中屋敷均のレビュー一覧
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一定の専門性を確保しつつ、明確なモチーフ(有用情報の漸進的蓄積。保存と変化)を下敷きに、一書がものされている。とりわけ最後のDNAから文明論にいたる考察は深い。
生命の起源に関する記述はよくあるもので、かつ少なめ。
・単純な競争で考えると無性生殖のほうが有利である場合が圧倒的に多い。
・有性生殖による全ゲノムのシャッフリングは、組み合わせによる多様性の創出であり、それ自体には遺伝子の突然変異を必要としないため、例外的なものを除けば、致死性は生じない。
・より広く考えれば、「生命」という現象にとっては、個体とは何か、個体の独立とは何か、あるいは種とは何か、もっと言えば種が絶滅したのか存続しているのかといったことさえ、おそらく「どうでも良いこと」であり、「その現象の継続」、すなわち「情報の保存」と「情報の変革」を繰り返し、新たな有用情報を蓄積していく現象、それがいかなる環境下においても継続していくことが唯一大切なのではないだろうか。
・生命とは核酸という物質的装置により、「幸運を蓄積する」情報のサイクルを展開することが可能になった存在と言えるのではないだろうか。
・この世の形あるものたちが、必ずしも何らかの「設計図」により作られているのではなく、分子の形、そのものが設計図であり、一定の環境さえ与えられれば、特定の形に自然に組み上がるようなことが起こり得ることを示している。
・カール・セーガン:人間の持つ情報。1.DNAによる「遺伝情報」。2.脳細胞のネットワークからなる「脳情報」
・化学進化の中での核酸の出現:文字を基盤とした「外部メモリー」の発達 -
Posted by ブクログ
「生命」の持つ根源的なシステムについて、分子生物学の最先端の知見を踏まえて考察している。
著者はまず、生命と非生命の境界について、細胞内小器官(葉緑体、ミトコンドリア等)、細胞内共生細菌、巨大ウイルス等を例に、細胞膜の有無、他の生物への依存関係の有無、ゲノムサイズ・遺伝子数等の観点から考察し、「そこになんらかの明確な区切りを引くことはきわめて困難である」が、これらの例の「「生き様」は、所謂、ある「一つの現象」が多様な環境に適応して姿を変えているだけに過ぎない」と述べる。
そして、「一つの現象」の本質とは、「自分と同じものを作ること(=情報の保存)」と「自分と違うものを作ること(=情報の変革)」という相矛盾した二つであり、生物は、どちらか一方に偏ってしまっては「生命」が成り立たない、その究極の矛盾のバランスを保つために、以下のようなシステムを生み出し、保ち続けているのだという。
◆2本あるDNAの複製プロセスは異なった方式を採用しており、一方は変異が起こりにくい方式で、もう一方は変異が起こりやすい方式である。(不均衡進化)
◆高等生物は、理屈上は1セットで足りるゲノムを、2セット持っている。
◆無性生殖より様々なコストがかかるにも係らず、高等生物は有性生殖行っている。
そして、こうしたシステムによって「情報の保存」と「情報の変革」が、途方もない時間、延々と繰り返され、無数の偶然から幸運を選んではその情報が蓄積されて、現在の生物が存在しており、それこそが「ダーウィン進化」と呼ばれるものであり、「生命のからくり」なのだという。
著者は「生命」について、「「生命」という現象にとっては、個体とは何か、個体の独立とは何か、あるいは種とは何か、もっと言えば種が絶滅したのか存続しているのかといったことさえ、おそらく、「どうでも良いこと」であり、「その現象の継続」・・・いかなる環境下においても継続していくことが唯一大切なのではないだろうか。個体や種というものは、その継続を強固にするために「生命」が環境に応じて編み出したバリエーションに過ぎない。それらを通じて継続する現象こそが、「生命」の本質であり、その過程で生じた個々の形態、生態によって「生命」を定義しようとする試みは、実は形にとらわれ、実態から離れた霞か雲を掴むような話なのかもしれない。」とも語っている。
「生」とは何か、生命科学の視点からヒントを与えてくれる。
(2015年1月了) -
Posted by ブクログ
2025年中学入試最多出題とのこと。
入試の国語の長文問題が大好きだったので、ぜひ読んでみたいと思って手に取りました。
タイトルになっている「わからない世界」とどう向き合えばいいのかが著者の経験をまじえ分かりやすく書かれています。
人生は不確かな事象に溢れています。地震などの災害を予測することは困難ですし、どこに就職したらいいのか、誰と結婚したらいいのか…など人生に正解はありません。
著者は「絶対に正しい選択など誰にもできない。私たちにできることは、ベストの選択をすることではなく、自分の選択をベストにするように生きていくだけです」といいます。
そして、自分の選択をベストにするためにコツコツと努力することの大切さを述べています。
更に、リスクを前にして立ちすくみ、何かを選ぶことから逃げ続けていると、誰かに支配されてしまうと警鐘を鳴らします。
ちくまプリマー新書は中高校生向けですが、まさにその頃に読みたかったなぁと思いました。私は怖がりでそういう選択から逃げてしまったタイプだったので特に…。
他にも、現在の国際情勢を予見するような中国、韓国等の近隣の国との関係性についてや、科学と非科学との関係性などが書かれていて大人の自分も面白く読みました。ぜひ、中高校生に読んでほしいと思います。 -
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2025年に中学入試国語出題数No.1作品だそうです。
確かに国語の問題で出そうな感じの内容の本です。
他の方も感想に書かれていたのですが、政治的にちょっと強いところがあり、中高生にこれを純粋におすすめするのはどうかと個人的に思う部分もありました。
落ちてくる卵焼き(p159)の箇所が印象的。
「目先の損得や状況の変化に惑わされず、ずっと揺るがず心に持ち続けること。そして絶えずそれに向けた努力を続けること。そうして「卵焼き」が落ちてくるのを待ち続けること。それが「信じる」という行為なのだと思っている。」
卵焼きが落ちてくるって、なんだろうって、読んでいない人は思うかもしれませんが、チャンスがくるみたいな感じです。詳しく知りたい方は本を読んでみてください(笑)。 -
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無謀じゃダメだし、臆病でもいけない!
消えない不安の中で、自分を見失わないために、大切なことを届けたい。(紹介文より)
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農学博士である筆者が、科学/非科学の二項対立に陥ることなく人生や社会について書いているエッセイ。
文学の引用があったり、遺伝子の話があったり、ご自身の想い出があったり、エッセイと言いつつも随所に知識が詰め込まれた不思議な読後感。
すぐに正解を求めたり、効率重視を良しとする世の中に、やんわり警鐘を鳴らしている。バランスと余裕を持って世の中を見つめている内容。
・「自分で選ぶ」大切さ
・世界は本当はとても複雑、効率がすべてではない
・「他人の悲しみを想像して共感する能力」がヒトを人たらしめている
まさに中高生や大学生など、現実を知るようになって、この世界をあきらめそうになったときに読むととても良い本。
「正しさ」を求められるこの世の中に違和感を感じたときに、「こんな考え方でもいいんだよ」と包み込んでもらえる。
子供たちのために、家の本棚に置いておこうかな。 -
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細菌とウイルスの違いは細胞を持っているか否かである、細胞を持たないウイルスは自己複製が出来ないため、いまのところの常識では生物と無生物の中間的な存在とされている。
ウイルスと言えばスペイン風邪やエボラ出血熱の様に、大量に人間を殺す恐ろしい存在というイメージが強い。しかし感染を繰り返すうちに毒性は徐々に弱まるそうだ、なぜなら宿主が絶滅してしまってはウイルス自身も死滅してしまうからだ。
またヘルペスウイルスは、宿主の免疫力が落ちると口唇ヘルペスを発症させてしまうが、リステリア菌やペスト菌に対しては、天然のワクチンの役割も果たしているらしい。実はウイルスたちも生き残るため、宿主のご機嫌を伺いながら苦労しているのだ。
冒頭の自己複製という意味では、必須アミノ酸を体外から摂取している我々人間も、完全なる生物とは言えないのかもしれない。ついでに言うならば、食糧の大半を輸入している我が国も、完全なる国家と呼ぶには危うい存在なのかも… -
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以前「生物と無生物のあいだ」を読んだとき、細胞の振舞は人間社会に似ていると感じた。
本作の帯には「『生物と無生物のあいだ』から9年、新たなる科学ミステリーの傑作が誕生!」という文句が気になって買ってしまった。
本作の主役は「ウイルス」だ。ウイルスは生物ではないというのが通説だが、著者はウィルスは生きているとしか思えないと考える。
ウィルスの95%はタンパク質、残り5%がRNAである。
生物とは言えない分子構造だが、生物が生きていくのになくてはならないものである。
そもそもまず、生物とは何なのか、という定義に疑問を呈している。
細胞の振舞は人間社会に似ていると書いたが、細胞に作用するウィルスは人間社会に当てはめると何になるのか、考えてみた。
俺が思うに、人間社会におけるウィルスはテクノロジーではないのか。
例えばスマートフォン。人間の生活を大いに変えてきた。
人間がスマートフォンを利用しているのか、スマートフォンが人間を支配しているのか。
スマホ中毒なる言葉は、その主従関係が倒錯していることを示している。
人間とスマートフォンの関係はウィルスが細胞に与える影響に似ている、と思う。
ゆえに、人間社会におけるウィルスはテクノロジーではないのかと考えた。
テクノロジーは自己発展し、それが毒にも薬にもなる。
高度に発展したAIは生物と無生物のあいだを超えるのか?
細胞と社会の相似性を考える。 -
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ネタバレヒトゲノムのうち、タンパク質をコードしている部分は1.5%に過ぎない。一方、ウイルスや転移因子はヒトゲノムで増殖を繰りかえし、45%もの領域を占めている。ヒトのゲノムとは一体誰のものなのか?
また、キャプシドを持たないウイルスというものも最近は報告されており、ウイルスと他の生命との境界もゆらぎつつある
パンドラウイルスなどは2556個の遺伝子中2370個が他の生物との類似性がなく、全く新たな生物にあたるという見解もある
・一般にウイルスの毒性は徐々に弱まる。スペイン風邪の毒性もパンデミックの発生から数年で大きく低下したことが知られている。弱毒化によって感染した宿主が行動する時間が長くなればそれだけ感染の機会が増えるというウイルス側の適応進化
・ウイルスは細胞構造を持たないが、その核酸はキャプシドで囲まれている。多くのウイルスは細胞の外に出るときにはさらにエンベロープに囲まれる。エンベロープはリン脂質からできているので石鹸に弱い。インフルエンザは石鹸で予防できるがエンベロープを持たないノロウイルスには効果がない。 -
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ネタバレ本書はその名の通り、ウイルスは「生きている」と主張しています。そのため、著者はまず生命の特徴は何かを明確にしています。
著者は生命の特徴として「ダーウィン進化」をするか否かを挙げています。DNA等の突然変異により、他の個体と少しの変化を持たせて、自然淘汰により、環境に適用する個体のみが残っていくことを指し、ウイルスも当てはまるため、生きているのではと主張しています。
ただ、DNA等の変化は外的要因等により起こるものだと思うのですが、基本的には元通りに修復されるもので、間違った修復は確率的にしか起こらないので、この定義だと、生命は神にサイコロを振られている存在なのかと考えてしまいました。
浅学の身ゆえ、これらの主張について他の書籍等で学んでみようと思いました。