこそ、人間の知性や決断に意味が生まれ、・・・いろんな「形」、多様性が花開く世界となるのだ。それは神の摂理のような“真実の世界”と、混沌が支配する“無明の世界”とのはざまにある場所であり、また「科学」と、まだ科学が把握できていない「非科学」のはざま、と言い換えることができる空間でもある。」
    ◆「「意志ある選択」。科学はそれを人から奪うためでなく、与えるために存在する。不確かさも含め、科学的知見は常に「考える素材」である。それが科学の存在意義であり、その「選択」こそが、私たちに与えられた、世界を拓く力、生きる意味、なのではないだろうか。」
    科学とは何か、我々は科学とどのように向き合うべきなのか、を考える一助となる一冊と思う。
    (2019年4月了)

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    2019年05月10日
  • ウイルスは生きている

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    どちらかというと生物ではないという意見が主流なウイルスであるが、生物の進化はもちろん、さまざまな生命活動に密接に関わっており、それ自体も生命につながる存在であるからウイルスは生きているんだ!という主張と思われます。

    なんとも言えないけど、ウイルスに関する様々な話がとても興味深く、この宇宙は何でこんな複雑な仕組みを矛盾なく作りあげたんだろうと空恐ろしくなります。

    この世界は人間には解けない謎が多過ぎる。

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    2018年09月26日
  • 生命のからくり

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    『ウイルスは生きている』からの流れでもう1冊読んでみました。科学史や最新学説の解説ではなくしばしばやや哲学的に「生命とは何なのか」「生命に特徴的なこととは何か」を考えることが本書のテーマです。

    読んでいて印象に残ったのは2点。まず1点目は「化学進化説」を前提とし、無機物と有機物、ウイルスと細胞を持つ生物、「独立」して生きる生物とそうでないものとの間に、本質的な線引きなど不可能であること、また「進化」というのが能動的な過程などではなく「淘汰」と「偶然」の積み重ねによる結果論でしかないことを強調する筆者にとっても、生命の「進化」の過程の記述は目的論的なものとならざるをえないことです。「生命」を論じるときに独特のこのバイアス──「生命」について論じるコンテキストでありさえすれば仮にそれがDNAやRNAといった分子のスケールの実体であっても「戦術」や「戦略」を練る主体となりうるというこのバイアス──は、どうも私たちの思考、私たちの意識というもののある限界を示しているような気がしてきます。

    もう2点目は第5章で展開されている「生物」と「非生物」の再定義の試みです。このなかで筆者は生物の特徴をその双方向の作用力(相補性)にあるとしています。非生物(例えば鉱物)も結晶化や触媒作用などで他の物質に影響を与えその構造を変化させたりすることはできる。けれども生物(その最小単位は著者の考えではヌクレオチド)ではその作用が双方向である、と。

    すなわちヌクレオチド(DNA・RNAなど)はその化学的構造ゆえに自身の複製を生じさせ、そこからアミノ酸を、さらに自身の複製過程に影響するタンパク質をも生ぜしめる。タンパク質はその他の分子とともに細胞の構造材ともなる。細胞生物は互いに飲み込み飲み込まれて、あるいはオルガネラになりはて、あるいは寄生生物に踏みとどまり、何にせよより構造化された状態をとるようになる。細胞と細胞は互いにくっつき合い、分化しあって多細胞生物を生み出す。さらにそれら生物同士は生態系を構成して互いの「淘汰」や「偶然」に作用し合う。そして人間に顕著なように、生物は自身の外側に、個体と個体のその「あいだ」にあるる生物・非生物に作用して何がしかのもの──単なる道具のような具象的なものから文化や制度そして科学(!)のような抽象的なものまで──を生じさせ、それがまた自身のあり方に影響を与える・・・。

    ようするに「構造化する構造」、構造化する主体であると同時の客体でもある構造、自己の状態をもとに自己をも含む外部の状態に影響を及ぼし、そこからまた影響を受けるという、再帰的・反射的なはたらきをするオートマトンのイメージです。このイメージの中ではもはやどこまでが「独立」した個体だとか、どこまでが「生物」だとか、そういった議論は意味をなさない。ただ全体としての構造化の運動があるだけです。

    まあちょっと概念遊び的な感じもしますが、ヌクレオチドという生化学的な実体からはじめて社会・文化という人文科学的な実体にまでつながるのはちょっと気持ちいいものです。

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    2016年11月30日
  • 生命のからくり

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    それなりに高度な内容だが文章が読みやすい。DNAやウィルスといった、なんとなくわかったつもりになっているけど、じつはよくわかっていないものを説明してくれる名著。

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    2016年11月13日
  • ウイルスは生きている

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    ウィルスは結晶化もするが、寄生主の環境を使って自己生産も出来るし、進化もできる「生物」である。

    生物のあり方は非常に幅広く、共棲や寄生、環境依存まで含めれば個体という定義すらあいまいとなる。
    昨今流行りの腸内環境を見れば、体内に寄生する微生物のDNAは寄生主の人体が持つDNAよりも多いし、細胞内に寄生するミトコンドリアがなければ生体活動が成り立たないのだから。

    奥深い内容が興味深く、かつ簡潔にまとめられている良書である。

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    2016年10月14日
  • ウイルスは生きている

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    ウイルスは生物ではないと言われるが、本書では、ウイルスの構造や特徴を紹介するとともに、生物とは何か、ウイルスを生物と定義することの可能性など、生物の要件といった問題に説明を広げている。
    著者が主張するように、生物と生物もどきとの境界は曖昧で、これという「生物」の必須要素はなさそうだし、仮に境界線を引いてみても、それをまたいでしまうようなものの発見は今後も続くかもしれない。

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    2016年07月05日
  • ウイルスは生きている

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    これまでウイルスと生物の間には様々な二項対立的境界が引かれてきた。エネルギー代謝を行うか否か、独立した自己複製能や進化能を有するか否か…。本書は様々な事例を挙げながら、これらの分類の科学的根拠が極めて怪しいことを指摘してゆく。紹介されているウイルスや他の生物の振る舞いは意外性に満ち、これまで一般的とされてきた生物観がいかに特定の価値観に縛られていたかを驚きを持って知らしめてくれる。またそれにも増して、生物学的な意味での「自己」と「外部環境=他者」の境界のあやふやさについても興味深い示唆が得られるのが本書の醍醐味。ウイルスについて考えることは、「自分とは何か」について考えることでもあるのだ。なお、終章で著者のウイルス、ひいては生物、人間に対する思いが語られるが、僕はこういう特定の科学的分野にどっぷり浸った人のセンチメンタリズムはかなり信頼できると考えている。

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    2016年06月04日
  • ウイルスは生きている

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    ネタバレ

    恐ろしい病気の元と思っていたが、こおん本を読むと昔から生物はウイルスと共生してきたらしい。人間もウイルスによって進化したという。現在も体内にウイルスは住んでいて生命活動の手助けをしている。もちろん、人を殺すウイルスもいるがそれは絶対数からいうと少ない。
    ウイルスという漠然として持っていた概念を崩す一冊だ。

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    2016年05月10日
  • 生命のからくり

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    一定の専門性を確保しつつ、明確なモチーフ(有用情報の漸進的蓄積。保存と変化)を下敷きに、一書がものされている。とりわけ最後のDNAから文明論にいたる考察は深い。

    生命の起源に関する記述はよくあるもので、かつ少なめ。

    ・単純な競争で考えると無性生殖のほうが有利である場合が圧倒的に多い。
    ・有性生殖による全ゲノムのシャッフリングは、組み合わせによる多様性の創出であり、それ自体には遺伝子の突然変異を必要としないため、例外的なものを除けば、致死性は生じない。
    ・より広く考えれば、「生命」という現象にとっては、個体とは何か、個体の独立とは何か、あるいは種とは何か、もっと言えば種が絶滅したのか存続しているのかといったことさえ、おそらく「どうでも良いこと」であり、「その現象の継続」、すなわち「情報の保存」と「情報の変革」を繰り返し、新たな有用情報を蓄積していく現象、それがいかなる環境下においても継続していくことが唯一大切なのではないだろうか。
    ・生命とは核酸という物質的装置により、「幸運を蓄積する」情報のサイクルを展開することが可能になった存在と言えるのではないだろうか。
    ・この世の形あるものたちが、必ずしも何らかの「設計図」により作られているのではなく、分子の形、そのものが設計図であり、一定の環境さえ与えられれば、特定の形に自然に組み上がるようなことが起こり得ることを示している。
    ・カール・セーガン:人間の持つ情報。1.DNAによる「遺伝情報」。2.脳細胞のネットワークからなる「脳情報」
    ・化学進化の中での核酸の出現:文字を基盤とした「外部メモリー」の発達

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    2016年03月10日
  • 生命のからくり

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    「生命」の持つ根源的なシステムについて、分子生物学の最先端の知見を踏まえて考察している。
    著者はまず、生命と非生命の境界について、細胞内小器官(葉緑体、ミトコンドリア等)、細胞内共生細菌、巨大ウイルス等を例に、細胞膜の有無、他の生物への依存関係の有無、ゲノムサイズ・遺伝子数等の観点から考察し、「そこになんらかの明確な区切りを引くことはきわめて困難である」が、これらの例の「「生き様」は、所謂、ある「一つの現象」が多様な環境に適応して姿を変えているだけに過ぎない」と述べる。
    そして、「一つの現象」の本質とは、「自分と同じものを作ること(=情報の保存)」と「自分と違うものを作ること(=情報の変革)」という相矛盾した二つであり、生物は、どちらか一方に偏ってしまっては「生命」が成り立たない、その究極の矛盾のバランスを保つために、以下のようなシステムを生み出し、保ち続けているのだという。
    ◆2本あるDNAの複製プロセスは異なった方式を採用しており、一方は変異が起こりにくい方式で、もう一方は変異が起こりやすい方式である。(不均衡進化)
    ◆高等生物は、理屈上は1セットで足りるゲノムを、2セット持っている。
    ◆無性生殖より様々なコストがかかるにも係らず、高等生物は有性生殖行っている。
    そして、こうしたシステムによって「情報の保存」と「情報の変革」が、途方もない時間、延々と繰り返され、無数の偶然から幸運を選んではその情報が蓄積されて、現在の生物が存在しており、それこそが「ダーウィン進化」と呼ばれるものであり、「生命のからくり」なのだという。
    著者は「生命」について、「「生命」という現象にとっては、個体とは何か、個体の独立とは何か、あるいは種とは何か、もっと言えば種が絶滅したのか存続しているのかといったことさえ、おそらく、「どうでも良いこと」であり、「その現象の継続」・・・いかなる環境下においても継続していくことが唯一大切なのではないだろうか。個体や種というものは、その継続を強固にするために「生命」が環境に応じて編み出したバリエーションに過ぎない。それらを通じて継続する現象こそが、「生命」の本質であり、その過程で生じた個々の形態、生態によって「生命」を定義しようとする試みは、実は形にとらわれ、実態から離れた霞か雲を掴むような話なのかもしれない。」とも語っている。
    「生」とは何か、生命科学の視点からヒントを与えてくれる。
    (2015年1月了)

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    2016年01月11日
  • 生命のからくり

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    生物進化以前の化学進化が始まった原始の地球から現在の極まで、姿かたちを変えながらも心臓の鼓動のように、時を超えて生命の営みを動かし続けてきた動作原理は、生命の三つ「自分と同じものを作る」という性質と「自分と違うものを作る」という性質、その相克と葛藤が織りなすリズムである。そのような著者の生命観を科学的な知見に基づき述べられた著作。
    この動作原理に基づき、無機質な分子から生命が生まれ、人類にまで進化していった原理を考察し、さらには「情報の蓄積システム」という意味では文字情報を基本とした人間による文明も同じ原理に基づき発展してきたと解く。

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    2014年10月19日